序の口
「え、あの八千代先輩の弟なんだ?」
「どうりで…でも弟がいたんだー。
八千代先輩の七不思議、また増えたねぇ」
先週来た転入生はまだ注目を浴びている。
それもそのはず。
この北高で八千代先輩を知らない生徒はいない。
八千代先輩は変態。
八千代先輩は天才。
八千代先輩は…と噂があちこちに流れ、今や七つ以上は絶対ある『七不思議』と称されるほど。
それは真偽の程も分からないという点と、判断するべき本人が、ほぼ校内にいないから広まったのだ。
「七次郎くんも八千代先輩と似て、突拍子もないことするよねー。
…ね、くきら」
うんざり。
顔に出てたのだろう、そんな私の顔に二人は吹き出す。
「やだぁくきらー。そんな態度じゃ七次郎くんに失礼よ?
カワイイじゃない」
「あーんなに情熱的だったじゃない、彼!
なによりカワイイしっ」
やめてほしい。
あの時のことを思い出すと、まだ顔が熱くなる。
と、ドアが乱雑に開かれる音。
私は見なくても分かっていた。
「くきらー!僕ん家来ないか?」
「のーせんきう」
七次郎はどこでどう巡り合ったかまったく覚えがないのだが、転入初日にわざわざ一年校舎から二年校舎に来て、私を呼び出し――
初対面なのに堂々と告白してきた。
丁寧にお断りしたのに、届いてないのか知らないけど、ダイナミックに毎日気持ちを伝えに来る。
「だって僕はくきらにめろめろなんだもの。
キスもこれから死ぬほどする予定だから覚悟しておきなよ」
なんだお前、大陸レベルで思想が違いすぎなんだよ。
私は眼鏡越しに睨みながら、あのねと続ける。
「私は貴方のことなんて全然知らないし、これから期末テストに向けて勉強してる最中なの。
何度も言うけど、気が散るからやめてちょうだい」
出たーくきらの優等生発言ー!とギャラリーはおののく。
教室で起こっている出来事なのだ、一応。
場所を考えてほしい、せめて。
当の本人はにこにこと笑っているだけ。
「テストは大変だけど僕だって譲れないものくらいあるんだよっ。
覚悟しててね、くきら―――
僕にめろめろになりな!」
カワイイーっ!と黄色い声。
本人は格好いいと思ってやっているらしく、カワイイと言われる度に『可愛くないよ!』と反論している。
どうでもいいよ、とにかく出てって。
よく分からない年下の男の子に猛烈なアプローチをされて困り果てていた私。
でも、これは序の口だった。




