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 帰りの道は、しばらくは急な下り階段だった。天水の先導は頂上までで、ここからはまた鷹見の後ろについていく。途中にあったベンチで休憩をとりながら下りたが、休憩を終えて歩きはじめると、天水の足はプルプルと小刻みにふるえた。ストックがなければ転んでしまうかもしれなかった。

 階段は杉林の中を通っていて、間伐されているためか雑木林よりも明るい。

 やっとのことで階段を下りきると、アスファルトの道に出た。鷹見は地図とコンパスを取りだして、道を確認した。天水はポケットからスマートホンを出して見た。圏外だ。

「圏外って久しぶりに見た気がします」

「上の方だと電波入ったのに、山の陰だからだろうね」

 地図とコンパスをしまって、歩きはじめた。緩やかな上り下りがあったが、階段と比べるとかなり楽に歩ける。と思えたのははじめのうちだけで、少し歩くとまた足がしんどくなってきた。

 舗装路を外れて、また山道に入った。

「あとどのくらいかかりますかぁ」

 天水の声には力がなく、語尾も下がり調子となっている。

「二十分くらいかな」

 腕時計を見ながら鷹見が言った。

「二十分……」

 息を切らしている天水に対して、鷹見の顔にはまだ余裕が見えた。部長は苦笑しながら、うなだれる後輩を元気づけた。

「終わったら温泉だ、スーパー銭湯だよ」

「おごりですか?」

「そんなことはない」

「えー」

「風呂上がりの牛乳くらいは買ってあげよう」

「やったー。二十本くらい飲もー」

「伸びるといいね」

「なんのことでしょう」

 背の低い後輩ははぐらかした。

 やがて、道は苔むした石畳となり、そこを抜けると「バス停まで五百メートル」と書かれた案内板があった。舗装路になったが急な下りは足にくる。天水はもう話す気力もなくなっていた。

 気を紛らわせるために周りを眺めながら歩いていると、民家の庭先に猫がいるのを見つけた。白黒の猫と茶色の猫が大小二匹ずつ、計四匹の猫が足を投げ出した同じような格好で座っている。

 模様からして親子のようで、四匹とも揃って二人の方を向いていた。大人たちはやる気のなさそうな目で、子供たちはぱっちりと目を見開いている。

 天水は無言で鷹見の肩をつかんだ。鷹見は訝しげに振り返り、天水の目線を追った。

「か、かわいい」

 と、思わず声が出てしまったようだ。

「部長、にやにやしてますよ」

「お互い様だよ」

「近づいたら逃げちゃいそうですね」

「それに人の家だからね。入れない」

 天水はスマートホンを取りだして、限界までズームして写真を撮った。ここはもう電波が入るので、猫好きの友達に写真を送った。メールの件名は「下山」。

 二人とも猫が逃げないように慎重に写真を撮ってから、バス停に向かった。酒屋の前のバス停に着いたとき、天水のスマートホンに返信が来た。

『お疲れさま。データが大きすぎて見られぬ。』

 画像のサイズを小さくして再送信。その返事は、

『ずるい。今からでも行く』

 とのことだった。冗談だろう、たぶん。鷹見にメールの文面を見せた。

「ずるい、って」

「来ますかね?」

「来ない、よね。さすがに」

「いや、猫のためならやりかねませんよ。猫狂いですよ、ヤツは」

「一応、もう帰るってメールしておこうか。私から言ったら大丈夫でしょ」

「そうですね。それならさすがに来ないと思います」

 天水のメールの相手も写真部員なので、二人ともよく知った相手である。天水は鷹見にストックを返した。

 バスが来た。駅前まで戻り、近くのスーパー銭湯に行ってから帰りの電車に乗った。電車の中で天水は眠ってしまった。

 降りる駅の前で鷹見に起こされ、寄りかかっていたことに気付いた。

「わっ、すいません」

「いいって。面白い寝言が聞けたし」

「えー、なんて言ってました?」

「もう着くよ」

 そう言われて窓の外を見ると、見慣れた町の景色になっていた。天水の降りる駅名がアナウンスされた。電車がゆっくりと駅のホームに入っていって、止まった。

 天水は立ち上がり、振り向いて、

「部長、今日はありがとうございました」

「こちらこそ。おつかれさま」

 電車を降りて、走り去っていく車中の鷹見に手を振ると、小さく振り返してくれた。寝言のことは聞きそびれたが、まあいいかと思った。

 駅から家までの短い距離を歩く。寝起きということと、さんざん歩いたため、今の天水には少しつらい道のりだった。でも、悪い気分ではない。

 家の玄関の扉を開けながら、

「ただいまー」

 と言った。最初に飼い猫が出迎えてくれた。それから、

「おかえりなさい」

 と言う声がリビングから聞こえた。

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