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「さて、どうしよっか」

 山頂のベンチで昼食を食べたあと、コーヒーを飲んで一息ついた鷹見が言った。コッヘルで沸かしたお湯で、持ってきたインスタントコーヒーを溶かしただけのものだ。

 山頂にいる間に雲は姿を変え、空には鱗雲が広がっていた。夏雲はもう、どこにもない。

「大丈夫ですよ。予定通り行きましょう」

 飲み物を冷ますのを中断して天水が言った。彼女のコップの中身はホットココアだ。

「じゃあ、汝に秘密兵器を授けよう」

 鷹見はザックの横にくくりつけられた二本のストックを外し、差し出した。

「秘密の割には丸見えでしたが」

「なんと、これは伸びる」

「見ればわかります」

 そんな言葉は気にせずに、鷹見は赤いストックを限界まで伸ばした。天水の身長と同じくらいまで伸びた。

「ながっ!」

「まあ、こんな長くして使うことはないんだけど」

「杖ですよね」

「ようするにね」

「何か、特殊な使い方をするんですか?」

 ストックをもてあそびながら聞いた。

「使いやすいようにどうぞ、ってとこかな。あ、持ち方はこうやって」

 鷹見は天水の手を取って、持ち手に付いているストラップに親指以外を入れ、ストラップの付け根ごと持ち手を握らせた。

「こうすると、うまく負荷が分散される……らしい」

 予定では、まずこの山に登って、体力次第で隣の山に登るかどうかを判断することになっていた。余裕がなかったら来た道を戻るつもりだったが、どちらにせよ十字路まで戻る必要がある。

 つづら折りと階段を降りて、十字路の所まで戻ってきた。さっき通り過ぎたベンチに座り、鷹見はストックの使い心地を尋ねた。

「どう? 歩きやすい?」

「ですね。これに体重をかけられるので、足がかなり楽です」

「それはよかった。それと、上りでは短くするか、少し下の方を握るといいよ」

「やってみます」

 水分を摂って周囲の杉林を眺めてから、鷹見が思い出したように口を開いた。

「あ、そうだ。天水、ここからは前を歩いてみない?」

「何言ってんですか。そんなの自殺行為ですよ、私の」

「ペースが乱れたりしたら言うからさ」

「私が振り向いたら、いつの間にかいなくなってたりしませんよね?」

 軽い調子で言った天水に対し、鷹見は少し真剣味を帯びた口調で答える。

「シャレにならない場合があるからね。しないよ。山では」

「町中だと?」

「まあ、それはそれとして、どうする?」

「おいて行かれるんですか!?」

「その話は置いておこう」

「うまいこと言いましたね。やりますよ。私が前を歩きます」

「任せた」

「ふっふっふ、これを持った私についてこられるかな」

 天水はベンチに立てかけたストックを持って不敵な笑みを浮かべた。

「調子に乗ると、また足つるよ」

「自重します」

 先日の痛みを思い出したのか、天水はしゅんとなって言った。

 数分後、降りてきた方から見て正面の道に進んだ。上りでも下りでもない所ではストックは推進力を出すのに使えるので、天水は大いに活用していた。

 少しくらいペースが速くなっても鷹見は声をかけなかった。天水が自分で気付いて速度を落としたり、ペースが速いかどうかを鷹見に尋ねたりしたので、それにこたえるだけでよかった。

 数十分歩いたところで舗装路を横切り、そこからは急な上りになった。今度はつづら折りではなく、道はほぼ真っ直ぐで、岩や木でできた段差がたくさんある。

「ここはストックを使わない方がいいかも。持つよ」

 だんだん口数の少なくなってきた天水に言った。

「お願いします」

 天水はストックを短くして、鷹見に渡した。そうしてから、

「ついでに、休憩しません?」

 と、付け加えた。

「そうしよう」

 ベンチも倒木もなかったので、地面に腰を下ろした。


 休憩を終え、登りはじめたところからは、木に遮られて坂の終わりが見えなかった。長く急な山道に気圧されながらも、天水は一歩ずつ進んだ。

 近道なんてものは無く、はやく頂上にたどり着く必要もない。焦るな、と自分に言い聞かせ、鷹見の歩き方を脳裏に描きながら、それを真似するように歩いた。

 足下と前を交互に見ながら、どのように歩けばいいかということだけを考えて登った。自分一人だったら、はやく行こうとして、また体力を使い果たしてしまっていたかもしれない。

 後ろにいる鷹見に心の中で感謝した。

 足下に集中していたため、急な登りが終わったことに気付くのが遅れた。顔をあげると、光の差す森の出口が見えた。

「おつかれさま。先導、ありがとう」

 鷹見の言葉に振り向くと、鷹見の笑った顔と、長い坂が見えた。登り終えてみれば、こんなものか、と思う程度のものだった。でも、疲れた。

「楽勝でしたね」

 見栄をはった。

「そう? 私は少し疲れたな」

「実は私もです」

 天水は正直に言った。

「じゃあ、頂上で紅茶でも飲もうか」

「はい!」

 笑い合って、また歩きはじめた。森を抜けると強い日差しにさらされた。頂上付近は広い道のようになっていて、高い木はなく全方位見渡せた。疲れていることなんて忘れてしまった。

 少し進むと、山の名前と標高が書かれた看板が見えた。どうやらそこが頂上のようで、その近くに大きな金属の円柱が立っている。

 円柱は高さ一メートルほど、天水が手を広げてもかかえきれない程度の円周だ。近づいて上から見てみると、地図が刻まれていた。地名の他に、ここから見える山の名前と絵が描かれている。

 その中に、天水も知っている山の名前があった。彼女達が住む市内にあり、梅雨入り前に写真部で登った山だ。天水はそれを指さして、

「部長、これ」

「どれだろうね」

 鷹見は東側の低い山々が折り重なっている方を眺めて、目的の山を探した。

「山が多いですね」

「絵だと、山と山の間に見えるみたいだね」

 天水は地図と景色を見比べながら探した。そして、

「あ、あれですよきっと」

 と、指さした先には、手前の山脈の間からわずかにのぞく山頂がある。

「ここからでも見えるんだ」

 天水の指し示した先を見ながら、鷹見がつぶやいた。

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