七
止まっていると過ごしやすいくらいの気温だが、歩きはじめてしばらくするととても暑く感じる。緩やかな上り下りが続き、やがて階段にさしかかった。遊歩道などでよく見かける丸太を模したデザインの段だ。何でできているのか天水は知らない。
鷹見は時々、階段を回り込んで登っている。それを見て天水が、
「何でそうやって歩くんですか?」
「こういう風に一段が高いと、膝にくるからね」
鷹見が示した先には、土が崩れて段が斜めになっているところがあった。
「たいしたことじゃないんだけどね。ただ、何回も積み重ねると後が大変だから」
山での鷹見の歩き方は、なんというかずっしりとしていた。遅いわけではないが、一歩一歩確かめるように、次に足を置く場所を考えながら歩いているようだった。天水は後ろから見てそのことに気付いた。前回のことがあるので、今日は鷹見の歩き方の真似をすることにした。
階段を上っていると、木々の音に加えて、たまに鳥の鳴き声がする。鳥の鳴き声が聞こえると、天水は立ち止まって辺りを見回した。
木の上にスズメとカラスの中間くらいの鳥の姿を見つけたが、すぐに飛び立ってしまった。模様はよく見えなかったが、背が青で腹が白ということはわかった。
「今の鳥、きれいな青色でしたね」
「残念ながら見てなかった。大きさはどのくらいだった?」
鷹見に聞かれ、天水は両手を十五センチくらいの間隔をあけて、
「これくらいですかね」
と言った。少し距離があったのであまり自信がない。
「全身が青かった?」
「いえ、おなかは白でした」
「じゃあ、オオルリかな」
「あ、聞いたことあります」
「私も詳しくはないけど、植物や動物を見る楽しみもあるよね」
天水は青い鳥が飛んでいった方を見上げた。周囲にはさっきまでの杉林と違って、雑多な木々が生えている。ゆれる葉の間から差す木漏れ日が眩しい。
「こうやって立ち止まる余裕があるのも、いいもんですねえ」
天水はしみじみと言った。
「この前も同じようなこと言ってなかったっけ?」
「あれ、そうですか?」
「まあでも、焦っても体力的にきつくなるだけだし。ゆっくりでも休憩しても、やめなかったら目的地に着くからね」
天水は視線を下ろして階段の先を見た。ここからではまだ頂上が見えない。
「行きましょう」
「そうだね」
階段が終わると、木の少ない斜面に出た。そこからは急な斜面を徐々に上がっていく、細いつづら折りの道になった。登山道であることを示す、黄色いビニールテープがはられた木をつかみながら歩く。
進むにつれて、道の折り返しの間隔がだんだん短くなっていった。傾斜が緩やかになり、広くなった登山道を進むと、正面に広場が見えた。そこに出ると、展望がひらけた。
どちらを向いても山が見える。市街地もあるが、山林に比べてわずかしかないので、山々の間に町や田畑が詰め込まれているようだった。
普段より太陽に近い場所で日光を浴びているが、あまり暑さを感じなかった。天水はカメラを取りだして眺望を撮った。しかし、撮った写真を液晶で見ると何か物足りない。
この景色を一枚の写真におさめるのには無理がある、と天水は思った。撮りたいものを絞らなくてはならない。
構図を考えていると、右側の山の上にいくつかの風力発電の風車が見えた。遠いため、ぼやけてしまってはっきりとは見えないが、確かに風車だった。
「部長、あれって」
風車の方を指さしながら振り向いて、ベンチに座っている鷹見に言った。
「うん。夏に連れて行ってもらったとこ」
「全然違う場所に来たと思ってたのに、見えるくらい近くだったんですね」
「あのときとは反対の方向から見てることになるんだろうね」
「遠すぎて、うまく写りませんよ」
「あはは、まあ、見れてよかったよ。あれが見えるから、この山を選んだってのもあるからね」
天水は夏に、あの風車のある高原に行ったことを思い出した。鷹見はそこで、風景だけでなく、人がいる写真を撮っていた。
「部長、そのまま座っていてください」
鷹見の背後に移動し、登ってきた道の方に歩いて、振り返った。しゃがんで、ベンチに座る鷹見にカメラを向ける。
鷹見のいる場所が山頂で、天水は少し低い所にいてしゃがんだため、カメラをわずかに上に向けた。縦に持ち直して、シャッターボタンを押した。