六
翌週も二人で出かけた。電車に乗ってから三十分くらいはこの前と同じ路線を進み、途中から電車は西に向いた。県境の町の駅で降り、コンビニに寄ってからバスに乗った。二人とも先週と同じような格好だった。
バスは駅から離れ、車がやっとすれ違えるくらいの山中の道を走った。色の薄くなった緑の葉をつけた桜の多い人工湖を迂回すると、道幅が広くなった。山の反対側に出ると、今度は澄んだ水の流れる川沿いの道を進んだ。
駅前で十人ほど乗った乗客は彼女たちだけになった。しばらくして、あらかじめ調べておいたバス停の名前がアナウンスされて、鷹見が降車ボタンを押した。運賃を払って降りる。乗客のいないバスはカーブの多い道を走り去っていった。
「いやあ、晴れたね」
バスを見送ってから空を見上げた鷹見が言った。電車に乗ったときは薄曇りだったが、今は山の間から青空が見える。
「というか、暑いですね」
真夏よりは弱くなった日差しを、手で遮りながら天水そんな感想をもらした。
「夏がまたやってきたかな」
「十ヶ月くらい気が早いですよ」
「十ヶ月かあ」
鷹見は十ヶ月後には、自分は写真部を辞めているだろうなと思った。やめるときには次の部長を決めておかなければならない。写真部の部長になってから三ヶ月程度で、もう次の部長のことを考えるのはせっかちすぎるだろうか。
バス停のすぐ近くの廃屋と思われる建物に、登山口を示す大きな看板が掛かっていた。軽く準備体操をしてから矢印の方向にある坂道を登りはじめた。この辺りはまだ民家や電柱があるのでしばらくは舗装路だろう。
十月とは思えない暑さの中、歩きはじめるとすぐに体が火照ってきたので二人ともすぐに上着を脱いだ。
「秋来ぬと目にはさやかに見えねども、……暑い」
「かつてないほど字足らずですね」
話しながら田圃の傍を歩いていると、舗装された道はだんだん狭くなっていって、いつの間にか土の道になった。あまり丈夫そうではない小さな橋を渡ると、簡素な木の案内表示があり、そこから山道となった。
昼間なのに薄暗い杉林の中を進んだ。切り株になっているものも多く、白い文字や印が書かれている木もあった。伐採する人が書いたのだろうか。
「熊とかが出そうな雰囲気ですね」
「まあ、出ないといいよね」
「出るんですか?」
「ここよりもう少し南の山中が熊の生息域らしいから。来ないとは言い切れなくもなきにしもあらず」
「どっちですか!?」
「そしてこちらの装備は熊よけの鈴のみ」
鷹見はザックの肩紐からぶら下がっている鈴を、下に引っ張った。すると、歩く度に風鈴のような高い音が響くようになった。
「これで撃退できるんですね。何か超音波的なやつで」
「いや、音を出すのは人間がいることを知らせるためだから」
「じゃあどうするんですか?」
「とりあえず、死んだふりってのはナシで」
「戦うんですね。かっけー」
「戦わないよ。目を合わせたまま少しずつ距離をとっていくんだ」
「なんか、普通ですね」
「そんなものだよ」
杉林の中を数十分歩くと、山道を遮るようにして木が倒れているところに着いた。ちょうどいい高さだったので、そこに座って休憩することにした。
「天水に、このパワーアップした行動食をあげよう」
先週と同じように、ナッツ類が入った袋を天水に差し出した。ナッツの種類が増えている。
「マカダミアナッツだー。わーい」
「好きなの?」
「はい。三度の飯より好きです」
「あまり間食ばかりしちゃ、だめだよ」
お母さんみたいなことを言ってしまった、と鷹見は思った。
「でも、山登りの時はこまめに食べた方がいいんですよね」
「うん。すごくカロリーを消費するからね。おなかが減ってから食べるのだと遅い」
「何も食べないで痩せようなんて魂胆の人は?」
「途中で倒れるかもしれない」
「気をつけないといけませんね」
「そうだね。無理してまですることじゃないし」
倒木から少し歩くと分かれ道に着いた。二本の山道が交差していて、四方向を指し示す案内板が立っている。その隣に木のベンチがあった。
「こっちで休めばよかったね」
ベンチを見て鷹見が言った。
「いや、あの木もなかなか座り心地がよかったですよ」
ここでは休憩しないことにして、十字路を左に曲がった。