四
登山道の、小さな崖になっている所には鎖が設置してあった。そこは一人ずつ下りていくという決まりがあるらしく、彼女たちが着いたときには数人が順番待ちをしていた。
天水は先に進む人を見て、どこに足をおき、どのように下りていくかを考えていたので、待っていることは苦にならなかった。鷹見が先に鎖場を下りて、天水が下りるときには下から話しかけてくれた。
鎖場を過ぎると間もなくロープウェー山頂駅の近くの道に出た。その舗装された道に足を踏み入れたとき、天水は右足に電流がはしったかのような衝撃を感じた。ふくらはぎをつってしまった。
「うう、うおおお」
うめき声をあげるが、座り込まずに体を折り曲げて自分のふくらはぎをさすった。
「とりあえず座って、足伸ばして」
鷹見に言われたとおりに道の端に腰を下ろした。天水は足をなげ出して、鷹見が天水の足首を曲げてふくらはぎの筋肉を伸ばした。
「うー、いたたたたた。のあー」
「なんか余裕ありそうだね」
「無いですよー」
天水は涙目だ。
「こうなったら、痛みが治まるまで待つしかないから。耐えて」
一分ほどその体勢でいた。
「あ、やっと治まってきました」
「いきなり動かない方がいいよ。立ち上がろうとしたときにまたつったりするから」
「経験則ですか?」
「うん。両足同時にやったことがある」
「うわあ」
しばらく動かないでいようと決めた。
間近に木があり、展望が良くないので、することのない天水は空を見上げた。そういえば、登りはじめてから空を見上げていなかった気がする。
上空では飛行機雲ができている最中だった。
「こんなに登っても、飛行機はまだあんなに遠いんですね」
「ほんとだ。麓で見るのとあまり変わらないね」
近くにあったベンチに移動して、しばらく休憩することになった。
「もうすぐ頂上だー、って安心した瞬間にきましたよ。あー、痛かった」
天水は右足のふくらはぎをさすった。まだ少し余韻のようなものが残っている。
「天水、飲み物は何持ってきたの?」
「ミネラルウォーターです」
「じゃあ塩分不足が原因かもしれないね。とりあえず、これ飲んで」
緑のメタリックカラーの水筒を受けとった。見た目の割に軽い。ペットボトルと大して変わらない重さだ。
「ありがとうございます」
中身はスポーツドリンクだった。
「もっとこまめに休憩するべきだったね」
鷹見が少し気落ちしたような調子で言った。
「いえ、私が調子に乗っていたせいですよ」
「いつものことじゃない?」
「ひでー」
「冗談だって」
二人は山頂駅付近の舗装された道を行く人々を見ていた。
「でも、こんな場所でボーッとしてるのもいいもんですね」
「うん。それは同感」
冬はスキー場になる芝生の急な斜面を登った。傾斜は今までの道よりもきつく、斜面の端にはリフトが通っている。この時期でも乗れるらしい。
山頂付近は登山道を通ってきた人とロープウェーで来た人が合流するので、人の数が急に増えた。
「人多いですね」
天水がそう感想をもらした。
「登山道が確か五つくらいあるからね。紅葉の季節だともっと混雑するらしいよ」
山頂には一等三角点があり、大きな石版に標高と山の名前と共にそのことが刻まれていた。山頂の近くにはいくつかの広場があったので、空いていた歌碑のある所で昼食にした。
鷹見がコッヘルという小さな鍋とバーナーをザックから出して、インスタントラーメンを作り始めた。用意のいいことに真空パックされた野菜も付いていた。
二人分を同時に作れないので別々に食べはじめたが、山頂という開放感のせいか普段より美味しく感じた。