三
登りはじめは、土を削ってできたような細道だった。所々急な登りの場所があったので、岩や木に手を置きながら歩いた。天水は手袋を持ってきていなかったが、それを見越していた鷹見が貸してくれた。
鷹見が前で天水はそれについていった。ペースはゆっくりで、時々鷹見が後ろを見て様子を確認している。
「もうちょっと歩幅を狭めたほうがいいよ。足にくるから」
振り向いて、鷹見が言った。
「そうですか? 全然ヘーキですけど」
「まだ歩き始めて三十分も経ってないからね」
「わかりました」
指摘されてから小股で歩くことを意識したが、しばらくすると元に戻り、また思い出して歩幅を小さくすることを繰り返した。
登山口から四十分ほどで、岩が多く木の少ない展望のいい場所に出た。真上にロープウェーのロープが横切っていて、それを目で追うと岩肌が剥き出しになった山頂が見えた。
座りやすい高さの岩があったので、そこに座って休憩をとることにした。
天水は座ってから「ふいー」と息を吐いた。
「ずっと斜面だと思ってたよりしんどいですね」
「少しペースさげようか」
「いえ、やっと馴れてきたところなので」
「そう。時間には余裕があるから、無理しないように」
「はーい」
上がってくるロープウェーの向こう側にぼんやりと街が見える。
「さっきまであそこにいたんですよね」
「そうだね。あまりよく見えないけど」
景色を見ながら鷹見が用意したミックスナッツを食べたり、水を飲んだりした。ロープウェーに向かって手を振ったら返事をしてくれた。それを合図にしたように、
「じゃあ、行こうか」
と鷹見が言った。
「はい」
二人は再び歩き始めた。
この登山道の途中にはいくつか名前の付いた岩がある。休憩した場所の近くには、巨大な紡錘形に近い形の二つの岩が寄りかかるように並んでいた。大きいので全部をカメラの画角におさめるのに手間取った。
さらに数十分歩いたところにも独特な形の岩があった。角柱に近い形の二つの岩の隙間に、角の取れた立方体の岩の一辺がはまり込んでいる。一見、誰かが乗せたようだったが、近付いてみると角柱の岩は天水の背の二倍くらいあったので、重機でもなければ乗せられそうにない。
「これ、ガイドブックにあったやつですよね」
「うん。写真のイメージより大きいね」
「きっと少し離れて撮ったんですよ。あっちの方じゃないですかね」
天水はそこから少し登ったところを指さしながら言った。
「そうかもね。しかし、いい眺めだ」
天水の指さした所から見たら、ガイドブックの写真と同じような景色だった。写真を撮ってから休憩した。
残りの道のりが三分の一ほどになったあたりから、天水は疲れを見せはじめた。それまでと比べて明らかに口数が減った。ペースを上げたわけではないので、写真を撮るために歩き回ったのが原因だろう。
「休憩するよ」
「いや、まだ、いけます」
「息切らしながら言うことかなあ」
鷹見は意地悪な笑みを浮かべた。
「休みます」
「よろしい」
急いでしまうのはなぜだろう、と一口飲んだ後のペットボトルを見つめながら天水は考えた。ゆっくりしていたり、こうして立ち止まったりすると何となく落ち着かない。はやく目的地に行かないと何かを逃してしまうような、そんな気がする。
「あくまで山頂が目的地だからね。急ぎたいのはわからなくもない」
隣に座った鷹見が天水を見ながら言った。
「だけどね、ほら」
と、顔をあげて正面を見た。天水もつられて顔をあげる。
「途中からの景色もなかなかいいものだよ」
登ってきたことで遮るものがさらに少なくなり、先ほどよりも遠くまで見渡せた。
木々をわずかにそよがせる風が心地いい。
「いい眺めですね」
と天水がつぶやき、上着を脱いで、両手を挙げて体を伸ばし、
「よしっ、行きましょう」
と言って立ち上がった。
「ダメ。まだ五分も休憩してない」
鷹見に再び座らされた。勢いをくじかれたが、疲れていたのでおとなしく従った。