二
週末、写真部の活動はお休みなので鷹見に誘われた山へ行くことにした。午前六時前に駅のホームに着き、スマートホンを見ると鷹見からメールが来ていた。『四両目の前の方に乗ってる』という内容だった。鷹見はここより二つ前の駅で乗るので、あと数分で電車が来るだろう。
早朝の駅のホームには人が少ない。売店もまだ開店準備中だった。
天水は自分の姿をあらためて見た。運動をするときの服装と言われたので、上下白いジャージで靴は底の厚いランニングシューズにした。インナーはスポーツ用のもので、汗をかいてもすぐに乾くらしい。リュックは姉のものを借りた。この格好で電車に乗るのは抵抗があるが、仕方がない。
急行電車が来て、乗り込むとすぐに鷹見の姿が目に入った。それほどわかりやすい色をしていた。
「おはようございます」
とりあえず挨拶をした。
「おはよう。遅れなかったね、えらいえらい」
天水は座る前に鷹見の服を見た。下は丈夫そうな黒いズボンだが、上着が黄色い。レモンのようなはっきりとした黄色だ。
「なんか、スズメバチみたいな色ですね」
「譬えがひどいね」
天水が鷹見の隣に座ると、電車が動き出した。
「それじゃあ……」
車窓の外を見るとちょうど同じ色のものが目に入った。
「踏切ですね。危険人物アピールですか?」
「お嬢さん、私に触ると、アナフィラキシーショックを受けるぜ」
鷹見は決め顔で言った。天水は少し距離をとろうとしたが、二人掛けの席なのであまり離れられなかった。話を変えようとして荷物棚を見ると、青いバックパックが横たわっていた。
「日帰りなのにこんなに荷物が多いんですか?」
天水のリュックも大きいが、鷹見のものはさらに大きい。
「念のために色々持ってきたんだよ。無駄に」
「無駄なんですか」
「まあ、使わないに越したことはないかな」
「応急手当の道具とか?」
「うん、そう。さっきスズメバチの話が出たけど、虫さされの毒を吸い出す器具もあるよ」
「お世話になりたくないですね」
天水は苦々しい表情で言った。
電車が進むにつれて乗客が多くなったが、座れないほどではない。乗り換えをする駅の二つ前の駅を過ぎたとき、鷹見が窓の外を指さして、
「あれが、今日登る山だよ」
と言った。手前には田畑があり、その奥には住宅地が広がっていた。そのさらに向こう側に山脈が聳えている。近いのか遠いのかはよくわからないが、いくつもの山が連なった山脈は大きかった。
「あの中のどれですか?」
「どれだろうね」
鷹見は立ち上がってバックパックの上部に入っていた地図を取りだした。座ってから広げて天水に見せる。
「左から三つめのピークだね」
鷹見はそう言ったが、天水にはよくわからなかった。
以前よく買い物や遊びに来る時に使った大きな駅で別の路線に乗り換えた。さっき見えた山脈の方に向かっていく路線で、二人は終着駅で降りた。
二人と一緒に電車を降りた人々のほとんどが、そのまま駅前のバス停に並んだ。みんな鷹見と同じような格好をしていた。黄色を含め、目立つ色が多い。
バスは二十分程度で終点に着いた。近付きすぎたためか、ここからでは山脈は見えなかった。バス停の近くにある案内図を見てから、鷹見について歩きはじめた。
傾斜のきつい川沿いの公道を歩いた。上流なので川の水は透き通っていて、岸には大きな白い岩がたくさんあった。歩きながら二人は山や川を写真におさめた。今日は荷物を軽くするため、二人ともコンパクトデジタルカメラを使っている。
しばらく公道を進むと、カーブの所に『中道登山口』と書かれた小さな看板を見つけた。それが指し示す方向には細い坂道があり、進んでみると森の中に出た。正面には『登山届』と書かれた木でできた郵便受けのようなものが立っている。
鷹見はそこに一枚の紙を入れた。あらかじめ用意していたらしい。
「登山届けって、どんなことを書くんですか?」
「主に人数と予定だね。何時に山に入って、どの道を通って、何時に山を下りるかってこと。捜索の時に役立つよ」
「捜索!?」
天水は驚いて聞き返した。
「大丈夫だよ。道はわかりやすいし、人もけっこういるから。無茶しなければ」
安心させるだけでなく、釘をさすように鷹見が言った。