落胆
はっきり言って乗り気じゃなかった。
ロボットにインタビューなんて馬鹿馬鹿しいと思ったし、実際インタビューが取れるとすら思っていなかった。それならまだありもしない嘘のUFO目撃証言を書いてる方がずっとましだ。
だけど、それでも引き受けたのは僕にそんなことを言っているほど生活的に余裕がなかったからだ。
明日の食事代すらままならない生活。嫌な仕事でもこなさないと食べていけない。
フリーライターなのだから、安定した収入がないのは仕方がないし、雇ってくれる出版社があるほど世間は浮かれていない。
その日を生きるのに精一杯。
小説家になろうと息巻いて上京してきたは良いが、どこも僕の書いた作品を認めてくれなかった。いや、認めてくれなかったという言い方は確実に間違っている。
僕に才能がなかったのだろう。
間違いなく。
それは、揺るぎない事実だ。
それでも僕は夢を捨てきれなかった。才能がないくせに諦めも悪いのだ。タチが悪い。
小説家にはなれなくても、せめて文章でお金を稼げる人間になろう。他に取り立てて取り柄もなかった僕は、唯一の特技にしがみついた。あちこちの出版社を歩いてまわり、何度も頭を下げ、小さな出版社から何とか仕事を取り付けて、フリーライターとして歩き始めた。それから7年、僕の生活はこれの繰り返しだ。
食べるために書いて、書くたびに自分に失望する。
今年、29歳になった。
この仕事が終わったら、そろそろ夢を諦める頃かも知れない。夢を見るのは勝手だが、引き際というのも肝心なものだ。
そんなことをつらつらと考えながら、僕はどこまでも続くだらだらとした上り坂を上っていた。その坂のちょうど中腹に位置する場所、そこが目指すロボット公園だ。
編集長の話通り、そこは小さな公園だった。
ブランコと滑り台、そして少しはずれたところに砂場があるだけのシンプルな作り。
長いこと手入れされていないようだ。雑草が好き勝手に生命を謳歌している。
遊んでいる子供の姿はない。
問題のロボットの姿もない。
僕はため息を吐いた。
反面、少し安心した。
取材しなくて済んだからだ。いないのならばしょうがない。編集部にそう報告するまでだ。
とは言え、すぐに帰ったのでは仕事にならない。いないならば、いないなりにそれなりの取材結果を記事として出さなくてはいけない。テレビの未確認生物特番みたいなヤツだ。あれやこれやとそれらしい物証を挙げるが、結局見つからずに幕。これはこれで結構面倒くさいが、ロボットに話を聞よりはるかにマシだ。
公園の中を少し散策してみることにした。
入ってすぐ右手にあるブランコから調べてみる。
随分と放置されているようだ。チェーンがすっかり錆びついている。少し触っただけで、手のひらがサビで赤く染まった。一瞬迷ったが、乗ってみることにした。きいきいと悲鳴を上げたが、まだしっかりしているようだ。大人の僕の体重でも問題なく乗れた。大丈夫、お前はまだ生きているよ。
次に滑り台を見てみることにした。
高さは2メートルくらい。象の形を模した子供用の小さな滑り台だ。壁面にスプレィで大きな落書きがされてある。グラフィティアートを気取っているようだが、どう見ても落書きだ。落書き以下と言っても良い。無邪気すぎる筆が、必要以上の悪意となって見るものに迫る。象の前脚と後ろ脚の間がトンネルのようになっていて、そこをくぐり抜けて遊べるようになっている。近づき、トンネルの中を覗いてみた。
あ…。
いた。
トンネルの丁度真ん中辺りに彼は座り込んでいた。
話を聞いていなかったら、子供のおもちゃが置き忘れられていると思っただろう。
見た目はブリキ細工のおもちゃのような安っぽい作り。ブランコ同様、全身がサビついている。素人目に見てもかなりの年代物だ。ブランコは生きていたが、こちらは生きているか怪しい。何しろ全く動かない。
「あのう」
勇気を出して声をかけてみた。
見つけてしまった以上、ロボットに取材するのが最重要任務だ。しかし、ロボットは黙りこくったまま返事をしない。
「あのう」
少し大きな声で呼んでみた。見るからに年代物なので、少し耳が遠いのかも知れない。が、やはりロボットは沈黙を保ち続けている。
「あのー! パステル出版社の者なんですけど!」
かなり大きな声で呼んでみたが、結果は同じだった。ロボットは見つけた時と同じ姿勢を保ったままじっと動かない。壊れているのかも知れない。いや、壊れていなくても、何かの拍子で電源が落ちてしまったのかも知れない。電池切れという事も考えられる。僕は思いきってロボットに触れた。
とりあえずこちら側に引き寄せようと思ったが、思いの外重くて動かすことが出来ない。仕方なくトンネルの中に入ってあちこち調べてみる。電源らしきスイッチは外部に見当たらない。故障の原因となる大きな傷も目立つところにはなかった。
「壊れるような傷はないな…」と思わず呟いたその時だった。
「壊れてなんかいませんよ。各部所とも問題なく稼働しています」
目の前のロボットが突然喋った。
驚いて立ち上がったが、トンネルの天井に頭をぶつけた。目の前で星がばしっと弾ける。
「びっくりした。聞こえてるならちゃんと返事してくれよ」
あまりに驚いたので、言葉が出てくるまで多少の時間が必要だった。頭がまだ痛む。
目の前のロボットは、首だけこちらに向けて答えた。
「すいません。ワタシにしゃべりかけているなんて思わなかったもので」
「他に誰もいないんだから君に決まってるだろう?」
「滑り台に話しかけているのかと」
「滑り台に話しかける奴なんていないよ」
「でも、人間は色んなモノに話しかけます。犬や猫、車やコンピュータに。まるでそれらと話が出来るかのように」
そう言われて一瞬答えに窮した。言われてみればそうだ。
…いやいや、納得してどうする。
「それは、その人にとって大事なものだからだよ。話しかけたら答えてくれるような気がするからだ。愛情表現かな」
「愛情表現。では、あなたはワタシを大事だと思ったから話しかけたんでしょうか」
そう言われても困る。
まあ、取材対象という意味ではある意味大事なわけだが…。
そうじゃないんだけどと曖昧に答えると、そうじゃないのに話しかけたんですかとロボットは食い下がった。ロボットのくせにしつこい。
「ええっと、君に話しかけたのは、なんて言うか、仕事でなんだ」
悩んだ挙げ句、僕は真実を話すことにした。どうせ隠すことでもない。
「話しかけるのが仕事なんですか」
「まあ、そう言ったところかな」
「変わったお仕事なんですね」
「まあね。人間は複雑なんだよ」
「そう思います」
そう言うとロボットは再び元向いていた方向に顔を向き直した。目の前に壁があるのに、その先のずっと遠くを見ているようだ。
それにしても驚いた。見た目よりずっと高性能なことは確かだ。作った人間が誰かは知らないが、現代の技術でここまで精巧なロボットが作れるものなのだろうか。いや、ロボットの廃れ方から判断すると、製造されたのは恐らくもっと前だ。10年か、20年か。いずれにしてもずっと昔に彼を作った人間がいることだけは確実である。
「こんなにしゃべれるなんて思ってなかったよ」
「言語を認識して完全にインタラクティヴな反応が出来るように作られていますから」
「これじゃ人間と変わらないよ」
「ワタシは人間ではありません」
僕の心は一気に沸き立った。これなら仕事になる。
インタビューをして、彼の生い立ちから、製造者のこと、そしてここに至るまでの経緯を聞き出して記事にする。これは確実に面白い記事になる。編集長もギャラを弾んでくれるかも知れない。
「えっと、それでまあ、仕事でなんだけど、ちょっとインタビューを取りたいんだけど、良いかな?」
考えてみたら相手はロボットなのだから、別に気を遣う必要はない。それでも最低限の礼儀として一応了解を取ったのは、彼があまりにもしゃべれすぎたせいかもしれない。
ひょっとしたら断られるかもとドキドキしていたが、ロボットは再び首だけこちらに向けて、
「ワタシに答えられることなら」とだけ言った。
「ありがとう」
僕はショルダーバックから取材用のノートとペン、そして小型のHDレコーダを取り出した。ろくな取材が出来るとは思っていなかったので、事前に質問することなど考えていない。真っ白なノートを前に少し途方に暮れたが、あせることはないのだ。ロボットにこの後のスケジュールなどない。基本的なデータから順を追ってじっくり聞いていけばいい。
「ええっと、それじゃまず名前から」
「製造番号P-NO1です」
「製造番号じゃなくて、名前とか持ってないの?」
「名前の正確な概念が理解できません」
「ええっと、つまり愛称みたいなもの。呼び名だよ」
「遠い昔、ピノと呼ばれていたような気がします」
「ピノか。ピノキオみたいだね」
その言葉にロボットが反応した。きぃと音を立てて首を少しだけ傾げる。
「ピノキオ? データにない単語ですね。何ですか?」
「おとぎ話だよ。木で作られた人形が命を持つんだ。その人形の名前がピノキオ」
「人形が命を持つんですか?」
そう聞かれて一瞬ぞくっとした。目の前のピノに命が宿っている気がしたからだ。慌てて妄想を振り払う。作り話だよと僕は自分に言い聞かせるように答えた。
「質問に戻ろう。君はどこで作られたの?」
「分かりません」
「作った人は? 会社は?」
「分かりません」
「作られた年月日は?」
「分かりません」
「どうしてこの公園に?」
「分かりません」
「いつからこの公園にいるのかな?」
「分かりません」
思わずレコーダを止めた。この態度の急変は一体何なんだ。さっきまであれほど友好的に話が進められたというのに。機嫌を損ねるようなことでもしたかなと思い返すが、機嫌も何も相手に感情はない。訳が分からず少しイラ立った。
「おい、いい加減にしてくれよ。『分かりません』の一点張りじゃ、インタビューにならないだろう?」
ピノはまた少し首を傾げた。
「分からないからそう答えたまでです。データにないことは答えられません」
データにないだって? そんなことが有り得るのか?
「君はロボットだろう。自分の基礎的なデータぐらい最初から持っているはずだ」
「最初は持っていたかも知れません。ですが、今はないのです」
嫌な予感が足元からざわざわと上ってくる。
「…どう言うことだ」
「無くしてしまったんです。いや、正確にはデータを引き出せないと言うことでしょうか」
…まさか!
慌ててピノを調べる。さっきは気づかなかったが、後頭部の辺りの鉄板が少し凹んでいた。サビの具合から見て、凹んだのは随分前だ。
「どこかでぶつけたのか?」
「おそらくは。そのせいか、記憶回路の一部が断絶してしまったようで、接触不良で昔のデータが引き出せないのです」
僕は思わず天を仰いだ。なんて事だ。こんな…、こんな…。
「マジかよ…」
「マジカヨ。またデータにない単語ですね。おとぎ話ですか?」
記憶喪失のロボットから、どうやってインタビュー取れと言うのだろう。何も覚えていないのでは何も喋れないも同然ではないか。ようやく射した一筋の救いの光が目の前でふっと消えるのがはっきりと見えた。
「何か困ったことが?」
困った原因はお前だよと吐き捨てになったが、ぐっと堪えた。ピノが悪いのではない。そう、彼は悪くないのだ。悪いとするならそれは…。
それは僕だ。
徹底して運が悪い。
何もかもついていない。
「ああっ! もう! 何で俺はこうもついてないんだ!」
怒りを向ける場所もなく結局自分自身に悪態ついた。何も知らないピノはその言葉を聞いて、何もついていませんがなどと呑気に答える。
そうして僕は猛烈に後悔した。悪態ついたところで虚しいだけだ。自分をさらにさげすむだけで、問題が解決するわけではない。かといって具体的な解決策が思いつくわけでもないのだが…。
これからどうしようと途方に暮れて、トンネルから這い出してブランコに座った。まだかろうじて息のあるブランコは、今の僕よりずっと命に満ちあふれた力強さで僕の身体を揺らす。
どのくらいそうしていただろうか。
ため息も底をつくほど出したので、そろそろ帰ろうかと入り口へと向かうと、坂の下から一台の車がやって来た。黒塗りの高そうな車だ。僕の稼ぎでは絶対買えない。狭い道なので、通り過ぎるのを待って行こうかと思ったが、その車は公園を素通りすることなく、公園の入り口に停止した。
何事か状況が把握出来ないうちに、中から二人の女性が現れた。




