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終章

数ヶ月が過ぎた。


季節は移り変わり、今はすっかり寒い。


春は近いはずだが本格的に暖かくなるのはまだまだ先の話だろう。


ここしばらくの間、世間は大変な騒ぎになっていた。


何しろ、100年前の天才が突如として現代に現れたのだ。

マスコミたちは騒ぎに騒ぎ、学会も騒然となったという。


僕を含め、天野や化粧坂、それに現場にいた業者の人間たちも世界中のありとあらゆる方面から取材攻撃にあった。あまりに酷いので一時期は携帯の電源を切って、友人宅を渡り歩いたほどだ。


編集長は僕にロボット公園の出来事を記事にするように言った。


最初は乗り気ではなく、断り続けていたのだが、説得に根負けして書いた。憶測がでたらめに飛び交う報道が多かったので、本当のことを伝えたかったと言えば聞こえは良いが、結局僕は書かなくては食べていけなかったのだ。あの出来事さえも、僕は売り払って金に換えた。


連載記事の載った雑誌は売れに売れた。


編集長は大喜びで、いつもの3倍以上のギャラをくれただけでなく、この記事を単行本にして出版したいと言い出した。図らずとも、僕は作家としてデビューするきっかけを得ることになった。


あれだけなりたいなりたいと夢見て、それでも届かなかったものに、いつの間にか辿り着いていたのだ。皮肉なものだと思う。


先日、その本が出版された。売れ行きは好調だと聞いている。


当の僕はと言えば、複雑な心境だった。


真実を伝えようという気が多少なりともあったとは言え、記事を書いた動機は結局は金だ。本になったり、作家デビュー出来たのはたまたまの副産物に過ぎない。


僕の意志であって、僕の意志ではない。

後ろめたかった。何だかやり切れなかった。これでよかったのか分からなかった。


だから、

僕は久しぶりに再びこの時越町の、公園へと続く坂道の下に立ったのだ。


だらだらとした坂を上る。


前に上った時は、まだ暑さの残る時期だった。

随分と昔のような気がした。


入り口に辿り着く。


公園は、綺麗に作り直されていた。

生い茂っていた雑草は取り除かれ、落書きだらけの滑り台は建て直されていた。


サビついたブランコも、新品のように光り、明るい色の塗装が施されている。

そして、外れにある砂場の奥に、

ピノが立っていた。


正確に言うと、ピノの銅像が建っていた。


そう、公園は残されたのだ。


瀬戸博士の帰還の一連の出来事から、ロボット公園とピノの話は広く世間に伝わり、多くの人の共感を呼んだ。マンション建設見直しの声が高まり、署名運動なども行われたと聞く。が、それ以前に事態を把握した化粧坂がマンションの開発の中止を決めたとも風の噂で聞いている。化粧坂は化粧坂で思うところがあったのかも知れないが、ひょっとしたらこの方が宣伝になると考えたのかも知れない。


本意はどうあれ、いずれにせよマンションを建てる話は白紙に戻り、公園には改装工事が施された。


ピノの銅像は、彼の功績を讃えてのものらしい。


銅像の前で立ち止まり、ピノに触れてみた。


寒風ですっかり冷え込んだ銅像に手のひらの熱が逃げていく。

ここに置き忘れて来た感情が、一気に戻ってくるのが分かった。


最後の最後で、僕はピノに言葉をかけてやれなかった。

彼がいなくなると言う事実から目を背けることしか出来なかった。


何と言ってやれば良かったのか。

それがずっと気になっていた。


言ったところで何も変わってなかっただろう。


ピノが理解出来たとも思えない。

なのにこんなにも気がかりなのは、

きっと自分のためなんだろう。


自分が納得したいから、自分の気を治めたいから、僕は答えを探しているのだ。


馬鹿馬鹿しいと思う。

情けないとも思う。


だけど、それがないと僕は再び歩け出せない気がしたのだ。


人間には納得が必要なのだ。

納得して、再び歩き出すさなくてはいけない。


それが、自分に出来るピノへの最大の返答だと僕は行き着いた。

この場所に来れば、何かが分かるかも知れないと思ってきたのだ。


銅像に手を当てたまま、僕は考えた。


しかし、明確な答えは得られなかった。もやもやとした気持ちが胸の内で渦巻いている。

もう少しで像を結びそうなのだが、ギリギリのところで形が揺らぐ。


何かもう一押し、きっかけになるようなものが必要なようだった。


ため息をつき、諦めて帰ることにした。

その時だ。


「楠山君じゃないか?」


後ろから声がした。


振り返ると、瀬戸博士が立っていた。

僕の顔を見ると朗らかな笑顔を一層ほころばせる。


「ああ、やっぱりそうだ。ひさしぶりだね」

「お、おひさしぶりです」


僕は頭を下げた。こんなところで会うとは思ってなかったので少し面食らった。


今は某大手企業の研究室にいると聞いている。そのことを尋ねると、博士はまた笑った。


「ああ。この近くなんだ。この町にしてくれって私がお願いしたんだ」


そう言うと博士は僕の隣まで来て銅像を見上げた。


「いつでもピノに会えるようにね」


想いを馳せるような遠い目で、博士は銅像を見ている。


「ロボットはもう作らないんですか?」

「うん。色々考えたんだがね。やっぱりやめにしたよ。作ったところでそれはピノではないからね。そっちの方が辛い」


博士は少し鼻をすすった。涙ぐんだのか、寒かったのか僕には分からない。


「本、読んだよ」


博士は僕の方を向いて唐突に言った。


「いい本だった」

「いや、その、あの」


突然本の話を振られて僕はしどろもどろになった。後ろめたかったのと恥ずかしかったのと両方でだ。慌てふためきすぎて寒いのに汗をかき出し、どうして良いか分からず、僕はただ「すいません」と謝った。そんな僕を見て博士はいぶかしむように眉根を寄せる。


「どうして謝る」


「いえ、なんというか、僕は部外者だったわけですし…」


部外者なもんかと博士は強く言った。


「君はピノの力になってくれた。ピノにとっても私にとっても最大の恩人なんだ」

「だからって、あんな本を出して良かったものかどうか」


消え入りそうな声で僕は言った。体中がかっかして熱い。上着を脱ぎたかった。


完全に挙動不審でしかない僕の態度を見て、聡明な博士は僕の考えていることが分かったようで、ああと声を上げると、突然僕の肩をつかんだ。


「自信を持ちなさい。君以外にピノの真実を伝えられる人間はいなかったんだから」


少なくとも私は感謝しているよと博士は僕の身体を強く揺すった。


その言葉に僕は随分救われ、気持ちが楽になったが、どう答えて良いか分からず、ただうなるようにううっとだけ答えた。それでも気持ちは通じたらしく、博士はにっこりと僕に微笑みかける。


「ピノから聞いていると思うが、私は過去に妻と娘を失ってひどく後悔した」


それは知っている。

それから全てが始まったのだ。


「その後悔を取り戻したくて、私はタイムマシンを作った。作って過去へと戻ろうとした。だがどうだ。結局は失敗してこの時代へとやって来てしまい、そればかりかピノまでも失ってしまった」


唯一残った家族さえも失ったんだと博士はひどく寂しそうに言った。


「いいか。楠山君。後悔はしても良い。だけど、後ろを振り向いてばかりはいけない。時間は前にしか流れないんだ。それと同じように、人間も前にしか進めない。だから…」


君は君の道を進んで良いんだよ。

私も、これからはそうして生きていくことにしたんだから。


「博士は、もう寂しくないんですか?」


僕は思わず聞いてしまった。聞いてからしまったと思った。博士には辛すぎる言葉だった。


「寂しくないと言ったら嘘になるな、今は」


博士はもう一度銅像を見上げた。


「だがね、楠山君。ピノはいつでもここで待っていてくれるんだよ。私のことをね。もちろん、この銅像はピノであってピノではない。形を模しただけのものだ。だが、ここにはピノの思考、ピノのいた記憶が刻み込まれている。寂しくなったら、私はここに来てそれを思い出すんだ。そして、また明日を見て生きていこうと思うんだ」


それは、

それは、僕がしようとしていたことではないか。


「楠山君。ピノは、私の中にいるんだよ。君の中にもね。だから、君も辛くなったら、心の中のピノに問いかけてみると良い。きっと、答えかけてくれるはずだから」


この言葉で、僕はようやくどうすればいいのかを悟った。

何と言うことだろう。

きっかけはこれだったのだ。

全てが仕組まれていたかのように、パズルのピースがぴったりとはまった。


今日ここに来たのも、博士と出会ったのも全て偶然なのだろうか。

誰かが僕のために、こんな手の込んだことを企んだのではないのか。


いいや、偶然であれ、必然であれ、歯車が回り出すのなら、それは運命だ。


僕は目を閉じた。

心の中に呼びかける。


ピノ、ピノ、ピノ。


…楠山さん。


なんだ、そこにいたんじゃないか。


…ハイ。ずっとここにいました。ようやく気づいてくれたんですね。


ずっと聞きたかったんだ。ひとつだけ聞かせてくれ。


…ワタシに答えられることなら。


また会えるかな。


…会いたいと思うなら、会えると思います。

君に会いたい時はどうすればいいんだ?


…ロボット公園に来てください。ワタシはいつでもここにいますから。


僕は眼を開けた。

銅像のピノは心なしか笑っているように見えた。


その台座の下に、春がほころび落ちていた。


小さな小さな花だった。


世界が踏みにじろうとも、決して壊れない。

純粋で愛らしい花だった。


(了)

完結しました。ありがとうございました。

昔舞台劇用に書き下ろした話を小説に直したものです。


タイトルと内容は46° haloさんの同名の曲から大分というか、かなり影響を受けているというか、ほぼ元ネタです。

http://www.youtube.com/watch?v=y5mGf6Nweu0


この曲に夏目漱石の「夢十夜」の第一夜が結びついてできたような話です。


今読むと、設定や描写にかなり突っ込みどころがありますが、敢えてそのままにしました。


少数だとは思いますが、最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。


次があれば、またお会いしましょう。

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