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序章

演劇部で昔書いた脚本を小説に書き直した物です。埃を被っていたので、公開してみました。楽しんで頂けると幸いです。

電話の音で目が覚めた。


今が朝なのか昼なのかも分からない。眠ったまま携帯電話を探すが、まわりをいくら探っても音の主をつかむことが出来ない。ほとんど開かない目で室内を見渡すと、上着のポケットに入れたままベッドから一番離れた位置に脱ぎ捨てられていた。過去の自分を恨みつつ、ふらふらと上着へと向かう。途中で床に放置してあったビールの空き缶を二つほど蹴飛ばした。軽い音が逆に気に障る。舌打ちをしたが虚しく部屋に響くだけだ。


ようやくのことで上着から携帯を取り出した。探している間に切れてくれる短気な携帯だったら助かったのだが、どうやら持ち主に似なかったようだ。


「はい、楠山です」

「もしもし、わたしだが」


甲高い声。聞き覚えがあるが、寝ぼけた頭では誰だか思い出せない。


「ワタシって知り合いはいませんけど…」


我ながらふざけた返答だとは思ったが、考えてみれば名乗らない方が悪いのだ。ひょっとしたらセールスの類かも知れない。これくらいが丁度いい。


「楠山君だよね」

「ええ、そうでふけどぉ」


話している途中であくびが出た。ごまかしようがないので向こうにもダイレクトに失礼が届いているはずだ。


「いいのかなぁ。そんな態度で、せっかくの仕事の電話だって言うのに」

…!


この時点で声の主をようやく思い出した。

「へ、編集長?! お、おはようございます!」


慌てて取りつくろったがごまかし切れていないのは明々白々だった。

「いつまで寝てる。今何時だと思ってるんだ」

「や、やだなぁ。寝てませんよ。何言ってるんですか」

「じゃあ何故『おはよう』なんて言う。とっくに昼過ぎだぞ」


たたみかけられて言葉が出なかった。慌てて時計を見ると確かに14時を指している。「おはようございます」ではなく「お疲れさまです」の時間だ。そんな僕の反応を楽しむように編集長は言葉を続ける。きっと僕が寝ていることなんて予想範囲内だったのだ。でないとあんなふざけた名乗り方などしない。


「うらやましいよなぁ。フリーライターって言うのは暇で。こっちは三日寝てないって言うのに」


三日寝ていないのは編集長の勝手であるはずなのに、こうも自慢気に言われるとこちらが後ろめたい気持ちになってくる。どうせ僕は仕事が無くて寝るしかないですよと言う卑屈な言葉が胸までこみ上げてきたが、ぐっと飲み込んで下請けの傭兵らしくおどけた返答をする。


「嫌味言わないで下さいよ。なんかあったんですか?」


「最新電気機器を扱った特集記事が丸ごと駄目になってね。取材した製品に欠陥が見つかったために発売延期になったんだ。出来た穴を埋めるのにてんやわんやだった」


そのニュースは知っている。昨日の夕方のニュースで見た。その時は自分には関係がないと別段と何も考えなかったのだが、そんな僕のミクロな意志とは関係なく、因果は巡り巡って雇い主に迷惑をかけていたわけだ。

大変ですねと不思議な縁に思いを馳せながら少し上の空気味に言うと、流石に無関心に聞こえたらしく、編集長の声のトーンが変わった。


「人事みたいに言うな。うちが潰れたら君も路頭に迷うことになるんだぞ」


この反応は赤信号だ。多分寝てないと言うのは本当だろう。気が立っている。今までは羊の皮を被っていたのだ。地雷を踏んだ自分を呪いつつ、なんとか雰囲気を和ませようとさらにおどけることにした。こう言う時に変にかしこまると説教モードか切られてさようならのどちらかだ。


「もう半分路頭に迷ってますよ。もうちょっと仕事下さいよ」

「だからその仕事をやるって言ってるだろうが。人の話をもっとよく聞け」

「すいません。寝起きなもんで」

「開き直るな」


おどけすぎた。このパターンだと確実に電話を切られる。せっかく舞い込んだ仕事の話だ。切られてはたまったものではない。僕は慌てて本題に入る。


「それで、仕事って何ですか? 前みたいにでたらめなUFOの目撃談とかまたでっちあげるんですか」


あれは真に迫ってたなぁ。本物より本物っぽかったと編集長は笑った。


「残念だけど今回はもっとまともな仕事だよ」と編集長は続ける。機転が功を奏したようで、少し機嫌が直ったらしい。取り敢えずレッド・ゾーンは切り抜けた。本当に残念そうなのが釈然としないのだが。


「至急取材してきて欲しいところがある」

「え? 取材? 本当ですか?」


取材と聞いて心が躍った。取材は手間がかかる分、通常の原稿よりギャラが高い。今月はあまり仕事がなかったので助かった。まさに天の助け。


「お前、時越町って行ったことあるか?」


瞬時に頭に路線図を出す。フリーライターなんて根無し草な商売をしていると仕事の度にあちこち行くので嫌でも電車に詳しくなる。


「うちから電車で30分ほどですけど、行ったことはないですねぇ。それが何か?」

「閑静な住宅地だよ。いわゆるベッドタウンって奴だな。最近開発が結構盛んらしい。その時越町の少しはずれたところにだらだらとした上り坂があるんだが、そのちょうど中腹に位置する場所に小さな公園がある」

「公園、ですか」

「といっても規模は比較的小さな公園だ。あるのはブランコと滑り台と砂場ぐらいらしい。まあ、今の子供は家でも外でもゲームをして過ごす世代だからな。公園は昔ほど大きくなくても良いって事だろう」

「すいません。話が見えないんですけど。公園の取材ですか?」

「近いが違う。実はその公園な、地元では『ロボット公園』って呼ばれてるんだ。何故だか分かるか?」

「さあ…」

「住んでるんだよ。ロボットが」

「…はあ?」

「ロボットが、その公園に住み着いているらしい」

「なんでまた」


それを調べてくるのが今回のお前の仕事だと編集長は言った。


「誰も知らないんだよ。いつからそのロボットがそこにいるのか。何でそこにいるのか」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。誰も知らないのにどうして取材しろって言うんですか? 取材のしようが…まさか」


そのまさかだよと、電話口から不気味な声が漏れる。嫌な予感がする。


「いるだろう、絶好の取材対象が」


嫌な予感は図星だった。


「ロボットに、インタビューしろってことですか?」

「期限は一週間だ。原稿料の他に必要経費も全額払おう。面白い記事待ってるぞ。じゃあな」


ブツッという音がして一方的に電話は切られた。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 編集長! 編集長!」


慌てて問いかけるも当然電話は切れている。かけ直したところで結果は同じことだろう。受けるしかないのだ。受けないなら別の誰かに話が行くだけだ。仕事が断れるほど僕は偉くない。


「…もっとまともな仕事くれよ!」


怒りのあまり、電話を投げつけてしまう。

慌てて拾い上げ、あちこちを確認する。良かった。壊れていない。今のところ、これがすべての仕事の入り口なのだ。うっかりライフ・ラインを閉じてしまうところだった。

それにしても…。


「ロボットにインタビューだって?」


そんなことって、出来るんだろうか?


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