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03 エキセントリック



「りっつー」


 遅刻しそうな折、もうすぐ校門に差し掛かろうというところで誰かに呼ばれた。立ち止まって辺りにキョロキョロと視線を配れば、史ちゃんがブロック塀の影から首だけをひょっこりと出して手招きしているのが見えた。

 あと3分もなく予鈴がなるのだが、わたしは歩幅を変えずにのんびりと史ちゃんの方向に足を進める。


「りっつー…昨日はごめんね!?」


 両手を合わせて頭を下げる史ちゃんの謝罪理由に、はて何かあったかと思い返して、ああ昨日の放課後の補習のことだろうかと結論に辿り着く。

 そんなことで沸点の沸の字すらない無気力なわたしが怒るわけないだろうことは史ちゃんも理解しているはずだ。だけどそんな性格と知っていても、本来一人でやるべき課題こととわかっていても、史ちゃんは約束事を必ず守り、守れなければしっかりとこんな風に謝ってくれる。

 わたしの周囲の人間は、わたしを含め、いい奴らばかりだ。


「史ちゃん…わたしそんなこと全く気にしてないよ。三浦がやってくれたし」

「うららん結局手伝ったんだあ…村じいに目を付けられると面倒だ!って、いの一番に帰るって言ってたのにー」

「…きっとわたしのことを脳のない家畜だと思って放っておけないんだよ、あいつ」

「ごめんりっっつー…その解釈分かんない」

「ま、ともかく昨日は何とかなったから史ちゃんがそんなに謝ることないよ」

「ううん…お詫びに、どっか遊びに行こ!」

「じゃああとで今日のお金は八洲やしまに請求しよう。あいつから謝られてない」

「あはっ!そうしよっ!」


 史ちゃんは満面の笑みで頷く。後々わたし達は八洲に恐喝紛いのことをするのだけれど、それはそれ、これはこれ。

 わたし達は悪い奴らではない。根っから誠実な人間である。


「駅前に新しくカフェ出来たの知ってる!?」

「あー、あの女の子女の子してる店?入ろうと思ったことすらないや」

「確かにあのお店、りっつーは入らなそうだねっ」

「うん絶対行かないね」

「行きたく……ない…?」


 しょんぼりと頭を傾げる史ちゃんを、わたしは微笑んでよしよしと撫でた。

 本当に史ちゃんは可愛い。わたしなんかよりもずっと女の子だ。もともとの可愛い顔はナチュラルメイクで引き立っていて、まつ毛は長いし目はパッチリしているからお人形のようだ。髪の毛だってふんわりと巻いて、制服もそこら女の子より自分がどう着たら可愛く見えるか知っている。

 きっと史ちゃんを第一印象で男だと認識するのは難しい、というか誰がどう見ても女の子以外には見えないだろう。

 その点、わたしは無気力という理由を盾に何にもしていない。髪の毛だって申し訳程度に梳かすだけだし化粧なんて面倒臭くてしていないし、そもそもしたことすらない。制服を可愛く着こなすどころか、きっちり着こなすのが息苦しくて着崩しているせいで三浦に不良かと言われるレベルだ。

 たまに、わたしと史ちゃんは性別を間違えて生まれたんじゃないだろうかと思うことがある。


「行こう。史ちゃんと遊べるならどこでも行くよーわたし」

「ほんと!?」

「うん、本当本当。樹海に誘われたとしても行くよ」

「嬉しいけどそれは絶対ないよ」


 真顔でそう言い放たれ、そう?と欠伸を噛み殺しながら言うと、校門から誰かが出てきた。もう間もなく予冷が鳴るということは先生…村じいかもしれないと身構えると、出てきたのは三浦と八洲だった。

 三浦はつまらなそうに、八洲はにっこにこと満面の笑みで駆け寄ってくる。まるで機嫌の悪い猫と人懐っこい犬みたいだ。いや、三浦は猫というよりどちらかというとライオンのほうがしっくりくる。


「どしたのふたりとも。予鈴鳴っちゃうよー」

「とかいう芳崎と史はこんなとこで何してんだよ?どうせサボリだろ?」


 八洲の問いに頷くと、史ちゃんは私の腕に巻きついてぎゅっと身を寄せてきた。わたしのほうが少し身長があるので史ちゃんの頭を撫でてこつんと頭を史ちゃんの頭に乗せると、八洲は肩を竦めた。


「相変わらずのべたべたっぷりで」

「だぁって女の子同士だもんー!ねえ、りっつー」

「ねー史ちゃん」

「けっ…中身は男のくせによくまあそんなこと言、うぶっ!!」


 言いかけた、というかほとんど言った八洲の腹部に史ちゃんの膝蹴りがクリーンヒットした。わたしの真横から八洲まで一瞬で膝蹴りを食らわせられる脚力はやはり男の子だからだろうけど、それでも外見も行動も言動も、史ちゃんは女の子なのだ。今のは八洲の自業自得である。

 そのまま史ちゃんの回し蹴りを食らっている八洲を横目に、わたしはちらりと三浦を見た。どうしてこいつはここまで不機嫌なのだろうか。いつも仏頂面で朝は特に低血圧だから機嫌が悪いのはいつものことなのだか、今日は割増している気がする。


「うららーん?今日納豆ご飯食べてこなかったのー?」

「納豆なんて食えるか。その渾名あだなやめろっつってんだろ」

「つっこみは健在だねえ」


 へらり、と笑ってそう言えば三浦の眉間の皺が更に濃くなった。

 三浦を知らない人が今のこの表情を見たら確実に殺されると思うくらい、今の三浦の表情は殺人鬼のごとく恐ろしい。どうやら朝ご飯を抜いてきたから、とかではないのだろう。


「どうしたの、三浦」

「あー、昨日うららん芳崎の課題手伝ったんだろ?それの罰に村じいがその倍のプリントと屋上の掃除しろってさ。嫌だっつったら更に教員用トイレの掃除も言いつけられてやんの!そんで機嫌悪いんだよ、こいつ」


 ばっかだよなー!なんて史ちゃんのパンチをかわしながら笑う八洲の顔面に、三浦のものと思われる鞄がまたもやクリーンヒット。わたしは心の中で八洲にばっかだなー、と鼻で笑ってあげた。

 しかし、どうやら昨日の脅しは本気のものだったらしい。おかげで手伝ってくれた三浦は課題と掃除を言いつけられたわけで。わたしだってそこまで堕ちた人間ではない。流石に罪悪感くらいは感じる。手伝えと言われても快く二つ返事をするつもりはないけれど。

 だけど、そこで最初の疑問だ。予鈴直前に何でこの二人は校門から出てきたのか。


「お前らサボんだろ。俺らも早退したからどっこ行こーぜ、八洲の奢りで」


 そんなことだろうとは、思った。

 八洲はその三浦の発言に対して、最初はにこにこと頷いていたけど奢りという単語が出てきた瞬間、ものすごい速さで首を横に振りだした。わたしも三浦も、それに史ちゃんも、流石に八洲にそこまで奢らせるつもりはないけど、八洲イコール奢らせるというのはわたし達の間では挨拶のように当たり前の台詞なのだ。当の本人は使命感のように思っているようだが。

 未だ八洲に攻撃を続ける史ちゃんに、わたしは肩をつついて止めに入る。八洲はどうでもいいが、今からまったりカフェに行くのに史ちゃんが疲れ果ててカフェで力尽きているところなんて見たくない。まあ、史ちゃんは女の子より女の子らしいが、男の子より男らしい一面もあるので問題ない気もするけど。

 肩を叩かれた史ちゃんは、はっとしたようにわたしを振り返り、ぎゅっと私の身体に抱き付いてきた。


「りっつー!脩次がむかつくー!」

「八洲だもん、気にしたら負けだよ」

「ちょ…芳崎、それ俺結構傷付くんだけど」

「何嬉しそうにしてんだよ八洲、気色悪い」

「なんでそう見えるんだよ!三浦、俺に八つ当たりすんのやめてくんない!?」


 八洲の主張は学校から聞こえてきたチャイムに半分掻き消された。

 三浦はがしがしと頭を掻いて、わたしと史ちゃんを冷たい目で見つめてきた。先ほどの八洲の発言に史ちゃんもそこそこ不機嫌になってしまっていて、史ちゃんはそんな三浦を威嚇し始める。

 超絶不機嫌の二人の視線の間にわたしが入っているので、どうか二人とも柔らかくなってほしいのだが、触らぬ神に祟りはない。そっとしておこう。


「今の予鈴?」

「今のは本鈴だろ、時間的に」

「りっつーと駅前のカフェ行こうってさっき話してたの。うららんと脩次はどうする?」

「腹減った」

「俺も朝練してたから腹減ったー!」

「あれ、八洲朝練いってたの?帰宅部じゃなかったっけ」

「芳崎と一緒にしないでくださーい。俺いちおバスケ部員だからな」

「あれ?そうだったっけ」

「知らねえ。八洲が何部とか興味ねえ」

「バスケ部の割にチビだよね、脩次。かわいそー」

「まじ本当お前ら酷いな!!いいけどさ!もう慣れたけどさあ!!」

「駅前のカフェだろ、早く行こーぜ」

「…おう……」


 史ちゃんはカフェの単語が出た瞬間、笑みを取り戻してスキップしながら先を行く。こっちだよ、と笑顔で振り返ってくるのがまた可愛くて、ついこっちも笑顔になる。

 三浦は胃に食べ物が入れば本当にどこでもいいらしく、欠伸をしながら史ちゃんの後についていく。わたしも三浦の横に並んで歩き出すと、さらにわたしの数歩後ろを八洲が項垂れたようにとぼとぼついてくるのが見えた。

 さすがに連続で辛辣だっただろうか。いつものノリだったけれど、どうやら今日はみんな情緒不安定だ。八洲が少し可哀相になったので、三浦の隣から八洲の隣に移動する。

 隣にわたしが来たことに気付いた八洲は、口を尖らせて視線をまた下の方に向けた。


「何凹んでんのさ。八洲らしくない」

「だって俺、一年の時レギュラーだったし…エースだったし」


 こいつはどうしていじられキャラのくせに変なところでプライドが高いのだろう。わたしは軽く噴き出して、八洲の背中を強めに叩いた。オーバーリアクションに痛がる八洲をくすくす笑うと、八洲は口を尖らせたまま、わたしの頭を掴んだ。八洲はわたしより15センチ以上は高い。その位置でわたしの頭を掴んで下に押し付けようとするなんて、身長が縮んだらどうしてくれる。


「…笑うなよ」

「いやだって、そっかそっかー」

「なんだよー!」

「八洲がバスケやってる時は別人だもんね。すごいと思うよ」

「…い、や別に」

「別に何さ。照れてんの?」

「うっせーよ!別に芳崎にすごいって言われたってよー…芳崎だって、」

「わたしが、なに?」


 にっこりと笑みを張り付ければ、八洲は目を見開いて慌てて首を横に振る。

 ああ、やっぱり今日はみんな情緒不安定なのかもしれない。

 わたしは八洲の腕を掴み、もう随分差が開いてしまった史ちゃんと三浦の元へ駆け出した。そして掴んでいた八洲の腕を思い切り引っ張り、前にいた三浦へと投げ飛ばす。わたしの力では本当に飛ばすことはできないけど、それでも八洲はバランスを崩して三浦にそのまま突っ込み、三浦は八洲ごと支えられなくて地面と挨拶した。


「いって…おい!芳崎ー!!」

「えへっ?」

「可愛くねえんだよ、てめえ!そんなに殴られたいか!」

「いや、たまにはスリリングにさ」

「意味分かんねえんだよ!八洲投げてくんな!」

「え、違うよ。八洲が自分からタックルしに行ったんだよ」

「ああ!?」

「いやいやいや!!俺今の無実だから!怖いから睨むなよ、三浦ー…」

「ねーえー!みんな早く行こうよー!」


 むう、と頬を膨らませる史ちゃんに、わたし達は互いの顔を見て苦笑する。


「行こっか」

「はーやくーっ」


 そんなにカフェが待ち遠しいのか、わたし達が史ちゃんに追いつくや否や史ちゃんは駆け出してしまったのでわたし達は徒競走さながらカフェまで走ることになった。

 駅前のカフェに着き、わたし達は走り疲れてそれぞれ飲み物を頼んだけれど、史ちゃんがウェイターにメニューのデザートを全品頼もうとして、わたし達三人は全力で止めた。



 


 

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