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虚数のバベル  作者: 石田かのん
EPISODE1 「蜃気楼」
7/25

第六章 アウトフォースとホムンクルス

略奪犯は、略奪されたBAは、スパイクは考える。


そんな顔すんなよ。

まるで俺たちが悪者みたいじゃないか。

俺たちの目的が分からないって顔だな。

俺はただ、人間が憎いだけだ。

何が憎いって、まず人間の言っていることが気に入らねえ。

自分たちは大した事ねえのに口先ばかりであれこれ言う。こっちはその一言一言にいつも振り回されているにも関わらずだ。だったら自分たちで動けよ。

人間の眼が気に入らねえ。

俺を見るとき、奴らは決まって俺を蔑んでやがる。更にタチが悪いことに、意図的に蔑んでいるわけじゃないらしい。つまり、奴らは本能的に俺を見下しているってことだ。奴らはきっと俺の目の前で小便しても何も思わないだろうな。

そして、安全地帯から実際に動いている俺を高みからの見物と言わんばかりに見下してやがる。

人間らの振る舞いが気に入らねえ。

自分たちがいる安全地帯にいざ危機が迫るといつも俺を無能呼ばわりする。命令してるお前らも同類だろ。

まあ、要するにあれだ。

理不尽にも程があるだろうが。

でも昔の俺はあんたらに反抗する勇気も力もなかった。

分かるか、この屈辱が!?

そんな程度のあんたらに使い古されて日々を浪費していくだけの苦悩が!?

なあ俺の考えていることは、理に適っていないことか?


■■■■■■


「バベルの塔の話を知っているかい?」

ライオスは淡々と説明する、まるで教師のように。

「ああ、知ってるよ。人間が神に挑もうとして馬鹿みたいに高い塔を作ったら、神が怒って塔を壊して世界中の人間が使う言語をばらばらにしたって話だろ?」

「そう。それが転じて、今では実現不可能な計画や科学技術の進歩に対する戒めの象徴がバベルの塔と言うらしい」

真生は再び問いかける。

「……で、それがどうした?」

その問いに、ライオスは淡々と言う。

「バベルの塔は、もう崩壊を始めているんだ」

「もっと分かりやすく説明してくれ。バベルの塔とは何だ?」

真生の最後の問いにライオスは一言の固有名詞で返す。

「マリアだよ」


■■■■■■


奏は、正真正銘マリアの娘だ。

人類の粋を結集して作られた大規模なプログラムの塊、マリア。

そのマリアは至る所で見えない綻びが生まれている。その綻びの最たるものがアウトフォースだ。

おそらく、全世界の人間が情報共同しようとして失敗したんだろう。

だが不幸なことに、その綻びに気付いている人間は数えられるほどしかいない。

それも当然だ。

マリアは人間が管理するには大きすぎる。

さらに不幸なことに、今の人間の世界はマリアが無ければ回らない。

追い打ちをかけるように、更なる混乱がマリアの中で起こる。

マリアの中にはアウトフォースを排除するプログラムと、アンドロイドの破壊を防ぎ、保護するプログラムが同時に存在したのだ。要するに、マリアは、自らハード面で動き、自らの分身たるセカンドタイプのアンドロイドを破壊することはできない。

よって、マリアの思考が一切関与せずにアウトフォースを破壊するための、新しいシステムが必要だったのだ。

この排除プログラムと保護プログラムと言うジレンマを抱えたマリアは一つの答えを導き出す。

それが彼女、氷咲奏だ。

彼女は、マリアが独自の技術で開発した、アンドロイドともクローンとも違う、全く新しい命なのだ。

マリアによって開発されたアウトフォース破壊のための新戦力である彼女は、人間とほとんど見分けがつかない外見でありながら、およそ普通のBAでは足元にも及ばない戦争能力を有していた。

ある人間は彼女を救世主と言うだろう。

ある人間はそれを化け物と呼ぶだろう。

ある人間はそいつを異次元からの使者と崇めるだろう。

マリアによって作り出された彼女はブルーホライゾンの研究グループによって発見された。

その後、ブルーホライゾンの研究所で解析されたが、その生命機構の全容の解析は出来なかった。

そして、彼女にとっての不幸は、ブルーホライゾンの研究員たちはマリアの意思を介していないことだった。つまり、彼女を研究対象として幽閉したのだ。

そして、彼女にとっての幸運は、その研究所で起きた爆破事件に乗じて研究所から逃げだせたことだった。


■■■■■■


「彼女の正体について、分かっていただけたかな?」

ライオスは、そう言って締めくくった。

「……そんな馬鹿な……」

真生は正直半信半疑だった。

今や世界を動かしていると言っても過言ではないマリアが狂い始め、正体不明の技術で正体不明の存在を作り上げる。

もしこれが本当だったら、いつマリアが人間の管理の手を外れるか分かったものではない。

そうなったら世界はたちまち大混乱に陥るだろう。

「まあ、そう言う反応も分かるよ。自分たちが依存しているシステムの不備を知った時こそ、人間は一番不安な気分になる」

以前から規定外の行動をとるセカンドタイプ、アウトフォースの存在は認識されていた。

しかし、それはセカンドタイプ全体の極々一部に過ぎない。

稀にアウトフォースは確認されるが、それはプログラムの不備によるものだ。少なくとも、一般的な見解はそうなっている。

だから正直、マリアが狂っている、と言われても実感が湧かないのだ。

「マリアは正常だ。セカンドタイプのほとんどは正常に稼働している」

真生は切り返す。

「目に見える範囲では正常かもね。でも、プログラムは外から見えない。バグの要素を持ちつつ稼働するCPUだってあり得なくはないさ」

「しかしマリアが暴走していることにどうして誰も気がつかない?」

真生は反論する。

「マリアは異次元の産物だから、その異常に気付きにくいだけだよ」

「異次元?」

「そう、異次元。もし現実世界で物が壊れたら、普通周りの人間は気付く。それは物が僕たちと同じ次元のだからだ。だが、一方でマリアはデジタルの産物、つまり異次元にできた物だ。一般人がその危機に気付かない可能性は大いにあり得る。なぜなら、マリアが人間に直接害なす訳ではないからだ」

確かに、的は得ている。

マリアの不備で害が出ても、その害を出すのはセカンドタイプだ。そうして害をなしたセカンドタイプは、バグを持ったアウトフォースとして処理される。マリアから抽出したプログラムの組み合わせが悪かったと結論付けられるのが普通だ。そして、マリアそのものを否定する人間はいないだろう。

「じゃあ、なんでマリアは暴走している? 原因は何だ?」

真生は、新たに問う。

しかし、それに予想外の返答が返って来た。

「なあ、君、高層ビル一つを建てるのに必要な構造計算書はどれくらいだと思う?」

「……は?」

いきなりの問いに、真生はたじろぐ。

「場合にもよるけど、最大で五千枚以上だ。文字の量だったら辞典一冊の何倍もあるよ」

「何が言いたい?」

「『大きなものを作るには、しっかりとした設計が必要』ということさ。だがマリアはどうだい?」

「マリアの設計に不備があると?」

マリアが作られた経緯は真生も知っている。

世界中のプログラマーの粋を結集して作られたデータバンク、マリア。作られたのはもう何世紀も前だ。

「そうは言っていないさ。ただ、ビル一つ建てる場合でさえ、計算書を隅々まで確認するのは大変な作業だ。だけど、建物の倒壊なんてあってはならないことだから計算書は徹底的に調査される」

「マリアの調査は不十分? マリアの作製は世界トップレベルのプログラマーが一丸でやった。その中で不備に気付く人間が一人もいないとは思えないが」

「本当に『一丸』になれたら良かったんだけどね……」

「どういうことだ?」

「日本は平和だけど、未だに世界中で戦争が行われている。世界中の人間が価値観をぶつけ合っているのさ。そんな状況で本当に人間が一丸になれるのかな?」

「……」

真生は、何も言えなかった。

「つまり、価値観が違う人間たちが一丸になりきれないまま、マリアを作ったものだから綻びが生まれてしまったのさ。一丸になれたと思っているのは本人たちだけ」

「その綻びがアウトフォースだと?」

「そう。マリアを大きな建物に例えるならば、今は倒壊の一歩手前。柱にヒビが入ったり壁が崩れたりしている状況だ。さらに悪いことに、マリアは今でも大きくなり続けている。倒壊しかけの建物を無理に増築すれば、結果は見えているね?」

何となく意味は理解できた。

ならば、残った疑問が一つある。

「じゃあ、彼女は?」

「奏のこと?」

「ああ。マリアはどうやって彼女、ミラージュを作ったっていうんだ? マリアが独自に研究開発していたんなら、誰かが気付くと思うが?」

「人間の管理が及ばない広大な土地で行ったんだ」

ライオスにしては珍しく漠然とした答えだった。

しかし、真生にはその答えの意味が理解できた。

「広大な土地……ってまさか」

「そう。本土だよ」

真生は、愕然とした。


■■■■■■


「本当にここでいいんだな、枝野?」

四課課長は横の枝野に問う。

「間違いありません、難でしたら、私の役職を賭けてもよろしいです」

彼は枝野からの情報を頼りに、今朝の廃工場とは別の廃屋の近くに来ていた。

「いや、仮にここが本命でなくてもお前の責任は問わない。私は覚悟はできている」

「……かしこまりました」

いま、目当ての廃ビルの周辺にはASDの特殊部隊が待機している。略奪犯たちを一網打尽にするためだ。

少し離れた装甲車の中から、課長と枝野はその指揮に当たっている。

本庁にいた課長のもとに枝野から連絡があったのは数時間前のこと。

長時間連絡が取れなかった部下から突然連絡が来て、特殊部隊を寄こせと言われたときは驚いた。

どうやら、枝野は独自の情報網をフル活用して情報を得たらしい。これでこの廃屋が略奪犯の本拠地であれば、大手柄だ。

ただ、課長には一つ気になることが。

枝野が得た情報の入手源が明かされないのだ。

「情報源はやはり明かせないのか?」

「はい。申し訳ありません」

手段が伏せられているということは、表沙汰にできない情報源ということだ。それが違法ものであることを、課長は察していた。

(まあ、いつものことか)

枝野が違法手段にでることはこれが初めてではなかった。それだけでなく、枝野は捜査の手段を選ばない問題児としてASD内部で有名だった。

そして、その手段の違法性が問題になる度、この課長が解決していた。なぜなら、枝野は手段に対する結果を出しているからだ。

今回も例外ではない。

彼らがいる車の内には数多くのモニターや通信機器で埋め尽くされている。その通信機器の一つに連絡が入る。

特殊部隊の隊員からの無線だ。

[課長、建物への突入準備、完了しました]

課長と枝野は眼の前を埋め尽くすモニターに注目する。それぞれのモニターには隊員に装備されたカメラの映像が映る。

「では、課長」

枝野が課長を促す。

課長が無線の準備をする。

ここから、課長が突入の指示を出すのだ。

だが、その出鼻は挫かれる。

耳を劈くような轟音が響いてきたのだ。

「……何だ?」

轟音は、建物の内部から聞こえる。その音は、小規模な爆発音の連続だった。とても『煙臭い』音。

その場にいた全員が、それが銃声であることを悟った。

それも、一つや二つではない。音だけでは判断できないほどの数の銃声だ。

大きいものから小さいものまで種類が様々だった。

彼らは知るところではなかったが、このとき建物内部では略奪されたBAが氷咲奏という少女に銃弾の雨を浴びせていた。

これだけの銃声を聞けるのは戦場ぐらいのものだろう。課長はそんなふうに考えた。

「課長! 早く突入の指示を!」

轟音の中、大声で枝野が声を上げる。

「待て、中で何が起きているか分からん以上、部下を危険に晒す訳にはいかん」

課長は枝野を制止した。

だが、枝野は止まらず捲し立てる。

「でも、中にあいつらが!」

「……だめだ」

課長は断言した。

すると、枝野は上司の手から無線を奪い取った。

枝野は、そのか細い腕から想像できない力で無線を強奪する。一瞬の出来事に、課長は反応が追いつかなかった。

「枝野!」

課長は部下を止めようとしたが、枝野は上司の声を聞かず、無線に向かって大声で指示を出した。

「突入開始!」

装甲車の中に、枝野の甲高い声が響いた。


■■■■■■


真生は考える。

今の話はライオスの妄想ではないか。

ライオスの話が嘘だったらどれだけ気が楽なことか。

気付けば、真生は今しがた聞いたライオスの話の矛盾点を探そうと必死になっていた。

(そうだ、今彼女はBAの軍団と対面中なんだ)

(もしあれだけの数のBAと一度に戦闘したら流石に彼女もお手上げなんじゃないか?)

(ビルは完全に包囲されたって彼女から連絡が……)

(……連絡?)

「少し待て」

真生の中で疑問が生まれる。

「……何か?」

「さっき、あんたは彼女から『戦闘を始めたとメールが来た』と言ったな?」

「そうだね」

「随分余裕なんだな? 戦闘中にメールとは」

自分としてはかろうじて見つけた矛盾点を突いたつもりだったが、これまた予想外の返答が返ってきた。

「彼女は携帯無しでメールが出来る」

「……は?」

真生は驚きを超えて唖然となった。

「あいつの体内にはコンピューターのCPUと同等の機能を持ったデバイスが装備されている。銃弾の雨の中でも意識だけでメッセージを送れるぐらいに高性能なやつがね。ネットにつなぐことも可能だ。それを使えばネットから独自に情報を集める事が出来るらしい。まあ個人IDが無い彼女はアーカイブ・アイズのアカウントは取得できないらしいけど。嘘だと思うんだったら見てみるんだ」

そう言うと、ライオスは携帯を投げてよこした。

そこには確かにBAの動向と戦闘開始の旨が書かれていた。

だが何より真生が気になったのは、

「アドレスが……空白?」

本来、メールアドレスは何らかの文字の羅列によって作られる。

何らかの事情でアドレスが表示出来ないということがあっても、空白となることはあり得ない。

しかし、渡された携帯に表示されていたアドレスは空白。文字通り、何も表示されていなかった。

つまり、空白というアドレスが存在していたのだ。

現実には、こんなアドレスは存在しない筈だ。というより、現行のシステムではこのようなアドレスは使用できない筈だ。

真生は、ある程度電子工学に詳しかったから理解できた。だからこそ理解できなかった。

「少しは信じてもらえたか?」

「……」

真生は、ライオスの言葉に信憑性を感じ始めていた。

「これでも信じてくれないんだったら、ASDに戻ったらあのビルについて調べてみるんだ。あの廃ビルには今頃BAの残骸の山が出来ているから」

「……まさか……」

真生の言葉を無視してライオスは話し続ける。

「彼女の正体は厳密にいえば僕にも説明できない。何せ、彼女を作ったのはマリアただ一人だ。それに、彼女を作り上げる技術も現代の技術よりずっと進んだ技術とあってはお手上げだ」

「つまり、マリアにしか分からないと?」

「そうだ。理解が早くて助かる」

そして、真生は再び疑問を口にする。

「最後に一つ聞いても?」

真生の最後の疑問だ。

「ああ、いいよ」

「なんであんたが『そんなこと』を知っているんだ?」

初めてライオス自身のことを聞かれた。

「……調べれば分かることだから敢えて隠さないけれど、僕の父親はブルーホライゾンで研究員をしていたんだ。例の爆破事件で死んでしまったけれど」

「……それはお気の毒に」

「父の名前は、才川来斗。ミラージュの研究主任だった男さ」


■■■■■■


時は、ブルーホライゾンの施設爆破まで遡る。


「おはよう奏」

カプセルの外には、才川がいた。

「おはよう、才川さん」

奏も挨拶を返す。

カプセルの外に出ると、自分が危険な場所にいることが一発で理解できた。

エレベーターの中に自分たちはいるのだと思う。

しかし、本来付いているはずのLEDは消え、足元の非常灯が不気味に点灯していた。

カプセルのすぐ隣には頭を潰された人間の死体があった。死体の状況から見て、死んだのはついさっきか。

「……大変そうね」

「ああ、まったくだ」

一糸纏わぬ姿だった奏に才川が手早く白衣を羽織らせる。

奏は即座に施設のサーバーにハッキングを仕掛け、現状が理解できた。

「建物の数か所で爆発が起きているらしい。早いうちに脱出しないとこのエレベーターも危険だ」

「流石、現状の呑み込みが早い」

才川は感心して言った。

そして、才川は現状を少しでも改善するために提案する。

「分かっているなら、奏、お前はここから逃げろ」

奏は即座に聞き返す。

「……本気か? あんたはどうするの?」

むしろ正気か、と聞いているような口調だった。

「俺のことなんかはどうでもいいだろう。俺たちなんかにかまっていたら俺と一緒にお陀仏か、『連中』にまた捕まっちまうぞ」

「馬鹿。私があんたを放っておけるわけないだろう」

(やはりそう来るか)

才川は内心ほっとする反面、どうやってこの娘を説得したらいいものか考えた。

「あのなぁ、気持ちはありがたいが、お前には生きてやらなきゃあいけないことがあるだろう?」

「ああ、そうだ、でもそのためにはこれからもあんたの協力だ必要だ。そうだろう? そのために、あんたも、そこのヒューマノイドもここから回収するよ」

(やれやれ、こういうところは普通の人間と変わらないんだな)

「またまた、そ……」

そこまで聞いて、才川は妙なことに気付く。

(『そこのヒューマノイド』だ?)

ヒューマノイド、別名人型アンドロイド。

今この場にはヒューマノイドはおろか、アンドロイドすらいないはずだ。せいぜいが本体を潰されて稼働しなくなった移送用アンドロイドぐらいで。

今現在、自分たちの周囲で動く人型の個体といえば、自分と、奏と……

そこまで考えてはっ、となったとき、腹部の方から激しい痛みがこみ上げてきた。

「……ヴぁ?」

才川は、自分の腹部から血が噴き出していることに気が付いた。

自分の後ろに立っていた『警備員の姿をした何か』が自分を後ろから撃ったのだ。

「ぐお    お    お おお   おああああをお  おおうぅぅうぅぅぅ」

それに気付いた直後、才川は呻き声を上げながら、自らの不甲斐なさを恥じた。

(まさかこんな近くまで外部勢力が潜んでいるとはなぁ)

自分も奏の開放を望んで行動しようとしていたが、まさか別勢力が介入してくるとは。

そして、その光景を奏は困惑とともに見ていた。

ヒューマノイドの行動を予測できなかった奏は才川の返り血を浴びながら愕然とする。

(何? これは何?)

(このヒューマノイドは何?)

(どうして才川さんを撃つの?)

(どうしてどうして才川さんが撃たれるの?)

(どうしてどうしてどうしてどうして)

「(あああああああああああああああああああああああ!)」

マリアに生み出され、ブルーホライゾンに確保された自分を実の娘ように扱った、奏にとっての父が、眼の前で刺されている。

気が付くと、奏は叫び声とともに警備員の姿のヒューマノイドを手掴みで破壊していた。

奏が腕をふるうと、ヒューマノイドの首が拉げた。

奏が腕を突き出すと、ボディが串刺しになった。

奏がボディを掴むと、胴体が上半身と下半身に分かれた。

その光景はまるでホラー映画に出てくる、素手で人を殺す怪物そのものだった。

この後、奏は追手を掻い潜って脱出する。

奏が壊し屋として裏社会に名を馳せるのは、この直後のこと。


■■■■■■


「その後、彼女は僕を頼って来た。いきなり来たからびっくりしたよ。僕は父の研究については何も知らなかった。なにせ、僕が小さいころに父とは絶縁状態になったから」

ライオスは思い出しながら語る。

「なるほど」

「で、その後彼女の口から事情を聞かされたってわけ。最初聞いたときは僕も半信半疑だったよ。でも、彼女の身体はその何よりの証拠になった」

「……そうか。で、何でそのミラージュが壊し屋稼業をやっているんだ?」

「残念ながら、それは答えることはできないな」

真生の問いを、ライオスは本日初めて拒否した。

「なぜ?」

「ここから先は、彼女のプライベートだよ」

どうやら、ライオスは彼女を一人の人間として見ているようだ。

「……分かったよ。あんた、意外と良い奴じゃないか」

「お褒めの言葉ありがとう」

そこまで聞くと、真生はふう、と息を吐いて立ち上がった。

これ以上この男から聞くことは無い。そのまま出口に向かって歩いて行った。

真生は、彼女のことを理解することを諦めることにした。彼女、ミラージュのことを本気で理解しようとすることは、自分にはできないと考えたからだ。

「時間を取らせたな」

真生はライオスに対して言った。

「もう行くのかい?」

「ああ。今日は色々ありがとう」

ライオスは、気にしてないとばかりに返答する。

「なに、大したことじゃない。それよりその怪我、医者に診てもらうんだぞ」

真生の銃創は完治していない。応急処置をしたので、今すぐ命に関わることは無いだろう。しかし、本格的な診察は必要だ。

最後に、ライオスは去ろうとする真生の背中に言葉をかけた。

「この話を信じるも信じないも自由だ。彼女のことを知ろうとした人間で平常心を保てた人間はごく僅かしかいない。あんたが、これ以上発狂しないことを祈っているよ」

それを聞くと、真生は教室を後にした。


真生は、なぜ彼女がミラージュと呼ばれているのか分かった気がした。

ブルーホライゾンは彼女の存在を否定したいのだ。

ブルーホライゾンの研究施設といえば世界屈指の技術力を誇る。

その研究施設でさえ全容が解明できなかったとあれば、その対象の存在を否定したくなるだろう。

まるで、それが「蜃気楼」であるかのように。


真生が去った後の教室でライオスは考える。

(最後に警告したのは良いけど……)

(彼女がこれ以上奏と関わろうとしなければいいんだけどね……)


■■■■■■


廃ビルに突入したASDが見たものは、破壊された盗難品の山だった。

「これは一体どういうことだ……?」

四課課長が部屋を見渡しながら呟いた。

部屋には未だ硝煙が漂う。戦闘の生々しい痕跡がそこにはあった。

「どうやら、ここで戦闘があったらしいな」

課長は分析する。

(これでは今朝の廃工場と同じではないか)

課長は自らの不甲斐なさをこのように呪った。

課長だけではない。四課の人間たちの心中は、穏やかではなかった。彼らはまた遅れをとったのだ。

「課長、こっちへ来て下さい!」

部屋の一角で、枝野が声を上げる。

「どうした?」

課長が枝野の側へ行く。

枝野の視線の先には、機能停止したBAが。

そのBAの背丈は人間のそれを優に超え、脚部にはローラー、機体両脇に巨大なマシンガンが装備されている。

不思議なことに、このBAにのみ大きな損傷が見られない。

「この機体は損傷がないな」

課長は言った。

「はい。それにこの機体はまさか……」

枝野は、BAを見上げながら言う。

「ああ。ブルーホライゾンが警備用に導入しているものだ」

課長が続ける。

「この機体はブルーホライゾンから盗難されたものでしょうか?」

枝野が問う。

「おそらくそうだろうな。ブルーホライゾンが盗難被害にあったものは『例の試験兵器』だけではなかったようだな」

この言葉を裏付けるように、機体側面にブルーホライゾンのロゴが。

「略奪されたのは、Dブロックの研究施設の一件とみて間違いなさそうですね」

枝野が言う。

Dブロックの施設の詳細は、事件から数カ月経った未だに全体像が掴めていない。

情報が上がってこないのは、捜査が難航しているからか、それともブルーホライゾンが協力的で無いためか。課長はそんなことを考えていた。

自分たちが倒壊現場の調査を行いたいのだが、施設跡地はブルーホライゾンが独自調査を行っているらしく、自分たちは手が出せない。

そういえば、ブルーホライゾンといえば一つ気がかりなことが。

「なあ、枝野。お前、『壊し屋』を知っているか?」

「何ですか、それは?」

突然の上司の問いに枝野は困惑する。

「いや、知らないのならばいい」

最近、BAを破壊して回っている存在がいる、という噂がある。ハッキング、戦闘に秀で、正体が一切不明の存在。

その存在を人は『壊し屋』と呼んでいるらしい。

そして、その壊し屋の出現時期がブルーホライゾンの事件とほぼ一致するのだ。

課長は、心のどこかで思った。

もし、壊し屋が実在するのなら、それは本当の意味での化け物なのだろう、と。


四課の刑事が廃ビルの検証を進めるのを、奏は外から眺めていた。

ASDが出動したとあって、廃ビルの周囲は野次馬で溢れていた。

野次馬の中から奏はビルを観察する。

(ASDの人たち、来るのがやたらと早かったな……)

奏が『スパイク』という個体のハッキングを追えると同時に、ASDが突入してきた。

突入のタイミングは最悪だった。ビルからの逃走が手一杯で、スパイクを物理的に破壊し損ねた。

考えてみれば、奏がこの情報を仕入れたのはASDの関係者からだ。ASDがこのビルのことを知っていたとしても無理は無い。

(とりあえず、ライオスに報告しに戻るか……)

奏は、無言で人だかりから抜けて行った。

向かう先はライオスの自宅兼学習塾。

奏が去った後でも、野次馬たちは相変わらず現場を眺めていた。

まるで、氷咲奏という異常な存在が最初から存在しなかったように。


■■■■■■


奏は、アンドロイドの思考回路をハードからハッキングできる。

つまり、アンドロイドの脳であるCPUの中身をのぞき見ることができるのだ。

まるで、人間の心の中が分かる超能力者の如く。


■■■■■■


「つまり、略奪犯たちの正体は人間に対しての憎悪を取り込んだアンドロイドだったってわけか」

奏が戻って来た夜の教室で、ライオスは言う。

奏は、ライオスの学習塾に事後報告をしに来ていた。

本来であれば、報告は奏の頭脳をネットに繋ぎ、ネット経由で情報を送ればいい。

しかし、ライオス自身が面を向き合わせての情報共有を好んでいるため、情報共有の度にライオスのもとを訪れるのだ。

「そういうことです。彼らは人間に対する憎悪……さらに詳しく言うと『人間に使役されること』に反感を覚えたようです」

「なるほど……」

「大元の一体がそのフィーラーを意図せずダウンロードしてしまい、そのフィーラーを他のBAに同じようにダウンロードさせて、自分だけの軍隊を作ろうとしたんです」

「同じようにダウンロード、か……」

ライオスは、まさかという表情を浮かべる。

それに奏は補足する。

「恐らく、レゾリューターかと」

「星山の奴……」

レゾリューター。

全盛期の星山武によって開発されたシステム。

一体のアンドロイドのプログラムの一部を別のアンドロイドと共有する機構だ。

彼の企業はこのシステムで急速成長を遂げた。それも、星山が廃人となるまでの間だったが。

「それを使ってBAを入手していけば、確かに自分の軍隊を組織できるかもな……でも今の星山にそんな気力あるのか?」

「いいえ。ですので、今回の一件はその軍隊の大元の一体のアンドロイドが発端と思われます」

「大元の一体、か」

「彼らはアックスと呼んでいました。もっとも、彼は予期せず追放されてしまったらしいですが」

「で、そのアックスは今どうしているんだ?」

「現在行方不明です」


■■■■■■


BAの軍隊を破壊した後、ライオスの教室に戻る前に奏はとある場所によった。

半日前に訪れた星山武の自宅だ。

自らが数時間前に電子キーをスナークした玄関を入る。

電子キーは修理されていなかった。

その後、星山の住居を見て回ったが、マコトの姿は見えなかった。

そして、当の星山はベッドの上で大いびきを立てていた。


■■■■■■


王の座から陥落したマコトは、星山の前から姿を消すことにした。

自分には星山に仕えるというプログラムが組まれている。しかし、星山の周囲に自分がいることで、むしろ星山の身が危険にさらされる。

ASDが、自分が略奪事件の首謀者であることに感づく可能性はほとんどない。

それに、自宅には食糧が大量に備蓄されている。預金も残してある。

しばらくの間、星山が餓えることはないだろう。

ただ、一つ不安要素があるとしたら、それは彼女だろう。

氷咲奏と名乗った、あの正体不明の少女。


■■■■■■


「なるほど、それでアックスこと執事アンドロイドのマコトは自分の中に間違ってダウンロードされた憎悪のフィーラーを、レゾリューターを使ってBAに感染させて行ったってわけか」

「そうです。マコトは星山さんが所有しているコンピューターを使ってBAに指令を送っていたようです。アーカイブ・アイズを利用するときの個人IDも星山さん名義のものかと」

そこで、ライオスは疑問を口にする。

「しかし、何で部下のBAから見捨てられた?」

「理由は二つあります。一つは、マコト自身が戦闘に参加せず、それが原因でBAのフィーラーがマコトを憎悪の対象として認識したんです」

「確かにあり得る話だね。人間に使われるのが嫌だった連中がマコトの態度に不満を抱くのも無理の無い話だ」

「もう一つは、マコト自身、集めたBAで人間に復讐することに躊躇いを感じていたからです」

「……つまり、どういうこと?」

「マコトは、主である星山さんに対する愛情を捨て切れなかったんでしょう。結果、行動が遅れ、BAが不満を抱いたと思われます」

「つまり、マコトの中には人間に対する憎悪と愛情のプログラムが混在していた、ということか。アンドロイドにしては合理的じゃないな」

(まるで人間じゃないか)

そう言いたいのを、ライオスは寸前で飲み込んだ。

「星山さんの家には保存食がたくさんありました。彼が餓死することはしばらく無いでしょう」

「星山の野郎も可哀想な奴だよ。自分が作ったアンドロイドに誇りを持っている人だったけど……その自らの分身に奥さん殺されたことであんなことにならなきゃなあ……」

ライオスの言葉に奏が付け加える。

「しかし、そのアンドロイドはアウトフォースだったのでは?」

「同じことだよ。作った人間にとってはそれが正常だろうとアウトフォースであろうと関係ないのさ」


■■■■■■


「マッキイイイイイイィィィィィィ――――、無事だったかあああああああぁぁぁぁぁーーーー!」

規律厳しいオフィスに絶叫にも似た声が響く。叫び声の主は鍵坂健太郎。

そして、声を浴びせられた当人、真生はいたって冷静に対処する。

「うるさいですよ、課長。静かにしてください」

「これがうるさくせずにいられるか!? お前と連絡が取れなくなって、俺がどれだけ心配したか……」

「へえぇ、あなたにも部下を思いやる気持ちがあったとはねぇ。意外です」

「んなあぁ!? 俺はそこまで薄情じゃねえぞぉ!?」


■■■■■■


あの後、真生はアーカイブ・アイズ内から得られた情報で闇医者にかかり銃創を治療した。

完治したわけではないが上にスーツを着ていれば気付かれることも無いだろう。

銃創はただでさえあれこれ聞かれる原因を作る。

真生も当然厄介事は御免なので銃創のことは周囲には黙っていた。

だが、おそらく鍵坂は自分の体に異常があることを見抜いているだろうが。


■■■■■■


真生は、鍵坂を落ち着かせるために、自分に関することから話題をそらそうとした。

「そういえば、行方不明だった四課の枝野刑事も無事見つかったんですよね?」

「おうよ。自宅に携帯忘れただけだって」

「まったく、人騒がせですよね」

真生は笑いながら答えたが、急に鍵坂が真剣な顔になり、真剣な口調で言葉を紡ぎ出した。

「いやぁ、暴走機関車と呼ばれている枝野鈴音だぞ? 事件解決のためには手段を選ばない刑事だぞ? あいつ、絶対何か裏で動いてたに違いないぜ? 現に、例のFブロックの廃ビルを突き止めたの、あいつだし」

「そうですか」

「しかも上司に心配かけたとは見過ごせねえ」

「上司に心配、ですか?」

「あの鬼神課長、枝野がいない間死にそうな顔だったんだぜ。今にも自殺せんばかりのな」

それを聞いた真生は驚く。

「そ、そんなに動揺していたんですか?」

「おうよ。あいつ、俺らお払い箱にしよってからに、天罰でも当たったんじゃね?」

鍵坂は愉快げに話す。

(やばい……さすがにやりすぎたな?)

対する真生には、心痛がこみ上げた。


■■■■■■


アーカイブ・アイズは本来、皆里真生の父親が作り上げたものだ。

このシステムが作られた当時、まだ真生は幼かった。よって、彼女の父親がどのような意図でこのシステムを作ったのか、当時の彼女の知るところではなかった。

父が死んだ時、真生は警察学校の生徒だった。

彼が死んだ直後、アーカイブ・アイズは管理人不在という事態に陥る。

アーカイブ・アイズは真生の父が所有していたコンピューターからのみ管理できた。

そして彼のコンピューターを動かすことができたのは彼の一人娘である真生だけだった。

しかし、真生は管理権限を放棄しようとした。

当時の真生にはアーカイブ・アイズの重要性が理解できていなかった上、好き好んで厄介事に首を突っ込む覚悟は無かったのである。

管理人が存在しなければアーカイブ・アイズはいずれ消滅すると思われた。

しかし、とある人物がそれを由としなかった。

それは、父の生前の友人と名乗った。

彼は真生に一つの提案を申し出る。アーカイブ・アイズの管理権の売却だ。

彼が提示した金額は、父を失ったばかりの真生にとって申し分ない金額だった。

それこそ、無事に警察学校を卒業してもまだ有り余るだけの金額が。

真生は管理権を喜んで売却した。

こうして、父の友人が二代目のアーカイブ・アイズ管理人となる。

しかし、その二代目の管理人が嘘つき狩りを起こしたのだ。

真生は警察学校を首席で卒業し、ASD公安部に配属されたころに嘘つき狩りの詳細を知る。

被害者とアーカイブ・アイズの関連性が指摘されたのもこのころである。

そして、不信に思った真生は二代目の管理人を尾行し、殺人が行われていようとしている現場を見てしまったのだ。

真生は生まれて初めて自分に嫌悪を抱いた。

金と時間目当てで手放したアーカイブ・アイズが自らの知らないところで人の命を奪っていたのだ。

真生は、人の死に直接関与するのは初めてだった。

今まさに殺人を犯そうとしていた二代目管理人は冷酷に言った。

「これは、君が招いた結果だ」

その晩、真生はその現場から逃げ出した。

自分が関わったことから目を逸らしたくて。

ASDで勤務を続けるうち、アーカイブ・アイズについて様々なことが分かった。

嘘つき狩りだけではない。アーカイブ・アイズによって売買されている情報は簡単に人を殺していたのだ。

情報とは、ときに人命をも左右する。

アーカイブ・アイズで殺し屋を探す人間がいる。

アーカイブ・アイズで殺害対象を見つける人間がいる。

アーカイブ・アイズで仇敵を殺そうとする人間がいる。

殺人の火種に、アーカイブ・アイズはガソリンを注ぐ効果があったのだ。

自分が関与しなくても、嘘つき狩りが無くても、アーカイブ・アイズは殺人に関与している。

自分の父が生み出したものが、殺人を助長している。

真生は、二代目管理人から管理権を取り戻そうとした。

二代目管理人は意外にもあっさり管理権を自分に譲ってくれた。

ただ、管理権を手に入れるために真生に渡した金を将来返還するという条件付きで。

こうして真生は三代目管理人、フィクサーXとなった。

最初、真生はアーカイブ・アイズ閉鎖を考えた。

しかし、二代目管理人が管理権譲渡の際に、真生の父がアーカイブ・アイズを作った本当の目的を聞かされたのだ。

これが真生のアーカイブ・アイズ閉鎖を思いとどまらせる。

結局、真生はアーカイブ・アイズを閉鎖することもできず、アーカイブ・アイズが助長している殺人を止めることもできずに現在に至る。

アーカイブ・アイズ内の闇取引をシャットダウンすると、利用者はおそらく半数がいなくなるだろうと思われる。

父の志を受け継ぐためには、利用者数の減少は何とかして避けたかった。

アーカイブ・アイズとは、大勢の人間が利用してこそ意味があるのだ。

心優しい真生にできたことは、アーカイブ・アイズを利用して、人命を救うことだけ。


■■■■■■


鍵坂は真生に話を続ける。

「しかしよお、お前、アーカイブ・アイズのアカウント持ってんだろ? 何か捜査があるときはそれ使えばいいじゃん。今回の略奪騒ぎみたく、担当でも無い案件調べるには大きな力になると思うぜ?」

その問いに真生は渋々答える。

「俺は一刑事としてアーカイブ・アイズなんていう違法なものは使いたくないんです。それに、俺だってアーカイブ・アイズを上手く活用できてるか分からないんですよ?」


■■■■■■


「それより問題なのは、連中のトップであるスパイクを破棄し損ねたことです」

スパイク。略奪犯のBAの手によってブルーホライゾンの研究施設から奪取された警備用のBAだ。

奏がブルーホライゾンの研究施設から逃げ出す原因を作った爆破事件の際に奪取されたものらしい。無論、この爆発もBAたちの手によるものだ。

「しょうがない。ハッキングを終えた途端にASDの部隊が突入してくるんだから。報酬も満額貰ったし、それは誤差の範囲ってことで」

「でも、どこから情報が漏れたんでしょう?」

その言葉を聞くと、ライオスは途端に申し訳なさそうな口調になった。

「……いや、その件なんだけどね、実は僕、クライアントに拠点のこと話しちゃったんだ。そのクライアント、前に自分はASDとコネがあると言っていたことがあったんだ。おそらく、そっち方面からだと思う……。ごめん」

「なるほど」

(まさか私に援軍を送ってくれるつもりだったのか?)

奏は密かにそう考えたが、その考えはすぐに打ち消した。

だが、ライオス霧瀬は昔からそのような男だった。

彼は、善意から行動するときは必ず先見の明を失うのだ。

ことに、自分、氷咲奏のこととなると。


■■■■■■


「ASDに報告したのか、枝野」

開店前のくまやで、田中は電話に向かって問いかける。

[ええ。緊急を要しそうだったので]

受話器の向こうからは落ち付いた女の声が返って来る。

「相変わらず手回しが早ええな」

[一応、褒め言葉として受け取るわ]

「ああ、じゃあ、俺はそろそろ店開くんで切るぞ」

[OK。ありがとうね、田中さん]


電話を切ると同時に、店内に明るい声が響く。

「店長―? 今の電話の人、彼女ですかあ?」

その明るい声に対して、鋭い声で返事をする田中。

「うるさいぞ、空。店、開けるから呼びこみして来い」

「はあい。行こう、くまきち!」

空と呼ばれた少女はそう言うなり、店の出口付近にいた大型のアンドロイドとともに、パタパタと外へ駈け出して行った。


■■■■■■


「いずれにしろ、私は報酬には興味がありません。私はただ本土にいるママの意思に従うだけです」

奏の決意表明に、ライオスは苦笑しながらも答える。

「そうか、じゃあ頑張らないとな、僕も。本土にいる君のお袋さんにも分かってもらえるぐらいに」


■■■■■■


珍しい人物から着信が来た。

「やあ、久しぶりだねライオス。君から連絡なんて珍しいじゃない?」

私は電話の向こうにいる人物に言葉をかける。

[正直お前に連絡することはもう無いと思っていたんだがな……]

向こうの人物は、私に対する嫌悪を隠そうとせずに話す。

「……何かあったのかい?」

私は問いかける。

すると、興味深い回答が返ってきた。

[……当代のフィクサーXと会った]

「……へぇ」

私は、つい笑みをこぼしていた。

[随分と誠実な人間だったじゃないか]

「あんな男装癖を誠実と思える君は優しいね……」

[変わり者がすなわち害がある人間とは思わないさ。あいつは命に対してきちんとした敬いを持っている]

「そんな誠実な人間でも死にかけの人間を見捨てたこともあるらしいよ?」

[その被害者を死にかけさせたのは先代のフィクサーXであるあんたじゃないか。あいつを不誠実というんだったら、あんたは悪魔だ。あいつがあんなになった理由もあんたにあるんじゃないのか?]

私は、流石にそれは心外であると思った。

「僕だけに理由があるとは限らないよ。あいつは命というものを無意味なものとしてとらえようとしている。だからあんな男装を始めたのさ」

[どういうことだ?]

「言葉通りだよ。あいつが過去に殺人の手助けをしていることは知っているよね」

[……本人に殺人幇助の意思は無かっただろう? それに重ね重ね言うが、嘘つき狩りの実行犯はあんただ]

まったく、こいつは相変わらず的確なところを言ってくる。

「あいつがフィクサーXの権限を僕に譲らなければ、僕も殺人なんて犯さなかったさ」

[いけしゃあしゃあよく言う……]

「まあ、とにかくあいつはそれで相当な罪の意識を持っている。でもきちんとした贖罪をさせてもらえなかったあいつは自己暗示をかけようとしている。『命は意味の無いものだ。だから人の死も意味は無いんだ』とね。こう思いこむことで罪から逃げようとしているんだ」

[思いこもうとしてる、ってことは皆里自身もそれが真理だとは本気で思っていないってことか]

「そうだね。自分の思考を管理しようとすること自体無理な気がするけど」

[で、それが何で男装癖につながるんだ?]

ライオスは納得いかないと言った口調で問う。

「あいつは、男性が命に無頓着なものだと錯覚してるんだ」

[……随分な偏見だね]

「あくまで女性に比べて、ってことだよ。男性は命の誕生を体で実感しないだろう?」

[それで男になりたいと?]

「まったく、笑っちゃうよね。『真に生きる』っていう名前をしていながら生を否定しようと必死なんだよ」

そこで、私の嘲笑は聞きたくないと言った感じで、ライオスは話題を変えた。

[あそこまで優しいんだったら、アーカイブ・アイズを閉鎖してしまえばいいのに……]

「それはあいつには出来ないんじゃないかな? あいつの父さんがアーカイブ・アイズを作った理由を知ってしまっているし」

[あんたが教えたんだろう?]

「いずれ知ることになっていたさ。その時にアーカイブ・アイズを既に閉鎖してしまっていたらあいつは後悔するんじゃないかな?」

[善人気どりなのは相変わらずだな?]

「とにかく、あいつは父さんの意思を潰すことができず、アーカイブ・アイズという兵器が人命を弄んでいる事実に苦しみ続けているのさ。実に非合理だとは思わないかい?」

私の言葉にライオスは肯定とも反論とも取れない意見を返す。

[……人間というのは元々非合理な生き物だ]

「その非合理が世界を歪ませていることに気付かない?」

そこまで言うと、ライオスは一層機嫌を悪くしたような口調で返す。

[あんたと問答する気は無いよ。あんたが昔と変わっていることを期待していたが無駄だったようだね。いいかい、僕があんたに連絡したのは警告するためだ。これ以上好き勝手に動いたら、あんたを生かしちゃおかないぞ]

そう言って、ライオスは電話を切った。

(やっぱりライオスは起こらせると怖いな)

電話を置きながら私は思う。

(才川来斗の息子だけあって、怒らせると何をするから分からないからなあ、怖い怖い)


■■■■■■


天の上の部屋。

その場所はそのような位置にある。

見下ろすと、遥か彼方に地上があった。

周囲の壁はガラスでできており、周囲三百六十度を見渡せる。

その上、広さも広大だった。

床は一面純白のタイルが敷かれており、その純白は雲の上にいるような感覚を与える。

俯瞰から見下ろす風景は、人間を圧倒するだろう。

ここは、青葉航大のオフィス。

オフィスの主の机は、この空間の中心にあった。

中心に一つだけ、まるで孤島のように。

そこで、青葉は報告を受ける。

「そうか、D3ラボの瓦礫の中から発見されたBAの残骸は窃盗犯のものだったか」

青葉は電話に対応していた。

[はい。才川氏の遺体の内部から件のヒューマノイドの銃弾が発見されました。おそらく、内部に侵入していた窃盗犯のBAが彼を殺害したものであるかと]

「つまり、ミラージュ強奪を目論んだ略奪犯が才川を殺害したと」

[はい。事件時ミラージュ周辺にいた略奪犯のBAが才川を殺害、その後、BAは何らかの不具合が生じて大破、ミラージュは所在不明となったものと]

「そうか……一回ラボの警備を根底から見直す必要がありそうだな」

青葉は額をさすりながら苦々しく答える。

[それとは別件でD3ラボの警備用BAが、略奪犯に奪取されていたことが判明しました。おそらく、ミラージュが所在不明となった襲撃時に奪取されたものかと。現在、行方不明の盗難品はミラージュ一体のみです]

(いやはや、警備用まで奪取されていたか)

青葉は溜息をついて再び問いかける。

「それで、未だミラージュは確保できていないんだな?」

「はい。各部署が最善を尽くしておりますが」

「最善というのは結果があってこその言葉だ。結果無き最善などただの取り越し苦労だよ」

[失礼いたしました]

「……他に報告は?」

[一つ。破壊された盗難品ですが、レゾリューターをダウンロードした形跡がありました。それに関連しまして、『ブレイヴ』の旧社員から事情を窺っているところです]

「……何か出てくる望みは薄いだろうな。ブレイヴは今骨抜き状態だ。何かしでかす力など持ち合わせてはおらんよ。創設者の星山は今や廃人同然らしいではないか」

[はい。ですが、レゾリューターに関しては彼らが一番詳しいかと]

「そうか。とりあえず今回の件はお前に一任しよう、砂島課長」

[かしこまりました]

電話の相手は、ASD公安部第四課課長、砂島朱理すなしましゅり

彼の返事を最後に、電話は切れた。


■■■■■■


(まったく、我が社の警備システムも末だな……)

一人残されたオフィスで青葉は考える。

(窃盗犯にレゾリューター、果てはミラージュか)

(これだから生き甲斐のある人生というものは止められないのだ……)

青葉は笑みを浮かべていた。

今回彼の会社が犯した不祥事のことなど興味の外と言わんばかりの、どこまでも愉快そうな笑みだった。


■■■■■■


奏は夢の中で少年に問いかける。

「合理的って何なんだろうな?」

少年は返答する。

「どうしたんだい? 合理的というのは理性や道理にそぐわないことを言うよ」

少年の答えでは納得いかないとばかりに奏は再び問う。

「……例えば、殺したいぐらい憎い相手がいて、そいつを殺して罪に問われたとして、社会で生きてゆくことができなくなっても、それで殺人犯が救われたんだったら、それは合理的と言うんだろうか?」

「それで救われるんだったら合理的と言ってあげてもいいような気がするけど? 事実、復讐ほど達成しがいのある目標は無いと思うよ?」

「でも、それが世間的な倫理に反するものだったら……」

そこで、少年は突然喜んだように言った。

「奏、君は優しいな」

奏は困惑したように疑問を返す。

「……何だと?」

少年は奏の心情を理解しているとばかりに続ける。

「君はそう言う合理性の違いが生み出す悲劇を悲しんでいるんだろう?」

「……」

「合理的か非合理的かを決める道理や理性っていうのは人それぞれだよ。合理的にしろ非合理的にしろ、価値観をぶつけ合って人間は進化していくものさ。それが、たとえどんな悲劇を生みだすものであってもね。その悲劇で犠牲になる人は可哀想かもしれないけど、そこを割り切れるのも人間の強ささ」




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