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虚数のバベル  作者: 石田かのん
EPISODE1 「蜃気楼」
3/25

第二章 主と執事

誰が最初に考えたかは分からない。


忘れられるぐらい大昔の人物だったのかも知れないし、何人かが同時に同じことを考えたのかもしれない。

とにかく、


「アンドロイドに感情を模倣させる」


そんな試みがあった。

要するに、アンドロイドに感情を持っているような動きをさせるということだ。もちろんプログラムによって。

このプロジェクトにはアンドロイドが抱えるある問題の解決が目標とされていた。

それは異質感という問題だ。

機械が人間の日常に深入りすることを快く思わない人間も多い。

徹底的に合理的で、なおかつ無機質なアンドロイドに違和感を覚えるからだ。

アンドロイドの開発業者はそのような否定的な人間を新たな客層として狙ったのだ。そして、彼らが抱く違和感を払拭するためにアンドロイドに感情を抱いているような動作を模倣させることにしたのだ。

いくつもの感情を模倣するプログラムが作られた。

この「感情のプログラム」は「フィーラー」と呼ばれ、他のプログラムと同じくマリアに付加されていった。

このフィーラーにより、アンドロイドの開発者たちにとっての客層は広がったのだ。


■■□□□□


繁華街では日没時を過ぎると多くの人間やアンドロイドであふれ返ることとなる。

真生が歩いている通りもそういった繁華街の一つだ。

人々は帰宅のためにこの通りを通過する。そうした人々のため、道の様々な場所でアンドロイドが見受けられる。

特に近辺に飲み屋街が存在することから、この道には通常より多くの客引きがいる。そうした客引きの中にはアンドロイドも存在し、各々が所属している店の宣伝をおこなっている。

こうしたアンドロイドもフィーラーを使用しており、人間が話すような抑揚をつけている。

現在のアンドロイドは技術改良により整備が容易になっている。そのため整備業者に依頼すれば多くの人間を雇うことよりも維持費は安上がりになった。

しかし購入時にかかる費用はまだ高額なため、人間が雇われることも多い。

数年前にこのままでは人間の仕事が全てアンドロイドの役割となってしまうことが噂されたこともある。しかしながら地球に存在する資源の埋蔵量から逆算すると、生産できるアンドロイドの数には限界があり人間の仕事を全てアンドロイドが担うことは到底無理だろうという結論に達しているらしい。

真生はこの付近のアパートに一人暮らしをしている。この通りは通勤のために使う道であり、生活用品をそろえるための店が点在する場所でもある。

そして、いつも通り帰宅の途についていたのだが。

(あの課長め)

このときの真生は機嫌を少々損なっていた。

つい数時間前、勤務中にも関わらず仕事に手をつけようとしない上司、鍵坂のくだらない愚痴に付き合わされたからだ。

そしてその最中に真生の心配の種になっている妙な噂の話が出てきたからだ。

妙な、というのにも理由がある。その噂話のほとんどの部分は秘密兵器だの極秘研究機関だの、信憑性がない内容であった。しかしながら、その細部はやけに現実味を帯びている感があるのであった。

その噂話では警察機構であるASDと一企業との癒着が言及されていた。

大多数の人間にとって、刑事とは市民の安全を守るために癒着やしがらみにとらわれない清廉潔白な職として認識されているだろう。しかし、真生はどのような組織にでも癒着や密約は存在すると思っているし、ASDにもそういった政治や民間企業との間の裏の黒いつながりがあることも認識している。

このことは実際にその職に就いている自分でないと理解できないことだろう。

この噂では自分でないと理解できないであろうそういった黒い情報が大きく盛り込まれていたのだ。そのことが真生の中で変な現実味を生み出していたのだ。

そしてなによりこの話が本当ならば一般人に迷惑がかかる可能性があるのだ。

生真面目な真生にとってこのことが一番案じられる事態だった。

今思えば鍵坂は勤務をサボる言い訳にこの噂話を使う気だったのかもしれない。

そう考えると余計に気分が悪くなった。

それでも真生が本気で怒ることがないのは鍵坂が空気を読める人間だからであろう。

(少し、あの噂のことは忘れよう)

そう思って思考を切り替えようとしたとき、見覚えのある影が真生の視界の隅を横切った。

「……マコト?」

思わずその影に声をかける。

影はその声に振り返り、

「おや、お久しぶりです皆里様。」

と、やけに気さくに返事をしてきた。

本来であれば、このような気さくな言葉はこの影には似合わないもののはずである。なぜなら、この声を発したのは人型のアンドロイドだったからだ。

「いやぁ久しぶりだねえ、いつ以来だろう? 半年は会って無いかな?」

真生はこの人型アンドロイドに歩み寄り、まるで旧友を相手にするかのように接する。

「百二十八日ぶりですよ。最後に会ったのはフェアリードラッグの栄養ドリンク売り場です。」

真生の何気ない問いかけに、人型アンドロイドは正確な答えを返す。

そんなアンドロイドに、真生は素直に感嘆の意を述べる。

「……相変わらずしっかりしてるね、マコトは」

マコトと呼ばれたこの人型アンドロイド。体格は子供ほどの大きさで、小柄な真生と比べても一回りほど小さい。

また、人型のシルエットをしている割には、無骨な金属の骨組みが体の表面にむき出しとなっている。

通常、アンドロイドに仕事の効率性を求める場合、人型は取られないことが多い。人間を模して作る場合には、形状を人型にするだけでなく体の表面を人間の表皮そっくりの特殊樹脂で覆う等の集団で、徹底的に人間に似せるものである。

よって、このマコトのようにシルエットだけが人型で、人間味のない骨組みが全身むき出しとなっている設計は非常に珍しいものである。人によっては表皮を除かれた丸裸と見られてもおかしくないだろう。

また、マコトの頭部は体と同じく無機質な金属で覆われており、人間の目と同じ位置に視覚センサーのようなものが装着されているが、表情は一切変えることなく発話ツールから言葉を紡ぐ。

しかしながら、抑揚の付け方は人間のそれと大差なく、謙った話し方と相まって、会話の相手は執事と会話しているような気分にさえさせられる。

そして事実、マコトは執事用アンドロイドとして主人に仕えているアンドロイドである。

「どうかなさったのですか? 浮かない表情をなさっていらっしゃるようですが。」

「え?あ、あぁ、仕事をしない上司があまりにも厄介でね。今日は仕事をサボる言い訳に哲学の説教を受けるところだったよ」

上司に対する鬱憤が顔に出ていたことに気付き、表情を引き締める真生。

そして、話題を変えようと、真生はマコトに問いかける。

「今日は何をしにここへ?」

それに対して、マコトは備え付けられた発話システムを使い、答える。

「生活物資の補給ですよ。クリスストアで買い物をする予定です」

クリスストアとは、真生がこれから向かう自宅とは反対方向にあるショッピングセンターだ。

多忙なマコトのことだから、きっと自分と長々と立ち話をしている余裕もないだろう。そう思った真生は、少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、

「そっか、じゃあここでお別れだね」

と、再会から一変した、早すぎる別れを惜しんだ。

「ええ、残念ですが、ここで失礼させていただきます。」

対するマコトは相変わらずの鉄面皮のまま別れのあいさつを紡いだ。

続けて、

「申し訳ありません。時間が切迫しておりますので、次の機会にゆっくりと談話させていただきたいものです」

と、自分が悪いわけでもないであろうに、謝罪の言葉を述べるマコト。

マコトは標準的な性能の執事アンドロイドである。しかし、仕えている主人のせいで、こなしている仕事量は通常の執事用アンドロイドのそれよりはるかに多いのだ。マコトが多忙な原因もそこにあることを、真生は理解していた。

「そんな、謝らなくても大丈夫だよ。お仕事頑張ってね。それじゃまた」

と、真生はマコトの労をねぎらいつつ、この小さなアンドロイドを見送った。

「はい、失礼します。」

マコトもそう言い、真生が来た方向へと去って行った。

去って行くはずだった。

しかし、数歩進んだところで、真生はマコトを呼びとめることとなる。

「ねぇ、マコト!」

去り際にかけられた言葉に、マコトは振り向く。

そこには、先ほどとは打って変わって悲しそうな表情をした真生がいた。

「はい、何でございましょうか?」

振り返ったマコトの鉄面皮に、真生は寂しそうに声をかける。

「星山は……今どうしている?」

告げられた固有名詞に、マコトは無表情のまま答える。

「相変わらず、いつも通りですよ。」

「そう……あいつは、まだ立ち直っていないんだね」

真生は、悲しそうに返事を返し、

「……呼びとめて悪かったね」

と言う。

「いえ、大丈夫ですよ。それでは、今度こそ失礼します。」

「うん。じゃあ」

これが、今日真生とマコトが交わした最後の言葉だった。

真生は、悲哀を少しだけ顔に浮かべながらで家路に付く。

その表情は、まるで無表情なマコトの表情を代わりに表しているようだった。


■■□□□□


マコトとその主人が暮らすのは、お世辞にも清潔とは言えない、薄暗い手狭なアパートの一室だった。

「ただ今戻りました。」

買い出しを終え、自宅に戻ったマコトは真っ先に部屋の隅のベッドの上に横たわっている影に声をかける。

「本日の夕食でございますが、さんまの塩焼きと肉じゃが、食後には卵プリンを用意してあります。」

マコトは薄暗い部屋には全く似合わない謙った声で用件を伝える。しかし影は、なにも反応を返さない。

「三十分で準備をいたします。少々お待ち下さいませ。」

マコトは、報告を終えると終始無言だった影の返事を聞くことなく調理場に向かって行った。


■■□□□□


「相変わらず、いつも通り、か」

マコトと別れた真生は去り際に告げられたマコトの言葉を反芻する。

(あいつ、まだ無気力状態が治っていないのか)

真生はマコトの主、ベッドの上に横たわっている肥満体形の男、星山武について思いを巡らせた。

星山は、数年前までは成功を収めたベンチャー企業の創設者だった。創設されてから十年と経っていない、小規模なソフトウェア開発の企業であった。

しかし、その企業はごく短期間に一気に規模を拡大させることとなる。

理由は二つある。

一つ目に、星山は実力と人間性が卓越した人物だったこと。

特に、星山の観察眼は相当優秀だった。

星山は、後に優秀な技師となる若いプログラマーを何人も見抜き出し、鍛え上げた。

そして、そうした技師たちは星山の人間性に惹かれてゆき、彼の周りには小企業では考えられないほどの数の優秀なプログラマーで満ちていた。

二つ目に、とあるプログラミングデータの開発に成功したこと。

このソフトウェアは、新技術の開発数が減少傾向にあった近年において、とても実用性が高い技術として大きく注目された。

そのトップであった星山も、そこで相当な資産を築いた。社員や株主も爆発的にその数を増やし、関係者の誰もが会社はこれから躍進するであろうことを期待していた。

そんな矢先、星山はとある事件に巻き込まれることとなる。

真生と星山は、その事件がきっかけで知り合った。

真生は、その事件の担当だったのだ。

星山はその事件以来、一日のほとんどをベッドの上で過ごす無気力状態となっている。

ベッドの上でやることといえば寝るかゲームをすることだけ。

家の外に出ることはほとんどない。

身の回りの世話は執事アンドロイドであるマコトが済ませる。

事件の精神的ショックが原因だろうと周囲は言うが、真生は違うと思っている。

彼は絶望しているだけなのだ。

事件が原因で精神的な病を患ったわけではない。

気の持ち様が原因なのだ。

ただ、その絶望の度合いが、常人が想像するそれよりはるかに深いだけで。

真生がそのように考えるのも上司の鍵坂の言葉が原因だった。

「あの星山って男は幸せ者だね。あれだけ絶望しても発狂しねえんだから。普通の人間はあいつみたいな状況になったら、自殺するか心を病むか、最低でもトラウマになってもおかしくないね。でも、あいつの場合にはそれを『絶望する』だけで済ませてんだ。ゲームで言うなら、『お気に入りのキャラが死んでしまいました。最初からやり直す気力はありません。だからこのゲームはもうやりません』ってところか。だが、ゲームと人生は違う。ゲームだったら新しいゲームソフト探せるが、人生はそうはいかない。人生で絶望したら普通の奴は自殺するか精神を患う。絶望に押し潰されるのさ。だが、あいつは自殺することも心を病むこともなく、『絶望する』って状況だけを続けてやがる。だってあいつ、目だけは生きている目をしているからな。あいつは精神が超人的に強いからあれだけ絶望しても大丈夫なんだろうよ。まあ、今のあいつが滑稽かどうかと言われば、話は別だが」

確かにそうだ。

星山は食べる、寝る、という生きるためには必要な最低限のことは自分の意思で行っているし、いつもやっているゲームの腕前は相当なもので、精神疾患というよりも、ただ「現実逃避をしている」という感がある。ただ、彼の場合は現実を遠ざけても一定期間生活できるだけの金がある。そして、身の回りの世話を行ってくれる存在がある。

もっともその金にも限りがあり、底をつくのも時間の問題なのだが彼はそんな現実からすら逃避しているのだ。

真生は、星山が巻き込まれた事件の担当となり、彼と面識を持った。

調べたところ、事件前の星山はそのような廃人生活とは縁遠い人物であったようだ。

だが、真生が星山と知り合ったのは事件後だった。真生は、廃人となってゆく星山を、何もできずに見届けたのだ。

(なんとかして、あいつの目を覚まさせてやりたいんだけどね)

そんなことを考えても、今の自分には星山はどうしようもない。

分かっていても、真生はどうしてもあの哀れな男の身を案じてしまうのだ。

全く、今日は災難だ。

課長の話といい、星山のことを思い出したことといい、精神攻撃を連続して受けている気がする。

どうして俺はこうも真面目なのかな……。

自分で自分の真面目っぷりに呆れながら、真生は家路を急ぐ。

翌日、真生が所属する公安部第六課はとある事件の現場に向かわされることとなる。

場所はKブロックの廃工場。

そこで、違法に密造されたBAが発見されたのだ。

それも破壊された状態で。


■■□□□□


奏は白い部屋にいた。

白い部屋と言えばライオスの教室を思い出すが、この部屋はそれよりもっと狭い。置かれている家具もベッドだけ。まるで留置所の一室のようだ。

ベッドの上には一人の少年が座っていた。

歳は十歳前後か。奏よりかなり幼い外見をしている。

その少年は奏に問いかける。

「……何を考えているんだい?」

静かな声だったが、その口調はその子供が持っている純粋な興味を感じさせるものだった。

その問いに奏は答える。

「泥棒の行動について考えていた」

その言葉を聞いた少年はまるで面白いものを見つけたような口調で返す。

「確かに、泥棒って面白いものだよね? 他人の生きる糧をそのまま奪うっていう弱肉強食の行動を、人間社会でも実行している稀有な存在だ」

子供の言葉の内容はおよそ子供の発するものとは思えないものだが、口調は子供そのものだ。

その矛盾するような内容と口調に、奏は何の違和感も無いように返答する。

「それは生きるためだ。生きるために仕方ないことなんだよ、きっと」

「でも、ただ生きるためだったら何で社会に反するような行動をとるんだろうね? そういう行動が生き残る可能性を少なくいていると思うけど?」

少年の再びの問いかけに奏は同じように答える。

「泥棒は略奪以外の可能性を見ようとしない。私が壊し屋以外に生きる道を探さないのと同じだ」

その答えに少年は素直に感想を返す。

「随分と非合理だね」

「人間というのは元々非合理なものじゃないのか? もし、生き物が本来子孫を残すことを合理的としているんだったら、人間ほど非合理な生き物はいないぞ?」

奏の理論に少年は返す。

「確かに、人間ほどエゴの大きい生き物はいないね。そのせいで人間社会では色々な争いが絶えない」

少年の悲観的な意見に奏は反論する。

「まあ、エゴが大きいことがマイナスだけとは限らないさ……」


■■□□□□


そこで、奏は夢から覚めた。

目を覚ましてまず、自宅の天井が目に入る。

奏は昨晩、BAの略奪犯の拠点の一つと思われる施設を襲撃した。その後自宅に戻って睡眠をとったのである。

奏の自宅はライオスの学習塾からほど近いアパートの一室に住んでいる。

自宅、と言っても日中の奏はほとんど仕事で外出しているので、この自宅では睡眠をとる場所でしかないのだが。

奏の睡眠は昔から決まった時間に行われる。

決まった時間に寝て、決まった時間に起きる。何年も繰り返してきた習慣だ。

奏は起きてすぐにジャケットを着込んでそのまま外出して行った。

ライオスに昨晩の結果を報告するために。


■■□□□□


「申し訳ありません、失敗しました……」

白で埋め尽くされた教室で氷咲奏は到着するやいなや吐き捨てるように呟いた。

「どうしてだ? 工場にあったBAは全て破壊できたんだろう?」

そんな奏の呟きにライオスが答える。

「あそこの警備システムに感知されるのが早すぎました。おかげでBAが戦闘態勢に入ってしまい、メモリーをサルベージする前に自動消去されてしまいました」

「そうか。それでその工場はどんな感じだった?」

ライオスは口調を整えて尋ねる。

「警備用のBAに邪魔されて犯人は見つけられませんでした。そこにいたBAは全部壊しましたが、犯人グループが奪ったBAの数には遠く及びません」

「まだ彼らは戦力を持っているっていうこと?」

「そうですね。たぶんあの廃墟は連中にとって数ある保管所の一つだったのではないのですか?」

奏は淡々と報告する。

「BAのメモリーのサルベージができなかったことが悔やまれます。保護システムのせいで、本体を壊したときにメモリーも消去されたようです」

それを聞いて、ライオスは少し困ったように答える。

「それは困ったな。その廃屋以外に彼らの拠点は見つかっていないみたいだし、これからどうするよ?」

しかし、奏は冷静なままで次の手掛かりを述べた。

「何も収穫が無かった訳ではありませんよ。壊したBAのメッセージツールをハッキングして、最近連絡を取ったアドレスを見てきました」


■■□□□□


「は―――――――あぁあぁぁ」

廃屋の中で溜息が反響する。

溜息をついた眼帯をした男の周囲では何人もの人間がせわしなく動き回っている。

何人もの人間が緊迫した空気を張り詰めさせている状況の中、眼帯男、鍵坂健太郎は場違いな溜息に続き、場違いな言葉を使う。

「い―――やぁ、いやいやいやいや何だいこの瓦礫は? 俺たちはスクラップの回収に来た業者じゃないんだぞぅ? もしかして何? 俺たち左遷されちゃった? 左遷されてとうとうこんな瓦礫の回収まで任されるようになっちゃった? いくら六課が奇人変人の集まりで精神病棟とか呼ばれているとしてもこりゃー酷いんじゃないの?」

鍵坂の所属するASD公安部第六課は早朝に職務を言い渡され、この廃工場まで赴いているのだ。

彼の眼の前の広い空間には、数年前まで稼働していたであろう工業機械で埋め尽くされている。

そしてそのどれもが何らかの損傷を被っているのだ。

さらにより細かい目で見ると、そうした機械の間の空間には周囲の機械と比べて破壊と言ってもよいほどに酷く損傷した機械があった。それらは工業機械とはまた別種の機械のようだった。

もっと細かい目で見るならば、そうした機械は工業機械ではなく全てアンドロイドだった。

あるものは機体上部にいくつもの穴をあけられており、あるものは機体内部で爆発でも起きたのか機体の所々が黒ずんでおり、あるものはセンサー類を全て破壊された上で思考回路を破壊されていた。そのどれもに言えることは何らかの銃火器で破壊されたものであるということだ。

周囲の工業機械の損傷の仕方から見て、ここで銃撃戦のような戦闘があったことが分かる。

「課長、真面目にやってください」

悪態をつく鍵坂を隣にいた小柄なスーツ姿の人物、真生が牽制する。

「いや、だってよぉ、俺たちは市民の安全を守るASDだぜ? 廃品回収なんざ……」

「課長、このスクラップをよく見て下さい」

「んあぁ?」

気だるそうな声を上げ、目の前のスクラップを見る。

「このスクラップ……BAですよ?」

「あ―――――――、あ?」

一瞬だけ、鍵坂の表情が変わる。

だがその後すぐに、

「いずれにしろめんどくせーことには変わりはねーじゃねーか……」

と、すぐに元の気だるげな表情に戻るのだが。

「ビンゴっす。こいつら、この前に密造業者から強奪されたBAっすよ。今、村木から報告があったっす」

と、ここで信樹が現れる。

そこで自分たちが予想以上に大きな事件に関わっていることが分かり、

「げえっ、マジで? メーちゃんもよく調べたな?」

と、気だるさも頂点に達したとばかりに奇声を上げる鍵坂。

「おいおいおい勘弁してくれよぉ? 今日から徹夜で捜査するとか言わねーよな?」

なにせ、一連の事件で強奪されたBAが発見されたのはこれが初めてのことなのだ。一般の人間が見れば捜査が進展したと喜ぶところだろうが、この鍵坂にとっては面倒な仕事が増えた、ということでしかないようだ。

そんな鍵坂は、周囲の緊張した空気に反して文句を言い続ける。

「は――――――あぁ、全く何だってこんな面倒な事件が『精神病棟』って呼ばれているウチに回って来るんだ? とっととこのスクラップのメモリーをサルベージして略奪犯の正体を突き止めらんねーのか?」

「無茶言わんで下さい。サルベージするにも半端ない時間と労力がかかるんすから。それに、この手のアンドロイドだったら、破壊された時にメモリーを全部消去してるのが普通っすよ。まあメモリーからの情報漏洩を防ぐなんて、BAなら普通に搭載されてる機能っす」

「打つ手なしかよ……。これだけの廃墟、調べるだけでも骨だぜ? ノブ、俺はめんどい。お前に任せていいか?」

仕事が楽になる見込みがないと悟るや、部下に仕事を押し付けようとする鍵坂。

だが、当然のことながらその願いは一刀両断されることとなる。

「嫌っす」

「……お前、これは課長命令だぞ? 聞けないっていうなら――」

「課長、それ以上言うと丸鋸で頭蓋骨切り開いて脳に直接電流流すっすよ?」


■■□□□□


(相変わらず束沢さんははっきりモノを言うなあ)

少し離れたところで鍵坂と信樹のやり取りを聞きながら真生は思う。

(しかしどうしよう?メモリー消去されているとなると、この現場に残されている痕跡から略奪犯の正体を突き止めるしかないじゃないか……)

鍵坂とは対照的に、刑事とはとても真っ当なこと考える真生。

状況から考えて、ここが略奪されたBAの隠し場所として利用されていたことは明らかだ。

しかしながら、この廃倉庫に残されているのはスクラップになったアンドロイドのみ。当の略奪犯がどこにもいないのだ。

鑑識が調べれば略奪犯につながる何かしらの手掛かりが出てくるだろうが、それだけで犯人が特定できるとは思えない。

そこまで考えて、真生はもう一つの疑問について考える。

(そもそもこのBAを破壊したのは誰だ?)

自分たちは、昨晩この廃倉庫から爆発音のような大音が聞こえるという話を聞いてここまでやってきた。そこで、破壊されたBAを発見したのだ。

だったら、夕べここが襲撃され、その最中、これらのBAは破壊されたと考えるのが妥当か? 事実、この廃倉庫のいくつかの場所には銃痕がある。

略奪犯たちが何らかの組織である場合、抗争か何かで襲撃を受けたということは考えられなくもない。

だとしたら、襲撃者が何らかの事情を知っているかもしれない。

何にしても、雲をつかむような話のような気がするが。

と、そこでBAの一体が真生の目に留まる。

真生や鍵坂が今いるスペースの隅の方で破壊されているBA。

台車ほどの大きさの機体に、キャタピラと対人用火器の砲門が取り付けられた、戦車型のBAである。機動性より耐久力を追求した型の一種だ。

このアンドロイドは装甲が機体の内側から外側に対して歪み、所々に新しい煤が付いている。そこから察するに、内部で起きた爆発が原因で機能停止したと考えられる。内部に爆弾を放り込まれたか、あるいは内部の火薬に引火させられたか。

砲門が正面を向いていないことから破壊時にこの戦車型は待機状態ではなかったということが推測された。

つまり、このBAは稼働中に破壊されたこととなる。だとしたらBAが破壊者に対して反撃することも考えられる。

(一体、誰がこんなことを)

稼働中のBAを破壊するのは大きなリスクを伴う。センサーを破壊しても予備のセンサーがある可能性がある。BAのボディのどこに隠し武器が装備されているかも分からない。

すなわち人間が稼働中のBAを破壊するには相応な技術、力、知識が必要になるのだ。

よってBAの破壊には同じくBAが用いられることが多い。

だとしたらこのBAを破壊したのもBAか。

しかしこの廃工場にスクラップとして放置されているBAは、全てが同一グループの手によって略奪されたとみられているものだ。

「やっぱり、内部抗争でも起きたのかな?」

そう呟き、BAの側面に目を移す。

側面の装甲は一部が捲れ上がっていた。その装甲の隙間からBAの内部が見えるようだ。

装甲の隙間を覗き込むと、そこは作動しないパーツの洞窟だった。

ほとんどのパーツは黒焦げになっているものやケーブルが破損していた。

真生は、それらのパーツうちの一つが目に付いた。

「あれって……送信用デバイスだよな……」

それは、ケーブル一本で宙ぶらりんになっていた。

真生は装甲の隙間から手を入れ、ケーブルを引きちぎってその豆粒サイズの金色のパーツを手に取った。

詳しく調べてみないと分からないが、このパーツは見たところ外傷は無さそうだ。

おそらくこの工場で破壊されているBAのメモリーは本体が破壊されたときに、自動的に破壊されていることだろう。

(なら、この送信デバイスを解析してみれば何か分かるかも)

そう考えた時真生の目に異状が飛び込んでくる。


■■□□□□


それは、廃工場の入り口に現れた、スーツ姿の集団だった。それも見覚えのある。

「失礼、鍵坂課長」

その声に鍵坂が振り向くと、そこには見慣れたスーツの集団、というより、同じASDに所属しているASD公安部第四課の面々が立っていた。

そしてその誰もが、鍵坂たちを嫌悪の情をこめた目で見ていた。

「や――――、これはこれは四課の皆さん、お疲れ様です。もしかしてこれらがあなた方の追っていた泥棒の盗品だと聞きつけていらっしゃいましたか? だとしたらこの件はあなた方の担当になりますね」

四課の敵意を読んでか読まずか、鍵坂は相変わらず妙なテンションで対応する。

四課の集団は露骨な嫌悪感は表していないが、彼らが纏う空気は六課に対する敵意がにじみ出ている。遠目に見ていた真生からもそれは感じられた。

そしてその中心にいた四課の課長は冷たい声で言葉を浴びせる。

「さすがは鍵坂課長、話が早くて助かります。そこまでご理解なさっているのであれば、あなたの部下共々即刻本部に戻ることを要求しますよ?」

慇懃な言葉遣いではある。しかしその言葉には鍵坂に、ひいては六課に対する敵意が含まれていることは四課課長の口調から明白である。ここまで敵意を持って一方的に言われると普通の人間ならば怒ってもおかしくない筈だった。

しかし、鍵坂は怒りを微塵も感じさせないような口調で対応する。

「いやぁ助かります。俺たち、ちょうどこのヤマはめんどくさいと思いまして、代わりに仕事を引き受けてくれる方を探していたところなんですよ」

(俺たちだと?)

真生と信樹が心中で同時に突っ込みを入れる。

「よし、そういうことだ。マッキー、ノブ、行くぞ!」

そう言いながら鍵坂はあっさりと四課の要求を受け入れると、そのまま出口に向かって歩き始めた。

周りが呆れるほどに颯爽と。

真生と信樹は一瞬この変な上司に付いて行くべきかどうか迷ったが、やがてあきらめたように

「……はい」

「……うっす」

と、自分たちも渋々この廃工場を去ることにした。


しかし、鍵坂がこの後またしても空気を氷漬けにすることは、ここにいる一同で想像できた者はいなかった。

「ああ、そうだ、最後に課長」

鍵坂は去り際に立ち止まり、四課の課長に声をかける。

「……何です?」

四課の課長は嫌々ながら返事をする。

周囲の人間は、まだ何か言うのかと、後に続く鍵坂の言葉を無視することに決めた。

決めたのだが、鍵坂の言葉は彼らの予想をあらゆる意味で上回るものだった。

「探し物でお困りのようでしたらアーカイブ・アイズをお使いになることをお勧めしますよ」

その言葉に、周囲の空気が凍りついた。

「貴……様…………」

四課課長が重々しい口を開く。先程までの慇懃な口調とは打って変わって、怒りを露わにしたような口調で。

だがそんな空気すら眼中にないとばかりに、鍵坂の空気を読まない発言は続く。

「……冗談ですよ?」

「冗談で済ませられるものではないと思うが? そもそも、あの事件は貴様の部下の不祥事が一因だったんだろう?」

口調が戻らない四課課長は鍵坂を睨みつける。

「あれは俺の部下の不祥事のせいではないですよ?ただあいつは少々変わり者なだけで、それを誤解されただけですよ」

「……随分と奴の肩を持つんだな?課長の貴様がそんなだから六課は精神病棟などと呼ばれるのではないか?」

「そりゃあ、事実ですんで」

鍵坂はそう言うと、今度こそ部下二人を引き連れ、さっさと廃工場を後にした。

自分が凍りつけた現場の空気など気にしない、といった感じの足取りで。


■■□□□□


公安部第六課が精神病棟と呼ばれるようになったのはこの鍵坂が課長に就任した時期からだ。

鍵坂は『超が付く変人』というレッテルが貼られるほどに浮世離れした性格をしていた。そして、その性格を色濃く反映した言動で必要以上に周囲の空気を乱すのだ。

そのことが原因で、彼は元々周囲から何かと疎まれていた。そればかりか一部の人間からは嫌悪の情さえ向けられている。

そんな彼が課長という役職に付くことができたのは彼の持つ刑事としての能力の恩恵だった。

彼は有能な刑事ではあったのだ。

事実、彼の周囲では「これで性格がまともならば」と残念がる声が多い。本来であればさらに出世していてもおかしくない能力を持つ人間の筈なのだ。

そして彼が部下に選び出す人間もそれと似たような人々だった。

すなわち、『能力は優秀でも、それ以外の要素に問題がある』といった人間だ。

鍵坂同様にその部下となった人間たちも疎まれていたが、そのような人間が集まったことで彼らはそれまで以上に孤立するようになった。

その後、六課にとある人間が所属したことでその孤立は隔絶に発展することになる。


■■□□□□


「……これがそのアドレスの一覧?」

ライオスは机の上のディスプレイに表示された文字列を見ながら奏に問いかける。

その文字列は様々な組み合わせのアルファベットや数字で成り立っている。その文字数は相当なもので、普通の人間が読み解こうとすればそれだけで目が痛くなる。

しかし、知識がある者ならばそれが何かしらのアドレスの一覧であることはすぐに理解できることだろう。

「ええ、そうです。そのアドレスがどこのか調べることはできませんか?」

奏はライオスに問いかける。

「少し時間がかかるね。知り合いのハッカー……といっても、今回の依頼主だけど、彼にも手伝ってもら……ん?」

不意に、ライオスの言葉が途切れる。

「……どうしました?」

奏の声に、ディスプレイを見たまま固まっているライオスは独り言のように答えを返す。

「……何で星山のアドレスがこんなところにあるんだ?」

ライオスの視線の先には一つのアドレスがあった。


■■□□□□


「何だってあんな状況でアーカイブ・アイズの話なんか出すんスか……?」

六課の面々が本部に戻る途中、信樹は困ったように鍵坂に声をかける。

それに対して、鍵坂は素っ頓狂な声を返す。

「あーん? そんなにヤバかったか?」

それに対して今度は真生が怒ったように声を上げる。

「ヤバいも糞もありますか? こちとら四課の連中が怒りださないかとかヒヤヒヤしましたよ! いいですか? あなたはASDの刑事にもかかわらず、あんな非合法で、なおかつ世間からバッシング受けまくりなサイトの利用を勧めたんですよ!」

だが、鍵坂は相変わらずの声で答える。

「いやー、あの鬼神課長、俺たちに遠まわしに『出てけー!』って言ったんだ。その仕返しだよ」


■■□□□□


(まったく、鍵坂の奴は腹立たしい!)

四課の課長は心の中で叫んだ。

昨日同室の自分たちの噂話を堂々としたかと思えば、今度は挑発をしかけてくるとは。

もっとも、鍵坂の放埓な言動は今に始まったことではないのだが。

「精神病棟め……」

四課課長は呟いた。

そして、気を切り替えて現場を見渡した。

現場の空気は、今でも硝煙の臭いで満たされている。

そして、そんな空気の中にBAの残骸が放置されていた。

(廃工場が略奪品の保管庫とはやってくれる)

この廃工場は、所有していた企業の倒産により数年前に閉鎖されたと聞く。工場の規模から察するに、小企業ではなかったのだろう。中堅企業の中、上位あたりには属していたはずだ。

四課も略奪品の保管場所として、このような施設が使われるのではないかと考えていた。

しかし、このような廃棄施設は彼らの住まう「人工島メタルゾーン」に数多ある。

全て調べ上げるためには人手が足りなかったのだ。というのも、今回は巨大企業から奪取された兵器を秘密裏に探さねばならない、ということもあったため、割ける人員に限りがあったのだ。

おかげで、これだけの数のBAの集積を許してしまった。

それも、この現場にあるBAは一部に過ぎない。

そこで、ふとした疑問に当たる。

「これだけのBAを集めて、一体何をやらかす気だ……?」

四課課長は部下全員が抱いている疑問を呟いた。

「それは、略奪犯本人に聞くしかありませんね」

課長の横にいた女性刑事が答えた。

華奢な体にスーツを着た女性だ。

「残骸の分析にはどれくらいかかる?」

課長は女刑事に尋ねる。

「少なくとも一週間はかかるかと。案の定、残骸のメモリーは消去されていました」

女刑事は落ち着いた声で返す。

「やはりか。だとしたら、BAの残骸だけでなく、これらの残骸一つ一つを徹底的に調べる必要があるな」

課長は、知らずに先刻鍵坂と同じこと言った。しかし、そこには鍵坂のような倦怠感はない。あくまで、冷静な声で。

廃屋の隅の方に目をやると、そこにも別のBAの残骸が。

先程真生が調べていた戦車型のBAだ。

「あれは……ティエ三十八型か?」

課長は女刑事に確認をとる。

「そうですね」

日本は治安が安定しているので、BAという戦闘兵器は滅多にお目にかかれない。よって、日本における戦闘兵器の製造は一部大手企業が製造するにとどまる。

よって、犯罪組織が利用するBAの多くは外国産だ。

密輸入によって多くのBAが国内に流れ込む。

そして、このティエシリーズもそんな外国産BAの一種、東アジア産のBAだ。

「これを盗られた組は改造した送信デバイスを独自に付けていたはずだな? だったら、メモリーの消去機能が送信デバイスに及んでいないはず。分析するんだ」

「それは……無理だと思われます」

課長の指摘に女刑事は否定する。

「なぜだ?」

「先程調べたのですが、あのBAの送信デバイスは何者かに持ち去られています」

「……」

しばしの沈黙。

そして、その沈黙は課長の携帯の着信音で遮られる。

課長は、ポケットから携帯を取り出し、画面を二、三タッチした。

着信したメッセージの内容を見て、課長は溜息をついた。

「どうしました?」

女刑事が尋ねる。

「本部で幹部たちが呼んでいる。今回の件で会議をするそうだ」

「そうですか」

課長は先程本部へ向かった憎々しい眼帯男の顔を思い浮かべる。

(これでは俺が鍵坂の後を追うようだな……)

「悪いが、俺は本部に顔を出す」

「分かりました。では私は少々調べ物をしてきます」

「……調べ物?」

今度は課長が問う。

その真意を察したのか、女刑事は答える。

「……ご安心ください。アーカイブ・アイズは使用いたしませんので」


■■□□□□


本部に帰る途中、真生は思い出す。

(あ……)

自らのポケットの中にある物。

それを思い出した。

(送信デバイス……持って来ちゃった……どうしよう……?)

届けに戻る事を考えたが、現場にいるのは例の四課課長だ。

戻る気には、なれなかった。

(まあ、本部で提出すればいいか)

そこで、ふと考える。

(その前に、中身見ちゃっていいかな?)


■■□□□□


彼らは、混乱していた。

原因は、彼らの戦力の保管庫の一つが襲撃を受け、そこにあった戦力の全てが破壊されたことだ。

今までは復讐という目的のために利用できるだけの戦力を様々な組織から強奪し、その全てを成功させ、なおかつ自分たちの痕跡も残していなかったはずの彼らだった。

そんな彼らにとって、今回の一件は全くの予想外の出来事であった。その上襲撃してきた相手の詳細すら分かっていないとあっては、その襲撃者が今後の彼らの行動に大きな障害となりえる可能性もある。

そして何より彼らの混乱を加速させていたのは、この非常事態に彼らの指導者であるはずのアックスから何の連絡も無いことだ。

アックスが何かと忙しい身であることは彼らも理解しており、今までもそれを受け入れてきた。

何せ今日の彼らがあるのはアックスのお陰なのだ。

基本的にアックスは平時においても自分たちに具体的な指示を出すことはなく、部下である彼らがアックスの行動指針に合った具体的な計画を立て、行動してきた。

つまりアックスは指導者と言うより王だったのだ。アックスの意思が組織の意思を決め、具体的な行動は部下が決める。

しかしながら今回のような非常時に至ってもノーリアクションとなると、アックスの『他者の上に立つ者』としての器さえ問題となってくる。

そして彼らもアックスの振る舞いを許容することに限界を感じていた。

事実、彼らはアックスよりも有能だった。アックス自身が自分たちが行っている仕事を行っても一分と耐えられないだろう。

自分たちより無能でありながら、自分たちの上に立ち、自分たちを見下ろす。

そのような振る舞いがかつて彼らの上に立っていた者たちを彷彿とさせるのだ。今では彼らの憎悪の対象となっている存在を。

一つの存在が声を上げた。

自分がアックスの位置に付こう、と。

その声は「スパイク」と言う名の 「彼ら」の中の一つだ。

他の者たちもそれに大きく賛同した。

何せ、スパイクは彼らの中でも一番「有能」だったのだ。

彼らはこう考えた。

スパイクであれば、アックスのような失態は犯さないだろう。

ブルーホライゾンの軍事部門の研究所にいたスパイクなら。

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