表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第5章 黎明ヲ謳ウ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/75

第67話 箱庭へ

 王都エルンツ、シュタール宮殿「王の執務室」。


 張り詰めた沈黙の中、ニクラウス王の肩に乗った黒い蜘蛛のぬいぐるみが、前脚を上げた。


「終わったッチュ」


 キュートの声が、緊張に満ちていた室内の空気を揺らす。


 ニクラウスが身を乗り出し、食い気味に問う。


「どうなった? あの『虚飾』は……聖猫殿たちが撃退してくれたか?」


 相手は千年前の災厄を引き起こした元凶であり、聖霊と対をなす強大な存在。伝説の聖猫たちが束になってようやく退けられるかどうか、という相手だとニクラウスは認識していた。


 だが、キュートは頭部を横に振る。


「違うッチュ。レオが……あいつの存在ごと、消し去ったッチュ」

「なに? レオだと? 聖猫たちではないのか?」


 ニクラウスは目を丸くし、思わず声を張り上げた。


「マオンをか? あれは聖霊に匹敵する、概念に近い存在だぞ。それを、ヒトの身であるレオが単独で滅ぼしたというのか?」

「聖猫たちも戦ったけど、トドメはレオだッチュ」


 キュートは興奮を抑えるように、ニクラウスの肩の上で身震いした。眷属と共有した視界に焼き付いた、あの光景を反芻する。


「あんな魔法、カドリー様だって見たことないッチュ。八つの属性すべてのマナを、あんな小さな一点に、極限まで圧縮して……」


 キュートの前脚が、空中で円を描く。


「色が混ざり合って、最後には『白』になったッチュ。爆発もしない、音もしない。ただ触れただけで、マオンの『色』を奪い、輪郭を透明にして……『無』に還したッチュ」

「無に……」


 ニクラウスが絶句する中、キュートは感嘆の声を上げた。


「聖霊の固有魔法オリジンには劣るかもしれないけれど、それでも凄かったッチュ! ヒトの領域は完全に超えていたッチュ」

「時空の情報そのものを書き換える、聖なる領域の御業……。聖霊王ベル・ラシル様の加護なしで、そこまで到達するなんて」


 ニクラウスは言葉を失い、重厚な執務椅子に深く体を預けた。


 戦慄と、畏怖。そして、そんな規格外の力を持ちながら、国のために戦ってくれた孫への、深い感謝と誇り。それらが入り混じり、王の肩を震わせる。


「そうか……やったか、レオ。お前は、本当に……」

「それだけじゃないッチュ。宰相アルブレヒト・クプファー公爵。あいつが大罪紋マオンクレストの力を使って抵抗したが、ノワルが制圧したッチュ。今は拘束されているッチュ」

「アルブレヒト……やはり」


 ニクラウスは目を開けた。「影の王族」としての悲願、そして歪んだ野心。それらが「虚飾」と結びつき、国を亡ぼす火種となっていた事実。


 だが、それも今、全て終わった。


「陛下」


 傍らに控えていた側近、トーマス・モントシュタインが静かに進み出る。


「すべてが終わりましたな。……ですが、これからが正念場にございます」


 ニクラウスの瞳に、再び王としての強い光が宿る。


「うむ。国民は不安に揺れている。オリバーの凶行、魔獣の襲撃、そして……死んだはずの余の生存」


 ニクラウスは立ち上がり、窓の外、夕闇に包まれつつある王都を見下ろした。


「隠し事はもうすまい。真実を……この国を救った英雄たちの名を、正しく国民に伝えねばならん」


 王は振り返り、力強く宣言する。


「緊急王族配信を行う。これより『幻灯の間』へ向かうぞ。クロース家の帰還を、大々的に国中に知らせるのだ」

「御意」


 トーマスが恭しく頭を下げる。


「参りましょう。新たな時代の幕開けを、国民に告げるために」


          




 

 国境の荒野。


 戦いの痕跡が残る大地に、夕陽が差し込んでいた。


 レオは、呼吸を整えながら、眩しそうに空を見上げる。周囲には、武装を解除し、元の姿に戻った八匹の聖猫たちが集まっていた。


「終わったな」


 レオが呟くと、足元の黒猫――ノワルが、静かに見上げた。


「ええ。お見事でございました、レオ様」

「はんっ。ま、最後だけはかっこよかったんじゃねえか?」


 白猫のクラルテが、そっぽを向きながらも嬉しそうに尻尾を揺らす。


「マスター! お腹すいたっス! 帰ってご飯にするっス!」


 三毛猫のルジュがレオの足に擦り寄る。


「まったく……。でも、そうね。お母様のご飯が恋しいわ」


 灰猫のシャルルが、やれやれといった様子で毛繕いを始めた。


「そうですわね。少々埃っぽかったですけれど、皆様、素敵でしたわ」


 長毛猫のリゼが、優雅に前足を揃えて座り、同意する。


「んふふ。アチキも疲れんした。早く帰って、一服したいでありんす」


 キジ白猫のフローが、艶やかに目を細めてあくびをした。


「ん。あるじ、だっこ……」


 耳折れ猫のエクレアが、レオの足元でコロンと転がり、眠そうに前足を伸ばす。


「あーっ! エっちゃんが限界なのです! レオ様、早く帰るのです! お風呂なのです!」


 足の短いチビ猫のマロンが、エクレアを心配そうに覗き込みながら、元気よく声を上げた。


 レオは仲間たちの言葉に微笑みながらも、ふと、視線を虚空へと彷徨わせる。


 マタド・ク・シア。虚飾のマオン。


 確かに、レオの固有魔法オリジンである≪時空回帰・白(クロノ・アルビリス)≫でその存在は消滅した。手応えもあった。だが、消える瞬間のあの感覚。


 あまりにあっけなかったのではないか。あれは本当に「本体」だったのだろうか。それとも、まだ何かが――。


 思考の沼に沈みかけたレオの耳に、心配そうな声が届く。


「レオ様?」


 ハッとして見下ろすと、ノワルが紫色の瞳でじっとこちらを見上げていた。


「いかがなさいましたか? 浮かないお顔をされていますが」

「……いや」


 レオは一瞬、口を開きかけたが、すぐに首を横に振った。


 今は、この勝利を喜ぶべきだ。懸念があるなら、また調べればいい。今は、待ってくれている者たちがいる。


 レオは思考を切り替え、晴れやかな笑顔を聖猫たちに向けた。


「なんでもない。それじゃあ、帰ろうか」


 レオは【ベルコネクト】を取り出し、空間にかざした。


 虹色の光と共に、見慣れた質素なドアが現れる。


 それは、戦場から日常へ。


 レオがドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。


「俺たちの〝箱庭〟へ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ