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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第5章 黎明ヲ謳ウ

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第66話 固有魔法

 固有魔法オリジン


 それは、既存の属性魔法の位階や理論の枠組みを超越し、術者自身がその才覚、執念、そして生き様を反映させて創造した「唯一無二の魔法」である。


 本来、聖霊の加護を持たぬヒト属が自力で到達できる魔法の限界は第五位階までとされる。


 第六位階以上の「聖霊魔法」は、高位存在の許しなくして行使することは叶わない。


 だが、その世界のことわりを覆す例外が存在する。


 才能、弛まぬ努力、そして厳しい鍛錬の果てに「魔法の境地」に触れたごく一握りの者のみが到達する、至高の領域。


 995年前、英雄ショウが世界を救うために編み出した、あの奇跡のように、今、一人の青年がその領域へと手を伸ばしていた。


 荒野を吹き抜ける風が止んだ。


 レオが見据える先、八人の聖猫アンシャたちによる波状攻撃は、熾烈を極めていた。


 ルビアの大鎌が深紅の軌跡を描き、シャリーナの氷槍が絶対零度を穿つ。リエリーの矢が風となって死角を食い荒らし、マロニーの戦斧が大地ごと敵を粉砕しようと迫る。


 だが、対峙する「虚飾」のマタド・ク・シアは、そのすべてを薄氷の差でいなしていた。


 第六位階大罪魔法≪鏡像の虚像(ミラージュ・イメージ)≫による分身と、物理攻撃を無効化する防御障壁。聖猫たちの連携は完璧だったが、決定的な一撃を届かせるには、シアの防御はあまりにも硬く、狡猾だった。


 攻めあぐねる戦況の中、シアが口元を三日月形に吊り上げる。


 彼が右手を掲げると、指先に世界を侵食するようなドス黒い闇が凝縮された。第十位階相当の大罪魔法≪虚飾の終焉エンディング・オブ・バニティ≫の予備動作である。


 聖猫たちが防御の姿勢を取ろうとした、その刹那。一人の青年が、静寂を切り裂いて踏み込んだ。


 レオ・クロース。


 彼は防御魔法を展開するでもなく、回避行動を取るでもない。ただ真っ直ぐに、死の予感が渦巻くシアの懐へと身を投じた。


 その右掌には、既に輝きが満ちている。


 時空属性特有の虹色のマナが、直線を描きながら一点へと急速に収束していた。火、水、風、地、光、闇、氷、雷――この世界を構成するあらゆる属性の祖であり、それら全てを内包する根源の光。


 八色の光が混ざり合い、圧縮され、極限まで高められた密度が、やがて無垢なる〝白〟へと昇華する,。


 ノワルが展開した≪影潜≫による転移ではない。純粋な脚力と、チャクラによる身体強化、そしてオリガタの武術「入り身」による超高速の踏み込みである。


「マスター……ッ!?」

「旦那様!?」


 ルビアやシャリーナたち聖猫が、驚愕に目を見開く。彼女たちの目には、主が自ら死地へ飛び込んだようにしか見えなかった。


 シアもまた、無防備に肉薄してきたレオに対し、嘲るような視線を向ける。放とうとしていた≪虚飾の終焉≫の切っ先を、眼前の羽虫に向けるだけで済むのだから。


 だが、レオの目は揺るがない。


 彼の脳裏には、英雄ショウの記憶にある「第十位階の理論」が鮮明に焼き付いている。そして、今の肉体には、それを実現するための膨大なマナと、現代の技術で再構築した術式があった。


 加護なき身で、聖なる領域へ手を伸ばす。


 距離はゼロ。


 レオの右掌が、シアの胸郭に触れるか触れないかの位置で静止する。その掌中には、既に完成された「白き無」が脈動していた。


 それはヒトの固有魔法オリジンの限界である、第八位階を超越した領域。聖霊魔法でしかありえない、第十位階級の固有魔法オリジン


「≪時空回帰・白(クロノ・アルビリス)≫」


 炸裂音はなかった。


 レオの掌から解き放たれた純白の光が、シアの身体を音もなく透過し、包み込んでいく。


 シアの表情が凍りつく。衝撃も痛みもない。だが、自身の身体に起きている異常に気付いた瞬間、彼の瞳に初めて恐怖の色が宿った。


 そこにあったはずの煌びやかな装飾、上質なジャケット、そして青鈍色の髪の毛までもが、急速に彩度を失っていく。


 極光のような白が、シアという存在を構成する情報を侵食していく。毒々しいまでの色彩が奪われ、全てがモノクロームの世界へと褪せていく。


 ≪色を奪う(デ・カラー)≫。


 それは破壊ではない。情報を「白紙」へと書き換える、根源的な否定。


 シアが抵抗しようとマナを練り上げるが、それすらも白く染まり、霧散していく。


 グレースケールと化したシアの輪郭が、次いで揺らぎ始めた。


 透明化。


 実体を失い、背景の荒野が透けて見えるようになる。存在の証明であった「色」を奪われた虚飾の王は、ガラス細工のように儚く、透明な輪郭だけを残して空気に溶け始めていた。


 虚飾が積み上げた偽りの歴史も、恐怖も、全てが「無」へと還る。


 レオは冷徹に、最後の一押しを加える。


 白き光が極点に達し、世界が一瞬、完全な白に染まった。


 やがて光が収束すると、そこにはもう、虚飾はいなかった。


 ただ、乾いた風が吹き抜けるだけの荒野が広がっていた。

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