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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第5章 黎明ヲ謳ウ

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第63話 アルブレヒト・クプファー公爵

 アイゼン王国の歴史の裏側には、決して表舞台で語られることのない一族の怨嗟が澱んでいる。


 クプファー公爵家。


 かつて「影の王族」と呼ばれた者たちの末裔である。


 数世代前、知略、武勇、魔導の才、そして人心掌握術。王として必要な資質のすべてを兼ね備えた天才がいた。だが、聖霊命セイントコールは彼を選ばなかった。理由は単純にして絶対的なものだった。


〝属性〟である。


 管理者たる王には、聖域の鍵――【月の紋のレガリア】と共鳴するための「王族紋ロイヤルクレスト」に加え、もう一つの必須条件として「闇属性」が求められる。


 傑物は、風属性だった。


 彼はその決定を「個の可能性を否定する理不尽」だと断じ、聖霊のことわりに異を唱えた。だが、その反抗こそが彼を破滅へと導いた。


 当時の王家は、例え家族といえど、聖域のシステムを否定する者は王都に不要とした。一族諸共、過酷な西の国境の守護へと追いやられたのだ。


 しかし、彼らはそこで腐らなかった。


 圧倒的な武力で国境を死守し、荒れ地を豊かに変え、その実力は王都の中枢すら無視できないものとなった。彼らは許されたのではない。国に不可欠な存在として、実力のみで中央へと凱旋したのだ。


 そして先々代に至り、ついに臣下の頂点である「宰相」の座を勝ち取った。


 だが、そこが限界だった。どれほど優秀さを示し、国の実権を握ろうとも、「王」には絶対になれない。宰相という地位は、彼らにとって栄光ではなく、越えられない〝属性の壁〟を再確認させる絶望の玉座でしかなかった。


 その積年の呪いに、宰相アルブレヒト・クプファー公爵は自ら身を投じた。






 国境の荒野。吹き荒れる砂塵の中で、アルブレヒトの胸に刻まれた≪大罪紋マオンクレスト≫が赤黒く脈動する。


 対峙するノイアーは、その禍々しい力を冷ややかな瞳で見据え、静かに問うた。


「マオンの力に魅入られ、呪いに身を委ねる……。それが、公爵閣下の仰る優秀な個……〝ヒトの可能性〟でございますか?」


 その憐憫を含んだ言葉が、アルブレヒトの逆鱗に触れた。


「黙れ……ッ! 貴様のような獣に、ヒトの何が分かる!」


 アルブレヒトのマナが爆発的に膨れ上がる。それは理解不能な強者に対する畏怖と、それを認められない拒絶が混じり合った激情だった。


「獣風情が、ヒトの可能性を語るなァッ!」


 アルブレヒトが地面を蹴る。紋章によって強化された身体能力は、常人の動体視力を遥かに凌駕していた。風を裂く鋭利な刺突が、ノイアーの眉間へと迫る。


 ノイアーは漆黒の大剣を最小限の動きで持ち上げ、その剣腹で切っ先を弾いた。金属が擦れ合う火花が散る。


 弾かれた勢いを利用し、アルブレヒトは回転と共に魔力を解き放つ。


「≪ゼフィレン≫」


 展開された魔法陣から不可視の風の刃が射出され、剣撃との同時攻撃となってノイアーを襲う。


 ノイアーは動じず、足元の影を僅かに踏んだ。


「≪シャドウブル≫」


 黒い霧のようなマナが立ち上がり、身体を覆う防壁となる。風の刃は黒い霧に触れた瞬間に霧散し、アルブレヒトの追撃は再び大剣によって阻まれた。


 アルブレヒトがバックステップで距離を取り、忌々し気に舌を打つ。


「チッ……! 文官風情が」

「公爵閣下こそ。文官の仕事に忙殺されているとは思えぬ剣捌きでございますね」


 ノイアーは黒衣の埃を払う。その余裕が、アルブレヒトの矜持を逆撫でした。


「貴様らはいつもそうだ。澄ました顔で我々を見下ろし、聖霊のことわりこそが絶対だと信じて疑わない。優秀な者が選ばれず、ただ属性が合うだけの凡愚が王となるシステムに何の意味がある!」


 アルブレヒトが剣を掲げる。刀身に纏わりつく風が、翠緑色からドス黒い色へと変質していく。


「我々は証明せねばならんのだ。力こそが、理屈を覆すのだと!」


 地面が陥没するほどの踏み込み。第四位階風属性攻撃魔法≪サイクレン≫を推進力に転用した、質量を伴う暴風の突撃。


 ノイアーは紫の瞳を細め、初めて大剣を両手で握った。


 荒野の中央で、暴風の剣と漆黒の大剣が激突する。


 衝撃波が周囲の岩盤を粉砕し、砂塵を巻き上げる。アルブレヒトの繰り出す剣閃は視認不可能な速度に達していたが、ノイアーはその全てを紙一重で弾き返していた。


 剣戟の合間、ノイアーが静かに告げる。


「申し上げておきますが、聖霊命セイントコールは、王の優劣を決めるためのものではございません」


 ノイアーの全身から濃密な闇が溢れ出し、巨大な影を形成する。


「聖域の管理者たる王に『闇属性』が求められるのは、システムを掌握するためではありません。理由はただ一つ――このアイゼン王国が『闇の大聖霊オスクネス様』を守護する国だからです」


 ノイアーが大剣を横に薙ぐと、黒い波動がアルブレヒトの風を両断した。


「貴方のご先祖が弾かれたのは、能力が劣っていたからではない。ただ、この国が祀る聖霊と属性が一致しなかった。それだけの話です。それを理不尽と嘆き、八英雄の国のことわりを壊そうとするのは――単なる八つ当たりと申します」

「うるさい!認めん……認めるものか! 能力ある者が上に立つ。それが正義だ! そのような理屈が邪魔をするならば、その理不尽ごと破壊するのみ!」


 アルブレヒトが距離をとる。胸の≪大罪紋マオンクレスト≫が、どす黒い光を放ちながら激しく脈動する。限界を超えたマナの供給を受け、彼の肉体が悲鳴を上げる。


 彼は全身全霊のマナを剣に込め、暴風の槍を構築する。


 だが、ノイアーはあえてその構築を邪魔せず、静かに大剣の切っ先をアルブレヒトに向けたまま、諭すように語りかけた。


「よろしいですか、アルブレヒト公。トップダウンの国は常に表裏一体でございます。トップ次第では善にも悪にもなる。次期王を大聖霊が選定することで悪を最小限に防ぐのです」


 ノイアーの言葉は淡々としていたが、戦場の暴風をも切り裂くような静寂と説得力を持っていた。


「貴方のご先祖様……いえ、〝ロタール第一王子〟は、たとえ闇属性を持っていたとしても、その内面を見抜かれ、人格においても選ばれなかったでしょう」

「な、ぜ、その名を……?」


 魔法の構築が一瞬、揺らぐ。ノイアーは紫の瞳で、公爵の魂の底を見据えた。


「聖霊は魂の色を見ます。国への関わり方は、別にトップでなくてもできるはずです。ロタール第一王子に、国を支える殊勝な心があれば……それは人々からの尊敬へと昇華したはずでございます」


 ノイアーの脳裏に、王ではない場所から国を支え続ける、四人の英雄たちの姿が過ぎる。


「この国の四柱、テトラルキスのようにね」

「黙れェェェッ!」


 図星を突かれたアルブレヒトが、拒絶の絶叫と共に≪ヴォーテスレン≫を解き放つ。


 暴風の槍が空間を削り取りながら迫る。


 ノイアーは、哀れみすら浮かべて静かに踏み込んだ。


 第七位階闇属性攻撃魔法――≪アブソリュートブル≫


 振り下ろされた大剣から、漆黒の斬撃が放たれる。それは物理的な刃ではない。空間そのものを侵食する絶対的な闇の奔流。


 アルブレヒトが放った風の槍は、闇に触れた瞬間に飲み込まれ、跡形もなく消滅した。防御の風も、軍服も、肉体も、迫りくる闇の前では無意味だった。


 闇が通り過ぎた後、アルブレヒトの剣は砕け散り、彼は膝から崩れ落ちた。


 全身のマナ回路を闇に侵食され、立つことすらままならない。大罪紋の輝きも失われ、ただの無力な男がそこにいた。


「……バカな。私が……選ばれし私が……」


 アルブレヒトは震える手で地面を掴み、虚ろな瞳でノイアーを見上げる。


「我々は……ただ、認められたかっただけなのだ……。もし、あの日……先祖がそのことわりを認めていたなら……我々は、違う道を選べたのだろうか……」


 悔恨かいこんの涙が、砂塵に汚れた頬を伝う。


 もし、〝王になること〟に固執せず、〝国を支える柱〟としての誇りを持てていたなら。テトラルキスのように、王と共に国を背負う道もあったはずだ。


 ノイアーは、眼下の敗者を冷徹に見下ろしたまま、大剣を振るって闇を払った。


「環境が性格を歪めることもございましょう。ですが、道を選んだのは貴方自身です」


 ノイアーは大剣を背中に回し、短く告げる。


「今更でございますね」


 その言葉を最後に、公爵は力を失い、荒野の砂の上に伏した。


 風が止み、静寂が戻った戦場に、ノイアーは背を向ける。その視線の先では、主であるレオ・クロースが、虚飾のマオン、シアと対峙していた。

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