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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第5章 黎明ヲ謳ウ

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第58話 人工マナ器官

 聖域守護結界『五重輪オクト・クインタ』第一門前。


 視界を埋め尽くす白濁した衝撃波が、翠緑の光を放つ球体によって遮断されていく。


 第六位階聖霊風流防御魔法≪ホーリレン≫。


 聖なる風のエネルギーで構築されたその結界は、物理・魔法を問わずあらゆる衝撃を拒絶する絶対の防壁となっていた。


 荒れ狂う爆風の外側とは対照的に、結界の内側は無風の静寂に支配されている。


 死を覚悟して瞼を閉じていたダミアン・アイゼンは、訪れない痛みに恐る恐る目を開けた。


 土煙が晴れ、彼の視界に鮮やかな色彩が飛び込む。


 エメラルドグリーンの髪をなびかせ、背筋を伸ばして優雅に佇む一人の女性。彼女の両手からは、美しい風のマナが放出され、ドーム状の結界を維持している。


 ダミアンの思考が停止した。


 常に論理と分析を重んじ、感情を排して事実のみを観測してきた第二王子の脳内から、計算式が消え失せる。


 胸元にある【探求の護符】が熱を帯びている。だが、それが危機を告げる警告なのか、それとも自身の早鐘を打つ心臓の鼓動によるものなのか、今の彼には判別がつかなかった。


 非論理的な熱量が、彼の胸を満たしていく。


「ごきげんよう。怪我はございませんこと? ハンス様、ダミアン様」


 リゼ――リエリーが、結界を解きながら振り返り、鈴を転がすような声で微笑みかける。


 ダミアンは、ずれた眼鏡の位置を直すのも忘れ、無意識に口を開いた。


「……あ」


 言葉にならない吐息が漏れる。それは、彼が生まれて初めて「計算外の事象」に直面した瞬間であった。


 一方、ダミアンがリゼに見惚れている少し離れた場所で、瓦礫の山が崩れる音がした。


 瓦礫を押しのけ、ハンターの装いをした青年が体を起こす。


「あー、あぶなかった」


 とっさに展開した時空属性防御魔法≪グラヴィス≫によって直撃は防いだものの、至近距離での爆発の衝撃は凄まじかった。青年の顔には擦り傷があり、何より、彼が掛けていた【誤認の眼鏡】は粉々に砕け散り、フレームだけが残っていた。


 露わになった素顔。銀色の髪と、茶色の瞳の青年レオ。


 レオは立ち上がり、砂埃を払う。それを見たハンスが、安堵の息をつきながら駆け寄る。


「レオ! 無事か!?」

「ええ、なんとか」

「危なかったどころではなかったぞ、レオ。君が死んだら、私は姉上に顔向けできないではないか」


 ハンスが、安堵と叱責の入り混じった溜息をつきながら、レオの肩を強く掴んだ。


「すみません、ハンス叔父上。予想外のことだったので」


 レオは悪びれながら頭をかき、ポケットから壊れた眼鏡の残骸を取り出して苦笑する。


「ああ、眼鏡が……」


 そのやり取りを、傍らで呆然と見つめていたダミアンが、震える声で割り込んだ。


「……レオ?」


 ダミアンの視線が、青年の顔に釘付けになる。


 記憶にある幼い甥の面影と、目の前の青年の顔が完全に合致する。そして何より、これまで「リオン」として振る舞っていた彼が放つマナの波長が、あの日「死んだ」はずの甥と同一であることを、胸元の【探求の護符】が強烈な熱量をもって肯定していたのだ。


 レオはバツが悪そうに頭をかき、壊れた眼鏡をポケットにしまう。


「お久しぶりです、ダミアン叔父上」


 ダミアンは、ずれた眼鏡の位置を直しつつ、呆然と呟く。


「……君だったのか。道理で、計算が合わないわけだ」


 死んだはずの甥が生きていた。そして、ハンターとして自分を守り続けていた。


 論理的思考を信条とするダミアンの脳内で、数々の矛盾が一気に氷解していくと同時に、かつてない感情の揺らぎが押し寄せていた。


「ハンス。お前は……知っていたのか?」


 ダミアンの問いに、ハンスは申し訳なさそうに、しかし力強く頷く。


「はい、兄上。レオは……私たちを、この国を護るために、ずっと影で戦ってくれていたのです」


 ハンスはレオの肩に手を置き、誇らしげに微笑んだ。


「レオ。君のおかげで助かった」

「いえ。ハンス叔父上にダミアン叔父上も、ご無事で何よりです」


 二人のやり取りを見つめるダミアンの視界の端で、リエリーがくすりと笑う。


「感動の再会ですわね。でも、まだ終わってはいませんわよ?」


 リエリーの言葉に、ダミアンが思い出したかのようにレオに問う。


「ところでレオ。こちらの ……美しい女性は、どなたかな?」

「彼女はリエリー……いや、リゼです。風の大聖霊ウィンリーフ様の加護を賜った聖猫……まあ、猫ですよ」

「ね、猫……?」


 ダミアンが再び絶句し、リエリーを凝視する。


「猫……猫なのか? この、美しい女性が……?」


 ダミアンの脳内で、未知への探求心と、先ほどの非論理的な熱が複雑に絡み合い、新たな葛藤を生み出していた。


「ええ。リゼ」

「かしこまりまたわ」


 返事をしたリエリーは、元の長毛猫の姿、リゼに戻って見せた。


「本当に猫なんだな……」


 まだ納得しきれていないダミアンを横目に、ハンスが前に出る。


「それにしてもレオ。先程の爆発は――」

「マギリアクター……、えっと、かつてのエネルギー発生システムで、まあ、先程の現象は、そのマギリアクターの……、端的に云えば〝エネルギーの暴走〟です」

「それが、ヤツの胸部に内蔵されていた、と?」

「ええ。結晶型は、俺も初めて見ましたが、まず間違いないでしょう」

「マギ・デシメートってやつだね?」ダミアンが言った。

「……マギ・デシメート。かつて世界を恐怖に陥れた、大量破壊兵器の心臓部ということか?」


 ハンスが、焼け焦げたシアの残骸を見つめながら、震える声で呟いた。


 王族として歴史に触れてきた彼にとって、その名は忌まわしき禁忌の響きを持っていた。


「ご名答です。正確には、その小型化された試作型といったところでしょう」


 レオは瓦礫の中に落ちていた結晶の欠片を拾い上げ、沈痛な面持ちで続ける。


「通常、八大罪のマオンは生物(ヒト属)にしか憑依できないと訊いています。ですが、この『マギリアクター』という人工マナ器官を搭載することで、シアはマオンにとって〝生きた器〟として誤認され、憑依が可能となった、と推察できます」

「なるほど。無機物に憑依するための……疑似的な生命、か。なんとも冒涜的な技術だ」


 ダミアンが顔をしかめ、手帳に何かを書き殴ろうとするが、手が震えてうまくいかない。彼の【探求の護符】が示した反応と、目の前の非論理的な破壊の痕跡が、彼の中で激しく衝突していた。


「ええ。そして先程の爆発は、その炉心が臨界点を超えた結果です。五重輪(オクトクインタ)は大丈夫だったでしょうが、私の結界と、リゼの結界がなければ、この周辺は我々ごと消滅していたでしょう」


 レオの言葉に、ハンスとダミアンは息を呑んだ。


「それに、敵の狙いは失敗に終わりましたが、先程リゼが言った通り、まだ終わっていません。まあ、立ち話もなんです。詳しい話は場所を変えてからにしましょう」


 レオはそう言うと、空間から取り出した鍵――【ベルコネクト】をかざす。何もない空間に虹色の光が走り、質素なドアが顕現する。


「さあ、こちらへ。安全な場所へ案内します」


 レオがドアを開け、二人を促した。

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