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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第5章 黎明ヲ謳ウ

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第57話 クロース式四輪駆動試作参型

 クロース侯爵邸、地下工房。


 緑色の垂れ幕――【幻景の画布】の前で、ニクラウス・クライノート・アイゼンは深く息を吐き出した。


 正面に設置された【撮影結晶】の輝きが消える。王族配信の終了を示す合図だ。


「……ふゥ。老骨には堪える芝居だ」


 ニクラウスはマントを翻し、重厚な執務椅子から立ち上がる。その表情からは、先ほどまで国民に向けていた威厳ある王の仮面が剥がれ落ち、仕事を終えた一人の老人の疲労と、ある種の達成感が滲んでいた。


「お疲れ様でした、陛下。完璧な演説でございました」


 背後で控えていたトーマス・モントシュタインが、手際よく茶器を片付けながら労いの言葉をかける。


「ああ。これで国民の目は覚めたはずだ。あとは……」


 ニクラウスは視線を工房の出口、地上へと続く階段へ向けた。


「オリバーへの引導は、親である余が直接渡さねばなるまい」

「ええ。参りましょう。準備は整っております」


 トーマスが先導し、工房の奥にあるガレージへと向かう。そこには、クロース家の家紋が刻まれた一台の大型マナビークルが鎮座していた。


 艶消しの黒いボディに、露出したマナパイプ。武骨ながらも機能美を追求したその車体は、一般的な貴族の乗る優雅な馬車型とは一線を画す、攻撃的なフォルムをしている。


 運転席のドアが開き、作業着姿のマルセル・クロースが顔を出した。


「おう、ニック。さっさと乗りな。エンジンは暖まってるぜ」


 ニクラウスの足が止まる。彼は眉間を指で揉みほぐしながら、運転席の親友と、その隣で涼しい顔をしている側近を交互に見やった。


「……おい、マルセル。なぜ貴様が運転席にいる?」

「あ? 当り前だろ。この『クロース式四輪駆動試作参型』のクセを完全に掌握してんのは、設計者の俺だけだ」


 マルセルはステアリングを愛おしそうに撫でる。


「嫌な予感がする。トーマス、お前が運転しろ」

「恐れながら陛下。わたくしは後部座席にて、各所への指示出しと情報統制を行わねばなりません。運転に集中する時間はございません」


 トーマスの手には魔導電話マナフォンがあった。王宮関係者しか所持を許されていない、通信魔道具である。トーマスはその魔導電話マナフォンをチラ見させた後、恭しく後部ドアを開け、王を促した。


「それに、この機体の最高速度を引き出せるのは、マルセル様をおいて他にいないかと」

「最高速度など出す必要はない! 安全運転で頼むぞ、絶対にだぞ!」


 ニクラウスは渋々といった様子で後部座席に乗り込む。シートは上質な革張りだが、そのホールド感は明らかに高速走行を想定した硬さだった。


「任せとけって。王宮までひとっ飛びだ」

「飛ぶな!走れ!」

「へっ!!」


 マルセルが不敵に笑い、コンソールにある真紅の起動ボタンを押し込んだ。


 カッ、という吸気音の後、腹の底に響くような重低音が地下ガレージを震わせる。高出力マナエンジンの咆哮だ。


「おい待て、音が大きいぞ! マルセル!」

「舌噛むなよ?」


 マルセルの警告と同時、マナビークルが弾丸のように飛び出した。


 地下通路の傾斜をものともせず、車体は強烈な加速Gと共に地上へのスロープを駆け上がる。


 背中にシートが張り付くような感覚に、ニクラウスは前の座席の背もたれにしがみついた。


「バカモノ! 速すぎる! 貴様、余を暗殺する気か!」

「うるせぇな! これでも出力60%だ! 文句あるなら歩いて行きやがれ!」


 マルセルはハンドルを巧みに操り、屋敷の裏門から通りへと躍り出る。夕闇の王都、石畳の道を、黒い鉄塊が滑るように疾走していく。


 コーナーを曲がるたびにタイヤが悲鳴を上げ、ニクラウスの体は左右に振られる。


「トーマス! 何とか言わんか!」

「陛下、現在位置は中央区貴族街外縁。予定より3分短縮できております。流石はマルセル様」


 トーマスは揺れる車内でも表情一つ変えず、通信用の魔道具を操作している。


「褒めるな! 止めろ!」

「前方、障害物なし。……マルセル様、マナ・チャージ、接続可能かと」

「おうよ! 見てろニック、ここからが本番だ!」

「トーマス!おまえはなぜ、そんなに冷静なのだ!?」

「そういう性分でございますので」

「よしっ!行くぞ!」


 マルセルがレバーを倒すと、車体後部から青白いマナの噴流が迸る。景色が後方へと置き去りにされ、王都の街並みが流線となって消えていく。


 ニクラウスは目を固く閉じ、かつて戦場を共にした悪友への罵詈雑言と、聖霊への祈りを同時に口にした。






          

 王宮、正門前。


 クーデターによる混乱が残る中、門前には異様な静寂と緊張感が漂っていた。そこに、四人の影が並び立っている。


 巨大な戦槌を肩に担いだ、屈強な男。オスヴァルト・クロース。


 冷気を帯びた氷の槍を持つ、銀髪の美女。エリーザ・クロース。


 紅蓮の炎を纏う杖を手にした、短髪の女性。ハンナ・グラナト。


 そして、白銀の甲冑に身を包んだ騎士。アルフォンス・プラーティン。


 アイゼン王国が誇る最高戦力、四柱「テトラルキス」。


 彼らは無言で、王都の大通りから近づいてくる轟音に耳を傾けていた。


「……来たな」オスヴァルトがニヤリと笑う。


 直後、黒いマナビークルがドリフトしながら広場に滑り込んできた。タイヤから白煙を上げ、四人の目の前、寸分の狂いもなく停止する。


 プシュー、という排気音と共に、後部座席のドアが開いた。


 中から転がり出るようにして、ニクラウス王が降り立つ。その足取りは僅かにふらついていたが、彼はすぐに姿勢を正し、マントを整えた。顔色は蒼白だが、その瞳には王としての光が戻っている。


「……着いたか」


 運転席からマルセルが、助手席からトーマスが降りてくる。


「どうだニック。快適なドライブだったろう?」

「……後で覚えおれ」


 ニクラウスはマルセルを睨みつけた後、並び立つ四人の英雄たちに向き直った。


 四人は一斉にその場に跪き、頭を垂れる。


「お待たせいたしました、陛下」


 アルフォンスの厳格な声が響く。


「王都の主要区画における劣化版怨獣アッテレスえんじゅうの排除、完了いたしました」


 ハンナが報告を続ける。


「結界の維持、および王宮内の残存勢力の制圧も、順調に進んでおります」


 エリーザとオスヴァルトも力強く頷く。


 ニクラウスは、頼もしき臣下たちの姿を見渡し、満足げに頷いた。


「うむ。大儀であった」


 王は顔を上げ、眼前にそびえる王宮――シュタール宮殿を見上げる。そこは今、虚飾に塗れた息子と、彼を操る闇が巣食う場所。


「さて、後片付けだ」

「「「御意!!」」」


 王と四柱、そしてかつての悪友たちが、王宮の門をくぐった。

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