第56話 破壊のリアクター
リオンの警告が鼓膜を叩くより早く、ハンスは本能的な危機感に身体を強張らせた。だが、固有魔法を放った直後の硬直が、彼の足を石畳に縫い付けている。
ハンスの視界の端を、茶髪の青年が疾風のごとく通り抜けた。
リオンは、ハンスが切り裂いたシアの胸元へ肉薄する。
シアの胸部装甲は、ハンスの斬撃によって深く切り裂かれ、内部機構の一部が露出していた。その奥から、周囲のマナを食らいながら連鎖的に崩壊しようとする、不快な高周波を伴う青白い光が漏れ出している。
リオンは躊躇なく、捲れ上がった装甲板に指をかけ、強引に剥ぎ取った。
「これは――」
装甲の下で露わになったのは、生物の臓器ではなく、暴走を始めた結晶体だった。
ヒト属のソレを模した、人工的なマナ器官。複雑な構造ながらもシンプルにその魔導自動機械人形の回路を的確にとらえていることが、そこから見える。
『マギリアクター』。
それはかつて破壊を生み、古の災厄を呼び起こした〝マギデシメート〟の源。
「まずい」
冷却機能を失った炉心が、臨界点を超えようとしている。リオンが即座に後退しようとした、その刹那。
機能を停止していたはずのシアの右腕が、リオンの左腕を掴んだ。
万力のような握力。シアの瞳に生気はない。だが、その口元は、道連れを確信したかのように三日月型に吊り上がっていた。
リオンの判断に、コンマ一秒の迷いもなかった。彼は右手に持っていた剣を閃かせ、シアの肩口へ刃を走らせた。
硬質な音もなく、シアの腕が根元から両断される。リオンの腕を掴んだままの右腕が、胴体から切り離され、重力に従って垂れ下がった。
本体との連結を断ち切ったリオンは、間髪入れずに踏み込んだ。
へその下、丹田にあるチャクラ器官から爆発的なエネルギーを練り上げ、右脚へと流し込む。マナとは異なる、純粋な身体エネルギーの奔流。
リオンの蹴りが、シアの股間を捉えた。大気が破裂するような衝撃と共に、シアの身体が砲弾のように真上へと打ち上げられる。数十キロはあるはずの金属の塊が、遥か頭上、空中まで吹き飛んだ。
リオンは、固有魔法の反動で硬直したままのハンスのもとへ瞬時に肉薄し、彼の腕を掴むと、強引にダミアンのいる石柱の陰へと突き飛ばす。
「ダミアン殿下!ハンス様を連れて逃げてください!早く!!」
リオンの絶叫が、轟音と競うように響いた。
その絶叫に「わ、わかった!」と頷くと、ダミアンはハンスを支えながら、半ば引きずるような形でその場を離れはじめる。
リオンは空を見上げる。シアの胸部から放たれる青白い光は、もはや直視できないほどの輝きを放ち、周囲の空間を歪め始めていた。
間に合わない。
ここで爆発すれば、ハンスやダミアンはおろか、第一門付近の結界ごと、この場にいる全員が消滅する。
リオンは覚悟を決め、左手を天空へとかざした。
ショウの記憶が、最適な術式を瞬時に脳裏へ描き出す。詠唱など不要。今の彼にとって、魔法は呼吸と同じだ。
リオンの掌から、虹色のマナが爆発的に放出された。
≪ヘキサガード≫。シアを中心とした空間に、六角形のハニカム構造を持つ光の壁が出現する。だが、それは通常の一枚壁ではない。
本来、術者の前面や周囲を守るための第五位階時空属性防御魔法。それをリオンは、対象を完全に包み込む「球体」へと形状変化させ、幾重にも重ねて展開した。
直後、シアの肉体が内側から弾け飛んだ。
音はなかった。閃光だけが世界を白く塗りつぶし、球体結界の内側で、純粋な破壊のエネルギーが荒れ狂う。空間そのものを削り取るようなマナの奔流が、第一層の結界を紙のように食い破り、第二層、第三層へと牙を剥く。
リオンは歯を食い縛り、さらにマナを注ぎ込んだ。
時空属性の特性である「空間の歪曲」を利用し、内側からの圧力を別の座標へと受け流し、相殺し、封じ込める。
球状の結界が、膨張と収縮を繰り返し、軋みを上げる。
幾重にも重ねた球状の結界が10枚目を数えたとき、爆発のエネルギーが追いつく。最後の1枚が砕け、抑え込まれていた余波が爆風となって吹き荒れた。
白濁した衝撃波が彼らを飲み込まんと迫る。
先に衝撃波が到着したのは、リオンだ。その圧力に耐えきれず、彼が掛けていた【誤認の眼鏡】のレンズに亀裂が走り、粉々に砕け散った。
リオンは咄嗟に自身の身体の周囲に時空属性防御魔法≪グラヴィス≫を展開した。
凄まじい風圧と衝撃が、展開した膜ごしに彼を打ち据える。
今やレオに戻った彼の身体は、木の葉のように後方へと吹き飛ばされ、地面を転がったが、とっさに展開した結界のおかげで致命傷は避けられた。
一方、ある程度離れた位置まで駆けていたダミアンとハンスにも、暴風が牙を剥く。
逃げる時間はない。
「ハンスだけはっ……!」
ダミアンは、弟ハンスを背に庇うように、爆風の正面へと立ちはだかる。彼は両手を広げ、迫りくる破滅をその身で受け止める覚悟を決めた。
「兄上っ!」
ハンスが必死に叫んだ。だが、ダミアンの身体が砕かれることはなかった。
なぜならば、二人の前に、一陣の翠緑の風が舞い降りたからだ。
風の大聖霊ウィンリーフの眷属、聖猫リゼが、エメラルドグリーンの髪をなびかせたヒトの姿――リエリーとなって顕現していた。
彼女は優雅に、しかし迅速に両手を掲げる。
≪ホーリィレン≫。
聖なる風のエネルギーで構築された球状の結界が、瞬時にダミアンとハンスを包み込む。爆風は第六位階の結界に激突し、その威力を削がれて左右へと霧散していった。




