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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第5章 黎明ヲ謳ウ

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第54話 黄昏の五重輪

 時はわずかに遡り、王都に轟音が鳴り響いた直後。


 闇の聖霊の聖域「オスクネスケイブ」。


 王都から箱庭を経由し、リオンの姿のままのレオが、闇の大聖獣カドリーとアイゼン王国第三王子ハンス・アイゼンのもとに合流する。


「見た目が違うが、レオかい?」ハンスが言った。

「ええ」


 そう答えて、レオは自身にかかっている眼鏡を外し、元の姿に戻ってみせた。



 レオに、シャルルからの念話がつながる。


〘ごめんなさい、旦那様。逃がしたわ〙

〘いや、相手は八大聖霊と対極にある存在、八大罪のマオンだ、気にしなくていい。むしろ無事でなによりだよ。シャルルとルジュに怪我は?〙

〘ないわ〙

〘ないっスよ!〙

〘そうか、それならよかった。とはいえ、やはり本命はフリッツ・ペルレ伯爵だったんだな〙

〘そうね、フリッツの体に憑依していたのがマタド・ク・シア本体で、ミルヴィウスはマタド・ク・シアの魔法で傀儡にされていたわ。魔法が解除され、こと切れたかと思ったのだけれど、調べたルジュが云うには、〝生きている〟みたいね〙

〘なるほど、ミルヴィウスについては、なんとか出来るかわからないが、そこは聖女であるシルビアさんに診てもらうしかないかな。〙

〘たしかにそうね。それと、旦那様が予想していた通り、王都の至る所で大きなマナを感じたわ〙

〘ああ。そっちの対応も予定通りだ〙

〘それと、フリッ……マタド・ク・シアのもとにフクロウ型の怨獣が現れたわ。おそらく、カドリー様がおっしゃっていた、ストリクス・ヴァニティね。そいつに乗った瞬間、奴は姿を消し、逃げ去っていったとおもうわ〙

〘マタド・ク・シアの眷属怨獣、ストリクス・ヴァニティか……〙

〘ええ。ワタシたちも初めてみたわ。最初戸惑ったけれども、カドリー様の情報を事前に訊いておいてよかったわ。まあ……、ルジュはすっかり忘れていたみたいだけれども〙

〘そ、そんなことないっスよ!〙

〘ははっ。まあまあ、何はともあれ、お前たちが無事でよかったよ。王都には、ノワルとシルビアもいるから、シャルルとルジュは引き続きそちらの警戒をたのむ〙

〘わかったわ〙

〘了解っス〙

〘よしっ。じゃあ、ノワル。今の会話は訊いていたよな?〙

〘もちろんでございます、レオ様〙

〘王宮についてはノワルが一番詳しいからな、任せた。申し訳ないが、オリバー伯父上のことをくれぐれも頼む、とシルビアさんに伝えてくれ。それと、ミルヴィウスについては……まあ、シルビアさんにお任せする、と〙

〘かしこまりました、お任せください〙


 レオは懐中時計を確認した。再び念話を繋ぎ、偽物のハンスとダミアンを追跡している、リゼに声をかける。


〘リゼ、状況は?〙

〘ご主人様。到着しましたわ。現在、第一門の前です〙

〘分かった。そのまま監視を〙


 レオは念話を切り、ハンスに向き直る。


「来ました。第一門前です。行きましょう」


 レオが空間に【ベルコネクト】をかざすと、淡い光に包まれ、質素なドアが顕現する。一度、箱庭の地下室に入り、すぐにドアノブに手をかけた。


 レオが第一門付近の情報をマナに変換し、ドアノブに込める。ドアを開けると、その向こう側は、第一門の死角となる巨大な石柱の影に繋がっていた。


「叔父上」

「ああ。行こう」


 ハンスの瞳に覚悟が宿る。二人は音もなくドアをくぐり、転移した。

 








 同時刻。聖域守護結界『五重輪オクト・クインタ』第一門前。


 巨大な八芒星オクタグラムを象った砦のごとき偉容を誇る、聖域守護結界『五重輪オクト・クインタ』。


 ダミアン・アイゼンは、眼前にそびえる巨大な防壁を見上げ、懐から手帳を取り出した。21年前、15歳の聖地巡礼で訪れた時と寸分違わぬ威容。


 だが、その時肌で感じた神聖な空気は、隣に立つ男の異質な気配によって、不快なノイズへと変わっていた。


 胸元の【護符】が、熱を帯びて警告を発し続けている。


「さあ、参りましょう兄上」


 ハンスの姿をした自動魔導人形オートマタ、シアが恭しく促し、懐から漆黒の短剣――【月の紋のレガリア】を取り出す。


 シアが迷いなく第一門の紋章へ短剣を近づけようとしたその時、ダミアンは手帳にペンを走らせながら、独り言のように呟いた。


「非論理的だ」


 シアの手が止まる。


「……何かおっしゃいましたか?」

「その鍵では、扉は開かないと言ったんだよ」


 ダミアンは手帳を閉じ、冷徹な観察者の瞳でシアを見据える。


「私はかつて、正規の手順でこの門をくぐった。この『五重輪』は、正当な資格なき者を拒絶する絶対の結界。君が手にしているそれが、形状を模しただけの精巧な複製品レプリカである以上、門は微動だにしない」


 シアの表情から、能面のような笑みが消え失せた。


「……複製品、だと? これは父上の部屋から回収した本物――」

「気づいていなかったのか。なるほど、それだけ精巧に出来ているからな。マナの反応も本物と同じ。勘違いするのもうなずける」


 シアの表情こそ無に近いが、彼のマナにわずかな乱れが生じた。


「それにしても、君の演技は完璧だ。声紋、マナの波長、どれをとっても弟ハンスそのものだ」


 ダミアンは淡々と事実を列挙する。


「だが、私の持つ【護符】は真実のみを抽出する。君が持つそれはただの鉄屑。そして君自身も、弟の皮を被った、中身のない空虚な器に過ぎない」


 場に、重苦しい沈黙が落ちる。数秒の後、シアの口元が三日月形に裂けた。ハンスが決して見せない、無機質な嘲笑。


「……いつから気付いていました?」

「最初からだ。君たちの目的が聖域にあるという仮説を検証するため、ここまで同行したに過ぎない」


 ダミアンは懐から護身用の短剣を抜き、切っ先を向ける。その構えに武人としての洗練さはないが、迷いもなかった。


「研究者として、君のような特異点のサンプルには興味があるが……これ以上の侵入は看過できない。ここで退場願おう」

「賢しいですね。ですが、鍵が偽物だと言うのなら――」


 シアの全身から、どす黒いマナが噴き出す。


「貴方という『生体鍵』を使い、こじ開けるまでです」


 シアが地面を蹴る。


 速い。ダミアンの動体視力では黒い残像を追うことすら叶わない。


 防ごうとした短剣ごと、ダミアンの身体は無造作に蹴り飛ばされた。


 石畳に叩きつけられる鈍い音。肺から空気が強制的に絞り出され、視界が明滅する。激痛にうずくまるダミアンの眼前に、シアが音もなく着地した。


「四肢を砕けば、大人しくなるでしょう」


 シアが偽物のレガリアを逆手に持ち替え、無慈悲に振り上げる。


 ダミアンは奥歯を砕けんばかりに噛み締め、最期の瞬間まで敵を睨みつけた。アイゼン王家、最後の砦としての矜持を保つために。


 刃が振り下ろされる――その刹那。硬質な金属音と共に、無数の火花が散った。


 シアの刃が、横合いから割り込んだ何者かの剣によって受け止められている。


 シアがわずかに目を見開いた。


 攻撃を防いだのは、茶髪に眼鏡、ハンターの装いに身を包んだ青年――2級ハンター「リオン」だった。


 リオンはシアの斬撃を受け流すと、追撃を許さぬよう鋭い蹴りを放ち、距離を取らせる。


「……あなたは?」


 シアが感情のない声で問う。


 リオンたちが現れたのは、巨大な石柱が作る濃い影の中。死角に展開した〝扉〟は、既に霧散して痕跡もない。


 リオンは眼鏡の位置を直し、短く答えた。


「ただの護衛だよ」


 そして、リオンの背後、影の中からもう一人の人物が歩み出る。


「……遅くなってすみません、ダミアン兄上」


 その声に、ダミアンが痛む体を起こし、目を見張る。白に近い薄い灰色の髪。慈愛と、今は静かな怒りを湛えた瞳。


 そこに立っていたのは、紛れもない本物のハンス・アイゼンだった。


「ハンス……か?」

「ええ。助けに来ました」


 ハンスは兄に一瞬だけ安堵の笑みを向けると、すぐさま表情を引き締め、自分の姿を模しているシアを見据えた。


「そこまでだ、偽物。その顔で兄を傷つけることは、私が許さない」


 本物の登場に、シアの表情から笑みが消える。


 ハンスは腰の鞘から剣を抜き放ち、冷ややかな視線をシアへと送りながら、切っ先を向ける。


「私の名は、ハンス。ハンス・アイゼンだ」


 自身が本物だ、と言わんばかりに、名乗りを上げた。

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