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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第1章 追懐ニ啼ク

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第5話 動揺と冷静の狭間で

「父さん!母さんがいなくなったぞ!」


 本日の営業も終わり、店を閉め、工房の後片付けをしていたオスヴァルト。そこへ、終業を伝えるために、母であるエリーザのもとへ行っていたはずのマルクスが、慌てふためきながら飛び込んできた。


「あん?何を言っているんだ、お前は」


 オスヴァルトが怪訝な表情でマルクスに言った。


「いや!今、台所に行ったら、料理中の雰囲気はあるんだけど、母さんが居なかったんだよ!家中探しても見つからない!」


 何も告げずにどこかへ行くことがなかった母親であるエリーザ。しかも料理の最中と思える状況で、誰にも何も告げることなく居なくなったのだ。マルクスが不安になるのも至極当然なことである。


 動揺を隠し切れないマルクス。父親譲りの金髪が、汗で少し湿っている。


 だが、そんなマルクスを見ても、オスヴァルトは落ち着いた様子で一つ息を吐く。


「戻ってくるのが遅いと思ったら……。まあ、落ち着けよ、マルクス。お前の気持ちもわかるが、あのエリーザだぞ?よっぽどのことがない限り、大丈夫だろ」

「でもさ、父さん。俺達に何も告げずに母さんが出て行くなんて今までなかったよね?父さんは心配じゃないのかよ。余程のことがあったのかもしれないじゃないか。それに、レオもまだ帰って来てないみたいだしさ」

「ふーむ」


 マルクスの真っ当な意見に、顎を触りながらオスヴァルトは唸った。


 エリーザの強さを知っているからこそ、オスヴァルトは常日頃から彼女を完全に信頼しきっていた。だからこそ、その信頼が逆に視野を狭めることもある、と考えを改めた。マルクスに真剣な眼差しを向ける。


「すまん、マルクス。お前の言う通りだ。とりあえず台所の状況を確認しにいくぞ」

「ああ!」


 工房を出て、家の奥にある台所へ向かい始めた二人。少し歩を進めると、台所の勝手口が開く音が聞こえた。


「ただいまー」

「母さん!」


 明るいエリーザの声が、台所の方向から響いた。マルクスが台所に向かって走り出した。エリーザの無事な声を聞き、オスヴァルトも、ふう、と胸を撫でおろす。


「良かった、母さん。なにかあったんじゃないかと思ったよ」

「あら、ごめんね、マルクス」


 マルクスに続いてオスヴァルトも台所へ入り、愛しき妻の姿を確認する。


「ほら見ろ、別に心配するようなことは―――お前、ノイアーか?」


 エリーザのあとに続いて入って来た男を見て、オスヴァルトは一瞬目を見開く。その腕に抱えられているレオの姿を確認し、眉をひそめた。


「なぜ、お前がここにいる。それに、レオに何があった」

「これは、クロース侯爵閣下。お久しぶりでございます。ご覧の通り、今はレオ様を抱えておりますゆえ、臣下としての礼儀を欠きますことを、何卒ご容赦くださいませ」

「そんなことはどうでもいい。一体レオに何が――」

「あなた、はい、これ」


 オスヴァルトの言葉を遮るように、エリーザが手に持っていた買い物カゴを渡した。


「ああ。って、いや、これって、いや、それどころじゃ――」

「あなた?」

「ハイ、ナンデショウ」

「まずは、レオをベッドに運ばなきゃいけないと思わない?」

「ソ、ソウデスネ」


 そういえば、とオスヴァルトは我に返る。エリーザが平気でいるのだ。状況は全然わからないが、今のところ問題はないのだろう。いや、むしろ眠っているようなレオをなんとかしなければ。


 冷静さを欠きそうになっていたオスヴァルトは、エリーザの圧力にたじろぎながらも、思考を巡らせ、現状を一旦整理した。






 レオを部屋のベッドに寝かせ、一家とノワルは、オスヴァルトの執務室に入る。


 そこには商談用の場所があり、二人掛けのソファーが二脚、ローテーブルを挟んで、向かい合わせに用意されている。


 入り口から向かって左側のソファーに夫婦が、右側にマルクスが一人腰掛けた。ノワルは下座しもざ側、エリーザとマルクスが座るソファーの間のテーブルの横に立つ。


 明るいところで改めてノワルを見ると、ミドルヘアの黒髪を六対四の割合で分けている。気になるほどではないが、やや癖毛気味である。瞳の色は黒に近い紫だ。端正な顔立ちだが、感情がないというか、所謂無表情で、若干冷たい印象を受ける。服装は、なぜか執事服を着用している。


「マルクスの横が空いています。ノワル様もお座りになってください」

「「ノワル様?」」


 エリーザの発言に、オスヴァルトとマルクスの疑問が重なった。二人の様子を横目に、ノワルは軽くかぶりを振る。


「いえ、わたくしはこのままで結構でございます」

「そうですか……。あっ、お茶を用意してきますね。それと、夕食の準備中だったわね。二人は、お腹空すいた?」

「いや、まぁ、そりゃそれなりに空いちゃいるが、まだ大丈夫だ」

「俺も、大丈夫だよ」

「あらそう?今日は煮込み料理で良かったわ、多少放っておいた方が味も染みるし。でも、一応お茶菓子を持ってくるわね」

「ああ。ありがとう。って、いや、ちょっと待て。その前に――あ。」


 パタン、と執務室の扉が閉まった。オスヴァルトの制止の声も虚しく、二人の疑問を残したまま、エリーザは台所へ向かってしまった。


 暫しの沈黙の後、なんとなく気まずくなったオスヴァルトが、眉をひそめつつ、ノワルに鋭い視線を向ける。


「お前、ノイアーだよな?」オスヴァルトが言った。

「左様でございますね」

「エリーザがお前のことを随分と親し気に……、それも、ノワル様、って呼んでいたが、どういうことだ?」

「それは、わたくしがノワルだからでございます」

「意味がわからん。お前はノイアーであり、ノワルでもあるってことなのか?」

「左様でございます」

「なるほど。ますます意味が分からん。いったいお前は何者なん――いや、待てよ……」


 ノワルに疑問をぶつけ、更に混乱する。だが、オスヴァルトは、意外と冷静に思考を巡らせていた。そして〝ノワル〟という単語に聞き覚えがあったことを思い出し、オスヴァルトは俯く。


「まさか、聖霊の遣いの……、いや、でも」


 3年前。エリーザのもとへやって来て、情報をいただいた、と云っていた。その相手が、聖霊の遣いノワル。


「その認識で結構でございますよ、オスヴァルト様。わたくしは、貴方様方が云うところの、聖霊の遣いでございます」

「え」


 自身の疑念に応えるように、ノワルから答えを言われたオスヴァルト。目を見開き、そして動揺した。


「それとも、今はオスカー様とお呼びした方がよろしかったでしょうか」

「それはっ……どちらでも」

「では、オスヴァルト様とお呼びいたします」

「え、ええ」


 修理屋オスカー。彼はかつて、アイゼン王国侯爵にして魔道具開発局局長の地位にあったオスヴァルトである。三年前に王都を離れ、次期王に関して中立の姿勢をとっていたザフィア辺境伯の領土に身を寄せていた。


 現在はバーディアに近いこの地、アハートで、オスカーという偽名を使い、修理屋として過ごしている。


「おや?オスヴァルト様は、まだわたくしを疑っているようでございますね」

「そりゃ……まあ、そうですよ」


 自身の偽名と所在を知る者は、極少数に限られている。


 エリーザの態度を見るに、本物の聖霊の遣いなのかもしれない。だが、疑わしき物事に対し、慎重に構えなければ、後悔がくる。


 エリーザのことは信頼している。だが、今回は聖霊の遣いの名が出ているのだ。事が大きい。何かしらの魔法により、エリーザが騙されている可能性も捨てきれないのだ。


 オスヴァルトとしてはまだ、ただの顔見知りの事務官。自分たちの現状を知る由もないはずの〝ノイアー〟として見ていた。


 オスヴァルトは、油断なくノイアーと思しき男を見据える。


 そこで、独り置いてきぼりを食っていたマルクスが、オスヴァルトに視線を向けた。


「なあ、父さん。ノワル様って?聖霊の遣いってなんなんだ?」

「ん?ああ、マルクス、悪ぃな」


 オスヴァルトは、目の前の男を視界に収めながら、マルクスに少しの意識を割いた。


「悪いって、なにがだよ」マルクスが言った。

「今のこの状況もそうだが……。三年前。ここに来ることになった理由だよ。マルクスは覚えているか?」

「ん?あ、ああ。ここで喋ってもいいの?」

「ああ」

「たしか〝国の信用出来る諜報員から訊いた〟って言ってたやつだろ?それなら――」

「それだよ」

「は?」

「国の信用出来る諜報員、ってところだ。ありゃ、嘘だ」

「え?」

「本当は、別の者からの情報提供だったんだよ」

「あっ、わかった!それが、さっきから話に出てきている〝ノワル様〟ってことか」

「ああ、そうだ。察しが良くて助かるね」

「父さんの子だぜ?……いや、察しが良いのは母さんの血のほうかな」

「うるせぇ、どっちでもいいだろ、そこは。まあ、いい。そのノワル様ってのが、聖霊の遣いだ。どうやら、エリーザとは旧知の仲らしい」

「じゃあ、いいじゃん。この方かたがそのノワル様なんだろ?」

「いや、まだわからん。俺が知っているコイツは、王宮の事務官ノイアーだ。それは間違いない。だが、俺が当時、聖霊の遣い――つまり、ノワル様の話をエリーザから訊かされた印象から察するに、ヒトではない、と感じたんだ。なにせ、聖霊の遣いだからな」

「たしかにね」

「だが、目の前の男はどうだ?完全にヒト属。それも俺たちと同じ、ヒュマーノ族だろ」

「そんなこと、本人の目の前で話してもいいのか?」

「ここまで入り込まれているんだ。それは、今更だろうよ」

「まあ、それもそうか。でもさ、なんでそう思ったの?ノワル様がヒトの姿ではないって」

「それは、まぁ……、エリーザの口ぶりから……なんとなくだ」


 警戒を緩めずノワルを見る。オスヴァルトは自分自身の勘に自信がある。今までの人生を振り返ってもそうだった。なによりも、生涯を共にする伴侶にエリーザを選んだことからも、その勘は正しいと考えている。


 だが、マルクスはそんな父親に呆れた顔を向ける。


「えっ?なんとなく!?父さんの勘じゃん、それ!信用できないよ!」

「ぐっ。お前なぁ!」

「ククッ」


 ノワルが軽く握った拳を口に添えて、堪えるようにクツクツと笑った。その様子に気付いたオスヴァルトが、ノワルを睨む。


「なに笑ってんだですか」

「父さん、落ち着け。言葉がちぐはぐだぞ」

「う、うるせぇな。このノイアーが本物の聖霊の遣いだったら、失礼になるかもしれねぇだろうが」

「自分の勘を信じてます、みたいなこと言ってたくせに、予防線張ってんのかよ。情けないなぁ」

「なにをぅ!?」

「それに、ノワル様を疑ってる時点で十分失礼じゃないか。今更だよ」

「くっ。たしかに。ならば……。おい、てめぇ、ノイアー。俺のエリーザになにを――」

「開き直りが早いよ、父さん!ヒトとしての礼儀は、忘れちゃダメだ」

「どっちなんだよ!もうすでに失礼なんだから、いいじゃねぇか」

「なに言ってんだよ、父さん。俺が云ってんのは、話し方がちぐはぐになってる、ってところだよ。もしかしたら、本物のノワル様かもしれないんだろ?普通に敬語で話しなよ」

「だーっ!面倒くせえ!」

「そんなに面倒くさい話じゃないよ、父さん」


 親子の遣り取りを見ていたノワルは、ぷっ、と吹き出し、ハハハハッ、と大きく笑った。


 オスヴァルトは、そこまで親しいわけではないが、無表情の事務官で有名なノイアーが、ここまで大きく笑っているところなど見たことがない。初めて見るその姿に、虚を突かれたかのように呆然とした。


 すると、執務室の扉が開き、お茶と茶菓子のセットを抱えたエリーザが戻って来た。


「あら、珍しい。ノワル様がそんなに声を上げて笑うなんて」


 ほんの少し前にノワルがレオに向けて笑ったのだが、あれは空気を変えるためのものだった。本来のノワルは、冷静沈着を画にかいたような性格だ。簡単に笑顔を他人に見せるようなことも今までほとんどない。エリーザもその例に違わず、ノワルにはそのような印象を抱いだいている。


「いえいえ、これは失礼。お二人があまりにも愉快だったもので」

「へぇー。……なにがあったのかしら?」


 エリーザはそう言って、オスヴァルトとマルクスに視線を向ける。その視線を受けた二人は、なぜか危機感を覚えた。

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