第52話 王都東区戦
王都東区、ハンターズギルド東支所前。
アルフォンスのあまりに生真面目な態度に、キュートが呆れの声を上げた直後だった。
対峙するアテレス・ゴラスの苛立ちは頂点に達していた。
魔獣が天を仰ぎ、全身の筋肉を赤熱した溶岩のように脈動させると、大気を震わせるほどの咆哮を上げた。
怒りの感情が赤黒いマナとなって体表から噴き出す。
アテレス・ゴラスの固有能力、≪テンパー・タンブル≫。
感情のままに暴れ回り、周囲を無差別に破壊する乱撃である。
巨大な拳の連打が、豪雨のようにアルフォンスの盾へと降り注ぐ。
凄まじい衝撃音が連続して響き、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばすが、アルフォンスは眉一つ動かさない。光属性防御魔法≪リフレクス≫を展開した巨大なタワーシールドで、すべての攻撃を最小限の動きで受け流し続けていた。
「単調だ。これでは訓練にもならん」
「アルフォンス、右から来るッチュ!」
「承知」
キュートの指示通り、右側面からの大振りのフックを、盾の縁で弾く。
魔獣の体勢が大きく崩れた。
「今ッチュ! 絡め取るッチュ!」
キュートがアルフォンスの肩から跳躍し、空中で銀色の糸を射出する。
それは鋼鉄よりも強靭な、大聖獣の糸である。
数条の糸がアテレス・ゴラスの手足に巻き付き、その巨体を地面へと縫い付けた。
魔獣が拘束を解こうともがき、苦悶の表情を浮かべるが、キュートの糸はビクともしない。
「仕上げをお願いするッチュ!」
キュートが空中で一回転し、アルフォンスの肩へと着地する。
「はっ。仰せのままに」
アルフォンスは、巨大なタワーシールドを地面に突き刺すように固定した。
それは、防御の放棄ではない。攻撃への転換である。
彼の右手が、腰に佩いた長剣の柄へと伸びる。鯉口を切る音が、戦場の空気を凍てつかせた。
近衛騎士団長、アルフォンス・プラーティン。その本質は、鉄壁の盾であると同時に、王敵を屠る冷徹なる剣である。
ふぅ、とアルフォンスは深く息を吐き、体内の感覚を研ぎ澄ませる。
臍の内にあるチャクラ器官から、爆発的な生体エネルギーを練り上げ、全身の筋肉と剣を握る右腕へ。同時に、胸部のマナ器官から光属性のマナを抽出し、剣身へと流し込む。
本来、混じり合うことのない「身体の力」と「魔法の力」。その二つを、鋼の精神力で強制的に融合させ、刃の上に留める。
剣が帯びたのは、まばゆい浄化の光ではない。生物としての生体活動を強制的に停止させ、大気へと還す、青白く冷たい「死の光」である。
これぞ、「冷徹鬼」アルフォンス・プラーティンだけが辿り着いた、絶対なる終わりの具現。
「――固有魔法」
アルフォンスの双眸が、アテレス・ゴラスを射抜く。
「≪光骸≫」
踏み込みと同時に放たれたのは、音も置き去りにする神速の一閃。アテレス・ゴラスの巨体が、一瞬にして静止した。
斬撃の軌跡から、血飛沫は上がらない。
代わりに、切り裂かれた断面から、青白い光が溢れ出し、魔獣の全身を侵食していく。毛細血管の一本一本に至るまで光に置換された魔獣は、断末魔を上げる暇もなく、その場で光り輝く彫像へと変わり果てていく。
次の瞬間、光の彫像は砂が崩れるようにサラサラと崩壊し、光の粒子となって大気に溶けて消えた。
跡形もなく消滅した魔獣の前に立ち、アルフォンスは静かに剣を鞘へと納める。カチリ、と鍔鳴りの音が、静寂を取り戻した空間に響いた。
アルフォンスは乱れたマントを直し、何事もなかったかのように報告する。
「任務完了です、キュート様」
「……噂に違わぬ容赦なさッチュね。死体すら残さないとは、掃除の手間が省けていいッチュけど」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないッチュ……」
アルフォンスが無表情で答えると、キュートは「やっぱ固いッチュ……」と呆れたように溜息をついた。
こうして東区の脅威は、鉄壁の盾にして冷徹なる処刑人の剣を持つ騎士と、小さな司令塔のコンビによって、完全に消滅させられたのである。
その光景を、王都各所の広場に設置されたマナビジョンの画面越しに見ていた民衆の間には、先ほどのハンナ・グラナトの時とはまた異なるどよめきが広がっていた。
「すげえ……。一瞬だったぞ」
「血が一滴も出ていない……。あれが『冷徹鬼』の実力か」
オスヴァルトの豪快さや、ハンナの圧倒的な火力とは違う、静謐で完璧な「騎士」としての強さ。一切の無駄を削ぎ落としたアルフォンスの所作は、見る者に畏怖と憧憬を同時に抱かせた。
だが、それ以上に民衆の話題をさらったのは、その肩に乗る小さな相棒だった。
「あのかっこいい騎士団長様の肩に乗っていた蜘蛛の縫いぐるみみたいのはなんだったんだ?」
「あの蜘蛛の縫いぐるみ、オスヴァルト様が作った魔道具かなんかかな?」
厳格な騎士団長と、愛らしい大聖獣の分身。そのあまりのギャップに、緊張の糸が解けた民衆からは、安堵の笑いと喝采が巻き起こった。
「やっぱりテトラルキスはすげえや!」
王都を包む空気は、絶望から確実な勝利への確信へと変わりつつあった。




