第49話 黒い果実の獣
王都各所で轟音が鳴り響く。
腹の底に響くような重低音と共に、王都の四方から土煙が舞い上がった。
広場に集められていた民衆たちは、一斉に音のした方角へと視線を向ける。 建物の屋根の向こう、夕闇が迫る空に、どす黒い巨大な影がゆらりと立ち上がるのが見えた。
「な、なんだあれは!?」
「魔獣か……!? おい、あそこってエナドの施設があるあたりだよな?」
「ハンターズギルドの方だ! まさか、街の中に魔獣が出たのか!?」
ざわめきが恐怖へと変わりかけた、その時。広場に設置された巨大なマナビジョンが、閃光のように強く明滅した。
『狼狽えるな、我が愛しき国民よ』
画面の中のニクラウス王が、力強い声で呼びかける。その瞳には、民を安心させる父性と、敵を射抜く王の威厳が同居していた。
『たしかに今、卑劣なる者どもが仕掛けた罠が芽吹いた。だが、安心せよ。この結界は、我が友オスヴァルトが心血を注いで作り上げた絶対の盾である』
王の言葉に、民衆の視線が上空の強固なドームへと向く。 だが、王の言葉はそこで終わらなかった。ニクラウスは口角を吊り上げ、不敵に告げる。
『そして、盾があるならば、矛もまた存在する。……反撃の時は来た』
すると、王都の東西南北、黒い影が現れた四地点を中心として、淡く輝く半透明のドームが瞬時に展開された。
それは街の破壊を最小限に留めるため、半径100メートルほどを隔離するように広がった結界の光だった。
さらに画面の中の王が手をかざすと同時に、マナビジョンの映像が四分割される。 映し出されたのは、各区画で暴れる魔獣たちの姿――そして、そこに降り注ぐ四つの鉄槌だった。
『見よ! これがアイゼンを護る四つの柱、テトラルキスである!』
王の高らかな宣言と共に、四人の英雄の姿がマナビジョンに大写しになる。 絶望は一瞬で熱狂へと変わり、王都全土から割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
王都北区、ハンターズギルド北支所前。
舞い上がる粉塵の中、アスファルトを踏み砕いて現れたのは、全身が岩のように硬化した巨大なサイ型の劣化版怨獣、「アテレス・ケラトス」。 その巨体が咆哮を上げようとした鼻先で、ドーム状の結界がピタリと閉じる。
その結界の内側、逃げ惑う職員など一人もいない静寂の中で、巨大な戦槌を肩に担いだ男が、ふてぶてしく魔獣を見上げていた。
「おうおう、出てきた出てきた。レオが云ってた、黒い果実ってやつ?ホントに化け物が生まれるとはなあ。まあ、これで出て来なかったら何のために待機していたかわかんねえから、よかったなあ」
「匠聖」オスヴァルト・クロースは、ニヤリと笑いながら、まるで獲物を待っていた猟師のような顔つきで言った。
その背後で、結界発生の魔道具を調整していた息子のマルクスが、呆れ顔で淡々と返す。
「なに云ってんの父さん。出ない方がよかったでしょ。被害が出るんだから」
「バカ野郎、俺たちの作った結界の強度試験にはもってこいだろうが」
「はいはい。データ取りは僕がやるから、父さんは暴れすぎないでよね」
王都西区、ハンターズギルド西支所前。
歓楽街のネオンが消え、薄暗がりとなった西区。 ビルの合間から鎌のような前脚を振り上げたのは、巨大なカマキリ型の劣化版怨獣、「アテレス・エムポス」。
その影が落ちる結界の内側で、紅蓮の炎をワンドの先で遊ばせる女性が、つまらなそうに髪をかき上げた。
「まったく。待ちくたびれて、お肌に悪いわ」
魔法師団長、「劫炎」のハンナ・グラナトは、眼前の異形を虫ケラを見るような目で見据える。
「お母様、油断しないでください。相手は『黒い果実』から生まれた、八大罪の怨獣に近しい存在ですよ」
その傍らで、氷の障壁を展開し、即座に戦闘態勢をとる娘のカリーナ・グラナト。
「わかっているわよ、カリーナ。……さあ、燃え尽きる準備はいいかしら?」
ハンナが不敵に笑みを浮かべた。
王都東区、ハンターズギルド東支所前。
怒りに任せて地面を叩き割る巨大なゴリラ型の劣化版怨獣、「アテレス・ゴラス」が暴れまわっていた。 飛び散る瓦礫。だが、それらは空中で弾かれ、地面に落ちる。
「フン……。力任せなだけか」
大盾を構え、微動だにしない精悍な男。近衛騎士団長、「冷徹鬼」アルフォンス・プラーティンが、冷静に敵の戦力を分析する。
その肩に乗った黒い蜘蛛の縫いぐるみ――大聖獣の分身、キュートが、前脚を挙げて勇ましく叫んだ。
「アルフォンス! こいつは僕たちの敵じゃないッチュ! さっさと片付けるッチュ!」
「ええ、キュート様。言われるまでもありません。この程度の獣に、アイゼンの盾は破らせませんので」
「(性格が)堅いッチュ!この騎士、すごい堅いッチュ!」
「お褒めにあずかり光栄です」
「なんか勘違いしてるッチュ!!」
王都南区、ハンターズギルド南支所前。
粘液を垂れ流す醜悪な蛙型の劣化版怨獣、「アテレス・ヴェノムク」が、長い舌をチロチロと出し入れしていた。
その正面に、氷の槍を携えた銀髪の美女が、優雅に佇んでいる。
「あら、気持ち悪い」
元第一王女、「氷姫」エリーザ・クロースは、絶対零度の冷気を纏いながら、冷ややかに言い放つ。
涼やかな声と共に、氷の槍を片手でくるりと回しながらエリーザ・クロースが歩み出る。 その表情は、かつての「氷姫」としての冷徹さを持ちつつも、どこか手のかかる子供を叱る母親のような、砕けた余裕があった。
「まったくでありんす」
エリーザの半歩後方。藍色の髪を姫カットにし、艶やかな振袖を着崩した美女――特級ハンター「フルーナ」が立っていた。 腰にはオリガタ刀を携えている。
彼女は煙管をくゆらせ、魔獣を前にしても全く緊張感を見せない。
「フローちゃん。あっ、今はフルーナちゃんだったわね。さっさと終わらせてお茶にしましょうか」
「大いに賛成でありんす、お母様。あちきはクッキーを所望いたしんす」
おおよそ、これから戦いが始まる、などという雰囲気は皆無だった。




