第47話 王族配信
ベル歴995年、水の月23日、夕刻。
王族配信の画面に映るニクラウス王が、各都市の大型モニターを通し、国民に直接語りかける。
『オリバーの冗談はさておき、国民の皆様におかれては、これから話す内容について、しかと聞き留めていただきたい――』
祝日ムード一色だった民衆は、配信冒頭でのオリバーの発言と、死んだはずの王の登場に情報の整理が追いついていない。各都市の広場では、人々がモニターを見上げ、困惑のさざ波が広がり始めていた。
『――が、その前に。現在、王都各広場でこの配信をご覧になっている国民の皆様。大事なことなので二度伝える。現在、王都各広場で王族配信をご覧になっている国民の皆様。まずは近くのエクサ警備隊員たちの誘導に従い、各広場の中央に寄っていただきたい』
王の言葉に呼応するように、広場で待機していたエクサ警備隊員たちが動き出す。民衆を囲むように展開し、手際よく誘導を開始した。
民衆は動揺しながらも、王の言葉と整然とした隊員たちの動きに促され、迅速に移動する。数分のうちに、民衆はエクサ警備隊が組んだ円陣の内側に収容された。
画面の中では、病に伏しているはずの側近、トーマス・モントシュタインが姿を見せた。彼はニクラウス王に短く耳打ちをする。その報告にニクラウス王が軽く首肯するのを確認すると、トーマスはそのまま王の背後へと控えた。
『国民の皆様、迅速な対応と協力に感謝する。それでは王都のエクサ警備隊の諸君、頼む』
ニクラウスが告げると、広場の内側を向いていたエクサ警備隊が一斉に「回れ右」をした。
それまで民衆に向けられていた視線が、一瞬で広場の外側、夕焼けが色濃い王都の街並みへと向けられる。その厳しく引き締まった横顔は、これから迎える事態が平時ではないことを物語っていた。
隊員たちは懐から小さな正四角柱の物体を取り出し、自身の足元へと設置する。 手のひらサイズのその魔道具が石畳に触れた刹那、円陣全体が低く唸るような共鳴音に包まれた。
地面から、青白いマナが一斉に噴き出す。夕刻の薄暗さの中、その光は際立って鮮やかだった。光の柱は瞬時に隣接する魔道具と繋がり、足元に強固な基線を形成した。 次の瞬間、その基線から垂直に立ち上がったマナの光が、空中で複雑に編み上げられる。ただの膜ではない。無数の六角形が連鎖的に組み合わさりながら、ドーム状の曲面を形成していく。 大気が震えるような重低音と共に、極めて緻密な構造の半透明ドームが広場全体を覆い尽くし、夕暮れの空に向かって頂点を結んだ。
それは一切の隙間がない、完全な防御結界だった。外部からの衝撃を均等に分散し、転移すら許さない強固な空間の檻。 円陣の中に閉じ込められた民衆は、劇的な結界の展開に息を呑み、静まり返る。彼らは今、王の言葉とエクサ警備隊によって、意図的にこのドーム内に隔離されたことを悟った。
ニクラウス王は、撮影結晶の向こう側にちらりと視線を向け、直ぐに戻す。民衆の動揺を静かに見据えるように、配信の画面越しに再び口を開いた。
『さて、これで邪魔は入らないだろう。国民の皆様、改めて聞き留めていただきたい。我々アイゼン王国――いや、世界は今、未曾有の危機を迎えようとしている』
画面越しの王の眼光が、鋭さを増す。
『危機とは、3年前に遡る。だが、その話をする前に、皆様には知っておいていただかねばならぬ存在がある。その名は「八大罪のマオン」』
聞き慣れない、だが不吉な響きを持つその名に、広場がざわめく。ニクラウスは厳粛な面持ちで続ける。
『おそらく、聞き覚えのある者は一人もおるまい。それも無理はない。彼らは歴史の闇に葬られてきた、忌まわしき禁忌の存在だからだ』
王の言葉は、御伽噺の魔物について語っているようでありながら、その表情は現実の脅威を訴えていた。
『彼らはかつて罪の聖霊であったものが、その醜悪さゆえに堕ちたなれの果て。我々を守護する八大聖霊様とは対極に位置する、悪意と災厄の化身である』
ニクラウスは一度言葉を切り、画面の向こうの民衆を見渡すように視線を巡らせる。
『ヒト以上に高次な知性と理性を有し、我々の言葉を話す。そして何より恐ろしいのは、彼らが暴力だけでなく、ヒトの心の弱みや感情の脆さにつけこみ、精神を蝕んで破滅へと導く悪意そのものだということだ』
民衆の間に、得体の知れない恐怖が伝染していく。それが今、王の口から語られる意味を、人々は肌で感じ取っていた。
『危機とは、3年前に遡る。ガルズ湖より繋がる「竜の喉」。その最奥にて、闇の大聖霊オスクネス様の封印魔法≪ムゲンの牢獄≫が破られたのだ』
ニクラウスの声は、静かだが重く、人々の心臓を鷲掴みにするような響きを持っていた。彼が告げる事実は、平和を享受していた国民にとってあまりに唐突で、理解の範疇を超えていた。
『そこから解き放たれたのは、八大罪のマオンの一柱「虚飾のマタド・ク・シア」。マオンの中において最も狡猾で、人智を超えた擬態能力を持つとされる、災いの権化である』
王は一拍置き、言葉を選ぶように視線を伏せた。だが、次に顔を上げた時、その瞳には隠蔽を決断した最高責任者としての覚悟が宿っていた。
『我々はこの事実を伏せ、極秘裏に調査隊を組織した。その際、ある貴族家が自らの死を偽装し、歴史の影に潜ることで、敵の目を欺きながら追跡を続けてくれた』
王の言葉に、広場の民衆が息を呑む気配が伝播する。死を偽装した貴族。その言葉が意味する家名は、一つしか思い浮かばないからだ。
『その名はクロース侯爵家。彼らは、国を守るための孤独な戦いを選んだ、真の忠臣である』
その宣言は、かつて悲劇の事故死として処理された一族の、完全なる名誉回復の瞬間だった。
ざわめきが広がろうとするのを制するように、ニクラウスは言葉を継ぐ。
『3年前、オツィオゼ山脈サルドニクス峠で起きた土砂災害。そこから発見された無残な魔導車の残骸を、皆様も記憶していることだろう。国民の誰もが彼らの死を悼み、涙した。だが、真実は異なる』
ニクラウスは一度言葉を切り、力強く告げた。
『あれこそが〝匠聖〟オスヴァルト・クロースが生涯で最も精巧に作り上げた、自身の死を証明するための〝偽物〟であったのだ』
広場からどよめきが起きる。悲しみの記憶が、驚愕へと塗り替えられていく。〝匠聖〟の技術が、死すらも偽装してみせたという事実は、人々の心に希望の火を灯した。
『彼らは名誉も、地位も、平穏な日常さえも投げ打ち、自ら幽霊となることを選んだ。すべては、八大罪のマオンの一柱である「虚飾」の尻尾を掴み、この国を守るため。彼らは今日この日まで、誰に知られることもなく、影の中で戦い続けていたのである』
真実を知った民衆の間に、感嘆と安堵の声が漏れ始める。だがニクラウスは、感傷に浸る時間を与えなかった。彼は畳み掛けるように、話題を「現在」の危機へと戻す。
『そして、皆様を包み込むこの結界こそが、彼らが生きている何よりの証左である』
ニクラウスは画面越しに、ドームを見上げる民衆へ向けて誇らしげに告げた。
『この絶対防御機構を手掛けたのは、他ならぬ〝匠聖〟オスヴァルト・クロース。彼がその技術の全てを注ぎ込み、皆様を守るために作り上げた最高傑作である』
その言葉がもたらした効果は劇的だった。
正体不明の結界に対する恐怖は、アイゼン王国が誇る〝匠聖〟の名によって、強固な安心感へと変質したのだ。
あのオスヴァルト・クロースが作ったものならば、絶対に壊れない。国民の誰もがそう信じられるだけの信頼が、彼にはあった。
『敵は既に王都へ侵入し、皆様の隣人に、あるいは家族に成り代わっている可能性がある。だが、安心してほしい。この結界は、皆様を彼らの魔手から守るための、物理的かつ絶対的な盾である』
ニクラウスは、大きく息を吸い込み、カメラの向こうにいる全ての国民へ向けて、最後の言葉を紡ぐ。
『そして、最後に』
王の声音が一段と熱を帯びる。
『八英雄の国の一人の代表として宣言する。我々の生活を脅かす存在に、これからは国民の皆様の協力を受けながら立ち向かうことを』
ニクラウスがそう宣言した、次の瞬間だった。
ズゥゥン、と轟音が鳴り響く。
腹の底に響くような地鳴りが、王都の東西南北から同時に発生した。




