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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第5章 黎明ヲ謳ウ

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第45話 夕映えの転変

 ベル歴995年、水の月23日。アイゼン王国建国記念日。


 王都エルンツ南区。


【ハンターズギルド】南区支所の自動ドアが開き、一人の青年が姿を現した。


 茶髪のミドルヘアに眼鏡、機能的なハンター装備に身を包んだリオンである。彼は懐から取り出したばかりの更新済みの【エナドカード】をポケットにしまうと、首から下げた懐中時計を確認した。


 時刻は16時45分。


 魔獣素材の換金と身分証の更新し、リオンとしての「日常」を演じるための手続きは全て完了している。


 通りは、間もなく始まる「王族配信」を目当てに広場へ向かう人々で溢れかえっていた。


 リオンはその雑踏に紛れ、静かに歩き出す。向かう先は、南門駅西口前広場。そこには既に、大勢の観衆が集まっていた。


          





 同時刻。王宮、幻灯の間。


 夕闇が迫る中、室内の緊迫感は最高潮に達していた。


 中央には、第一王子オリバー・アイゼンの姿を映し出すための【撮影結晶】が据えられている。その周囲を固めるのは、魔法師団副団長アロイスが預かる情報局のはぐれ者たち――通称『夜声やごえ』の構成員だ。正規の騎士団や情報局員には任せられぬ汚れ仕事専門の、練度の低い集団である。


 配信開始の直前、一人の構成員が近寄り、側近ミルヴィウスへ耳打ちした。ミルヴィウスは、聞いた内容をそのままオリバーに告げる。


「殿下。ご報告です。【月の紋のレガリア】が、消失しました」


 オリバーの表情が凍りつく。【レガリア】は王家の象徴であり、聖域の扉を開く唯一無二の鍵だ。それが失われたという事実は、彼が想定しうる最悪の事態の一つだった。


「……わかった。その件はそなたに一任する。後で詳しく報告せよ」


 オリバーは奥歯を噛み締め、焦燥を押し殺す。今は、国全体の未来を左右する配信に集中しなければならない。





 17時。


 王都の各広場、そして全国の都市で、【マナビジョン】が一斉に光を放った。


 南区広場。


 リオンは人混みの後方、時計塔の近くに立ち止まり、画面を見上げた。


 映し出されたのは、豪奢な詰襟衣装に身を包んだ第一王子、オリバー・アイゼンだった。


 民衆がざわめく。「今日は陛下じゃないのか?」という疑問の声が漏れる。


『国民の皆様。私は、この国の第一王子、オリバー・アイゼン。本日は皆様に報告したいことがございます』


 オリバーの神妙な表情を汲み取り、広場は静寂に包まれた。


 一拍の沈黙の後、彼は告げる。


『国王であるニクラウス・クライノート・アイゼンが、殺害されました』


 その言葉は、乾いた大地に雷が落ちたかのような衝撃を持って人々の心に突き刺さった。


 広場の静寂は一瞬にして破られ、悲鳴と怒号が王都の空に響き渡る。中には膝から崩れ落ちる者、信じられないという顔で隣人を見つめる者もいた。


 だが、その混沌とした光景の中で、リオンだけは静かに佇んでいた。ふっ、と小さく吐息し、わずかに口角を上げる。


『父上の死は深い悲しみをもたらしました。しかし、我々は真実を知る義務があります。この悲劇を引き起こした真の犯人を、白日の下に晒さなければなりません』


 画面の中のオリバーが、悲しみと正義感を巧みに演じながら続ける。


『我々は、父上の殺害現場周辺から、証拠となる映像を入手いたしました。それには、驚くべき人物が映し出されており、国民の皆様にも、その真実を目にしていただきたいと存じます』


 オリバーの合図と共に、画面が切り替わろうとした。


 本来ならば、そこで第三王子ハンスが王を殺害する偽装映像が流れるはずだった。


 だが、その瞬間、【マナビジョン】が激しく点滅した。


 不快なノイズが走り、オリバーの姿がかき消される。


 広場の民衆が困惑の声を上げる中、画面は再び鮮明な映像を結んだ。


 そこに映し出されていたのは、とある部屋だった。執務机に見立てたテーブル。そして背後には、王宮からは見えぬはずの、澄み渡った青空と王都の全景が広がっている。


 そして、その中央に座る人物を見た瞬間、王都の広場は、先ほどの混乱をはるかに上回る絶叫と衝撃の渦に包まれた。


 死んだはずの国王、ニクラウス・クライノート・アイゼンその人が、そこにいたからだ。


 ニクラウスはゆっくりと顔を上げ、【マナビジョン】の向こうの国民を見据えた。


 その顔には、彼を「殺害」したはずのオリバーの計画を嘲笑うかのような、満面の笑みが浮かんでいる。


『国民の皆様。我が愚息のサプライズを楽しんでいただけましたか?』


 その声が響き渡ると同時に、広場の騒めきが反転した。


 リオンは眼鏡の奥で目を細め、満足げに口元を歪めた。


 踵を返し、喧騒に包まれる広場に背を向ける。彼はそのまま、誰もいない路地裏へと足を踏み入れ――その姿は、音もなく夕闇に溶けて消えた。

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