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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第4章 背景ヲ辿ル

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幕間 ダミアン・アイゼンの独白

 私の一五歳の聖地巡礼せいちじゅんれいはベル歴974年に行われた。


 聖地巡礼とは、王族が一五歳になった際に、アイゼン王国に存在する聖域、「オスクネスケイブ」へ赴き、儀式を通じて大聖霊より「護符」を授与される、アイゼン王国の最も重要な通過儀礼の一つである。


 そこで私は【探求の護符】を授与された。


 兄オリバー、姉エリーザ、妹デイジー、弟ハンスも、それぞれ一五の頃に、一つの「護符」を授かっている。だが、自身の【探求の護符】以外の、その護符が持つ特性を冠する名称、およびその特性効果の具体的な内容については、私を含む兄弟全員に秘匿されていた。王族内においても、その【護符】がどのような効果を及ぼすかは、本人以外知りえない情報である。


 そんな、【探求の護符】を賜った私だが、アイゼン王国及び、八英雄の国の信仰であるベル教の主流から、意図的に距離を置いている。


 国内のドンクルハイツ大聖堂といった中心的な施設への関心よりも、ベル教とは対極にあるルーミー神教の研究に、私は没頭しているからだ。これは、客観的な「観察」と「分析」を主軸とする、静的な役割である。


 五年前、ベル歴990年に次代の王を決める〝聖霊命セイントコール〟が告げられた。


 次期王に選ばれたのは末弟のハンスであった。


 兄オリバーは第一王子として、その決定を即座に受け入れた。


 当時の兄の行動原理は、優しさと正義感に基づいたものであり、極めて論理的であった。


 だが、兄オリバーが「護符」を身につけなくなったのも、五年前、ベル歴990年の〝聖霊命セイントコール〟の直後であった。


 現在、護符の存在と兄の行動の推移から、その護符が「彼の精神を抑える役割」を担っていたことは、推察が可能である。抑制具の欠如と、「野心」の萌芽ほうがは、一種の因果関係を示唆していた。


 今思えば、兄オリバーの変質、すなわち「野心」の顕著化は、三年前に始まった。ベル歴992年頃である。


 三年前、私の【探求の護符】は、兄オリバーの内側で明確に高まり始めた「野心」の熱量を観測していた。


【探求の護符】の「洞察力」が捉えるその思念は、彼の善良な本質とは明確に乖離する、冷たく強烈なデータとして脳内に提示された。


 この熱量が突発的に顕著になった事実は、何者かによる外部からの干渉、もしくは接触があった可能性を強く推察させたのだ。


 私が導き出した分析結果は、それが「外部から刻み込まれた思念」であり、兄の真の意志ではないという客観的な情報である。


 そして最近、兄は側近に〝異端の政治学者〟と謳われる、ミルヴィウスという男を新たに就けた。


 これは、野心の思念が増幅され、兄の行動原理が第二段階に移行したことを示す、最も明白な外的兆候であった。


 ミルヴィウスという男が、私が研究対象としているルーミー神教の裏で暗躍するエヴィスと関連があるかどうかは、現時点で確定できない。


 しかし、彼の思想が兄の内部の「野心」と共鳴する、一種の「増幅装置」として機能している事実は観測可能である。


 現在、おそらくではあるが、クーデターが進行している。私の持つ【探求の護符】が騒めくのだ。それはきっと、気のせいではない。


 この魂の喧噪は、三年前に顕著となった「外部から刻まれた野心の結実」であり、予定されていた計画が実行に移されたことの報せに過ぎない。


 私の後悔は、三年前の兄上の変化に気付いた一点に帰結する。 なぜ、父上なり、弟のハンスなりに進言しなかったのか。


 私が最も信頼を寄せていた姉上の死。その時の喪失感が、現在いまの状況を生み出したのか。


 ただ、あの時。私の魂が騒めくことがなかったのも、一つの気がかりではあったのだが。

 

 しかしそれは、すでに忘れた過去になったのだ。


 私は、既に取り返しのつかない時を、振り返りはしない。


 だから私、アイゼン王国第二王子ダミアン・アイゼンは、ルーミー神教の研究者として、また【探求の護符】の保持者として、この王国の変質を、一切の感情を排し、継続的に記録し、分析する。


 これが、戦う才なき私に課せられた、唯一の使命である。


 そう、思っていた。




 立太子の翌日。空が白み始めた早朝、私は侍従に起こされた。


 父上の死。


 しかも、犯人は私の弟であり、昨日、立太子を終えたばかりのハンスだという。


 そんなことがあり得るのだろうか?


 とはいえ、その事実は私に、今までの自分の考えや行動が、ただの言い訳に過ぎなかったことを存分に伝えた。


 ショックからか、私は一人執務室で考え事があると、すべての侍従たちを私室から廊下へ追いやった。


 一人になった私は、すぐに机の引き出しから鍵のかかった手帳を取り出し、震える手で今の事実を書き記した。


 予期していたシナリオの一つではあった。だが、実際に直面すると、感情の波を抑え込むのに酷く労力を要する。


 王宮内は不気味なほど静まり返っている。父王が殺害されたというのに、この時間まで私に報せがなかったのは、異常だといえる。それは、すでに王宮が『何者か』の手によって完全に掌握され、統制されていることの証左であった。


 私は手帳を閉じ、深く息を吐く。


 感情に流されてはならない。私は観察者だ。最後まで見届ける義務がある。


 ……腹が、減ったな。


 非情な現実とは裏腹に、私の肉体は生を求めていた。いや、これから起こる事態に備え、エネルギーを欲していると言うべきか。


 私は努めて冷静を装い、いつものルーティンを崩さぬよう、朝食を摂ろうと、執務室から私室のリビングへと繋がる扉に向かった。


 その時、ノックがあった。


 廊下へと続くメインの扉ではない。私の執務室、目の前のリビングへと続く扉が叩かれたのだ。


 侍従たちはすべて私室の外に出したはずだ。あれから、入ってきて良いなどと命じた覚えはない。


 私は警戒しつつ、その扉を開ける。


 入ってきたのは、憔悴しきった様子のハンスだった。


「兄上」

「ハンス……? おまえ、どうやってここへ」

「兄上、幼いころに使ったあの道です」

「ああ、あの隠し扉か」


 私の私室のリビングには、お忍びで外に行ける秘密の通路が繋がっている隠し扉がある。この隠し扉を知っているのは、ごく限られた者のみ。


 ハンスが答えた内容は正しい。その記憶はたしかにハンスのものだ。


「ハンス。おまえは拘束されていたのではないのか?」

「敵の目を盗み、なんとか抜け出すことができたんです」

「……そうか」

「ですが、今はそれどころではありません。……兄上、信じてください。私は騙されていたのです」

「騙されていた?」

「はい。意識が混濁し、父上の殺害を誘導されたのです。気づいた時には、手遅れでした」

「……なるほど。やはり、お前自身の意志ではなかったのだな」


 私は、努めて冷静に声をかけた。


 父上が殺害され、その犯人としてハンスが捕らえられたことは、すでに城内に知れ渡っているはずだ。目の前の弟は、その事実を認めた上で、何者かに操られていたと訴えているのだ。


「オリバー兄上の野心、そしてその裏にある本当の目的を知り、それに気づいた私は、恐ろしくなって否応なく逃げだしてきたのです」

「本当の目的?」

「はい。彼らの目的は王位などではありません。闇の大聖霊オスクネス様の消滅です」


 ハンスの瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。


「ダミアン兄上、私と共にドンクルハイツ……いえ! 『五重輪オクト・クインタ』まで向かい、奴らの目的の阻止を手伝ってくれませんか。相手はおそらく〝西側の者〟。兄上の知識が必要不可欠なのです」


 悲痛な訴え。肉親としての情に訴えかける、完璧な声音。


 私は、目の前の弟を観察する。


 【探求の護符】が、対象の深層を瞬時に解析し、結果を脳裏に弾き出す。


「……わかった。行こう、ハンス」


 私は椅子から立ち上がり、彼に近づく。


「ありがとうございます、兄上」


 ハンスが安堵の笑みを浮かべ、私の手を取った。


 その掌の温度を感じながら、私は絶望的な事実を噛み締める。



 私は知っている。



 この者が、愛する家族。私が護るべき〝弟ではない〟ことを。


 だが、彼らが聖域へ向かおうとしている事実は、オスクネス様への脅威が本物であることを示している。


 ならば、言い訳をやめ、私がその鍵となり、懐へ飛び込むしかない。


 アイゼン王家、最後の砦として。

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