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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第4章 背景ヲ辿ル

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第42話 王族としての責務 前編

 ベル歴995年、王族配信当日、水の月23日。昼過ぎ。


 箱庭の屋敷、応接室。


「なるほど。レオたちは……やはり、そこまで掴んでいた、ということか」


 ハンスは、レオが語るオリバーたちの計画の全貌、そしてレオたちがそれをどこまで深く把握しているのかを理解し、苦渋の表情を浮かべた。


 この数日の間に、父である国王は保護され、クプファー公爵領に派遣されたはずのアイゼン四柱「テトラルキス」までもが、すでに反撃のために配置についているという事実。


 王族としての自分たちが、このような巨大な陰謀に気づけなかったことへの無念と、レオたちの行動力に対する複雑な感情が入り混じっていた。


「これはある意味、王族の怠慢ですよ」


 レオはハンスの心を見透かすように、静かに、しかし断言した。


「八英雄の国の1つを護る王族として、このような事態は本来あってはならない。常に最悪を想定し、未然に防ぐべきでした。陛下もそうですが、3年前には気付いていたはずです。八大罪のマオンの1柱である虚飾のマタド・ク・シアが――」

「レオさんっ、それはあまりにも……」


 シルビアが咎めるように声を上げるが、ハンスが静かに手を上げて制した。


「よいのだ、シルビア殿」


 ハンスはそれ以上なにも言わず、レオの言葉を受け止めた。その表情には、自らの至らなさに対する苦い認識が浮かんでいた。


 レオはさらに続ける。


「私の記憶……ショウの知る初代国王〝ローレンツ・クライノート〟は、とても優しく、強かで、なによりも責任感に溢れる男でした。彼は英雄ではなかったが、その実力はショウやノーマンたちに引けを取らなかった。歯に衣着せぬ物言いをしつつも、八英雄を献身的にサポートし、常にその責任を全うしようと努める、そんな男でしたよ。今の王族には、その意識が希薄になっていると云わざるを得ません」


 レオの視線が、ハンスの瞳を射抜く。


「ハンス殿下。あなたに、〝クライノート〟を継ぐ資格がお有りですか?」


 「アイゼン」という名は、この国を鉄やクロガネのように強固にするという〝国是〟としてつけられた対外的な名称に過ぎない。


 真の王になった者だけが受け継ぐことを許される、王家の真名。宝珠を意味する〝クライノート〟という名を……ハンスは継ぐ資格があるのか。ローレンツの親友であったショウの記憶を持っているレオだからこそ、そう問いかけているのだ。


 レオはあえて言葉を切り、ハンスの返答を待つように見つめた。


「私は……いや、言い訳はすまい。たしかにレオの云う通りだ。私はまだ、次代の王を担う者としての自覚が足りない。だが、それは今、この場で自身を諦める理由にはならない。兄上を救うため、そしてこの国を守るため、私は戦う。今の私に、その資格がないのなら、今から掴み取るまでだ」


 ハンスの濃い紫色の瞳に、それまで見せていた苦悩の色はなく、強い決意の光が宿っていた。


「そうです、ハンス殿下、その意気です。掴み取りましょう!」ハンスの覚悟にレオが同意した。「じゃ、行きましょうか」


 レオが明るめの声で告げると、ソファから立ち上がった。


「行くって?どこへだ?」


 ハンスの問いに、レオは静かに応接室の扉へ向き直った。


「掴み取るために戦うんでしょう? 付いて来てください。それと、シルビアさんはまたあとで。私が戻るまで、この屋敷で待機を」

「はい、お待ちしておりますね」シルビアが笑顔で応えた。

「ノワル、シルビアさんをよろしく頼む」

「かしこまりました」ノワルが猫の姿のまま礼をした。


 レオはそう言い残したあと、ハンスの返事を待たずに応接室を出ていく。ハンスは一瞬戸惑ったが、すぐにその背を追った。


 ハンスが応接室に訪れた時とは逆の順路を辿り、二人は箱庭の屋敷の最奥、最初に足を踏み入れた地下室へと戻って来た。


 来た時と角度は違うものの、変わらぬ風景のはず。感応式のマナランプも暖色の輝きなのにもかかわらず、なぜか、ひんやりとした空気が淀み、これまでとは異なる静謐な緊張感が漂っているようにハンスは感じた。


 レオは、地下室の中央に立つハンスを振り返り、その瞳を真っ直ぐに見据えた。


「では、殿下。行きますよ」


 その短い言葉に込められた重みに、ハンスは固唾を呑み込んだ。


 レオは地下室にあるもう一つのドアノブにマナを込めるように手を掛け、静かに扉を開いた。


 開かれた扉の向こうに広がっていたのは、息をのむような荘厳な空間。


 巨大な石柱が天高くそびえ立ち、その表面には古びた文字や紋様が深く刻まれている。足元はひんやりとした石畳で、わずかに湿った空気が漂っていた。


 頭上には、遠く、ぼんやりとした光が差し込んでおり、それがこの広大な空間をわずかに照らしている。底知れない荘厳なマナの気配が満ちるその場所に、ハンスの体は本能的に警戒信号を発し、その場に縫い付けられるかのように硬直した。


「こ、ここはっ、この場所は……まさか」


 ハンスの脳裏に、かつての巡礼の記憶が蘇る。この、皮膚を粟立たせるような圧力と、濃密なマナの渦は、ただ一つしか考えられない。


 ハンスが震える声で呟くと、レオは静かに頷く。


「殿下のお察しの通り。闇の大聖霊オスクネス様の聖域、『オスクネスケイブ』です」

「聖域を護る五つの門、『五重輪オクト・クインタ』を無視して、ここまで来れるのか……、箱庭とは」


 ハンスが驚きに目を見開いたその瞬間、空間にひびが入るように、あるいは空気そのものが凝縮するように、音もなく巨大な存在が姿を現した。


 漆黒の体躯を持つ巨大な蜘蛛。八つの宝石のような瞳が、昏い光を湛えてレオたちを見下ろし、威圧感とも形容しがたい、強大な存在感を放っている。


「久しイネ。ニクラウスの子、ハンス」

「か、カドリー様」


 アイゼン王国史にも、その名が記されている聖域の守護者。闇の大聖霊オスクネスの眷属大聖獣、アラネア・ソンブルの〝カドリー〟。


 カドリーは、その八つの瞳でハンスをじっと見据えた。その瞳には敵意はなく、ただ見定めるような光が宿っている。


 ハンスが跪き、頭を下げる。


「申し訳ございません。我らアイゼンの王族が不甲斐ないばかりに、マオンの侵略に気付くことが遅れてしまいました」

「レオから訊イているヨ。ソレについテは、我ラ聖獣の不甲斐なさモまたアルからネ。スマナイと思ってイルヨ」

「そんなことはな――」


 ハンスの言葉を制するように、カドリーは一本の前脚を立てた。


「ソンナことはアルんだよ。虚飾ヲ逃してシマッタ事実。コレは我ラ聖獣の恥ずベキ失態。故ニ、ワタシはアイゼン王国ヲ、ひいてはコノ世界ヲ護ルためニ、出来得ル限りの協力ヲ惜しまナイヨ」

「ああ、カドリーのおかげでなんとか形になりそうだよ」

「レオ!大聖獣様になという失礼な物言いを――」

「イイんだヨ、ハンス」


 カドリーが前脚の1本を上げてハンスを制した。


「レオはネ、かつテの英雄〝ショウ〟の記憶を受け継いダ存在だかラネ。ショウは〝ワタシタチの友〟だっタ。だからネ、ソウイウことダよ」

「すいません、叔父上。そういうことなんです」

「あ、ああ、わかった。聖獣様の意思も伝わったし、理解したよ」

「カドリーも、フォローありがとう」

「いいンダよ」


 レオが短く感謝を告げると、カドリーは満足げに瞳を輝かせた。


「では、時間もありませんし、本題に入りましょうか」


 レオは会話を切り上げ、ハンスに向き直る。その表情は、先ほどまでの穏やかなものから、策士のそれへと変わっていた。

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