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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第4章 背景ヲ辿ル

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第41話 揃いしアイゼン四柱

 ベル歴995年、水の月20日、昼。箱庭。


「マルクス様!!」


 屋敷の応接室に、悲痛な叫びが響き渡った。


 レオが開けた扉の向こうから、明るく柔らかな栗色の髪をなびかせた女性が、部屋の中へと飛び込んでくる。


 カリーナ・グラナト。


 彼女は、部屋の中央で待ち構えていたマルクスの姿を認めると、迷わずその胸へと飛び込んだ。


 勢いに押され、マルクスがわずかにたたらを踏む。しかし、彼はすぐに体勢を整え、震える彼女の背に優しく腕を回した。


「……カリーナ」


 マルクスの優しい声が、彼女の耳元で紡がれる。


 カリーナは顔を埋めたまま、言葉にならない嗚咽を漏らした。マルクスの上着を掴む指先が白く変色するほどに力が込められている。


 クリーム色を基調とし、濃紺の生地を重ねたワンピースドレスが、彼女の激しい呼吸に合わせて揺れる。足元の茶色の革靴が、カツンと床を鳴らして止まっていた。


 3年という月日。死別という絶望。それら全てが、今、温かな体温となって否定された。


 レオは、傍らに控えていたシルビアと共に軽く頷くと、扉の脇へと退き、後続の者たちを招き入れる。


 続いて入室したのは、エリーザと、オスヴァルト。


 さらに、彼らに促されるようにして、二名の男女が姿を現した。


 白銀の甲冑を纏った精悍な男。近衛騎士団長アルフォンス・プラーティン公爵。


 黒い法衣を靡かせた短髪の女性。魔法師団長ハンナ・グラナト女侯爵。


 二人は部屋に入るなり、窓の外に広がる常春の庭園と、空間そのものが放つ濃密なマナの気配に息を呑んだ。


「ここが……レオ君が言っていた『箱庭』か」


 アルフォンスが、信じ難いといった表情で呟く。


「ええ。移動の際に軽く説明は受けたけれど、実際に足を踏み入れると、この場に漂う純粋なマナに圧倒されるわね」


 ハンナもまた、魔法師としての鋭敏な感覚で空間の特異性を感じ取り、溜息交じりに漏らした。


 「ようこそお越しくださいました、アルフォンス様、ハンナ様」


 澄んだ声が響く。レオの隣で、銀髪の美少女が清楚な礼をしていた。


「……君は?」


 アルフォンスが問うと、レオが一歩前に出て紹介する。


「ご紹介します。こちらはトゥインクディーヌ市国からお越し頂いた、今代の聖女。シルビア・スワン様です」

「初めまして。シルビアと申します。以後、お見知り置きを」


 シルビアの挨拶に、二人は目を見開いた後、居住まいを正した。


「おお、貴女が 噂に聞いていた聖女殿か」アルフォンスが目を見張った。

「聖女様とこのような形でお会いすることになるとはね。丁寧なご挨拶、痛み入ります」


 二人は、王国の守護者として、聖女に対し最大限の敬意を払って答礼した。


 しかし、その直後、その驚きは、部屋の奥へと視線を向けた瞬間に上書きされる。


 そこには、王宮にいるはずのニクラウス国王が悠然と紅茶を傾けている。その背後には、屋敷で病に伏せっているはずの情報局長、トーマス・モントシュタイン伯爵が、影のように控えていた。


 ハンナは雷に打たれたように足を止めた。アルフォンスも同様に目を見開き、硬直する。


「へ、陛下……!?」


 ハンナの声が裏返る。


 ニクラウスは、カップをソーサーに置き、悪戯っぽく笑う。


「おおっ、来たな、二人とも」

「な、なぜここに!? 陛下は王宮にいらっしゃるはずでは……!」


 アルフォンスが膝をつき、ハンナもそれに続く。二人は昨日、王宮でハンス王子と面会し、出撃命令を受けたばかりだ。その際、王宮の空気になんら違和感はなく、王も健在であると認識していた。


 それがなぜ、この場で王と対面しているのか。事態が飲み込めず、二人は困惑の表情を浮かべる。


「うむ。今、王宮の玉座に座っているのは、わしの身代わりの人形よ。トーマスの屋敷で寝ているのもな」

「人形……ですか?」


 アルフォンスが呆気にとられたように訊き返す。


「ああ。そこのキュート殿が作った傑作だ。我々は数日前からここに身を潜め、高みの見物を決め込んでおった」


 王の言葉を受け、レオが一歩前に出る。


「紹介します。こちらがキュートです」


 レオが自身の頭の上を指差すと、そこにはいつの間にか、黒い掌サイズの蜘蛛のぬいぐるみの様なものが乗っていた。


「よろしくッチュ!」


 蜘蛛が、器用に前脚の一本を上げて挨拶をする。


「えっ……!?」


 ハンナとアルフォンス、そしてカリーナが同時に後ずさる。喋る蜘蛛など見たことがない。


「驚かせてすみません。この子は、闇蜘蛛アラネア・ソンブルの大聖獣、カドリー様の分身体です」

「カドリー様の……分身……?」

「そうッチュ!キュートはカドリー様の目となり耳となるッチュ!」


 キュートが得意げに胸を張る。


 ハンナが信じられないといった表情でキュートを見つめる。異空間への移動、王の身代わり、そして大聖獣。情報の奔流に、彼女の理解が追いつかない。


「王宮にある人形は、陛下の血を触媒に、このキュートが生成した特殊な糸で編み上げたものです。見た目も、マナの波長も、本物と区別がつかないほどの精度を持っています」


 レオの説明に、三人は言葉を失う。彼らの常識を遥かに超える事態が、目の前で展開されていた。


「なるほど……。レオから説明を受けた通り、我々に出撃命令を下したハンス殿下が偽物であるならば、王宮の陛下も偽物というわけか」


 アルフォンスが、ようやく納得したように頷く。


「それにしても」と、ハンナがマルクスと並ぶカリーナに目を細める。「まさか、私たちを確保したその足で、グラナト家の屋敷に寄ることになるとはね」

「申し訳ありません、ハンナ様」


 マルクスが、カリーナの肩を抱いたまま頭を下げる。


「僕がレオに頼んだんです。この戦いに、カリーナを巻き込むべきではないと迷いました。ですが、彼女はグラナト家の人間。そして僕の婚約者です。無事を知らせたかった」

「まったく、とんだサプライズよ。クプファー公爵領で駐留地へ向かう行軍の最中よ?まさかの親友たちと再会を果たして、ここの地下室へ招かれたと思ったら、レオ君に『ここからグラナト邸へ寄って、お嬢さんもお連れしましょう』なんて言われて、何事かと思ったわ」


 それを聞いてエリーザが、ふふっ、と笑う。


「氷の結晶を二人の目の前に飛ばして合図を送ったのよ。学生時代、わたしたち四人だけで決めた秘密のサイン。『授業をサボって屋上へ集合』のね」


 六花の結晶の合図。学生時代もとりわけ優秀だった四者ではあったが、行軍中の二人の手元へ、決して溶けない氷の結晶を正確に届けるなど、常軌を逸した技術だ。しかし、それこそがエリーザの魔法の証明であり、他者が真似ることのできない絶対的な暗号でもあった。


「死んだはずの親友のマナ波長を感じたかと思えば、あのふざけたサインよ。幻覚か罠かと思ったのだけれども……。無視できるわけがないでしょう? 『テトラルキス』の招集を」ハンナが嬉しそうに言った。

「そういえば、部隊の指揮はどうなされたのですか?」レオが問うた。

「騎士団は第一連隊長のフランクに」

「魔法師団は第一部隊長ジークリンデに任せてきたわ。それと、結界管理担当として同行させていた、うちの長女のリリーにもね。でも、心配ね……」


 リリー・グラナト。グラナト家の長女であり、カリーナの姉。優秀な魔導士であり、特に結界術においては稀有な才能を持つ。


 とはいえ、大規模な魔獣の氾濫である。自身たちが向かわないことに、一抹の不安を覚えているのも事実である。


「あ。それなら大丈夫ですよ」


 レオの言葉に、アルフォンスが眉根を寄せ、ハンナが彼に顔を向ける。


「え?なにが大丈夫なの?」

「いや、魔獣の氾濫ですよ。スタンピードは起きないと思います」

「その根拠は?」アルフォンスが問うた。

「マロンとエクレア……えっと、聖猫を二名。グレートリフト渓谷に向かわせましたから」

「せ、せいびょうってなにかしら?」

「あー、そうか。聖猫って秘密だったんでしたっけ?」

「そうだな。まあ、今更というところもある。今やその聖霊の遣い殿の主はレオなのだろう?その扱いはレオに任せるぞ」ニクラウスが言った。

「聖霊の遣い様って……。なぜレオ君が……っていうのも今更よね」


 ハンナが現状を思い出し、呆れながらも、無理矢理自身を納得させた。


「ええ。説明していなかったのですが、私は聖霊の遣いである聖猫アンシャたちと、主従の契りを交わしましたので」

「なぜ?と聞きたいところだけど、今度説明してもらうわね」

「ありがとうございます。落ち着いたら説明します」

「ええ、お願いね……。で?その聖猫様っていうのは、そこまでのものなの?」

「はい。お二人の部隊がグレートリフト渓谷に到着する頃までには、すべて片付いているはずです」


 レオは≪猫の目の共有≫で、時折二匹の進捗を確認していた。すでに終わりそうなほど圧倒的で迅速に、氾濫の対処は進んでいる。


「そう……、なら安心ね。むしろ、部隊が到着した時に、なにもなかった、ということにどう思うかの方が心配になってきたわ」


 ハンナが苦笑したが、気を取り直すように表情を引き締めた。


「それで、レオ君。うちの副団長のアロイスが、あちら側だということは聞いたけれど、具体的に彼らがどう動くのか、まだ詳細は聞いていないわ」

「ああ。王宮……いや、王国の危機に、我らを遠ざける偽計を用いたのだ。それ相応の計画があるのだろう?」


 アルフォンスも真剣な眼差しをレオに向ける。彼らは、アロイスが裏切り者であるという事実は知らされていたものの、敵の具体的な狙いや作戦の全貌については、まだ何も知らされていない。


「ええ。それについては、私の方でもある程度把握していますが、細かい動きまではわかりません。ですが、相手さんの大まかな計画については、これから説明しますよ」


 レオの言葉に、ニクラウス王が深く頷いた。


「うむ、その説明についてはこれからとして、そうだな。とにかく、役者は揃った」


 王の言葉に、全員が姿勢を正す。レオが一歩前に出て、資料を広げた。


「ええ。明後日の水の月22日の立太子。敵は『収穫祭』という名のクーデターを実行に移します。ですが、我々の戦力は、想定を遥かに上回る形で整いました」


 レオはそう告げて、頼もしい家族と、国の守護者たちを見渡す。


「これで、この国の四柱。〝テトラルキス〟も揃いました。これほど頼もしいことはありません。ここからが、私たちの反撃の始まりです」


 箱庭の応接室。


 最強の布陣による、アイゼン王国の危機を救うための話し合いが始まった。

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