第40話 ハンターですけど、なにか?
ベル歴995年、水の月17日。深夜3時頃。
王都エルンツ中央区の裏通りにある大衆食堂。レオと聖女シルビアの二名は、窓際のテーブル席に静かに座していた。
レオは、追加注文した飲み物を飲み干し、書き終えたノートを鞄に収め、シルビアと顔を見合わせた。彼女が小さな声で呟く。
「なにかあると思っていたけど、より複雑でしたね」
「ええ。ですが、計画の全貌は、これでほぼ明らかになりました」
「彼らがエヴィス?ですかね」
「ええ、たぶん。話の内容から察するに、おそらく〝鏡面〟って部隊のメンバーでしょうね」
「そうですね」
「とりあえず、今日はもう遅いですから、箱庭に持ち帰って明日にでも改めて話し合いましょうか」
レオは伝票を手に取って、席から立ち上がる。追うようにシルビアも立ち上がった。レオがレジで会計を済ませ、二人は店を出る。
表通りをしばらく歩き、箱庭へ戻るための路地の角を曲がった。
レオとシルビアは気配を感じ、同時に立ち止まった。
〘ご主人様っ〙
離れた場所で監視していたリゼから、レオに念話が届いた。
〘わかってるよ、リゼ〙
「シルビアさん」
「はい」
後方を振り返ると、レオの目前にロングソードが迫る。レオは、奇襲を仕掛けられたことに驚きを見せず、即座に反応した。
右手で次元収納のベルトポーチから、剣を一瞬で引き抜くと、ロングソードの軌道を受け止めた。
キンッ、と硬質な金属音が、閑散とした通りに響く。
レオが剣を受けたとほぼ同時。イゼラが手に持った杖の先端を、無言でシルビアの顔めがけて突き出していた。
シルビアは、間一髪で頭を傾けることで避ける。杖は、彼女のプラチナブロンドの髪を僅かに掠めた。
シルビアは態勢を整えると、イゼラに向け、体術の構えをとる。
「あ?何者だよ、お前ら」
レオと鍔迫り合いのような状態のディスが、しかめっ面で言った。
「いや、こっちの台詞なんですけど?」
レオは応えながら、ディスのロングソードを押し返す。ディスの体が後方へ下がり、ある程度距離がとれた。
イゼラの方も、突きが外れたことに驚きを示し、杖を素早く引き戻し、「やるわね」と言って、ディスの隣へと跳ねるように退く。それを見て、シルビアもレオの隣へと移動した。
「もう一度聞く。何者だ」ディスが再び尋ねた。
「もう一度言う。こっちの台詞だ」レオが再び同じことを言った。
ディスは、より一層顔を顰め、レオに向かって指をさす。
「いいから、答えろよ」
「なんでだよ」
「さっき、レストランから僕らを見てただろ」
「さっきって、いつだよ」
「30分くらい前だよ」
「さあ、どうだったかな?俺がお前らを見てたって証拠でもあんのか?」
「とぼけるなよ。僕はそういう視線に敏感なんだ。ごまかせると思うなよ」
「いや、そんなこと云われてもわかんねえし」
「こいつっ……。なめてんのか?」
「いやいや、なに云ってんだよ。なめてんのは、お前らだろ。こっちはいきなり攻撃されたんだぞ。はい、わかりました、ってなると思うか?」
「僕たちは、ソルジャー庁の警邏隊だ。素直に云うことを聞いた方が身のためだぞ」
ディスが、首にかかるペンダントのようなモノを手に取って掲げる。それは、エクサの警邏隊員を証明するものだった。
「えっ?エクサの人間が一般人に何も告げずに攻撃したのか?ヤバいだろ」
「くっ、てめえっ」
「あーっ!ちょっと、ちょっと、そこまで」
二者のやり取りを見て、イゼラが手を振りながら割って入ってくる。
「わたしも含め、ごめんなさいね。一応ね、警邏隊は相手に隙を与えないように、先手で攻撃できる許可を得ているのよ」
肩をすくめながら宣うイゼラを見て、レオが顔を顰める。
「嘘だろ?そんな権限があんのかよ」
「本当のことよ。2年ほど前から出来た、警邏隊独自のルールなんだけどね。後で調べればわかるわ」
「なんだよそれ。法律には引っかかんねえのかよ」
「もし間違っていたら、うちのトップが責任を持つって云っているもの、平気でしょ」
「トップって、警邏隊のか?」
ソルジャー庁は国防総省の直轄である。そういった意味でのトップといったら、エデムのトップである、第三王子のハンス・アイゼンになる。だが、ハンスは、先程の密談において捕縛対象となっていた。なのでハンスの線はない。
エクサの長官であるアダルベルト・レーマン伯爵は、去年就任したばかりで、こちらの線も薄い。
だとするならば、警邏隊隊長ということになる。隊長のアントン・クロースターマンは貴族ではなく、市井の出身で、優秀な人物だ。相手が貴族であっても物怖じしない性格と、部下想いとして知られている。十中八九アントンだと踏んで、レオは心のメモに書き加えた。
「さあ、それは秘密よ」
「……そうかよ。それよりも、なんで俺たちを狙ったんだ?まさか、見られたから、って理由だけじゃないよな」
「そうね。でもあの暗がりにいたわたしたちに、視線を送るなんてすごいわね。こう見えてわたしたち、気配を消すのは得意なのよ?」
「たまたま、そっちの方を見ていただけかもしれないだろ」
「そうね。その可能性もあるわね。でも、先ほどの回避行動を見る限り、そうとも云えないわね」
「それは、今の感想だろ。俺たちを攻撃する前じゃない」
「たしかに」
「じゃあ、本当の理由はなんだ」
「この子の勘よ」イゼラが言った。
「勘!?想定より酷い理由だった!えっ?勘で俺たちを攻撃したのかよ」
「この子の勘は当たるのよ」
「ふざけんな、どんな理由だよ。しかも、マジで殺しにきてたじゃねえか」
レオが剣の切っ先を、ディスとイゼラの方向に向けた。
「ええ、そうね。それは否定しないわ。でも、あなたたち――」
イゼラは二人を見た。その表情は、冷淡な分析を行っているように見えた。
「――死んでいないじゃない」
イゼラが静かに言い放った言葉には、全てを見透かすような冷徹さが含まれていた。
「あなたたちのあの身のこなし、護身術と云うには、多少無理があるわ。それに、そちらのあなた」
イゼラが、顎をしゃくるようにレオを見た。
「俺か?」
「そう、あなたよ。あなたははじめ、武器を持っていなかったわよね?その剣はどこから現れたのかしら?」
イゼラは冷笑を浮かべ、右手に持つ杖をレオとシルビアの方に向けた。
「もし本当にあなたちが〝一般人〟というならば、今のこの〝事実〟をどう説明してくれるのかしら?」
レオは、不承不承といった表情を浮かべた。
「別に悪いことはしてないんだから、説明する必要はないんだけど」
レオが剣を下げ、頭の中で即興の〝芝居〟の台本を組み立てていく。
「この剣はこの【次元収納ポーチ】から出した。俺が2級のハンターとして、遺跡に行ったときに発見した遺産だよ」
レオは次元収納のポーチを誇示するように指差した。
このポーチは、レオの時空属性魔法の≪クロノボックス≫を誤魔化すために作った、レオの自作である。ちなみにショルダーバックも邪魔だったので、このポーチに仕舞っている。
実際、この世界では古代の遺跡という場所が世界各所にあり、極稀にレアな遺産が発見されることもある。
レオは、それを利用しようと思ったのだ。彼の顔には、即興の芝居を楽しむかのような笑みが浮かんでいた。
「俺はリオン。これが|八英雄の国連合防衛組織 カードだ」
レオはポーチからカードを取り出し、イゼラに向かって掲げた。
「そして、彼女が――」
レオが、頭の中で組み上げていた芝居でのシルビアの役は〝恋人〟だった。そう紹介しようとしたその時、シルビアが一歩前へ出た。
「わたくしの名前は〝シルフィー〟」
シルビアは柔和な笑みを浮かべ、彼女もまた、エナドカードを掲げた。
「1級の冒険者よ」
レオはその事実に驚愕したが、顔に一切出さなかった。
ディスとイゼラは、予期せぬ展開に目を見張り、無言でカードを見つめた。
その姿を見て、レオが即興で説明を繋げる。
「そう、彼女とは以前、一緒に魔獣狩りに行ったことがあるんだ。今日はたまたまギルドで再会したから、食事に誘ったんだよ」
「こんな遅くまで?」イゼラが問うた。
「ええ、そうよ。思ったより会話が弾んじゃって、遅くなったの」
シルビアが、慣れない感じの口調で答えた。
「俺はこれから、彼女を宿に送ろうと思っていたんだが……」
「本当か?」
納得がいかないのか、ディスが怪訝に問うてきた。
「なんだ?お前ら、エナドと揉めたいのか?」
レオが、不敵な笑みを浮かべた。
「もういいわ。行くわよ」イゼラが言った。
「いや、待て、まだ話は終わってな――」
「なにを言ってるのよ、カードを見たでしょう?彼らはエナドの正規の人間よ。それに、今エナドと揉めるのはマズいわ」
イゼラがディスを制すと、冷淡な分析を行い、ディスの横に並びレオとシルビアを見る。
「彼らの身のこなしや剣については、次元収納のポーチとエナドカードで一応、説明はつく。それに、ここはアイゼン王都。アイゼンの警邏隊員である私たちが、私的な目的でエナドの人間を攻撃した事実が残るのはマズいわ」
「でも、僕の勘が――」
「勘は結構よ。また機会があるわ。さあ、行くわよ」
イゼラがディスの腕を掴むと、ディスは舌打ちをした。彼の視線は、レオの腰のポーチと手に持つ剣に固定されている。
「分かったよ。だけど、リオンとか云ったね。次はないよ」
「次なんかねえよ」
べー、と舌を出すレオを背に、イゼラとディスは、路地の闇の中へ素早く消えていった。
レオは、二者の姿が完全に見えなくなるのを待って、剣をポーチに戻した。
「ふう……ごめんなさい、レオさん。わたくしの即興の芝居、大丈夫でしたか?」
「いや、助かりました、シルビアさん。おかげで彼らは撤退しました」レオが微笑んだ。「でも、まさか、1級のハンターだったとはね」
「ええ。クラルテ様がもしもを想定して、偽名を使ってエナドカードを作ったんですの。ガルズ湖周辺の魔獣狩りが主でしたけど、おかげで、1級になれましたわ」
シルビアが少しだけ得意げに言った。ハンターズギルドの支署は、トゥインクディーヌ市国にもある。ほとんど外に出ることがないシルビアの、唯一のストレス発散でもあった。
「シルビアさんは、私と同い年でしたよね?」
「え?ええ、たしか、そうだと思いましたけど、それがなにか?」
「いや、クララに全力で護るって云ったのが、恥ずかしくて」
「ん?なんのことでしょう?」
「いえ、なんでもありません」
レオは空を仰いだ。ノワルたち聖猫はまだしも、シルビアよりもハンターランクが低かったことに愕然としていた。
「とんだ夜になりましたね」レオが言った。
「そうですね」
「帰りましょうか」
「はい」
初夏の深夜の路地に、生温い空気が満ちていた。




