第37話 穢れた酒杯の暗珠は零れる 中編
密談は2時間にわたり行われ、深夜0時を回った。談笑を含め、更に時間は経ち、水の月17日の2時過ぎに終了した。
レオは魔道具を静かに操作し、録音された内容を自身が持ってきたショルダーバッグに入れるふりをして≪クロノボックス≫に格納した。
「これで記録の保護は万全」
直後、リゼから念話が響いた。
〘マスター、裏口の扉が開きましたの。オリバー殿下とミルヴィウス、そしてペルレ伯爵が、立て続けに外へと出てきましたわ〙
シルビアは、悪意のマナに誰よりも敏感な聖女である。三者の影が扉を出たという連絡があったとほぼ同時。そのうちの一人より僅かな、しかし確かな〝濁り〟のようなものを感じ取った。
「今……」
シルビアが違和感を覚え、思わず呟いた。
「わかります。三番目に出てきた人物ですよね?」
「はい」
加護を持たず、シルビアほど敏感ではないレオではあるが、彼女と同じタイミングで違和感を感じた。
〘リゼ。三番目に出てきた人物はたしか、ペルレ伯爵だったよな〙
〘その通りですわ!気づかれましたの?〙
〘一瞬だったけどな、シルビアさんも感じたみたいだから間違いない〙
〘ボクらも感じたっスよ!〙
オリバーの従者となっているルジュからの念話が続いた。どうやら、聖猫である彼女たちも気付いたようだった。
〘あ、ペルレ伯爵が店内に戻りましたわ〙リゼが言った。
〘他の者たちは?〙
〘ワタシたちはオリバー、ミルヴィウスとは別の魔導車に乗ったわ。彼らのビークルはワタシたちの乗っているビークルのすぐ後ろからついてきているわ。おそらく、王宮に戻るわね〙シャルルが答えた。
〘わかった。俺たちはしばらく話をまとめるために、このレストランにいる。すまないが、リゼ。引き続きその店の……ペルレ伯爵の監視を頼むよ〙
〘かしこまりましたわ!〙
〘油断するなよ?〙
〘お任せください!ですわ!〙
レオは念話を閉じ、対面に座るノイアー(ノワル)に視線を向ける。
「ノワルは何も感じなかったか?」
「いえ、ワタクシも感じました」
「やっぱりか。たまたまか、それともなにかの合図か……。とりあえず、理由は判らないが、ペルレ伯爵に対する疑念だけは増したな」
「さようでございますね」
「シルビアさんは、大丈夫ですか?随分と顔色が悪いようですが」
「……わたくし、あの〝濁り〟に、言い知れない違和感を覚えます」
シルビアは、隣で聴取するレオの袖を思わず掴んだ。彼女の表情は、怒りというより、〝濁り〟に対する強い嫌悪感に染まっていた。
「どうします、シルビアさん。帰りますか?」
「いえ、大丈夫ですわ。それよりも、先ほどの情報が新鮮なうちに、早めにまとめた方がよろしいかと」
「そうですね。ですが、ご無理はなさらずに」
「お気遣いありがとうございます。しかし、問題ございませんわ。早速始めましょう」
「わかりました。では……」
レオは頷くと、ボトムのポケットから、小さなサイコロ型のなにかを取り出した。
「それは?」ノイアーが尋ねた。
「ああ、範囲は狭いが、防音結界の魔道具だよ。一応な」
「なるほど、そのサイズなら目立ちませんね」シルビアが感心する。
「最大半径6メートルまで。上になっているサイコロの目がその範囲だよ」
レオはサイコロの目の2を上に向け、とん、と軽く指で突く。サイコロが僅かに青白い光を纏った。
「じゃあ、始めようか」
レオは、ノートに走り書きした要点を指し示す。三者がノートに顔を近づけ、一応小声で話し始める。
「オリバー殿下の計画、すなわち『収穫祭』の全貌が判明しました。水の月22日深夜、ハンス殿下の影武者による国王暗殺。そして翌日23日、【唄石】を使った『反響の詩』という何かの発動。すべてが王位簒奪に向けた六段階のプロセスとして進行していくようでございます」ノイアーが言った。
「だな。クーデターの計画は六段階。第一段階が、ハンス殿下の拉致監禁か」
「いかがいたしますか?」
「陛下とトーマスさんの分だけにしようと思ったけど、これは急遽、キュートに頼んで、いくつか人形を作ってもらわないとな」
「キュートちゃんは怒らないでしょうか?」シルビアが心配そうに言った。
「アイゼン王国の危機ですから、大丈夫ですよ。というよりも、本体であるカドリーの性格から考えると、喜んで協力してくれそうです」
「さようでございますね」ノイアーが同意した。
「それもそうですわね」
微笑みを浮かべるシルビアも、キュートを通して、カドリーのお人好し度に気付いていた。
「とりあえず、明後日の朝までに間に合うように作ってもらおう。それまでは……そうだな、ノワルが影に潜んでハンス殿下周りの動向を監視してほしい」
「かしこまりました」
「もし、ハンス殿下に予想以上の危害が加わるようなら助けてやってほしい」
「どの程度まで許容いたしますか?」
「うーん。正直難しいよな」
「さようでございますね」
「まあ、オリバー殿下たちも、ハンス殿下を利用しようとしているわけだから、すぐに殺したりはしないだろうけど」
「では、状況を見ながらワタクシが判断いたしましょう」
「ああ、頼む」
軽く笑い合うと、レオが「では、次に」と、口を開いた。
「第二段階が、抵抗要員の排除、か」
「情報局のトーマス局長は病を理由に除外され、ハンナ魔法師団長とアルフォンス騎士団長も、偽のスタンピードで王都から遠ざけられる、ということでございますね」
「偶然とはいえ、こっちが仕込んだ『情報局長、病に倒れる作戦』が刺さったな」
「さようでございますね」
敵の目を国王だけに集中させるための戦略であった。現在トーマスは、国王と共に、王都の伯爵邸とは異なる場所に退避している。実際に、伯爵邸で床に臥せっているのはキュートが精巧に作った〝トーマスの人形〟である。
「問題はハンナ様とアルフォンス様でございますね」
「そうだな。それについては、二人の親友である父さんと母さんに相談してから考えるよ。時間がないから急がなきゃだけどな」
「かしこまりました。では、次に第三段階についてでございますね」
ノイアーがノートの次の項目を指し示した。
「王都外郭にあるエーテルリアクターのエネルギーを使って、【唄石】にマナを充填させるというものでございました」
「王都全域の通信を30分間遮断するのは、この作業のためか。【唄石】と反響の詩とは?」レオが尋ねた。
「会話の内容から察しますに、【唄石】は広範囲にマナを拡散させる装置で、反響の詩は国民の意識に作用する、高位の精神支配魔法と推測されます」ノイアーが簡潔に答えた。「この充填は、短時間で国民の思想を変容させ、おそらくは、オリバー殿下を英雄として祭り上げるための準備でしょう」
レオは、「なるほど」と言って、ノイアーの分析に頷きながらノートに「精神支配」と書き加えた。
「そして第四段階。立太子の盛り上がりに紛れて、陛下の私室から『鍵』を奪うことになっている。ノワル、この『鍵』というのは?」
「おそらく、レガリアかと存じます」ノイアーが答えた。
「レガリア?」レオは眉をひそめた。
「あっ、そのレガリアについては、わたくしも知っていますよ」シルビアがすぐに口を挟んだ。
「シルビアさんも知っているのですね。それで、そのレガリアってのはなんだ?」
「ああ、さようでございましたね。さすがにそのことまではニクラウス様もおっしゃっておりませんでしたか」
「そうだな。まあ、聞いたままを捉えるなら、王の持つ権限か物品のことだろうけど」
「ええ。今回の場合は物品でございますね。形は基本短剣で、アイゼンのレガリアは〝月の紋〟が刻まれております」
「オスクネス様の紋章か。それが、なにかの『鍵』になる、と?」
「そうですね。八英雄が建国した各国にそれぞれ存在する、その国の管理者(王)のみが持つ〝聖域の鍵〟。それがレガリアですの。わたくしの国バーディアには【太陽の紋のレガリア】が存在しますわ」シルビアが簡潔に説明した。
「聖域の鍵?あー、なるほど。そのレガリアが、五つの門と聖域に入るために必要な鍵ってことなんだな」
「ご明察でございます」
「で?レガリア奪取の理由は?」
「普通に考えるとなると、レガリアはその国の〝王の証〟でございますから、玉座の簒奪には欠かせないものだと存じます」
「普通に考える、とね……」
「ええ。ただし、今回の彼らの狙いといたしましては、何か別の思惑があるようにしか考えられませんね」
「だな。おそらくだが――」
レオとノイアー(ノワル)の目が合うと、二者が同時に口を開く。
「「聖域への侵攻」」
シンクロする二人の台詞を聞いて、シルビアが僅かに目を見開く。
「なるほど、標的は大聖霊様、ですか」
「たぶん、ですけどね。こちらも、そのつもりで動きましょう」
「さようでございますね。それから、レオ様」ノイアーが言った。
「ん?」
「立太子にはレガリアのレプリカを授与するという習わしがございます」
「レプリカ?」
「ええ。とても精巧に作られておりますよ」
「なるほど……」
レオが僅かに俯き、腕を組んで唸る。数瞬後、なにかが閃いたレオは、顔を上げてノイアーを見た。
「そういえば、王室特医のロジェさんはこちら側だよな?」
「さようでございますね」
「了解」
レオが僅かに口角をあげた。それを見たシルビアがレオを見つめる。
「なにか良い案でも浮かびましたの?」
「まあ、そんなに大した案でもないかもしれませんが、後ほどお伝えしますよ。今は密談のまとめを進めましょう」
「あっ、そうですわね」
レオとシルビアが申し訳なさそうに微笑みあった。




