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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第4章 背景ヲ辿ル

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第35話 レオとシルビアの回顧録 後編

「もっとまじめな印象でしたが、聖女様にも可愛らしいところがあるんですね」


 レオが告げると、シルビアは更に顔を赤らめ、口ごもる。


「な、なにをおっしゃって――」

「あ、シルビアさん、ちょっと待って下さいね」


 レオは、異議を唱えようとしていたシルビアの言葉を制した。口をパクパクさせているシルビアを余所に、念話を繋ぐ。


〘クララ〙

〘あん?なんだー?〙

〘聖女って普段なにやってんだ?〙

〘祈りと聖女教育だぜ?〙

〘祈りって毎日か?〙

〘いや、ガルズ湖の〝濁り〟が強いときかな〙

〘今は?〙

〘安定してんな。今んとこ祈りは必要なさそうだ〙

〘聖女教育のほうは?〙

〘一応、毎日だ。だがシルビアは、歴代の聖女の中でもとりわけ優秀だからな。数日さぼったところでさして問題ないぞ〙

〘そっか。じゃあ、訊いておきたいんだけど、シルビアさんの得意な戦闘術は?〙

〘オレと同じで……っていうか、オレが教えているから、もちろん体術が得意だぜ。歴代の聖女はみんなオレが教えてんだ。しかも、の聖霊が憑依している状態だから、怪我をしても超速再生するっていうおまけ付きだぜ〙


〝聖女〟の条件とは、癒の聖霊アウローラに選ばれ、アウローラをその身に宿すことである。


〘マジか、それは強いな。わかった、ありがとう、クララ〙

〘まあ、別にいいけどよお。なんだあ?シルビアも他の作戦に参加させる気か?〙

〘うーん、せっかくアイゼンまで来てもらってるからな。どうしようかと〙

〘おいおい。シルビアを更に荒事に巻き込む気か?強いといっても聖女だぞ?〙

〘そうなんだけどさ、さっきシルビアさんと話してて、なんか、こう、なんていうんだろう、日常に刺激を求めている雰囲気を感じたんだが?〙

〘あー。まあ、そうかもなあ。聖女の役割とはいえ、普段は聖堂に引き籠ってばっかだしなあ〙

〘頼んでおいてなんだけどさ、クララは聖女を守る立場だろ?なんで今回の俺の依頼を打診してくれたんだ?〙

〘この約1000年。西方に不穏な気配はあったとはいえ、八英雄の国自体の危機はほぼ無いに等しかったからな。歴代の聖女も含め、ガルズ湖の守り人に徹していたところもある。だけど……〙

〘だけど?〙

〘あー、今回のアイゼンの件は、シルビアにとって良い機会になると思ったんだ〙 〘うーん、なるほど?〙

〘まあ、あれだ。今後マオンの奴らが動き出すなら、必ず聖女の力が必要になる。そういった脅威に対する経験値を得られるってことさ〙

〘へえ。なんだよ、クララ〙

〘あん?〙

〘意外といい先生してるじゃないか〙

〘う、うるせえな!意外とはなんだよ!意外とは!〙

〘ごめん、ごめん。茶化すつもりはないよ。むしろ、感心してんだから〙

〘こちとら聖霊の遣いとして、何年生きてると思ってんだよ。もう悟ってるまであんだぞ〙

〘ははっ、たしかに〙

〘まあ、そうは云ってみたものの、シルビアにはこういったことの経験が少ねえのも事実だ。だからレオ。シルビアを頼むぜ?〙

〘もちろん、全力で護る気ではいるんだけどさ、もしもなんかあった場合に、聖女が自身の身を護れるか心配だったからさ。クララの話を訊いて、立派な護身術を身につけていることも知れて、安心したよ〙

〘シルビアのこと、任せたぞ?でもな〙

〘ん?〙

〘手、出すなよ?〙

〘出さねえよ!〙

〘はっはっはっ!冗談だぜ!じゃあな!〙


 冗談ってなにがだよ、と思いつつ、クラルテとの念話を閉じたレオは、改めてシルビアを見遣る。まだ、仄かに顔が赤らんでいるようだが、先程よりは、だいぶ落ち着いているようだ。


「お待たせしてすいません、シルビアさん」

「また、念話ですか?」

「ええ、まあ。それより、シルビアさん」

「なんでしょう?」

「今夜のオリバー殿下の密会なんですが、首尾よくいけば、密会現場に盗聴の魔道具を設置できそうなんですよ」

「と、盗聴ですか……?なるほど」

「その魔道具の受信範囲が狭くてですね、私が直接現場付近に赴いて、確認しようと考えているんです」

「はあ……、そうですか」

「いかがですか?」

「……?いかがですか、とは?」

「いや、ご一緒に現場へ行く、というのはいかがですか?と思いまして」

「は!?わ、わたしがですか!?」

「経験ですよ、経験。敵の陣地に乗り込むっていうね」


 レオはにこやかに言ったが、シルビアは目を丸くして、その意図を図りかねているようだった。


「ですが、そのような危険な場所に、わたくしのような者が…」

「シルビアさんは聖女としての使命感も持ち合わせているでしょう?それに、さっきクララ……クラルテに訊いたんですが、体術の腕もかなりのものだとか」


 レオはたたみかけるように言うと、シルビアはますます顔を赤らめた。クラルテが余計なことを言った、とばかりに視線を泳がせる。


「それは……その、あくまで護身用で……」

「護身用にしては、随分と本格的らしいじゃないですか。それに、私もいますし、万が一の事態に備えて、周辺には聖猫たちも配置しますから、そこまで心配はいりませんよ。それに、密会が行われるペルレ伯爵の店は、王都のビル街の一角にあるんですけど、夜は人通りも少なくて、案外、目立たないんですよ」


 レオは、まるで遠足に誘うかのように楽しげな口調で言った。


 シルビアは、彼の言葉と、自身の内側から湧き上がる好奇心の狭間で揺れていた。


 聖女として、常に清らかでなければならないという教育と、未知の体験への憧れ。その二つが彼女の中でせめぎ合っているのが、レオには見て取れた。


「それに、シルビアさん。先程も話したように、オリバー殿下だけでなく、ダミアン殿下にも不審な点があるんです。聖女であるシルビアさんの目で、直接その場の空気を感じ取ってもらえれば、何か新しい発見があるかもしれません」


 レオの真剣な眼差しに、シルビアの顔から赤みが引いていく。そして、彼女の瞳には、迷いを断ち切ったかのような強い光が宿った。


「……分かりました。レオさん。ご一緒させていただきます」


 シルビアは、決意を込めた声で答えた。その声には、聖女としての使命感と、わずかながら冒険への期待が滲んでいるようだった。


「ありがとうございます、シルビアさん。では、今夜の準備をしておきましょうか」


 レオは満足げに頷くと、机の上の資料をまとめ始める。シルビアもまた、自分のローブの裾を握りしめ、来るべき夜に思いを馳せていた。


 アイゼン王国の闇に潜む「虚飾」の影、そしてその密会で何が語られるのか。初めての「潜入」任務に、彼女の心は静かに高鳴っていた。

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