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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第4章 背景ヲ辿ル

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第34話 レオとシルビアの回顧録 中編

「これは……?」

「先日、初めて箱庭にシルビアさんが訪れた時に、虚飾のマタド・ク・シアが、オリバー殿下に関わっているのではないか、というお話しをしましたよね」

「ええ」

「そのオリバー殿下の背後にいる人物たちを記した、相関図のようなものです。国王陛下と情報局のトーマス局長のご協力も得て作成した、現時点での最新情報ですね」

「こんなにいらっしゃるのですね」

「現状、関与が濃厚な三名――宰相のアルブレヒト・クプファー公爵、情報広報局局長フリッツ・ペルレ伯爵、魔法師団副団長アロイス・ベルンシュタイン伯爵の三名ですが、その他にも王宮内で働く一定数の者にも怪しい動きがみえる、と報告されています」

「すべての方に大罪紋が?わたくしが習った情報だと、たしか……制限があったような」

「ええ、その通りです、シルビアさん。カドリー様から得た情報だと、大罪紋を刻める数は最大で三つまでだそうです。今のところ、ベルンシュタイン伯爵の大罪紋は確認していますし、オリバー殿下はおそらく確定。あと一名が先ほどのアルブレヒト公爵、フリッツ伯爵に加え、ミルヴィウスのいずれか、もしくは他にいるか」

「それは、判断が難しいですね」

「ええ。ですが、宰相のアルブレヒト公爵、情報広報局長フリッツ伯爵、そしてオリバー殿下の側近ミルヴィウスの三名は、クーデター計画の中核を担っている。誰が大罪紋の保持者であったとしても、彼らが虚飾の最重要協力者である事実は変わりません。今は、彼らのうち誰が大罪紋を持つかを特定するよりも、彼らの行動を阻止することに注力すべきでしょう」

「わかりました。そのご判断は理に適っています」シルビアは深く頷いた。

「それに」と言ってレオは真剣な表情で話を続ける。「今申し上げた中にもしかしたら、虚飾のマタド・ク・シア本体がいるかもしれない」

「え?あっ、もしかして憑依ですか?」

「そうです。これもカドリーから訊いたんですが、八大罪のマオンはヒト属に憑依できる。特にマタド・ク・シアはその憑依と模倣に優れていると」

「な、なるほど……」シルビアは、思わず息を呑んだ。「では、その本体が誰か、見極めることも、わたくしたちの任務になるのですね」シルビアは、決意を新たにする。

「ええ、その通りです。どの人物が本体なのかは、推測の域を出ませんがね」


 話に区切りがつくと、シルビアはもう一つの資料に気付き、手に取った。


「こちらは?」


 それは、歴史書の写しや古文書の拓本らしきものが並べられた、学術的な資料の束の一部だった。


「あー、そちらは第二王子についてです」

「だ、第二王子も、ですか?」

「うーん。そちらはあくまで憶測の域を出ていません。ただ」

「ただ?」

「私の中の第二王子……ダミアン殿下は、〝歴史研究家〟なんです」

「歴史研究家……ですか。たとえばどのような研究を?」

「ダミアン殿下の専攻は〝八英雄の国と西方信教の確執〟です」


 シルビアは手に取った資料を数枚捲り、そこに書かれたアルファベットの羅列に目を留めた。


「エヴィス……ですか」

「ええ。ルーミー神教の裏組織の名称みたいですね。実行部隊と技術解析班があると訊いています」

「裏組織……ですか。なるほど。お話を訊いている限り、ダミアン殿下は、西方諸国との関係性や軋轢を憂いているように聞こえますが。それのどこが、怪しいので?八英雄の国の者として、至極王族らしい考え方を持っているように感じますけれども」

「まあ、それ自体はそうなんですが……」

「なにかあったのですか?」

「いえ、むしろ、なにもないんですよ」

「なにもない?」

「ええ。陛下から伺ったんですが、ダミアン殿下は毎年数回は西方信教についての研究成果を、陛下に対して報告していたそうです。ですが――」

「なくなった、と」


 シルビアは、不安そうな表情で資料を見つめた。


「ええ。その報告が途絶えた時期が、オリバー殿下の変質、そして虚飾が脱獄した時期とピタリと重なるんです」

「研究が進展しなかった、とかではないんですか?」

「その可能性も否定はできません。しかし、ダミアン殿下は非常に探求心が強い方だと聞いています。その彼が、最も重要視していた研究を何の理由もなく、これほど長く止めるというのは不自然です。私は、ダミアン殿下が、なんらかの動きを察知し、自ら情報を秘匿するために、研究報告を意図的に停止したと推測します」


 レオは言葉を区切り、資料を指差しながら続ける。


「そして、更にその3年前というのは、オリバー殿下の動きに不審な点が出始めた時期と奇妙なほどに符合します。あたかも、ダミアン殿下から注意を逸らすかのように、あるいはその研究自体を封じ込めるかのように。これらを総合すると、ダミアン殿下は、オリバー殿下とは異なる目的で、虚飾のマタド・ク・シアの動きを観察し、情報を秘匿している可能性がある、と私は推測します」


 シルビアは資料に目を落とし、深く考え込むように眉根を寄せた。彼女の表情には、レオの推測が持つ重みが如実に表れていた。


「つまり、ダミアン殿下は、虚飾やルーミー神教の裏に潜む実行組織エヴィスの意図を察知しながら、その情報を王宮に渡していないということですか?」


 シルビアは、困惑の色を隠せない。


「そういうことです。彼は、オリバー殿下のように操られているわけではなく、彼の行動は、王族としてというより、観察者としての使命を優先しているように見えます。そもそも、ダミアン殿下は王位に興味がなく、裏方が性に合うと以前話されていた。私の個人的な見解としても、彼の目的が王権簒奪ではなく、純粋な観察と情報秘匿である可能性は高い」


 レオは天井を仰ぎながら、言葉を続ける。


「彼はおそらく、私たちの意図を話せば理解してくれるだけの洞察力を持っているでしょう。ですが、今はまだ、私たちも彼に対する確証が持てません。そして、ダミアン殿下は非常に警戒心が強いため、不用意に接触すれば、かえって事態を悪化させる危険性がある。結論として、まずは最優先事項であるオリバー殿下たちの動向を突き止めるまで、ダミアン殿下については今は泳がせておくのが最善でしょう」


 レオは視線をシルビアに向け、続ける。


「そこで、まずはオリバー殿下の目的を突き止めるのが先かな、と考えています」 「それが、先程の念話だったのですね?」

「……鋭いですね」

「聖女ですから」


 聖女関係あんのかよ!と心の中でツッコみつつ、ドヤ顔のシルビアを見ながら、レオは苦笑した。


 シルビアはドヤ顔から表情を戻し、レオに問い掛ける。


「それで?先程の念話での内容は?」


 シルビアの問いに、レオが、はあ、と1つ息を吐く。呆れるように軽くかぶりを振ると「まあ、別にこの場で隠すことでもないかあ」と諦めた。


「実は今夜、オリバー殿下の密会があるらしいんですよ」

「密会!」


 なぜか嬉々とした表情を見せるシルビア。その瞳は、まるで冒険物語の序章に立ち会ったかのように輝いている。


 無理もない。彼女は8歳の頃から「聖女教育」という名の下、手厚く守られ、トゥインクディーヌ市国及びバーディア聖王国から一歩も外に出ることがなかった。


 虚飾の憑依という危険性を承知の上でもなお、彼女にとって「密会」という言葉は、退屈な日常にはない、未知の響きを帯びていたのである。


 その反応に、レオは思わず眉をひそめ、若干引き気味にシルビアを見た。そのレオの表情に気づいたシルビアは、はっ、と我に返る。


「あ……!い、いえ、その……!大変、不謹慎でした!申し訳ありません!」


 顔を赤らめ、慌てて謝罪する聖女に、レオは困ったように小さくため息をついたあと、僅かに口元を緩め、微笑んだ。

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