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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第4章 背景ヲ辿ル

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第33話 レオとシルビアの回顧録 前編

 ベル歴995年、水の月16日、13時。箱庭の屋敷の工房兼研究室。


〘マスター、今日の夜、オリバーがペルレ伯爵の店で“利き酒”を行うらしいっス!〙


 頭に直接響く念話の主はルジュ。連絡の内容は、今日の第一王子オリバーの予定に関するものだった。


 現在、ルジュとシャルルは、ヒト化の魔法を使用し、「ルビア」と「シャリーナ」と名乗っている。国王ニクラウスの協力を得て、オリバー第一王子の専属メイドとして彼に接近し、その動向を監視していた。


 彼女たちは、定時連絡はもちろんのこと、オリバーの身辺に何らかの変化があった際には、必ずレオへ報告を入れる手はずになっている。これは、他の場所に配置されている聖猫たちも同様だった。


〘“利き酒”、か。ペルレ伯爵の店ってことは、前と同じメヒスメノスの「暗珠の間」って部屋でかな?〙

〘おそらく、そうね。いくら貴族がお忍びで行くための部屋とはいっても、結界魔法の設置数が異常だったもの。前回使った盗聴の魔道具じゃ、ワタシたちの耳ですら何とか聞き取れる程度だったし、聞き間違える危険性もあるわね〙シャルルが応じた。

〘とはいえ、マスターの魔道具は、僅かとはいえ、あの幾重もの結界を貫通したわけっスからね!それはそれで凄いっスよ!〙

〘ありがとう、ルジュ。でも今回はより確実にオリバー殿下たちの話を訊きたいからな。そっちにキュートの眷属蜘蛛を預けただろ?〙

〘ええ、たしかに、預かっているけれど……。この子たちを潜り込ませるってことかしら?〙

〘ああ、その通りだシャルル。その子たちは小さいとはいえ、カドリーに連なる眷属だ。ノワルも使っている≪オンブル・ヴォルト≫っていう影収納魔法に、新しい盗聴の魔道具を持たせてあるから、今度は内側に直接仕掛けることが出来るはずだよ〙

〘なるほどね。でも、いくら中に盗聴の魔道具を仕掛けたからといっても、結局外側の結界を貫通出来なければ一緒ではなくて?〙

〘ん?まあ、そう考えるのも無理ないか。でも、今回持たせた盗聴の魔道具は周波数型じゃなく、直接受信機に音声が転送されるように組んである〙

〘へーっ!そんなモノも作れるなんて!やっぱ、マスターは凄いっスね!〙


 手放しで褒めるルジュの言葉に、レオは苦笑いを浮かべた。


〘ありがとう。でも、その魔道具なんだが、急ごしらえで作ったもんだから、受信範囲が狭いし、受信機側のマナ反応がデカくなるんだよ。ルジュとシャルルは近くで待機するだろうから、任せたいところなんだけど、受信機の方を感知されたら問題だろ〙

〘じゃあ、もしかして……〙

〘そうだな、シャルル。俺が直接現場付近に行って聴くことにするよ〙


 レオの言葉に、ルジュとシャルルは念話の先で、一瞬、表情を引き締めた。聖猫たちの主が自ら危険な現場へ赴くことに、わずかな懸念を抱いたからだ。


 とはいえ、信頼を寄せるレオの決断に、聖猫たちが異を唱えることはなかったのだが。


 その後、盗聴器の設置場所や、自身の移動経路、緊急時の連絡方法など、ルジュとシャルルとの間で詳細な打ち合わせが交わされた。


 そして、すべての指示が終わり、彼らとの念話が静かに閉じられた。


 その直後、まるでその終わりを見計らっていたかのように、レオの背後から穏やかな声がかけられる。


「随分と長いこと黙っておられましたけど、念話ですか?」

「わっ!聖女様でしたか。いつからそこに?」


 思わず振り返ったレオは、そこに立つ人物に驚きの声を上げた。白いローブをまとい、顔に穏やかな笑みを浮かべた聖女シルビアは、レオの驚きを面白がるように小さく首を傾げた。


「結構前にお声を掛けたんですが……。それと、先日から申し上げていますけど、〝聖女様〟は止めてください」


 聖女シルビアがこの箱庭の屋敷にいるのは、つい先日、聖猫クラルテを介してレオからの依頼を受けたためだ。


 八大罪のマオンの一柱「虚飾のマタド・ク・シア」がアイゼン王国に関与している可能性と、その証拠となりうる「大罪紋マオンクレスト」が確認されたという報告が、聖女としての彼女の使命感を強く揺り動かしたのだった。


「あ、ああ、そうでしたね。すいません、シルビア様」

「〝様〟もいりませんっ。どうかわたしのことは〝シルビア〟とお呼びくださいましっ」

「すいません、シルビアさん」

「もうっ!……わかりました。今はそれでけっこうです」


 シルビアは小さく溜息をつくと、レオの隣にそっと歩み寄る。彼女の視線が、レオが先ほどまで向かっていた机の上に置かれた資料に留まった。


 そこには、何かの計画が記されているらしき図や文字が走り書きされていた。


「何か、難しいお話でしたか?」

「いえ、まあ……はい。少し、重要な連絡が入りまして」

「そうですか。もし差し支えなければ、わたしにもお手伝いできることはありませんか?」


 シルビアの瞳は真っ直ぐにレオを見つめ、その中に何の偽りもない純粋な厚意が宿っているのが見て取れた。レオは言葉を選びながら答える。


「お気遣いありがとうございます。ですが、今回は私が対処すべき事柄ですので。聖女であるシルビアさ……んにご迷惑をおかけするわけにはいきません」

「迷惑だなんて、訊いてみなくてはわかりませんのに」

「あー、いえ。シルビアさんに、このアイゼン王国に来ていただいたのは、別の目的ですからね。なるべく安全なところで待機していただければと考えていますんで」 「そうですか……」


 レオの言葉に、シルビアはわずかに肩を落とした。


 しかし、シルビアの視線は再び机の上の資料へと引き寄せられる。聖女としての使命感か、あるいはそこに書かれた内容こそ知りはしないが、レオ一人に背負わせるにはあまりにも重いと直感したのか。シルビアは、ゆっくりと手を伸ばし、その資料を手に取った。

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