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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第3章 傀儡ハ嗤ウ

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第29話 月沈む

 水の月22日。日中の祝祭の熱狂は冷め、王都エルンツは静かな闇に包まれていた。


 王宮の奥、王の寝所に至る細い廊下。そこは、普段は王族とその側近しか立ち入ることのできない、王宮の中でも最も厳重な区域だ。


 廊下には、王の寝室から漏れる、規則正しい寝息が聞こえてくる。


 賢王ニクラウスは、数刻前に行われた式典の打ち上げの宴会時に、フリッツ・ペルレ伯爵が密かに投与した薬によって、既に深い眠りに落ちている。彼の意識は完全に遠のいている。



 監視結晶(識別コード:A-77、設置場所:王室寝所前廊下)は、二つの影を捉えた。


 王の寝所前の廊下を照らす電子時計は、既に午前零時を回り、水の月23日の日付を示していた。


 午前2時00分。


 第三王子ハンスと第一王子オリバーが、王の寝室前で向き合っていた。ハンスの表情は、激情と悲嘆に歪んでいる。


 オリバーは、低い声でハンスを静止しようと試みる。


「何時だと思っているんだ、ハンス!明日でいいではないか!」


 オリバーは、声を荒げた。


 ハンスは、式典で授与されたばかりの【月の紋のレガリア(短剣)のレプリカ】を握った手を震わせながら、悲痛な声で叫んだ。


「いえ!王太子となったその日にこのような事実を訊かされたのです! 父上に直接訊いて確かめます!!」


 オリバーは、その言葉に絶望を滲ませ、レプリカを持つハンスの手を掴んだ。


「やめろハンス! 父上は既に眠られている! それ以上、無用なことをするな!」


 ハンスは、その手を力強く振り払った。


「兄上どいてください!」


 ハンスは、オリバーを力強く突き飛ばした。オリバーは苦悶の表情を浮かべ、わざとらしい唸り声をあげ、意識を失ったかのように床に崩れ落ちた。


 監視結晶は、愛国心から狂気に暴発した弟ハンスが、必死に制止する兄を振り切る一連の攻防を克明に記録していく。


 レプリカ短剣を握りしめたハンスは、倒れたオリバーを一瞥すると、何の感情も宿らない目で、ゆっくりと王の寝室の扉を開けた。



 寝室の扉が閉ざされた瞬間、監視結晶の映像は、寝室の内部を捉えることはできなくなった。


 しかし、直後、寝室の扉の奥から、激しい争いの物音とともに、ハンスの声と、王の悲鳴にも似た悲痛な叫びが廊下に響いた。


 数瞬後、激しい物音は唐突に途絶える。






 王宮の廊下を定時巡回していた近衛兵の一人が、静まり返った廊下の奥から、激しい物音がしたのを聞きつけ、現場に駆けつけた。


 兵士は、王の寝室前の廊下で、床に倒れているオリバーの姿を目撃し、思わず声を上げた。そして、半開きの寝室の扉から、かすかに漏れる血の匂いを嗅ぎつける。


 兵士が寝室へと足を踏み入れると、血に染まったベッドの上で横たわるニクラウス王の遺体。そして、その傍らで、レプリカ短剣を握りしめたまま呆然と座り込む第三王子ハンスの姿があった。


「ハンス殿下!? いったい、何が……」


 兵士の叫び声が、王宮の夜の静寂を切り裂いた。


 その声に呼応するように、近衛兵たちが次々と駆けつけ、ハンスの身柄を確保する。


 近衛兵の一人が異常を確認し、即座に王室特医であるロジェ・カーンを呼び出した。


 ロジェは、現場に到着すると、近衛兵の動きを制した。


「誰にも遺体に触れさせるな!現場の状況を維持せよ!」


 ロジェは、まず血の匂いと王の遺体を一瞥し、その場で顔色を変えた。彼は、この事態が通常の殺人事件ではないことを直感したが、冷静に職務を遂行した。


 彼の指示は冷静だったが、その瞳は、この異常な事態に動揺を隠せない。王の状態を確認し、その場で簡潔に状況を報告する。


「王は崩御なされました。胸部に致命的な刺傷が……。そして、第三王子殿下が、王の寝室にて、短剣を握りしめていたことを確認する限り、死因は他殺による失血死と断定せざるを得ません」


 ロジェの硬い声が、王宮に重くのしかかった。ざわめきは起こるが、すぐに静寂が訪れる。


 廊下に倒れていたオリバーが、ゆっくりと痛みに耐えるように身を起こした。彼の顔は涙と血で濡れ、深い悲嘆に暮れているように見えた。


 近衛隊長らしき人物が、混乱の中でオリバーに尋ねた。


 廊下に倒れていたオリバーが、ゆっくりと痛みに耐えるように身を起こした。彼の顔は涙と血で濡れ、深い悲嘆に暮れているように見えた。


 オリバーは、ハンスの身柄を拘束している兵士たちに、直接言葉をかける。


「すまない。大事な弟だ。ハンスの身柄は私が預かりたい」


 その声は、震えていた。


 近衛隊長らしき人物が、混乱の中でオリバーに尋ねた。


「オリバー殿下、何があったのですか?」


 オリバーは、首を振った。


「ここでは、説明できない。幻灯の間で事情を話そう。王都にいる各大臣、関係者を呼んでくれ。深夜につき申し訳ないのだが、事態は急を要する」







 水の月23日、未明。


 オリバーの命で、ハンスは旧館に護送され、監禁。


 王宮の幻灯の間では、駆けつけた重臣たちと、オリバーの側近であるミルヴィウス、アロイス率いる魔法師団や王宮に残る騎士団が集められていた。


 幻灯の間の管理者であるフリッツが、部屋の中央に大きなモニターを準備した。


 時刻は午前4時を回っていた。


 アロイス伯爵は、魔法師団や近衛隊長たちに、今だ呼び出された内容で騒めく関係者の沈静化を命じる。


 オリバー殿下は、依然として悲嘆の色を顔に残し、彼らを前に立つ。


 フリッツが、悲しみに満ちた声で口を開いた。


「皆さま、大変心苦しいことではございますが、まずは先程起きた悲劇の瞬間をご覧ください」


 フリッツの合図で、廊下の監視結晶が捉えた録画記録が、幻灯の間の壁に大きく投影された。そこには、オリバー殿下とハンス殿下の激しい口論、そしてハンス殿下が狂気に駆られてオリバー殿下を突き飛ばす瞬間が、音とともに克明に映し出される。


 重臣たちは、ハンス殿下が狂気に駆られて犯行に及んだという、狂気に満ちた映像に、言葉を失う。


 オリバーは、投影が終わるのを見届けると、涙を拭い、声に力を込めた。


「ご覧の通りです。弟ハンスは、狂気の愛国心に駆られ、父上を殺めてしまった」


 オリバーは、悲劇の兄としての立場を確立し、重臣たちに語りかけた。


「しかし、これには重大な理由があります。父上……ニクラウス・クライノート・アイゼン陛下は、ルーミー神教蔓延る西方諸国へアイゼン王国を売り渡そうとしていたのです。その事実を知った弟は、それが八英雄の国の一つに決定的なダメージを与えようとする陰謀であると知り、愛国心から父上を殺めてしまったのです」


 重臣たちは、「そんなまさか!」「あり得るわけがない!」「陛下に限ってそんなはずは!」と阿鼻叫喚の声を上げた。


 そんな中、法務省(E.J.M. / エジェム)大臣のローベルト・マルモア伯爵が、混乱の中で重臣たちの激情を制するように、冷静に口を開いた。


「いつそのような話をハンス殿下とされたので?」


 オリバーは、ローベルト伯爵の質問を正面から受け止め、声に力を込めた。


「22時頃、ハンスが私の私室を訪れ、今まで世話になったことと、これからも宜しくお願いいたします、という感謝の意を込め、共に酒を酌み交わしました。その中で、酔いも回り、私はつい、〝父上の売国の噂〟について話してしまったのです」


 ローベルト・マルモア伯爵は、眉間に深い皺を刻み、オリバーの論理の飛躍を詰問した。


「なぜ、そのような調査を? 」


 オリバーは、悲嘆を装いつつ、冷静に続けた。


「私は父上の一部の決定や外交に、各所を通さず独断で決定している姿を偶然見受けてしまいました。父は何もなかったかのように振舞っておりましたが、その不自然な行動に違和感を抱き、極秘裏に調査を開始いたしました。その調査の中で、側近であるトーマス伯爵が、影でルーミー神教の間者とのやり取りをしていたこと。それを記したものなど、3年前あたりから続く書状を発見したのです。ミルヴィウス」

「はっ。こちらを」


 オリバーが指示をすると、ミルヴィウスは抱えていた資料を彼に手渡す。


「これが、その証拠となる資料です」


 ローベルトは、トーマスの共謀という事実に一瞬沈黙するが、その資料を受け取り目を通す。


 しばらくして、オリバーがローベルトに声をかける。


「ご確認いただけたか?」

「ええ。これだけで確証に至るわけにはいきませんが、少なくともこの資料に不備

 はございませんでした。後ほど我々も調査を行いたいと存じます」

「ええ、お任せします」

「ですが、常日頃から慈愛に満ちたハンス殿下です。これがあの凶行に繋がる理由になるとは想像し難い」

「それは……おそらく、酒のせいでしょう。お互い酩酊に近い状態でしたし」

「オリバー殿下も、ですか」

「ええ。このことについて話してしまったわけですし、今思えばなんという失態かと猛省しておりますよ。ただ、ハンスが息巻いて部屋を飛び出していったのを見て、私の酔いが冷めたと云いましょうか」

「なるほど……」

「どちらにせよ、弟を止められなかった責任は、私にあります」

「かしこまりました。この件については後ほどお伺いいたしますが、よろしいか?」

「ええ、勿論です。だが――」



 オリバーは、重臣たちに向き直り語りかける。


「先程の件もあります。現在の王国は無政府状態を許しません。私は、〝王位継承権筆頭〟として、国政を暫定的に執り行いたく存じます。そして、本日、この建国記念という祭日を生かし、国民に真実を告げたい」


 その堂々たるオリバーの圧倒的な迫力に、重臣たちは沈黙した。


 彼の暫定的な支配に、異議を唱える者は誰もいなかった。

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