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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第3章 傀儡ハ嗤ウ

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第27話 五日間の夜明け 中編

 水の月20日の夕刻。立太子式典を2日後に控えた王都エルンツ。


 かつての王宮「アルト・レジデンツ」。通称「旧館」


 現王宮完成以前の旧王族居住棟アルト・レジデンツであるその建物は、全く使われていなかったが、オリバー殿下が2年かけて人事を掌握し、“会員”を割り当て秘密裏に管理していた。


 そのため、現行の感知結界や監視結晶の死角が多く、警備が手薄になりがちという利点があった。


 この旧館は、西区の歓楽街を見下ろす、王都でも特に高い場所に位置していた。


 その旧館の一室が、現在、オリバー殿下を頂点とする一派の臨時指令室となっていた。卓上には、王都全体の魔導マナ供給網を示す精巧な立体地図が広げられている。


 オリバー殿下が窓辺に立ち、ミルヴィウスとアロイス、そしてフリッツ・ペルレ伯爵がその傍らに控える。


「ハンス殿下の様子はどうです?」


 ミルヴィウスが、アロイス・ベルンシュタイン伯爵に尋ねると、アロイスが恭しく頭を下げて答える。


「未だに深い昏睡状態です。極度のマナ欠乏状態から目覚めるのは、立太子当日の22日の夜か、その翌日になるでしょう」

「よろしい。ハンス殿下の肉体が保たれている限り、我々の時間稼ぎは成功しています。それで、“劇物”の様子は?」

「ハンナ魔法師団長とアルフォンス騎士団長は、シア殿の命令通り、兵力をまとめ、昨晩クプファー公爵領にむけて出撃いたしました。団長が不在の間、副団長の一人である私が、王都の魔法師団を束ねることになりました」

「彼らが王都を離れれば、実質的な抵抗勢力は排除されます」

「しかし、彼はすごいですね。親交の深いあの二人ですら、シアを本物のハンス殿下と思い込んでいた。まさかあれほどまでだとは思いもよりませんでした」アロイスが関心した。

「彼あっての今回の計画ですからね。それよりも――」


ミルヴィウスはアロイスとの会話を終わらせ、オリバーに視線を向ける。


「――予定通り順調ですね」

「そうだな」オリバーが応えた。

「このあとの予定としては、唄石の充填作業です」

「ああ、しっかりと頼む」

「おまかせを。では、アロイス殿」

「はい」


 ミルヴィウスは立体地図上の五ヵ所のエーテルリアクターがある外郭供給塔を指し示した。


鏡面ミラーの部隊は、すでに各目標地点に到達しているはずです。彼らに命じてください。供給ラインの回路変更を本日23時に開始、終了は23時30分です」

「かしこまりました」アロイスが短く応じた。


 





 水の月20日、23時。


 王都エルンツの外郭供給塔五ヵ所が、同時に停止した。


 その瞬間、王都全体を覆っていたマナの波動が途絶えた。王宮の照明は非常用リアクターにより瞬時に回復したが、王宮内の全ての電子時計が一時停止した。


 旧館であるアルト・レジデンツも、非常用リアクターの恩恵を与っているため、機器類への影響は希薄だった。


 オリバーは旧館の指令室から、窓の外を見た。


 王都西部の広大な歓楽街の灯りが、西側から東へと順に消えていった。


 遠くから響く人々の悲鳴と、魔導車マナビークルの衝突音らしき騒音が、闇を破って響き始めた。その騒乱は、王都が無防備な闇に覆われたこと、そして計画が次の段階に移行したことを示唆していた。


 オリバーが窓を開ける。その騒乱を視覚と聴覚で確認し、闇に沈む王都を眺めて静かにほくそ笑んだ。彼の脳裏には、高揚した思念が響き渡っていた。







 王都の地下深く、王宮魔導炉の管制室。アロイスは、王都の混乱に乗じ、対応と確認のためという理由と、魔法師団副団長という立場を利用して管制室に入室した。


 アロイスは、管制官たちの混乱を無視し、メインバルブを冷徹に操作する。ほんの数秒、王都全体を包む防御結界を意図的に停止させた。


 結界を再び作動させ、アロイスは管制官たちに「表は魔導炉管理担当のヨハネス・クライン男爵とインフラ技術班が対応に当たっているから安心せよ」と告げ、管制室を後にした。


 その後、魔法師団の指揮系統に戻り、停電の混乱対応へと向かった。


 この数秒の防御結界の停止が何のためであるか、彼に命令した者以外知る由はなかった。


 



 水の月20日、23時30分。


 オリバーとミルヴィウス、そしてフリッツが指令室に集っていた。


 フリッツが、ミルヴィウスに充填の完了を伝える。


「ミルヴィウス殿。各地点に配置された夜声からの報告で、【唄石】へのマナの充填は予定通り30分間で完了いたしました。王都のエネルギー供給も順次回復しております」

「結構ですね。成果は上々といったところでしょうか」


 ミルヴィウスは、卓上の立体地図を見つめながら応じた。


「そうですか?反響の詩(はんきょうのうた)の影響力としてはいかがなものですかね」フリッツが言った。

「問題ございません。反響のはんきょうのうたを影響率70パーセント以上で発動させるための代価は、30分間の充填で充分でございます。民衆の無意識に『揺らぎ』を与え、王族配信がもたらす『真実』を受け入れる下地を作るには、その70パーセントで結構でございますから」

「なるほど、そういうことですか」

「それに、グラナト女侯爵とプラーティン公爵は、既に昨晩、部隊を率いてクプファー公爵領へ向かわれております。彼らの任務は最低一週間を要するため、立太子への帰還は不可能。これで、水の月23日まで、我々の脅威となるものは、ほぼございません。オリバー殿下、全ての手はずが整いました」

「そうだな」


 オリバー殿下は、窓の外の夜の静寂を見つめていた。彼の瞳には、明日始まる最終段階への、揺るぎない確信が宿っていた。

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