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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第3章 傀儡ハ嗤ウ

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第24話 穢れた酒杯は暗珠を注ぐ

 ベル歴995年、水の月16日。王族配信の6日前の22時。


 王都エルンツ中央区の裏通りに、ひっそりとその店はある。表札すらない扉と、周囲と同じ無機質な灰色の外壁。地属性魔法で成形された街の建築群の中にあって、その店は通り過ぎる者の目に留まることはない。


 けれども、ドアノブに指をかけ、特定の回転角でひねる者のみが招き入れられる。


 クラフトビア専門酒場「メヒスメノス」。


 貴族にして魔術士。さらには広報局 (E.P.B. / エプブ)の局長という立場であるフリッツ・ペルレ伯爵が、趣味と実益を兼ねて設けたこの店は、表向きは静かな夜の嗜みの場。


 その店の奥、「暗珠の間」と呼ばれる密談用の個室では、結界が張られ、音も魔力も外へ漏れることはない。


 扉の外には侍女が二人、無言で控えていた。


 室内の卓を囲むのは三人の男たち。


 その一人、第一王子オリバーは、一般人の装いである黒のビジネススーツを纏いながらもわかる偉丈夫だ。そして薄紫色の鋭利な瞳に隠しきれない王族の威厳を滲ませていた。彼は背筋を伸ばし、組んだ手をテーブルに置きながら、冷静に場の空気と対面する人物を観察している。


 その隣に控え、卓を囲むのは黒衣の青年ミルヴィウス。肩口まで伸びたウェーブのかかった茶髪に、落ち着いた灰色のスーツを着用している。濃い青のネクタイが、理知的ながらもどこか秘密めいた雰囲気を醸し出す。彼はオリバー王子の側近であり、若くして政治学者の異端児と呼ばれる知の才を持つ。


 そして、第一王子と側近の対面に座るのは、この店の主、フリッツ・ペルレ伯爵。フレームのない眼鏡をかけ、青鈍色あおにびいろの髪を綺麗に撫でつけている。深い紺色のベルベット地のジャケットなど、貴族らしい上質な私服姿だ。彼は、オリバーの鋭い視線を受けながらも、口元には余裕のある笑みを浮かべている。グラスを片手に、魔術士としての知的さと、広報局局長としての腹の探り合いに慣れた老獪さを併せ持つ。


「……さて」


 グラスを指先でくるりと回しながら、オリバーが口を開いた。


「“収穫祭”の準備は整ったか?」


 フリッツはゆるやかにうなずくと、部屋の壁に施された隠し金庫の結界を解除し、中からいくつかの書類や図面を取り出す。その紙の束を卓上に滑らせた。


「はい。お言葉のとおり、“収穫祭”の手筈はすべて整っております」フリッツが言った。


 ミルヴィウスが、その紙の束の一部を手に取る。


「“本番”は水の月22日でございます。計画は、大別して六段階。順を追ってご報告いたします」


 ミルヴィウスが資料を指し示しながら説明をはじめる。オリバーは酒を一口含んだ。


「第一段階。第三王子ハンス・アイゼンの拉致監禁です。これは明日、水の月18日に完了いたします。完了後、ハンス第三王子は“彼”が演じます」

「第三王子を人質として確保することが、その後の我々の行動に『正当性』を与える。彼を生かしておく理由は、それだけだ」


 オリバーが冷酷に断じると、二名も静かに首肯し、続けてミルヴィウスが口を開く。


「次に第二段階です。抵抗要員、即ち“劇物”の排除と放送体制の掌握。放送体制の掌握は、情報広報局局長のフリッツ様によって既に完了済み。“劇物”の処理についてはトーマス・モントシュタイン情報局(E.I.B./エイブ)局長が病による自宅療養で退場済み。残るハンナ・グラナト魔法師団(E.M.C./エムク)団長とアルフォンス・プラーティン騎士団(E.R.G./エルグ)団長の二名は、本番の前日に国境付近で発生する我々の“会員”による人工的なスタンピードへの対応に当たらせ、現場に現れません」


 ミルヴィウスの説明のあと、フリッツが次の段階の説明を続ける。


「第三段階として、エーテルリアクター施設に工作員を忍ばせ、王都全域のマナエネルギーの供給を一時的に停止させる仕掛けを複数箇所へ配置済みです」

「当日は約30分間、王都全域でマナエネルギーの供給停止を起こします。これは混乱のためではなく、王都の外郭にあるマナエネルギー供給施設から別回路を介し、【唄石】六基すべてに純粋なマナを充填させる目的のためです」ミルヴィウスが補足した。

「23日に反響の詩(はんきょうのうた)の発動は可能か?」


 オリバーの問いにフリッツが僅かに眉をひそめる。


「それですが殿下、大規模な発動に必要な【唄石】。その代価は膨大ですが、さすがに30分ほどでは――」

「必ず30分だ。それ以上は延ばせん。充填を完了させねば、我々の方が疑われる要因になりかねん」

「……承知いたしました。必ずや成功させてみせましょう」


 オリバーの唇が歪む。冷酷な笑みだった。


「良し。混沌から秩序を導く、最初の一撃だ。期待している。次だ」


 オリバーはグラスを置き、背もたれに体を預けて言った。


「第四段階は“本番”当日。地下から侵入する部隊が、王の私室にある“鍵”を奪取します」ミルヴィウスが言った。

鏡面ミラーか。信用できるのか?」

「ええ。問題ございません」

「ならばよい。して、“鍵”の所在は?」

「北壁の隠し箱。暗号化された転送結界により封じられておりましたが、“例”の技術班が解析を完了させました」


 ミルヴィウスは手元の紙の束と、フリッツが取り出した図面を参照し、懐から【黒い印章】を取り出し、マナを注ぎ起動させた。卓上に、青白いホログラムの如き立体的な魔導図が形成される。


「これが、王宮内の侵入経路や監視結晶の配置をまとめた計画の図面です。こちらも“例”の技術班が解析済みです。このように王の私室は、地下通路、宴の間、幻灯の間……ありとあらゆる場所に、厳重ではありますが繋がっています」

「ほう……」


 ミルヴィウスが手で指し示すように説明を続ける。それを眺めるオリバーは、自身の知らない王宮の真実に、まるで舞台の主役を演じる者のような表情を浮かべた。


 第四段階の説明が終わり、オリバーは卓上に向けていた視線を2名に向ける。


「そして第五段階。“彼”が父……ニクラウス王を殺害する」


 二人の首肯を確認すると、オリバーが続ける。


「その後、ニクラウス王殺害の容疑をハンス王子に押し付ける」オリバーが続けた。

「幻灯の間からの配信に用いられる監視結晶の盲点も確保済みです。我々が選択した場面のみを、加工されない像として民に届けることができます。これについても、情報広報局エプブ局長であらせられる、フリッツ様のご協力があってのこと」

「流石だな、フリッツよ」

「いえ、私にできることをしたまでです、殿下」

「謙虚なやつめ」


 オリバーは、フリッツに向けて軽く笑みを向けると、次の瞬間に表情を引きしめ、話を続ける。


「……そして最終段階だ。翌日23日、建国記念日に緊急で王族配信を行う。これを利用し、反響の詩(はんきょうのうた)を発動させ、王族配信の効果で国民の思想変容を促し、私がこの国の玉座を奪する」


 王族配信の視聴は国民の義務に等しい。これをオリバーたちは最大限に利用しようという算段だ。


「はっ」


 オリバーの宣言に、二者の同意が重なった。


「最後に」と、ミルヴィウスが声を張り、オリバーとフリッツを見据える。


「ここまでに確認した全ての情報──動線、“会員”の動き、マナエネルギー供給停止のタイミング、【唄石】の充填状況、そして“鍵”の奪取経路。頭の中に、完全に焼き付いておりますね?」

「一分の狂いもない」オリバーが応じた。

「承知しております。この5日間、この図のままに動きます」フリッツが断言した。


 ミルヴィウスが2名の返事を確認すると、フリッツが出した書類や図面の紙の束、そして卓上にあった図面の媒体【黒い印章】を回収し、自身の魔法で瞬時に燃焼させ、完全に灰にした。


「ところで……王は?」


 灰を眺めつつ、オリバーが尋ねた。


「ニクラウス王の近衛巡回が増加しております。トーマスの病の影響もあるでしょうが、何らかの断片的な予感を抱き始めている様子です」ミルヴィウスが分析した。

「表にいる当てずっぽうのメイドたちもその一環か。まあ、愚鈍であることはありがたい」オリバーは鼻で笑う。「ならば、動揺を誘う噂を流せ。王宮の記録が外部に流出した、とでも」

「承知。夜声の情報操作員が、既に拡散の準備をしております」

「では、準備を。……抜かりなきよう」


 オリバーの言葉に、ミルヴィウスが頭を下げた。


 

 その後、しばらく談笑を続けていると、密室の扉の外に控えていたメイドがノックをした。


「時間のようだ」オリバーが立ち上がる。「今夜はここまでだ。“本番”はすぐだ……。すべてを変えるぞ」


 そう言い残し、オリバー、フリッツ、ミルヴィウスの順に、酒場の薄暗い廊下へと姿を消す。


 暗珠の間の扉が閉ざされると、室内は再び完全な静寂に支配された。誰も見ぬ場所で、計画は完了しつつあった。

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