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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第2章 風路ノ調ベ

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幕間 深淵の代弁者たち

 ベル歴995年、水の月12日、夜。 


 アイゼン王国王都エルンツ西区は、歓楽街が犇めく。


 夜の帳が降りれば、七色のマナランプが通りを煌々と照らし出し、誘惑的な歌声や喧騒が、夜空へと吸い込まれていく。酒と香水の匂いが混じり合い、通りを行き交う人々の熱気が、この街の生命力を物語っていた。


 その喧騒の真下、西区の地下深くには、闇に包まれた秘密の場所が存在した。


 表向きはアロイス・ベルンシュタイン伯爵家が運営する高級クラブ「夜想曲ノクターン」。


 しかし、その実態は、とある組織が運営する闇カジノ「深淵アビス」。


 薄暗い通路の奥、厳重に閉ざされた扉の向こうには、カジノの喧騒とは隔絶された静寂が広がっている。そこは、教団の幹部たちが密談を交わすための特別な部屋。中央には円卓が置かれ、その周りには黒いローブをまとった数人の影が座っていた。


 その中に、ひときわ目を引く二つの存在があった。長身の女魔法師、イゼラ。そして、その隣に立つ、寡黙な少年兵、ディス。彼らは組織の実行部隊「鏡面ミラー」のメンバーだ。


 部屋の奥には、一人の男が立っていた。王宮魔法師団(E.M.C. / エムク)の副団長の一人、アロイス・ベルンシュタイン伯爵。


 彼は、表の顔とは裏腹に、教団の重要な協力者である。


 そこに、漆黒のローブをまとったシアが、中央の円卓に静かに座っている。彼の隣には、彼と同様にローブを深く被った実行部隊――「鏡面ミラー」のメンバーが控える。部屋の空気は重く、交わされる言葉は、隠語と暗示に満ちていた。


「“収穫”の準備は順調か、イゼラ?」


 シアの声は感情を欠き、まるで底のない井戸のようだった。


 イゼラがローブのフードをわずかにずらし、冷ややかな瞳を覗かせる。


「ええ、〝声の裂け目(ヴォイス)〟によると、“土壌”は十分に耕されました。“種”はすでに蒔かれ、あとは“芽吹き”を待つばかりです。“刈り取り”は約束の時に」


 シアは頷き、静かに応じる。


「“太陽”は既に傾き、“月の輝き”が増し始めている。ディス。“黒い果実”は熟したか?」


 シアの質問にディスが初めて口を開く。


「“黒い果実”は、完璧に熟成を終えたよ。しかし、まだ自身の役割を理解してない」


 彼の声は幼いながらも、その内容は冷徹だった。


「結構。自覚の必要はない。我々の“役目”を果たせればそれでいい」


 シアは満足したように呟き、ゆっくりとアロイスに視線を向ける。


「ベルンシュタイン伯爵。“双生の星”は?」


 アロイスは、フッ、と笑う。


「“ふたつ星”は、それぞれ異なる軌道を辿っています。“第一の星”は陽光を浴び、民の期待を一身に集め。“第二の星”は暗闇の中を迷いながらも、真実の光を求めているようです」

「天秤はどちらに傾いているのかしら?」イゼラが口を挟んだ。

「現時点では、“第一の星”が優勢に見えるでしょう」アロイスは淡々と答えた。


 シアが立ち上がる。その動きは滑らかで、まるで影が形を変えたかのようだ。


「“空の摂理”は気まぐれだ。いつ“流れ星”が現れてもおかしくない。だが、全ては我々の計画通り。“第一の星”は“愚かな英雄”となる。そして、“第二の星”は“隠された道”を切り開く」

「“最終楽章”の準備は?」アロイスが問うた。

「“旋律”は既に紡がれている。あとは、“指揮者”が棒を振り下ろす時を待つのみ」


 シアはそう答え、鏡面ミラーとともに闇の中へとその姿を溶かしていく。


 部屋に残されたアロイスは、静かにグラスを傾けた。


 彼の脳裏には、オリバー王子とダミアン王子の二つの姿が交錯する。教団の最終目的のため、彼はどちらの「星」も手のひらの上で転がしているつもりだ。


「玉座に座るのは、我らが選んだ者」


 アロイスは衣服に包まれた肩口に触れ、独りごちた。その衣服に隠された肌には、とある〝紋章〟が刻まれている。決してヒトには見せられぬ紋章が。




 その時間ずっと、天井の片隅で、小さな蜘蛛が僅かに蠢いていたが、そのことを気にする者はいなかった。

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