第22話 全奏の誓い
ベル歴995年、水の月11日。王族配信より12日前。夕方。
ザフィア辺境伯領、アハート。修理屋「オスカー」内、自宅部分、ダイニング。
クロース家全員が食卓を囲み、着席している。
「レオ。久しぶりだな」オスヴァルトが言った。
「そう?俺が箱庭を拠点にしてから1ヶ月も経ってないと思うんだけど」
レオが苦笑しながら答えた。兄であるマルクスも、父オスヴァルトの発言に呆れ顔だ。
「いや、レオ。箱庭からいつでもここに来れるんだろ?ならば、むしろ毎日帰ってこ――」
「ところで母さん」
レオはオスヴァルトを無視して母であるエリーザに話しかけた。
オスヴァルトは、ガーーーン、とでも書いてあるかのような驚愕の表情を浮かべているが、エリーザもそんなオスヴァルトを無視して、レオに向けて優しく微笑みを向ける。
「なあに?」
「ルーカス様にお会いしたよ」
「あら、叔父様に?相変わらず元気だったかしら?」
「ああ、相変わらず元気だったよ」
「そう、それは良かったわ。ところで、レオ。あなたはドンクルハイツになにをしに行ったのかしら?」
「ああ。それについてみんなに話したいことがあるんだ」
レオは一度言葉を区切り、食卓に座る家族全員の顔を見渡す。オスヴァルトはまだ少し不満げな顔をしているが、マルクスとエリーザは真剣な眼差しでレオを見つめている。
「みんなには食事の後、箱庭に一緒に来てもらいたいんだ」
「箱庭に?話ならここでも出来そうだけど……ダメなのかしら?」エリーザが尋ねた。
「いや、まあ、話自体はここでも出来るんだけど、箱庭で話す方が都合がいいんだ」
「そうなの?」
エリーザの問いに、レオは短く頷いた。
「ああ」
マルクスは腕を組み、思案顔でレオを見る。
「箱庭で話すほどのこと、か。一体何があったんだい?」
「まあ、それは後程ってことで」
オスヴァルトはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げ、太ももを、パチン、と叩き、にやりと笑う。
「なるほどな!レオがそこまで言うなら、父さんが付き合ってやらないわけにはいかねえだろう!」
レオは、急にどうした?といった面持ちでオスヴァルトの言葉に苦笑いを浮かべる。
「あ、ああ。ありがとう」
食事が終わり、暫く談笑した後、レオが「よし」と言って、食卓の席から立ち上がる。右手から、時空属性魔法≪クロノボックス≫に収納されていた【ベルコネクト】が音もなく現れた。
レオが【ベルコネクト】に意識を集中させると、次の瞬間、レオの目の前に聖霊王であるベル・ラシルの紋章が描かれた魔法陣が淡く浮かび上がり、淡く輝きを放つ。その輝きの中から、ゆっくりとドアが姿を現す。
「それじゃあ、行こうか」
レオがドアを開き、家族を中へ促す。クロース家一同も、前回聖猫たちが滞在していた期間に何度か箱庭に訪れていたので慣れたものだ。
地下室のもう一つのドアをくぐると、相も変わらず、家事用魔導人形、パーラとポーロがお出迎え。
二体に先導されるように地下室の通路を抜け、階段を上った。
辿り着いた先は1階にある応接室。レオが一歩前に出て、パーラとポーロに「ありがとう」と言って、元の仕事に戻るよう伝えた後、応接室のドアを開ける。中に入ると、感応式のマナランプが反応し、部屋を明るく照らし出した。
レオが家族を応接室のソファへ促すと、どこからともなく蜘蛛のぬいぐるみのようななにかが、レオの頭に乗っかった。
「待ってたッチュ!」
「待たせたね、キュート」
レオと蜘蛛のぬいぐるみのようななにかのやり取りに、クロース家一同が軽く目を見開いた。
「キュート?」エリーザは首を傾げた。
「レオ。お前の頭の上のその……なんて言えばいいんだ?そうだな、蜘蛛?は一体何だ?」
エリーザに続き、オスヴァルトも疑問を投げ掛けると、レオはソファに腰掛けた家族に視線を向ける。
「ああ、この子はカドリー……様の分身体で、キュートっていうんだ」
「キュートッチュ!」
そう言って、前脚の一本を挙げているキュートにマルクスが「どうも」と頭を下げたあと、レオを見遣る。
「カドリー様って、あのカドリー様かい?」
「ああ。オスクネス様の眷属にして闇蜘蛛の大聖獣である、あのカドリー様だよ」
エリーザが顎に手を当てて考え込む。
「レオがドンクルハイツに行った目的はなんとなくわかったけど、なぜ、カドリー様の分身体……キュート様――」
「キュートでいいッチュ!」
「あ、はい。なぜ、キュートを連れてきたの?」
「うん、その話をするために、みんなをここに呼んだんだ」レオは少しだけ顔を引き締め、キュートに視線を移す。「キュート、例の人形を」
「了解ッチュ!」
キュートが左右の前脚を天井に向かって掲げると、その先に半径1メートル弱の漆黒の闇が浮かびあがる。その闇の円は、まるで空間に切り取られた虚空のように、あらゆる光を貪欲に吸い込んだ。
漆黒は揺らめき、底知れない深淵を覗かせ、家族の視線を釘付けにする。
やがて、その暗がりの中心から、微かな「ヒト」の輪郭が、まるで影絵のように浮かび上がり始めた。
影はゆっくりと、闇を纏いながら降下してくる。そして、そのシルエットが床に着地した瞬間、闇は音もなく弾けるように霧散した。
そこに立っていたのは、まごうことなき1人のヒト。
エリーザが目を見開く。
「お父様?」
エリーザが、驚愕の表情を浮かべるのも無理はない。その姿はまさしくアイゼン王国現国王である、ニクラウス・クライノート・アイゼンそのヒトそのものだったのだから。
「ちょっと、レオ?これはどういうことかしら?」
「いやあ、すごいよね?めっちゃそっくりだろ?俺も最初これ見ておどろ――」
いい笑顔で応えていたレオが、エリーザの冷気に当てられ、言葉が止まった。レオの額を一筋の汗が流れていく。
「どういうことか、説明しなさいって言っているのよ?」
「あ、はい、すいません。説明します」
レオは一度深呼吸をして、姿勢を正す。
「さっき俺がキュートに云った通り、これはキュートが作った、ニクラウス国王陛下の『人形』だよ」
マルクスが眉をひそめる。
「人形?しかし、まるで本物のヒトに見えるが……」
「そう。見た目も、声も、仕草も、完全にニクラウス国王陛下そのもの。魔力感知でも本物のヒトと区別がつかないほど精巧にできている」
レオは現れた人形に視線を向けた。人形は微動だにせず、ただそこに立っている。
「実は、ちょっと前、俺が陛下のもとへ訪れた際に、陛下から一滴の血をいただいたんだ。その情報を基に、キュートが自身の糸を使ってこの精巧な人形を創り上げてくれた」
レオは人形の顔を見上げ、続ける。
「人形の内部には、キュートの眷属である小さな蜘蛛が入っていて、そいつが神経のように張り巡らされている糸で人形を操っている。もちろん内臓まで精密に、切ればもちろん血も出る。司法解剖したってバレやしないと思う程さ。そして、声は、俺が作った変声の魔道具でニクラウス陛下の声を再現しているんだ。キュートの眷属が喋る声を、その魔道具を通して陛下の声として出せるようにしているんだ」
クロース家の面々が、レオの説明に感心するように息を呑んだ。
「ところでレオ。この人形を、なにに使うつもりなの?」エリーザが尋ねた。
「えっと、この人形は、あくまで何が起こるか分からない時のための保険であり、影武者としての役割を担うことになるものなんだ」
「ちょっと待て、レオ。お前は、王宮でなにかが起こるっていうのか?」オスヴァルトが怪訝な表情を浮かべた。
「さあ、どうだろう?」
「あん?ふざけてんのか?レオ」
「いや、違うんだ親父。正直云うとさ、まだわからない。っていうのが本音なんだよ」
「まだわからない、だと?だが、そう考えるきっかけがあったんだろ?話してみろ」
「ああ。もちろんだよ。そのためにここに来てもらったんだ」
そう言ってレオは、姿勢を正し、家族に真剣な表情を向けた。
先日ノワルから報告を受けた、オリバー第一王子に新しく側近が付いた、ということ。そして、その人物の政治的思想の危険性と、それに伴う陛下たちの見解について。オリバーたちの背後に八大罪のマオンの一柱である〝虚飾〟の影が見え隠れしているということ。もし何かを企んでいるならば、直近で行われる〝立太子〟の時が、もっとも可能性が高いのではないか、ということ。そして、それに伴う現在に至るまでのレオの行動と経緯を説明した。
一通り説明をしたあと、レオは改めて家族を見た。そんな家族全員の表情から伺えるのは〝悲しみと憤り〟である。
「レオ?なぜ、そんな大事なことを今まで黙っていたのかしら?」
「あ。いや、そのー……」
「たしかに、あなたは今や、聖霊の遣いでもある聖猫様たちを従える立場になった。それに、かつての英雄、ショウの記憶もあって、十分に頼りになることはわかっているわ。わたしたち家族に危険が及ばないように、って想ってくれていることもわかる。でもね――」
エリーザは一度言葉を切ってレオに真剣な眼差しを送り続ける。
「――あなたの家族は、そんなに頼りなく見えるのかしら?」
アイゼン王国において、エリーザ・アイゼンは魔法の天才として、その名を広く知られている。彼女の並外れた才能は、この国の誰もが認める確固たる事実だ。
魔法師団 (E.M.C. / エムク)の団長であるハンナ・グラナト女侯爵とは親友であり、二人は「アイゼン王国魔法界の双璧」と並び称される。その名はアイゼン王国に留まらず、多くの国々までも響き渡るほどだ。
さらに、その人柄から国民からの人気も非常に高く、結婚してエリーザ・クロースとなった今も、その人気は全く衰えていない。
もし、彼女の得意属性が闇であったならば、アイゼン王国史上初の〝女王〟が誕生していたのかもしれないと囁かれるほど、彼女の存在感は圧倒的だ。
そして、その圧倒的な美貌と、彼女が得意とする氷属性魔法から、「〝氷の美姫〟」という二つ名で、人々から畏敬の念を集めている。
エリーザの圧にレオがたじろいでいると、いつの間にか近づいていた父、オスヴァルトがレオの右肩を掴む。
「エリーザの云う通りだ、レオ。お前はいつから家族を庇えるほど偉くなったんだ?」
職人国家アイゼン王国において、父であるオスヴァルト・クロース侯爵は、この国の象徴の一人だ。
国から与えられた「〝匠聖〟」の称号を持つ彼は、その卓越した技術と知識で知られる。オスヴァルトの名はアイゼン王国のみならず、世界に轟くほどだ。
彼の技術は、知られざる八英雄の一人であり、アイゼン王国魔道具開発局(E.M.D.B. / エムドブ)の初代局長ノーマン・クロースをも凌ぐとまで云われている。
エリーザや魔法師団長のハンナほどではないが、魔法の扱いにも長けており、何より近接戦闘も得意というオールマイティぶりを発揮する。それに加えて、彼は魔道具のスペシャリスト。
「彼に採れない素材はない」とまで言わせるほどに、どんなに危険な場所へも単独で赴くほどの実力を持つ。まさに、アイゼン王国の職人魂を体現する存在として、広く尊敬を集めている。
ただ、エリーザとの婚約を発表した時だけは、そのあまりの釣り合いの取れた美男美女っぷりに、周囲からだいぶ妬まれたものだが。
オスヴァルトに続き、レオの左肩にも手が置かれる。見れば、マルクスがいつの間にか隣に立っていた。
「兄さんも……」
マルクスは父と母の言葉に呼応するように、静かに、だが確かな重みのある声で言う。
「レオ。僕たちは、お前の家族だ。そして、お前が考えているよりも、ずっと強いつもりだよ」
クロース家嫡男であるマルクス・クロースは、そんな〝氷の美姫〟と〝匠聖〟という二人の間に生まれたのだから、例に違わず優秀である。
彼は、冷静沈着で理知的な性格であり、幼い頃から常に模範的な存在であった。両親に似て優しく、甘いマスクの持ち主で、異性からは非常にモテる。
学生時代は常に主席を維持していたほど、座学も魔法の腕前も決して劣らず、特に戦略的な思考力と判断力においては、周囲の評価も高い。常に一歩引いて状況を観察し、的確な助言を与えることができる、クロース家の知的な柱だ。もちろん、父オスヴァルトから製作師としての技術も受け継いでいる。
3年前まで、グラナト家次女のカリーナ・グラナトという婚約者がいた。あの〝偽装死〟さえなければ、今頃は結婚していたことだろう。
だからこそ、カリーナと相思相愛だったマルクスとしては、より一層、〝虚飾〟という存在が許せないのだ。
因みに、当時のオスヴァルト的には、さっさとマルクスに跡を継がせて隠居したいと考えていたのは、家族の誰も知らない秘密だが。
「ああ。ごめん、みんな。俺だってみんなが頼りないだなんて、これっぽちも思っちゃいないんだ」
レオは、少し困ったように笑った。
「じゃあ、なんで頼らなかったの」
「頼らないつもりじゃなかったんだ。ただ、俺がショウの記憶を受け継いだ意味を。あの子たちが千年近く待っていた理由を。それの答え合わせが始まる気がしてさ」
レオが改めて真剣な顔を家族に向ける。その表情は、どこか確固たる覚悟を浮かべているようだ。まるで、遠い過去から受け継がれた使命を、今まさに果たそうとする英雄の顔つきだった。
「頼りたくないんじゃなく、確かめたかったんだ。今の自分になにが出来るのかを。だけど――」
レオは、言葉を切り、先程までの真剣な表情を緩め、温かい笑顔を浮かべる。その笑顔は、家族への深い信頼と愛情に満ちていた。
「――ある程度掴めてきたから、大丈夫。ここからは、みんなの力も必要だ」
その言葉に、オスヴァルトとエリーザ、そしてマルクスも、互いに顔を見合わせ、静かに頷き合う。レオが一人で背負い込もうとしていた重荷を、家族として分かち合う覚悟が彼らの瞳に宿った。
「これは3年前に奪われた、俺たち家族の〝居場所〟を取り戻す戦いだ。こればかりは、家族みんなの力で取り返さないとね」
レオの言葉に、クロース家全員の心が一つになる。応接室には、決意に満ちた静かな空気が満ちていた。




