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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第2章 風路ノ調ベ

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第16話 ドンクルハイツの二重奏

 ベル歴995年、水の月8日。王族配信15日前、昼。


 寝台列車「シャッテンツーク」の車内アナウンスが流れる。


『ご乗車ありがとうございました。まもなく終点ドンクルハイツです。お降りの際は車内にお忘れ物の無いよう、お手周り品にご注意ください。寝台列車「シャッテンツーク」をご利用くださいまして、ありがとうございました』


 列車はゆっくりとプラーティン公爵領の聖域防衛都市ドンクルハイツへと滑り込んだ。この都市は、ベル教の聖堂の一つ、ドンクルハイツ大聖堂を擁し、聖地巡礼の地として名高い。


 先代公爵にして元近衛騎士団長であるルーカス・プラーティンがこの地の代官兼騎士団長を務めている。彼が率いるドンクルハイツ騎士団は、その精強さゆえ、王都の近衛騎士団に匹敵するとまで言われていた。


 さらに、八大聖霊の一柱、闇の大聖霊オスクネスの聖域に近いこともあり、八英雄の国連合防衛組織、通称「E.N.A.D.O.(エナド)」所属の精鋭たちも、この地に駐屯し、厳重な警備体制を敷いている。


 その聖域防衛都市の駅に、寝台列車が到着した。


「お待ちしておりました、レオ様」

「来てたのかよ」


 列車から降りたレオの目の前に、ヒト化したノワル――ノイアー――が立っていた。


 いつもの王宮での事務官らしい整った服とは異なり、彼の身を包んでいたのは、動きやすさを重視した黒い装束だ。しなやかな革製の鎧が要所を覆い、腰には複数のポーチと、レオの父であるオスカーが制作した、黒曜石のような光沢を放つ大剣が背に負われている。その姿は、まるで任務を遂行するプロの戦士のようだった。


「その格好……ずいぶん気合が入ってるな」


 レオが素直な感想を口にすると、ノワルは淡々とした声で答える。


「わたくしは王付きの事務官を務めておりますが、本来の役目は戦闘支援、護衛任務でございます。ドンクルハイツ騎士団やエナドの監視の目もあるこの地で、スーツ姿のわたくしが、迂闊に動き回るわけにはいきませんので」

「まあ、そうだろうけど。で、その服はなんだ?コスプレか?」


 レオは面白そうに尋ねた。


「……これは、わたくしのハンター用装束でございます」


 ノワルの表情は微動だにしなかったが、言葉の端に僅かな抵抗の色が見て取れた。


「ハンター?お前、ハンターの資格なんて持ってんのか?」


 レオは驚いた。ノワルの能力からすれば当然あり得る話だが、王宮で事務官をしている姿か、〝執事服姿〟しか知らなかったため、そのギャップに目を丸くする。


「ええ。わたくしは特級ハンターの資格を保有しております。これは、この世界に八人しか存在しない最上位の等級でございます」


 この世界のハンターの資格は十級から始まり、級が上がるほど難易度が高くなる。二級の資格を持つレオからすれば、その最上位である〝特級〟の重みは計り知れない。


「特級……だと?マジかよ、お前。俺はせいぜい二級ハンターとして登録してる身だってのに」

「それはもう、わたくしは千年近くこの世界に存在しておりますからね」

「まあ、それもそうか。お前の実力なら納得というより、卑怯まであるがな」

「卑怯とはまた……、どの口がおっしゃっているので?」

「あー、すまん。軽い嫉妬だ気にするな」

「さようでございますか」

「まあ、そんなことより、この時点でのお前の合流は、俺が考えていた予定より早いんだが?」

「さようでございましたね。聖域に赴くまでは、アリバイ作りと情報収集が主な目的ですので、たしかに早すぎましたね。申し訳ございません。ですが、わたくしは必要とあらばいつでも猫となり、たとえヒト化した姿でも、この装束で隠密行動も可能でございます」

「ははっ、そりゃ頼もしいな」レオは楽しそうに笑う。「でもって、俺の迎えってことは、聖域まで一緒に来てくれるってことでいいんだな?王宮のほうはいいのか?」

「ええ、レオ様がおっしゃったとおり、問題ございませんでしたので。むしろ、道中、不測の事態が起こる可能性もございます。聖域までは厳重な警備を潜り抜ける必要がございますので、ご助力いたします」


 ノワルはそう言うと、背負った大剣に軽く触れる。その動作は、彼が普段見せる事務官の姿からは想像もつかない、静かな威圧感を放っていた。


「周囲からは〝暗黒騎士〟などと揶揄されることもございますが、この剣はわたくしの能力を最大限に活かすためのものです」


 その言葉に、レオは思わず吹き出す。


「ははっ、暗黒騎士か!たしかにその格好にその大剣じゃ、そう見えなくもないな。でも、親父がノワルの剣を作って知っていたが、お前がそれ使うってのは、なんか想像つかなかったよ」

「ご期待に沿えるよう、精進いたします」


 ノワルは真顔でそう返し、レオはさらに笑う。 だが、レオはハッと顔を上げた。


「待てよ、ノワル。さっき、特級ハンターが何人って言った?」

「この世界には、わたくしを含め八名でございます」

「お前ら聖猫の数といっしょじゃねぇか!」


 レオは思わず声を上げた。その事実に、単なる偶然では片付けられない何かの繋がりを感じ取っていた。


「……ていうか、ノワル。お前、その格好でその大剣背負ってたら目立ちすぎだろ」


 レオの指摘に、ノワルは一瞬だけ表情を固めたように見えたが、すぐにいつもの無表情に戻った。


「ご心配には及びません。状況に応じて、最適な行動を選択いたします」


 ノワルの言葉に、レオは苦笑する。


「まあ、そうか。わかったよ。よし、じゃあ一先ず、俺はハンターズギルドに行ってくる。お前は一旦どこかで待っていてくれ」


 レオは既に【誤認の眼鏡】をかけており、その顔は「リオン」としての表情を纏っていた。


「……レオ様お一人で、でございますか」


 ノワルの声にわずかな懸念が滲んだ。


「ああ。流石に特級ハンターであるお前が一緒だと、それこそギルド内で目立ちすぎるだろ。それに、俺は表向き〝リオン〟として活動しなきゃならないからな。ここで実績を残す必要があるんだ」


 ノワルはしばらく沈黙した後、小さく頷いた。


「かしこまりました。では、わたくしはレオ様の影に潜り込み、レオ様の安全を確保いたしましょう」

「なるほど、その手もあったか。助かる」


 レオがハンターズギルドへと向かうべく、駅から抜け出そうと一歩を踏み出す。この場で多少話し込んだおかげか、ノワルは周囲に人目がないことを確認し、監視結晶が捉えられない場所に向かうようレオを促した。


 ノワルの体が揺らぎ、地面に伸びるレオの影へと、まるで水が染み込むように吸い込まれていく。影が僅かに濃くなったかと思うと、そこにノワルの姿はもうなかった。


 レオは慣れたように、しかし苦笑しながら呟く。


「……本当に悪いことをしている気分だよ」


 ノワルはドンクルハイツの喧騒の中、最も確実な形でレオの傍らに潜り込んだのだった。






 ギルドで依頼任務の手続きを済ませた後、レオはレンタルしたピックアップトラック型の魔導車マナビークルを走らせ、ドンクルハイツから南に少し離れた場所にあるネーベルヴァルト森林へ向かった。


 目標は、そのネーベルヴァルト森林で大量発生している2級のトカゲ型魔獣〝コーラスゲッコ〟。その巣の掃討である。今まで何度か二級以上のハンターたちを送り込んで、ある程度の数は減らせているのだが、巣がまだ見つからず苦戦しているらしい。


 レオが森との境界線付近にマナトラックを止めた。


「ギルドで訊いたとおり、今日は俺たちだけみたいだな」


 辺りにレオが乗ってきた魔導車以外の乗り物は無く、森の中の気配を探っても、他のヒトの気配はない。


「ならば、わたくしも堂々と行動できますね」


 ノワルが影から出てきてヒト化する。


「ああ、そうだな。それじゃ、手伝ってもらおうかな」

「かしこまりました」


 レオが懐中時計を取り出す。


「今が14時か。陽が沈むまでには終わらせたいところだなあ」

「日を改めた方が宜しかったのでは?」

「まあ、一理あるが、目的は別だからなあ。さっさと終わらせたかったし。それに、季節は初夏だから陽が落ちるのも遅いだろ?いけるかなって思ったんだよ。どちらにしろコーラスゲッコの巣は大方地下で、陽の光も関係ないしな」


 レオとノワルは、静まり返ったネーベルヴァルト森林の奥へと足を踏み入れた。


 足元には湿った腐葉土が敷き詰められ、頭上は鬱蒼とした木々が陽光を遮っている。薄暗い森の中では、遠くから聞こえる鳥の鳴き声さえ、どこか不気味に響く。


「だいぶ近いかな」


 気配を察知したレオは腰の剣に手をやり、ノワルに視線を送った。


「さようでございますね」


 ノワルはレオの少し後ろを、音もなく歩いている。


 二人の言葉に応えるかのように、森の奥から低く、ざわめくような音が響いてきた。


 それは単体の声ではなく、まるで無数の小さな声が重なり合ったような、奇妙な〝合唱〟だった。


「来ますね、レオ様」

「ああ」


 二人の声と共に、前方から数体の影が茂みから現れた。


 それは、巨大なトカゲ…いや、ヤモリのような姿をしていた。


 体長3メートルほどの鈍い緑色の皮膚には、苔のような模様が浮き出ており、森林の暗がりに溶け込んでいる。彼らの特徴的なのは、喉元が袋状に膨らみ、そこから不気味な鳴き声が発せられていることだった。まさにコーラスゲッコ。


「〝雑音〟にしか聴こえないね」

「まったくでございます」


 レオは一気に加速し、先頭のコーラスゲッコに向かって斬りかかる。素早い動きで回避しようとする魔獣の側面を狙い、一閃。重い手応えと共に、コーラスゲッコは鈍い音を立てて倒れた。


 その間に、残りのコーラスゲッコたちがレオを取り囲むように散開する。数は全部で五体。同時に、彼らの喉元の袋がさらに膨らみ、耳障りな甲高い鳴き声が森に響き渡った。


 その鳴き声で仲間を呼び、群れでの行動を基本としている。


 ノワルが冷静に分析しながら、右手の指先を軽く動かす。ノワルの指先から、黒い波動が放たれた。それはコーラスゲッコの足元に触れると、鎖のように連鎖し、魔獣の動きを鈍らせる。第四位階闇属性攻撃魔法≪レイスブル≫だ。


 バランスを崩した魔獣が倒れ込む隙を突き、レオが素早く追撃する。


 レオとノワルの連携により、一体、また一体とコーラスゲッコが沈黙していく。しかし、倒しても倒しても、どこからともなく新たな声が聞こえてくる。


「キリがないな。巣はどこかな?」


 レオは戦いながらも辺りを見回し、周囲の地形を注意深く観察する。コーラスゲッコが現れる頻度や方向から、最も可能性の高い場所を探っていた。


 ノワルはレオの意図を察したように、周囲の木々の間や岩陰に視線を走らせる。


「こちらの方向から、魔力の反応が最も強く感じられます。どうやら地下に巣があるようです」


 ノワルが指差したのは、木々が一段と鬱蒼と茂り、地面が僅かに盛り上がっている場所だった。表面には苔むした巨大な岩が転がり、その隙間からかすかに湿った空気が漂っている。


「やっぱり地下だったな」

「さようでございますね」

「じゃ、さっさと終わらせますか」

「御意」


 レオはノワルと共に、次々と襲い来るコーラスゲッコを屠りながら、その場所へと向かった。コーラスゲッコの鳴き声は、そこへ近づくにつれて、ますます大きくなっていった。






 数時間後。ドンクルハイツ市街地。


 レオたちが戻ってきた時には、陽は完全に沈み、ドンクルハイツの街並みから温かな灯りが零れていた。


 なんとか依頼を片付けたレオは、ハンターズギルドに報告した。予想以上の早さでの解決に、ギルドの職員たちは驚きつつも、深々と頭を下げて感謝を伝えられた。


 本日の宿、ホテル「デア・モントシャイン」に着いたレオは、予約していたシングルルームの鍵を閉めて、ベッドに腰を下ろす。【誤認の眼鏡】を、ベットに備え付けられた棚に置いた。


 直後、レオの足元の影が揺らぎ、漆黒の毛並みを持つ一匹の黒猫が姿を現した。


「お疲れ様でございました、レオ様」

「お前もな。今日は助かったよ」


 ノワルは尻尾を揺らしながら、わずかに首を傾げる。


「いえ、そうおっしゃっていただけると光栄でございます」


 ノワルはいつもの涼やかな声でそう答える。レオは小さく笑い、本題に入った。


「さて、明日だが、いよいよ聖域へ向かう。ギルドでの実績は作ったし、これで表向きの目的は果たしたからな」

「かしこまりました。ご存じかと思いますが、聖域は第五門を抜けた先に存在いたします」

「ああ、そうだな。第五門の先の状況を把握するためにも、お前の目を通し、箱庭を経由して聖域へ向かう。それが一番確実な方法だとおもうんだ」


 レオの提案に、ノワルはまっすぐにレオを見つめた。


「はい。わたくしは聖域への出入りをオスクネス様に許可されておりますので、第五門の先の聖域入口の状況を、レオ様と共有視覚を通じて詳細にお伝えできます。ご提案の通り、この部屋からわたくしの目を通して箱庭を経由し、直接聖域へと来ていただきましょう。そうすれば、外部の警備網に触れることもございませんしね」


 ノワルの言葉に、レオは納得したように頷く。


「そうだな、頼む。カドリー様の許可も取っておいてくれ」

「かしこまりました、おまかせを」


 ノワルの揺るぎない眼差しに、レオは改めて頷いた。


「ああ。よろしく」

「明日、夜明け前には出発いたしましょうか」

「そうだな。早朝の方が人目も少ないだろう。頼むぞ、ノワル」

「仰せのままに」


 ノワルは静かに頷いた。

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