第15話 疑念への遁走曲
ベル歴995年、水の月7日。王族配信の16日前。
シュタイン宮殿。
第一王子オリバーが、自室へと続く廊下をやや乱暴な足取りで歩く。最近側近となったミルヴィウスがそれに従うようについていく。
「ミルヴィウスよ。貴様はどう思う」オリバーが言った。
「どう、とは?」
「明日から就くという新たなメイドだ。“収穫祭”まであと少しというところだというのに」
「常に同行させろ、でしたか。明らかにオリバー殿下……、いえ、私を警戒してのことでしょう」
「警戒、か。父上も随分とわかりやすいことをする」オリバーは鼻で笑った。「だが、なぜ今更?ミルヴィウスが来てからもそうだが、これまで私の動きに、父上が介入するような素振りは見せなかったはずだが」
「そこが不可解な点です。このタイミングで、しかも得体の知れないメイドを送り込む。何らかの意図があるのは明白。おそらく、我々の行動を探る目的でしょう」
ミルヴィウスは冷静に分析した。
「探る、か。ならば、どうする」
オリバーはミルヴィウスに視線を向けた。
「まずは彼女たちの素性を徹底的に洗うべきです。出自、来歴、王宮に来るまでの経緯。何一つ見落としてはなりません。そして、彼女たちが殿下や私の周辺で不審な動きを見せれば、即座に対応を」ミルヴィウスの目が冷たく光る。「ただし、決して露骨な真似はせぬよう。こちらの動きを悟られては元も子もありませんから」
「ふむ……。面倒なことだ。だが、貴様の言う通り、そうもしていられぬか」
オリバーは近くに監視結晶のない廊下の窓から外の庭を眺めた。
「しかし、嫌なことばかりでもない。父上の側近であるトーマスが、大病を患ったと訊く」
「ええ。ニクラウス王の側近中の側近であり、諜報部のトップでもある彼が自ら退場してくれましたからね。多少計画に変更は出ますが。一番厄介とされていた“影”が消えたのです。むしろ良い方向に傾いた、と云っていいでしょう」
「ならば、新たなメイドも父上の苦肉の策、とも取れんでもないのか」
「ええ、おそらくは。今更計画を大きく変更出来はしませんし、彼女たちが何者であろうと、もはや、止まるわけにはまいりません」
「……そうだな」
そう言ってオリバーはミルヴィウスを伴い、私室へ向かって再び歩き始めた。
一方、箱庭。
レオが箱庭の屋敷にある工房兼研究室から出てきた。
「お疲れ様でございます」
「わあっ!……ってなんだ、ノワルか」
ドアから出たところにノワルがヒト化した姿で立っていて、いきなり声をかけられたレオが、若干慌てた。
「おや?普段のレオ様でしたら、わたくしの気配ごとき、お気付きになられますのに」
「ん?いやまあ、今日はいつも以上に集中していたからな。終わって、気が抜けてたわ」
「さようでございますか。では、全て整った、と」
「あくまで、現段階で、だな」
屋敷の二階にある自室へ向かおうと歩き始めたレオに、付き従うようにノワルもまた歩き始める。レオは現段階での進捗に、苦笑いを浮かべるが、その表情には僅かな自信が見て取れた。
「それで?王宮の様子は?」
「手筈通り整っております」
「シャルルとルジュは無事オリバー殿下の側仕えになれたってことね」
「さようでございます」
「他の子たちは?」
「そちらも手筈通りでございます」
「そうか」
自室に辿り着くとノワルがドア開けてくれる。そんなことしなくていいよ、と言ってはいるのだが、どうにもやめてくれそうにない。レオは既に諦め、最近では慣れてきてまでいる。
元々貴族の生まれということもあり、特に違和感はないのであった。
レオは、ありがとう、と言って部屋に入る。ノワルも続くようにレオの自室へ入室した。
「レオ様はこれからいかがされるので?」
「ああ。俺はこれで……」
レオは自室の机に置いてあった〝眼鏡〟を手に取った。
「それは……、かつてノーマン様が作られた〝誤認の眼鏡〟ですか」
「そ。俺が外でハンターとして活動出来るよう、親父に云って借りているんだ」
「なるほど。動きやすいように、でございますか」
「今後、表の行動は〝リオン〟として動く。そのためにも、〝二級ハンター〟リオンとしての活動記録を残しておきたいんだ」
「アリバイ的なものですか?」
「その言い方……、なんか、俺が悪いことしてるみたいじゃん」
「今回のお相手は王族でございます。違うので?」
「いや、まあ、そりゃそうなんだけれども」
「それで、どちらまで行かれるので?」
「一応オスクネス様の聖域だな」
「聖域へ?」
ノワルが僅かに片眉を上げた。
「そうだ。と云ってもまあ、オスクネス様に用事というより、カドリー様に頼みがあってね」
「カドリー様にですか」
カドリーは、闇の大聖霊オスクネスの眷属であり、アラネアの進化系のアラネア・ソンブルという巨大な蜘蛛型の大聖獣だ。
「ああ。とりあえずドンクルハイツまでは俺一人で行くよ。その後、聖域までの道すがら、ノワル、お前を召喚したいんだが。……手伝ってくれるか?」
「当然でございます。聖域とあらばわたくしの領域でもございます。ただ、その日に何かしらの問題が起きなければよいのですが……」
「マナトレインのチケットは買ってあるんだよ。今日これからの便だ。寝台列車ってやつ。到着予定は明日の12時。そん時に念話するから、問題が無ければ召喚するよ」
「かしこまりました。ですが、問題があった場合は如何されるので」
「俺がカドリー様に会うことは決定事項だ。今回の件の要だからな。よっぽどの問題じゃない限り、聖域には俺1人でも行くさ。俺が聖猫の新たな主であることを、カドリー様はもちろん知っているんだろ?」
「さようでございますね」
「なら最悪、ノワルが居なくてもなんとかなるだろ」
レオはそう言って微笑んで見せたが、ノワルの気持ちはなぜか、若干の寂しさを覚えた。
レオと主従の契約を結び、この約千年間近く芽生えなかった感情、謂わば〝飼い主への愛〟のようなものが湧き出てきた。
おそらくそれはかつて、ショウに向けていたもの。ノワルはそう理解した。
だがノワルはその感情の起伏少ない表情で、誤魔化す。
「さようですか」
ノワルの声は、いつものように淡々としている。しかし、その瞳の奥には、かすかな揺らぎが見て取れた。
そんなノワルの微かな変化を、レオは見逃さない。
「おいおい、ノワル。なんだその顔。もしかして俺が、ノワルが居なくても大丈夫、って言ったから、拗ねてんのか?」
レオがからかうように言うと、ノワルは僅かに目を見開く。その感情の薄い表情に、ほんのわずかだが、動揺の色がよぎったように見えた。
「いいか、ノワル。俺だって出来る限りノワルに来て欲しいんだよ。なにも問題が起きない方がいい。なんせ、聖域までのルートはドンクルハイツの騎士団とエナド(八英雄の国連合防衛組織)が厳重に警備、警戒しているからな。そこをノワルが猫で行ってくれりゃ楽だし、どうせ聖域までの接続紋もあるんだろ?」
「……ええ、お察しの通りでございます」
ノワルは少し間を置いて答えた。その声には、先ほどのわずかな動揺はもう見られない。
「やっぱりね。まあ、なによりも、俺一人で行くよりノワルが一緒に居てくれたほうが、よっぽど心強いからな」
レオが笑顔を見せる。彼の言葉は、ノワルの心にじんわりと温かさを広げた。
「それにな、他の子たちもいるんだ、その心配は杞憂で終わるさ」
「さよう……でございますね」
ノワルは、ようやく心から納得したように頷いた。その口元には、ごく微かな笑みが浮かんでいるように見えた。




