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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第1章 追懐ニ啼ク

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第12話 黎明の合図

 995年、風の月44日。 


 バーディア王都北部、トゥインクディーヌ市国内、大聖堂。


「あっ、クラルテ様!」


 聖女であるシルビアが白猫を見つけ、声を掛けた。


「ん?……なんだ、シルビアか」クラルテが言った。

「もうっ!なんだとは冷たいですよ、なんだとは!二週間ぶりなんですよ!?随分お顔を見せていませんでしたけど、どちらに行ってらっしゃったんですかっ!?」


 その美しく碧い瞳でクラルテを睨みつけ、頬を膨らまし、拗ねるように訴えるシルビア。だが、クラルテは気にする素振りも見せない。


「あー、そんなに経ってたのかあ」

「全然答えてくれないんですね!」


 1年360日。ひと月45日の8ヶ月。1週間は8日。


 シルビアのツッコミを無視し、クラルテは大聖堂を十六日間も空けていたことに驚く。


 二週間前にレオと出会い、一悶着ありはしたものの、八匹の聖猫せいびょうは、レオと主従の契りをかわした。


 その後、新たな主人であるレオの自宅に招かれると、レオの母親であるエリーザが、ご馳走を用意して待っていた。まるで、全ての猫が来ることを予想していたかのように。


 クラルテはそのまま2週間、クロース家に滞在していたのだ。あっという間の二週間だった、と改めて感じた。


 クラルテがシルビアの前でヒト化する。目の前に急に現れた白髪はくはつ美少女に驚くシルビア。


「ひ、久しぶりに見ましたわ、そのお姿」

「ん?そうだったか?」

「そうですよ。体術の修業が終わった後、聖霊祭以外では、猫のお姿でしかお会いしておりませんもの」

「おー、そういやそうだったな」

「それで?急にヒトのお姿になられて、いかがされたのですか?」


 クラルテは、シルビアに向かい、くくっ、と押し殺すように笑うと、一瞬にして、自身の前腕に豪奢な意匠の籠手、更に脛に同じく豪奢な意匠の脛当てを装着した。


「じゃじゃ~ん♪どうだっ!?」

「なっ!なんですかその装備は!?それに今、なにをされたんですか!?」シルビアが驚いた。

「これだぜ!」


 クラルテが髪をかきあげ、右耳をシルビアにみせる。直径3ミリ程度の白くて丸いピアスがみえた。


「それは?」

「ふっ。レオが作った、次元収納アイテムだ!このピアスに、物の情報をマナに乗せながら軽く注入すると、収納アイテム内のモノを出し入れすることが出来るんだよ。しかも、出したい場所に出せる優れもの!この通り、一瞬にして装備も可能だ!」

「凄い……!ってその前に、そのレオとは誰ですの!?」

「おいおい、シルビア。察しがワリぃなあ。レオはオレの真の主だろ?云ってなかったっけ?」

「おっしゃっていません!訊いても教えてくれなかったじゃないですか!」

「あれ?そうだったっけ?まあ、いっか」

「よくありませんよ!もうっ」


 真の主という話が出た時、実際にクラルテは興味無さそうにしていたし、箱庭に行く際も、誰になにも云わず向かったのだ。シルビアが知る由もない。


「それで?その装備もそのレオ様という御方が?」シルビアが言った。

「これは、父ちゃんに作ってもらったんだぜ」

「と、父ちゃん?クラルテ様に、お父様なんていらっしゃいましたっけ!?」

「レオの父ちゃんだから、オレの父ちゃんなんだぜ!」


〝あなたたちは、レオの家族なんでしょ?だったら、わたしたちの家族ね〟


 エリーザがそう言って、本当の親だと思って接してほしいと云ってきたのだ。オスヴァルトも同様だった。


 それならおばあちゃんじゃ、と言い掛けた時、エリーザから強烈な冷気が飛んできたので、口を噤んだのだが。


「もう、よく分からなくなってきましたわ。クラルテ様が真の主とおっしゃるそのレオ様とは、一体何者なのです?」

「ん?ああ。レオ・クロース。アイゼン王国クロース侯爵家の次男坊だ」

「クロース家!?では、そのレオ様のお父様ということは、まさかオスヴァルト・クロース様ということですか?」

「お?知ってんのか?」

「当り前ですよ!八英雄の国屈指の魔道具師の家系で、当代のオスヴァルト様は〝匠聖しょうせい〟の二つ名を賜っています!初代のノーマン様をも凌ぐ技量と、国をまたいでの噂となっておりましたよ!」

「へー。ノーマンを凌ぐのかあ。父ちゃんすげえんだな」クラルテは心底感心したように言った。

「知らなかったんですの?」

「ん?まあ、興味なかったから?」

「まったく。もっと他の国にも興味を持ってほしいですわ」

「うるせえよ。オレの勝手だろうが」


 シルビアは、顎に右手のヒト差し指をあて、上を見る。


「それにしてもおかしいですわね。当代のクロース家は3年前に、〝アイゼン王国北部の国境付近で、一家全員事故死した〟と伺っていましたけど」

「あー、それは、レオを守るための偽装だったらしいぞ。3年前の〝虚飾の脱獄〟は、シルビアも知ってんだろ?」

「はい」

「そのことがきっかけで、各国が厳戒態勢をとったわけだが、まだ聖猫の真の主として覚醒していなかったレオの存在を伏せるためってのもあったらしい」

「そうだったのですね」

「それに、最近になって、どうもアイゼン国内はきな臭くなってきているらしいからな。虚飾がまだアイゼン国内に潜伏しているのではないかって予想だ」

「あちらの聖猫、ノワル様が?」

「ああ」

「なるほど。アイゼンが心配ですね……」シルビアが腕を組んで、俯き加減に唸ったが、すぐに顔を上げ、笑みを見せる。「でも、よかった。クロース家がご無事とあれば、王妃様もお喜びになられますわね」

「リンジーが?なんでだ?」クラルテが首を傾げる。

「バーディアにも興味ないんですの!?もうっ!もうちょっと興味を持ってください!」クラルテに対し、鼻息荒くヒト差し指を立てる。「いいですか!?バーディア王妃であられるリンジー様は、元アイゼン王国第二王女です!」

「それが?」

「それがって……」シルビアは愕然と肩を落としたが、気を取り直してクラルテを見据える。「いいですか!?アイゼン王国のオスヴァルト様の奥方であるエリーザ様は、元アイゼン王国第一王女で、リンジー様の実の姉ですよ!」

「なんだってーっ!?」

「本当に知らなかったんですね!?」

「ああ。どおりで……」クラルテから汗が一筋流れる。

「どおりで?」

「母ちゃんから、リンジーに似たような〝におい〟を感じたんだよなあ」

「さすがに気付いてほしかったですわ」


 エリーザ様がお母様なんですね、と言いつつ、シルビアは呆れるように俯きながら、かぶりを振り、はたと顔を上げる。


「それにしても、虚飾がまだアイゼン内にいる可能性ですか。とっくに西方にでも逃げたのかと思っておりましたが……」シルビアが言った。

「一応、今んとこ、国境の結界にソレらしいマナが引っ掛かった感じがねえみたいらしいからな」

「そうなのですね」

「どちらにしろ、各国厳戒態勢は変わらねえ。アーヴィン坊ちゃんにも云っておくが、お前も油断するなよ?シルビア」

「……はい。もちろんですわ」


 自分は二週間もいなかったくせに、という言葉は呑み込み、シルビアは頷いた。


「とりあえず、アイゼンの件が片付くまで、クロース家について、リンジーには黙ってろ。アーヴィンが云っちまってるかもしれねえがな」

「かしこまりました」

「まあ、こちら側にも、新たに強大な戦力が加わったからな。逆に楽しみ、まである」

「強大な戦力……ですか?たしかにクロース家の皆様が協力してくれるのならありがたいですが、そこまでですか?」

「ああ。レオが味方なら心強いぜ」

「レオ様とは、そこまで凄い御方なんですの?」

「まあ、会えばわかるさ。いずれここにも来るだろうから」


 二週間前を恥ずかしく感じつつも思い出し、クラルテはレオとの戦闘を振り返った。自身も魔法は移動以外に使わなかったが、レオも軽い結界魔法しか使っていなかったのだ。あれでまだ、〝加護無し〟だというのだから、末恐ろしい。


 クラルテが妖艶な笑みを浮かべ、シルビアを見る。


「レオは、お前と同じ18歳だぞ?よかったな」

「クラルテ様は、なにをおっしゃっているんですか?わたしは聖職者ですよ?」


 珍しく、シルビアが据わった目をクラルテに向ける。


「はっはっはっ!そうだったな!そいつは残念だ!」

「んもうっ!からかわないでくださいよ!」


 覚悟はとうに決めております!などと言って、シルビアが憤慨していた。


 クラルテは思う。世界こちらの都合で、聖女という役割を与えられてしまっているのだ。聖女は〝特殊な性質〟上、通常のヒュマーノ族に比べ、寿命が非常に長くなる。クラルテは傍にいられるだろうが、知った者に先立たれるのは存外辛いものだ。


 だが、レオがこの世界を変えてくれるのでは、と期待しているクラルテ。代々の聖女たちの分も、シルビアには幸せになってほしいと考えている。


「まあ、冗談ではないんだけどな」


 その相手が別にレオじゃなくても、とシルビアには聴こえない程度の声で呟いた。









 箱庭の屋敷。


 裏庭を臨む二階のバルコニーの手摺てすりに手を掛け、レオはひとり、ここ二週間の出来事を振り返る。


 なぜか全聖猫と主従の契りをかわすことになり、猫たちはレオの新たな家族となった。


 母であるエリーザは、分かっていたかの如く猫たちを歓迎し、父であるオスヴァルトは、レオの兄であるマルクスとともに、猫たちがヒト化した際の装備を製作した。


〝匠聖〟の二つ名を持つオスヴァルトの装備となれば、誰もが喉から手が出るほどに求めるものだ。


 そんな匠聖が、装備を「家族だからな」という理由で作ることにしたのだ。


 レオは若干呆れたが、まあ、いいか、と自身も猫たちのために、箱庭の工房で時空属性を付与した別のアイテムを製作した。


 出来上がるまで、二週間掛かった……。いや、むしろ二週間程度でよく出来たと言えるのだが。




 猫たちと主従の契りをかわし、レオと猫との間で、幾つか出来るようになったことがある。


 念話、猫の目の共有、召喚の三つだ。


 まずは念話。猫たちとレオとの間で念話が出来るようになり、距離を問わず会話が出来るようになった。


 次に猫の目の共有。これは、指定した猫が見ている景色を、レオが共有出来ることだ。それにより、索敵や箱庭から移動する際の、情報の幅が広がった。


 最後に召喚だ。レオの呼びかけによって、距離を問わず猫たちを召喚出来るようになった。


 なので、製作している間は、猫たちに自国へ戻っていいと伝えていたのだが、ノワル以外の猫たちは、なぜか2週間丸々滞在したのだった。




 バルコニーの手摺から、上半身を乗り出させ、裏庭の飾り小屋を見下ろし、レオは笑みを浮かべる。常春の風がレオの髪を撫でた。


 レオとしては始め、聖猫たちと主従の契りをかわすつもりはなかった。


 本来の主であるショウが亡くなり、その後、約千年という長い時を、各八英雄の国とともに歩んできたのだ。


 今更、真の主、などというわけの分からないものに囚われてほしくないと、2週間前のレオは全ての猫に向かって告げたのだ。


 だが、聖猫たちが出した答えは、全員レオと主従の契りをかわす、での落着らくちゃくだった。


 なぜ?とは思ったが、深くは追求せず、時世が時世だけに、今まで通り各国での役割を果たしてほしい、とお願いした。そして、代わりに、とレオは猫たちに約束した。


〝俺は箱庭で暮らすから、いつでも遊びにこい〟と。


 半年ほど前に、レオは成人した。先日には、ショウの記憶を得て、マナの制御にも困ることがなくなった。クロース家は兄のマルクスが継ぐということもあり、レオは改めて自身の独立を考えたのだ。


 箱庭を拠点とし、世界を周る。これが、レオの新たな目標になった。


 だが、憂いもある。


 アイゼン王国、いや、世界を脅かすかもしれない、八大罪のマオンの存在。


 そして、五年後に行われる、千年封、張り替えの儀。


 レオは手摺に肘を載せ、頬杖を突く。


「まずは、アイゼンかな」


 独りつぶやくと、下の方で、何かが動いた感じがした。レオがまた、手摺から上半身を乗り出し、下を覗く。


 アイゼンの意匠を施した飾り小屋からその何かが出てくる。ノワルだ。


 バルコニーにいるレオに気付いたノワルが、下からバルコニーの手摺に向かって跳ね上がり、見事に着地する。


「レオ様」

「よお、ノワル。どうした?」

「シュタール宮殿で動きがございました」


 アイゼン王国王都「エルンツ」。王都中央、各省庁に囲まれて聳え立つシュタール宮殿は、王族の住居である。


「動き?」

「ええ。王家嫡男でございます、第一王子のオリバー様が、新しい側近を迎え入れたのでございます」

「それがなにか問題あるのか?」

「ええ、実は――」


 ノワルは表情を変えず、静かに、しかし断定的に告げる。レオは手摺から手を離し、静かに目を閉じた。


 目の前を吹き抜ける常春の風が、次なる戦いの始まりを告げる、黎明の合図のように感じられた。







 第1章 追懐ニ啼ク ―完―

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