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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
第1章 追懐ニ啼ク

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第10話 箱庭と猫 ―織焔―

 目の前は暗闇。顔に覆い被さっている物体の後ろ側――おそらく背中側の首根っこであろう部位を、レオは右手で掴んで引き剝がした。


 首根っこを掴まれている三毛猫と目が合った。


「ルジュか」

「そうっス!!ルジュっス!!名前を知っているなんて、流石マスターっスね!!」


 大きな声の圧迫感に、レオは思わず顔を反らした。


 マスターってなんだよ、と呟き、そっと床にルジュを降ろしながら応える。


「そりゃまあ。名付け親だし?」

「えっ!!?そうなんスか!!?ボクの名付け親は〝ショウ〟とかっていうヒトだったと訊いているんスけど!!」

「あー、まあ、それは――」

「その男がショウよ。ルジュ」


 レオの言葉を遮るように、落ち着いた女性の声が割って入ってきた。レオが声の聞こえた方に目を向ける。そこにはどこか冷ややかさを漂わせている灰猫がいて、静々と近付いてきていた。


 レオは小さく、シャルル、と呟いた。


「あ!!シャルルっち!!来てたんスね!!」

「ええ、さっきね」

「このヒトがショウっていうヒトなんスか!?でも、このヒト、ボクが知っているヒトと見た目が全然違うっスよ!?」

「相変わらずうるさいわね、あなたは。もう少し静かに出来ないのかしら、ったく。ルジュ、あなたのところにも大聖獣様がいらしたんでしょ?話を訊いていなかったのかしら?」

「えっ!?マスターが現れたって話っスよね!?アードル様から教えてもらったっスよ!」

「マスターって……。ええ、そうよ、その話。でも、その話は他に説明もあったわよね?ちゃんと訊いていたの?」

「ん?」


 三毛猫――ルジュが、うーーーん、と天井を見上げて唸る。その姿を見て、シャルルが、はあ、と息を吐く。


「その顔は……、全然覚えていなさそうね。いい?大聖獣様がおっしゃっていたのは――」

「ちょっと待ったー!でございますわー!!」


 シャルルの言葉を遮り、間違ったお嬢様、みたいな声が響いた。


 声がした方向は、玄関ホールの上部だ。玄関ホールの天井からシャンデリアが吊るされている。そのシャンデリアの上に、声の主である長毛猫がいた。その場にいる全ての視線が声の主へ向けられる。


 今度はリゼか、とレオは片方の口角を上げ苦笑した。


「その話の続きは、ワタクシがいたしますわ!!」

「なんでよっ」

「お嬢!!よろしくお願いするっス!!」

「だから、なんでよっ!」


 長毛猫――リゼはシャルルのツッコミも気にせず、シャンデリアから飛び降り、華麗に着地を決めた。スタスタとレオの側まで優雅にやって来ると、隣に並び、スッ、と右前脚をレオに向ける。


「この方は、アイゼン王国クロース侯爵家次男、レオ・クロース様ですわ!!」

「えーーーーっ!!やっぱり、ショウとかっていうヒトじゃないじゃないっスか!!」

「説明が足りないわよ!バカお嬢!!」


 目の前で起きている三匹の猫のやり取りを見ていたレオが、そちらに指をさし、ノワルに苦笑した顔を向ける。それに気付いたノワルが、呆れるように静かにかぶりを振った。


 更にレオからの視線を感じたノワルは、もう一度顔を向けると、レオが軽く頷いたので、ノワルも言葉を交わさず頷き返した。


 未だ、やんややんや、と言い合っている3匹の猫を見遣ったノワル。本気で言い争っているという感じではなく、むしろ楽しんでいるようにも見える。


「お三方、よろしいでしょうか?」


 ノワルが声を掛けると、三匹の会話が止み、一斉にノワルの方へ顔を向けた。


「おーっ、ノワルっちじゃないっスか!いつの間に!」

「なにを云っているの、ルジュ。ずっと居たじゃない」

「えっ!?ごめんっス!マスターに夢中で気付いていなかったっス!」

「いえいえ。結構でございますよ」

「それで?ノワルさん。いかがされましたの?」

「レオ様からお話があるようなのでございますが、他の皆様はこちらに?」

「ええ、裏庭にいたわよ。ただ、あと1匹来てなかったみたいだけど」

「そうでしたわね。クラルテさんがいらっしゃっていませんでしたわ」

「左様でございますか」

「どうするっスか?裏庭に行くッスか?」

「レオ様、いかがされますか?」

「ああ。とりあえず裏庭に出ようか。パーラ、ポーロ、ありがとう。いつもの仕事に戻っていいぞ」


 二体の魔導人形マナドールは右手を挙げ、「パ」「ポ」と鳴らし、各々が屋敷内の別々の方向へ向かっていった。それを見送ったレオは、4匹の猫を伴って、玄関ドアとは反対側にある、裏庭に繋がるドアへと向かう。


 裏庭に繋がるドアの横に、スイングドア付きの小さな正方形の穴があった。猫たちが出入り出来るようにと、かつてのショウが作ったものだ。


 レオが裏庭へのドアを開けると、レオを追い越すように、次々と4匹の猫が裏庭に出て行く。最後にレオが出て、ドアを閉めた。


 裏庭に出てすぐ、左右を見る。屋敷の壁を背に、裏庭向きに、左右四つずつ、小さい飾り小屋が、ドアを挟んで並んでいることを確認した。


 これか、と思いながらレオは、視線を裏庭に戻すと、そこには先程の四匹とは別に、三匹の猫がいる。


 向かって中央よりやや左側。薄い黄土色をした小さな耳折れ猫。それに纏わりつくように、焦げ茶色の、同じく小さな体躯の猫。


 そして、その二匹から右のやや離れた位置にキジ猫。伏せるように座って、だるそうにあくびをしている。


 レオが屋敷から出て来たのに気付いたのか、耳折れ猫がレオに近付いてきた。


「あー!エっちゃん!?どこへ行くのです!?」


 離れていく耳折れ猫に対し、焦げ茶色のちび猫が叫んだ。だが耳折れ猫は、焦げ茶色のちび猫の言葉を無視し、レオの足元まで辿り着く。そのまま前脚を拡げるように上げ、後脚で立ち上がり、レオの足にしがみついた。


「ん」

「おー、エクレア。どうした?」


 耳折れ猫――エクレアが眠そうな目で、何かをせがんでいるようだ。


「ん」

「ん?」

「ん!」

「あー、なるほど」


 レオはエクレアを抱え上げ、そのまま自身の右肩に近付ける。するとエクレアはレオの右肩の上に移り、方向をレオが向いている方へ向くように半周する。位置が決まると、更に前脚と後脚を、だらん、とさせ、乗っかるようにレオの肩にその身を預けた。


 エクレアはとても満足そうに「ん」と言った。


「あー!!エっちゃんだけずるいのです!!マロンも乗せてほしいのです!!」


 エクレアを追って、近付いて来ていた焦げ茶色のちび猫――マロンが、駄々っ子の如く騒ぎ出す。レオは顔の筋肉を緩め、はいはい、と言って、マロンを左肩に乗せた。


「なんだが懐かしくて居心地がいいのです~」


 マロンも満足気だ。そんなレオと二匹のやり取りを見ていた、ルジュとリゼが「ずるいずるい」と騒ぎ立てる。


 ノワルは呆れるように視線を外し、シャルルは「くだらないわね」と口にしたが、しっぽが軽く振れていて、どこかそわそわしているように見えた。


 キジ猫はというと、他の猫達が騒ぐ光景を見て目を見開く。一瞬レオと目が合ったかと思うと、興味なしと言わんばかりに、そっぽを向いた。


 そんなキジ猫に気付いたレオは、二匹の猫を肩に乗せたまま、キジ猫に近づき、二匹を落とさないように屈んだ。


「フロー」

「なんでありんすか?」


 話し掛けられたキジ猫――フローは、つまらなそうな顔を隠そうともせず応えた。


「おおっ。花魁オイラン言葉なんて知っているのか」

「オリガタの花町で覚えんした」

「え?オリガタって今、鎖国しているよな?しかも花町もあるのか」

「あちきはオリガタと唯一国交があるマリノンにいましんす。花町は900年ほど前に復活してやす」

「あー、マリノンか。そうだったな。へー、花町って復活したのか。1000年前はなかったから、なるほどね」


 フローは、怪訝な表情をレオに向ける。


「大した用がありんせんなら、あんまり話し掛けねえでくれんすか」

「相変わらずだな」

「なにがでありんすか?」

「フローは昔からそうだろ。他の子たちとくらべて、一歩距離を置いているっていうか」

「そんな誰とも分からねえ顔で言われても、あっちは納得しんせん」

「まあ、たしかに、そりゃそうだな」


 そう言ってレオは、フローの頭を撫でる。フローはその撫でられた感覚に、またもや目を見開いたが、すぐに表情を戻す。


「気安う触らねえでくれんすか?」

「ん?ああ。ごめんごめん」


 フローは再び怪訝な表情をレオに向ける。


「それで?なにか用事でもあるんでありんすか?」

「フっちゃん、なんか怖いのです!」

「ん」

「うるそうござりんすよ。今はこのヒトに訊いているんでありんす」


 レオの肩に乗っている2匹に、鋭い視線を向けるフロー。しかし、肩に乗る2匹はどこ吹く風。マロンが話し続ける。


「フッちゃんは素直じゃないのです!」

「なにがでありんすか?」

「フッちゃんも感じているはずなのです!このヒトから――」

「あ!」


 マロンの言葉を遮るように、少し離れた場所からルジュの声が響いた。レオがルジュに視線を移すと、ルジュやその他の猫たちもこぞって屋敷の方向を見ている。


 それに合わせ、レオも屋敷の方を見ると、向かって右側、裏庭のドアに一番近い位置にある、バーディア聖王国風と思しき飾り小屋が輝いていた。


 数秒後、飾り小屋の輝きが収まると、そこから白猫が飛び出してくる。


「チッ、マジでいんのかよ」


 レオの姿を確認した白猫は、顔を歪め、開口一番、悪態をつくようにつぶやいた。


「クララ」


 多少距離は離れていたが、レオの呟きにも似た言葉を、耳で捉えた白猫――クラルテは、顔をさらに歪める。


「おい、てめえ!オレの名前はクラルテだ。間違えんじゃねえよ」

「ああ。そうだったな。すまん」

「チッ。簡単に謝りやがって、面白くねえ」


 はは、と苦笑するレオを見て、クラルテは、顔をより一層険しく歪めた。


「なににやけてやがんだ、きもちわりー。いいか、てめえ。真の主だかなんだか知らねえが、オレたちはおめえを認めたわけじゃねえ」

「そうだな。わかってる」

「余裕ぶりやがって、ムカつく野郎だぜ」


 そう言いながら、クラルテがレオに正対すると、そのままヒト化した。


 緩くウエーブの掛かった、真っ白なミドルヘア。金に近い色の瞳。年齢は17か18歳くらいにみえる。


 白の襟掛け。暗色で、くるぶし丈のゆったりとしたローブ状のトゥニカに、白い腰紐。


 下腹部付近から前垂れになるようなスリットが入っている。その前垂れに合わせるように白ベースに黄色の縁取り、ベルの紋章である円の中の八芒星が刺繍されている外衣。


 そこから見え隠れする、黒いショートパンツに、白のニーソックス。そして、黒いブーツ。


 頭巾こそ被ってはいないが、戦う修道女といった装いだ。


 バーディアだからか?とレオが考えていると、クラルテがノワルを指差して口を開く。


「そこの黒猫から訊いてると思うがなあ、今、この世界は得体のしれねえ危機にみまわれてんだよ」

「虚飾を意味するマオン、マタド・ク・シアの脱獄か」


 昨晩レオは、一家とノワルとともに食事をした後、その話を訊いた。それは、3年前にレオたち一家をアハートという辺境に逃がした、真の理由だった。


 大聖霊とは対極の存在、八大罪のマオン。


 その八大罪のマオンのなかでも、最強クラスと云われているのが〝虚飾〟を司るマオン。マタド・ク・シアだ。


 約千年前、ヒトを誑かし、永久凍土から災厄を蘇らせるよう仕向けた張本人。


 災厄との戦い後、その事実を知ったベルたちが、なんとかマタド・ク・シアを捕らえた。


 マオンは聖霊に匹敵する。聖霊クラスを消滅させることは難しい。なので、闇の大聖霊オスクネスの固有魔法オリジンである、≪ムゲンの牢獄≫に収監したのだった。


 だが、三年前。そのマタド・ク・シアは、その牢獄の楔から逃れ、ばんを務めていた聖獣を消滅させると、自身も霧の如く消え去ったのだ。


 ノワル曰く、もしかしたら近いうちに、混沌が再び訪れるかもしれない。


 ショウの魂が蘇る前のレオが巻き込まれないためにとのことだった、という。


 クラルテは眉間に皺を寄せ、レオを睨みながら話す。


「そうだ。どうやったかは知らねえが、オスクネス様が構築した〝ムゲンの牢獄〟を、その虚飾野郎が抜け出したのが三年前。五年後には〝千年封〟の張り直しだ。それを狙って虚飾野郎を筆頭に、他のマオンたちも動くかも知れねえ。現在いまは、英雄の国、八カ国全てが厳戒態勢なんだよ。そんななか、てめえが現れた」


 クラルテがそう言って言葉を切ると、再び口を開く。


「お前は……誰だ?」


 クラルテの言葉に、レオは押し黙る。口を開けないとみたクラルテが、再び話し始める。


「オレたちが求めていたのは、千年前に存在した〝知られざる英雄〟であり、〝真の主〟であるショウだ。記憶が刻まれたかなんだか知らねえが、見た目も名前も違うてめえを、オレたちは誰も求めちゃいねえ」


 クラルテの発言に、傍で話を訊いている他の猫から、クラルテの名を呟く声が聞こえる。


 クラルテから、先程までの険しい表情が消え、据わった目をレオに向け、言葉を続ける。


「なあ、教えてくれよ――」


 ゆっくりとレオを指差し、クラルテは告げる。


「――お前になにが出来る?」


 言葉の直後、クラルテの姿が消えた。


 次の瞬間、レオの目の前に現れる。同時に、クラルテの右の拳が、レオの顔面に向けて突き出された。

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