第9話 箱庭と猫 ―導灯―
翌日、風の月24日の朝。レオとその家族が住まう家の裏手。
家屋の裏手から雑木林までの間には、向かって左側にエリーザの趣味で造った花壇。右側には製材スペースと、製材した木材を乾燥させる屋根付きの木材置き場がある。
花壇と製材スペースの間の畦道を通り抜けると、雑木林との間に、大きくはないが格闘等の訓練ができるスペースがある。その場所で、レオとノワルが向かい合っている。朝食を食べ終わった後、家族に一声かけ、ノワルを伴いやってきたのだ。
「まさか、ヒトの姿になれるとはね。昨日はびっくりしたよ」レオが言った。
現在のノワルの姿は黒猫だが、昨晩、レオ一家と食事をとる際に、ヒト化の魔法を使ったのだ。レオは顎を外しそうになるほど驚愕したのである。その時のことを思い出し、レオが苦笑した。
「そういえばお伝えしておりませんでしたね。他のお三方がご存じでしたので、安心してヒト化したのでございますが、レオ様が気を失っている間の出来事だということを完全に失念しておりました。大変申し訳ございません」
ノワルが頭を下げた。
「なんとも堅いねえ、ノワルは。もうちょっと気楽になれないのか?」
「申し訳ございません。こういう性分でございまして」
「あー、そう。まあ、いいんだけどさ」
「ご迷惑をお掛けいたします」
迷惑と思うならなおのこと気楽にいこうぜ。レオはそんな言葉を呑み込み、呆れ笑いでノワルに応えた。
「ところで、レオ様」
「ん?」
ノワルが顔だけ動かし、軽く訓練場を見渡したあと、再びレオに視線を戻す。
「こちらでなにを?」
「ん?ああ――ノワル」
「はい、なんでございましょう」
「ベルコネクトを出してくれ」
「あー、そうでございましたね」
ノワルが自身の影に頭を突っ込んだ。ベルコネクトを咥えて取り出し、レオに差し出す。
レオがベルコネクトを受け取り、ありがとう、とノワルに告げた。
「箱庭へ?」ノワルが言った。
「ああ。昨日ノワルから訊いた話だと、これで箱庭に行けるんだろ?」
「左様でございますね。箱庭をご存じで?」
「ああ。ベル様に連れられて、ショウがよく箱庭に行ってたよ」
「なるほど。左様でございましたか」
「そう。それで、もしかしたら、ベル様が俺にこれを渡した理由の1つが、箱庭にあるんじゃないかと思ってね」
「なるほど。理由の1つということは、複数あるのでございますか?」
「そりゃまあ、昨日あったろ。ショウの魂をこの世に還すためのトリガーとしての役割がさ」
ノワルは「左様でございましたね」と言いながら、少し表情に影を落とした。それを見たレオが、一つ息を吐く。
「わるかったよ。ちゃんとしたショウじゃなくて、ごめんよ」
「いえ。こちらこそ申し訳ございません。そのようなつもりはないのでございますが、どうしても表情に出てしまうようで。以後留意いたします」
「まあ、気持ちはわかるよ。散々待った挙句、思い人来ず、だもんな。でも、そう露骨に表情に出されるとなあ。見た目はショウじゃないけどさ、ショウの記憶を引き継いでいる身としては、かなりショックだよ」
「重ね重ね、申し訳ございません」
「これから、もう七匹にそんな表情をされるんだ、と思うと、今から気が重いし、胃が痛いよ……。まあ、いい練習っていうか、覚悟になったと捉えることにするか」
天を仰ぎながら、普段皮肉など言わないレオも、流石に皮肉交じりの言葉を吐き出した。その後、レオがノワルに顔を向け、ビシッ、と指をさす。
「いいか、ノワル。俺はレオだ」
「存じ上げております」
「好きでショウの魂を引き継いだわけじゃない。わかるな?」
「ええ。承知しております」
「イヤなら、俺から離れてくれたってかまわないぞ」
「いえ、誠心誠意お仕えさせていただきます」
「なら、レオという個人を認めるように。いいな?」
「かしこまりました」
「よろしい」
この話は終わり、とレオは腕を組み、瞳を閉じながら何度か頷くと、それで、と続ける。
「ノワルたちは最近箱庭に行っているのか?」
「いえ。いつでも行けるのですが、特段用向きがございませんので。おそらく、他のアンシャも同様かと存じます」
「そうか。まあ、あそこに行ったところで、なんにもないしな」
「いえ、現在は、お屋敷と噴水がございます」
「そうなのか?」
「ええ。ショウ様が生前暮らしておられましたお屋敷が1軒ございます」
「へぇ、ショウの記憶だと箱庭にそんな屋敷はなかったと思うから、ノワルたちを助ける時に、屋敷も箱庭に移動させてくれたんだろうな」
「左様でございますね」
ノワルの言葉に、レオは軽く結んだ右の拳を顎に当て、思案気に俯いた。数秒の沈黙の後、ノワルに視線を向ける。
「ふむ。ショウの屋敷があるということは、ショウの研究室兼工房もあるのか」
「左様でございますね」
「なるほど、了解。……それにしても噴水?ショウの家の庭にはなかったよな」
「左様でございますね。その噴水はベル様がお創りになられました。なんのためにお創りになられたかは存じ上げませんが」
「そうか……」
そのまま思考に耽るレオ。それを黙って見守るノワル。またもや数秒間の沈黙が流れた。
レオは左手に持っているベルコネクトを見ながら「ま、とりあえず行ってみるか」と言って笑った。
レオがベルコネクトを右手に持ち替え、自身の目の前の宙に向かって、ベルコネクトの先端を突き出すように構えた。そのままベルコネクトにマナを流すと、先端より僅か前方に、虹色の八芒星を主に模った複雑な魔法陣が宙に刻まれる。そして更にその先、地面より少し浮いた位置に、僅かに輝きを放つ質素なドアが出現した。
「ベル様の紋章の陣か」
「左様でございますね」
「じゃあ、行くか」
「ええ」
レオがノブを回し、ドアを押し開けると、目の前に真っ暗な空間が広がっていた。
「暗いな」
「左様でございますね」
レオがドアの内側に一歩足を踏み入れると、ドアの先の空間が明るくなった。
「感応式のマナランプか」
ノワルがレオを追い越すように中に入ると、続いてレオも全身をドアの内側へおさめ、ドアを閉めた。その場所には、木箱などが、棚や地面にそれなりに整理されて置いてある。
「やっぱり、地下の倉庫か。ここに入るんだな」
レオが部屋を見渡している横で、ノワルが先程入ってきたドアの方に振り向いて、訝し気な目を向けて押し黙る。
「どうした?ノワル」
「いえ。こちらにこのようなドアは設置されていなかったかと」
「そうだな。たしかにそんな記憶はないな。ってことは、これか」
レオが、右手に持つベルコネクトを目の前に掲げる。
「おそらく」ノワルが言った。
「このドア、こっち側から開くのかな?」
疑問に思ったレオが、先程通ってきたドアのノブに手を掛けて、引き開けようとした。
「開かないな」
「左様でございますね」
レオが「マナを込めてみるか」と言って、ドアにマナを込めて試したが、開かない。
「ふむ。どうやって帰るんだ?」
「さて、どうでしょう?」
レオとノワルが同時に首を傾げた。腕を組んでレオが唸ったあと、ノワルに視線を向ける。
「ノワルたちはどうやって箱庭に来ているんだ?」
「この屋敷の裏庭に、ベル様がお創りになられた、猫がギリギリ通れるほどの祠のようなものが設置してございます。そちらからわたくしどもは行き来しております」
「祠のようなものって、オリガタのやつか?」
「いえ。各国に合わせた意匠となっております。正確には、接続紋を設置している飾り小屋でございますかね」
「接続紋かあ……、なるほどね。後で見てみるか。んで、帰る時は?」
「対の飾り小屋が、八英雄の国の王宮付近にある秘密の場所に設置されております。ですので行き来の座標は、ほぼ固定でございますね」
「ん?この屋敷の裏庭に、飾り小屋が8つあるってことか?」
「左様でございます。そんなに大きいものではございませんので」
「へえー、そうなのかあ」
再び先程くぐって来たドアを見遣ったレオ。箱庭に来るにはベルコネクトを使用すればいい。だが戻りは?
ノワルの話を訊いたが、接続紋など、レオの家の訓練場には設置されていないのだ。レオが再び思考に耽る。するとノワルが「レオ様」と声を掛けた。
「ん?」
「行きたい場所を思い浮かべて、ドアノブにマナを込めてみるのはいかがでございましょう?」
「うーん、なるほど?なぜそう思うんだ?」
「レオ様の持つ属性は、ベル様と同様の時空。時と空間の情報を司っております。そして、このドアはベル様が創造されたもの。おそらく、ではございますが――」
「場所の情報をマナに込める……か」
「左様でございます」
「なるほど。俺も同じ時空属性なら、可能かもしれないってことだな」
「おっしゃるとおりでございます」
「わかった。やってみるか」
レオが、先程までいた自宅の訓練場を思い浮かべ、その情報をマナに組み込むように左手に集める。そして、再びドアノブを回し、引き開けた。
すると目の前には、先程までいた訓練場が見える。外には出ず、レオはそっとドアを閉めた。
「正解だったな」
「ええ」
レオは再び顎に手を添え、考える。
「どうされました?」ノワルが言った。
「ん?ああ。ちょっと試したいことが、ね」
そう言ってレオが再び、ドアに手を掛け開けようとした。
「開かないね」
「なにを思い浮かべたので?」
「いや、ショウの記憶を使ってドアを開けようと思ったんだけど、ダメみたいだ」
「なぜでしょう?」
「うーん。おそらくだけど、千年前と比べると、だいぶ地形が変わってしまったから、とかかなあ」
「なるほど」
「まあ、勘ではあるんだけどね」
そう言って、ははは、と苦笑するとレオは、通り抜けてきたドアとは反対側の壁にあるドアを見遣る。
「とりあえず、倉庫から出るか」
「左様でございますね」
レオは、屋敷を散策するため、屋敷内部へ続く地下倉庫のドアを開けた。
「パ」
「ポ」
「え?」
ドアを開けてすぐの場所に、二体の小さなヒト型の何かが待っていた。
二体は、「やあ」と言わんばかりに右手を挙げて、レオを見上げている。
背丈はレオの膝くらいの高さ。毛糸のような髪の毛だ。その髪型は二体ともショートボブなのだが、左の一体が前髪を右から左に流しており、髪色は左半分が黒色で右半分が薄い紫色だ。逆に右のもう一体は前髪を左から右に流しており、髪色は左半分が薄い紫色で右半分が黒色だ。
丸く黒い大きな釦のような二つの目になっていて、鼻と口は無く、表情も読み取れない。服装は二体ともに、ややゆったりで、上下が一体になっている、所謂〝ツナギ〟。袖を六分くらいの位置までまくっており、裾は七分丈くらいだ。
左の一体が紫色のツナギ、右の一体は黒色のツナギを着ている。どちらも、男の子とも女の子とも言える容姿である。
手先、足先とも丸みを帯びていて、どちらも指がない。腕も脚も短く、まるで、ヒト型の〝ぬいぐるみ〟のようだ。
「魔導人形か?」
「ええ。こちら家事用魔導人形の〝パーラ〟と〝ポーロ〟にございます。この屋敷の管理を一手に担っております」
「家事用の魔導人形なのか」
「左様でございます。お久しぶりでございますね。パーラにポーロ」
「パ」
「ポ」
「どっちがどっちなんだ?」
「こちらの紫のツナギを着ている方がパーラで、そちらの黒いツナギを着ている方がポーロでございます」
「そうか、よろしくな。パーラ、ポーロ。案内を頼むよ」
レオがそう伝えると二体は「パ!」「ポ!」と敬礼をし、そのまま回れ右をして、地下の廊下を行進するかの様に歩き始めた。それを見てレオは、よく出来ているな、と感嘆した。
レオとノワルも、先導する二体の魔導人形に追従する様に歩き始める。
廊下を歩いている途中、レオは右側にある装置に視線を向けて、すぐ前に戻す。
「浄水機は動くのか?」
「ええ。正常に作動するものと存じます」
「パーラとポーロが?」
「左様でございますね。この家の管理をおこなっておりますので」
「ホントによく出来ているな。二体は誰が作ったんだ?」
「ノーマン様でございます」
「初代様か」
アイゼン王国クロース侯爵家初代当主、ノーマン・クロース。レオの持つショウの記憶では、約千年前の八英雄の一人であるのだが。
「なあ、ノワル」
「なんでございましょう」
「なんで、ノーマ…――初代様は、この国の王にならなかったんだ?」
「わたくしが伺った記憶では、〝面倒くさいから〟でございましたが、真意の程は存じ上げません」
「なんじゃ、そりゃ。レンツ…――初代国王様も可哀想に」
「左様でございますね」
「いや、まったく。本当にね」
苦笑するレオ。チラチラと、記憶の中の憤慨したローレンツが見え隠れする。
ローレンツ・クライノート・アイゼン。ノーマンやショウの友人であり、995年前の聖戦時、八英雄のサポートをしていた人物でもある。八英雄ほどではないが、それなりに力を持っており、特にノーマンが心配でサポートしてくれていた。
そんなローレンツが、混沌の中で、なぜかアイゼン王国の初代国王になった――擦り付けられた――ことを知り、レオは改めてローレンツに哀悼の意を表した。
そんなことを考えていると、一階へ通ずる上り階段に辿り着いた。その階段を、ぴょんぴょん、と跳ねるように登っていく二体の魔導人形を微笑ましく見ながら、レオも階段を上りきった。
階段を上りきった先は、正面が壁で、左右に廊下が延びている。右が研究室兼工房。左が玄関ホールへ続いている。
パーラとポーロが玄関ホールに向かって進む。レオとノワルがそれに従う。
玄関ホールが見えたところで、何かがレオの顔面に覆い被さってきた。
「マスター!!待ってたっスよ!!」
明るい女の子のような声が、玄関ホールに木霊した。




