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箱庭と猫 第一部 ―救国の英魂編―  作者: 山本陽之介
序文

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零番目の深淵を記す者による手記:第一片

 私は始まりと終わり、世界と無を等しく観測する零(O)の視座より、この記録を記す。


 の大いなる地脈、世界を貫き南北の極を結ぶ「星辰の冠(ステラ・コロナ)」は、万物を育む力、「マナの源」であると共に、世界の境界、そして深淵の力が漏れ出す楔である。


 我らが住む大陸を分断する大渓谷と、海を隔てる大洋の海溝が、の冠から漏れ出るマナの奔流によって形作られ、東西の往来を拒む「魔性の隔絶地」となった。


 そして『それ』は、物理法則の埒外から、突如現れた。


 2億年前に脈動をはじめたとされ、およそ3万年前にこの星に顕現し、一度は氷の大聖霊グラエイスの「永久凍土」にて閉じ込めた。それは単なる氷ではない、存在そのものを圧砕するほどの絶対零度の封印のひつぎであった。


 だが、3万年の時を経て、愚かなる者どもの底知れぬ欲により、再び『それ』は解き放たれた。


 我々はその星辰の冠(ステラ・コロナ)より這い出でし、最古の恐怖の真名を口にすることを固く禁じられている。その名を口にすることは、遠き悲劇を呼び戻し、深淵そのものに呼びかける行為に等しいためだ。


 故に、ただ『災厄』と呼ぶ。


 我々が見てしまったその姿は、まさしく創造の対極にある原初の混沌であった。


 全長千メートルを優に超す巨躯を覆う岩盤の如き鱗。


 猛禽類のそれに似た、巨木の根のようにねじれた嘴は、獲物の全てを喰らい尽くすかのような執念を宿す。


 だが何よりも恐ろしいのは、その身に走る深くえぐられた亀裂である。この亀裂の奥は、まるで底なしの闇が覗く入り口のようで、時折、過去に飲み込んだ文明の断片が幻影として浮かび上がった。


 頭部から連なる(たてがみ)からは、泥土と植物の残骸が絡み合ったかのような不快な腐敗臭が常に漏れ出ていた。


 それは生者にとって許されない、存在そのものの「無」の香りであった。


 一度の吐息で生命を腐敗させ、豊穣な大地を不毛の荒野に変える『荒廃の吐息』。


 そして、その破壊は単なる物理的なものに留まらない。


 奴の爪や牙が触れることは、すなわちあらゆる防護を意味なくし、存在の定義そのものを根源から蝕み消滅させる崩壊を意味した。


 それは法則を打ち破り、物質をその構成要素から霧散させる、真の無化。


 我々の文明の絶頂期にあった永世中立国の都が、奴の『終焉の息吹』によって一瞬にして存在の灰と化し、魔孔の闇と化した。


 星の崩壊すら危惧されたあの時、我々はようやく理解した。


 この冠の力が、我々に富をもたらすだけの地脈ではなく、世界の物理的構造を支える楔であり、同時に深淵と繋がる破滅の門であったことを。


 大聖霊、そして英雄の血と犠牲をもって、かろうじてその巨体は今一度、深淵の重圧が最も強い深き底へと縛られた。


 封印の樹の根が持つ力は絶大だが、我々は知っている。


 その恐怖は決して消えたのではない。『災厄』の気配は、今もあなの底から世界の構造を押し歪めている。


 この記録が、過ちを繰り返さないための、そして深淵を覗き込まないための警告となることを真に願う。




 「オーヴァス・カインの手記」より

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