EP 8
スローライフの危機(借金)と深夜のコンビニ
「……というわけで、この子は私が責任を持って監視……じゃなくて、保護します」
ポポロ村の村長室。
キャルルは深々とため息をつきながら、隣でニコニコとお茶(俺がルチアナ通販で買った特茶)を飲んでいるエルフの王女、ルナを指差した。
俺が森で拾ってきた行き倒れエルフは、なんと世界樹の加護を受けるハイ・エルフの次期女王候補だった。
彼女が泣き出せば世界樹が暴走し、機嫌を損ねれば森が村を飲み込む。文字通り「歩く災害」だ。
「ポポロ村に住むこと、許可してくださって嬉しいですわ! キャルルお姉様!」
「お、お姉様……!? いえ、光栄です……(胃が痛い……)」
キャルルは引きつった笑顔を浮かべている。
ウサギ耳が完全にへたっていた。可哀想に。
「ま、ルナ様が村におるんやったら、エルフの国から討伐隊が来ることもないやろ。最強の魔除けやな」
ニャングルは算盤を弾きながら、ちゃっかりと計算を済ませていた。
だが、彼の猫目はすぐに俺へと向けられる。
「それよりダイチはん。アンタの懐事情、そろそろヤバいんちゃうか?」
「うっ……」
痛いところを突かれた。
俺はリュックから財布を取り出し、中身を確認する。
初期所持金:10,000円。
水とチョコ(キャルル用):6,000円。
Lチキとおにぎり(ルナ救出用):1,500円。
残高、わずか2,500円。
「あのクソ女神のボッタクリ通販のおかげで、もう破産寸前だ……」
「せやろ? ダイチはんの『黒い板(PC)』は強力やが、タダやない。スローライフを満喫する前に、餓死するか借金取りに追われるで」
ニャングルの言う通りだ。
畑はガンツの作ってくれた超振動ドリル鍬で耕したが、太陽芋が収穫できるのはまだ先。
このままでは、明日食べる物すら『ルチアナ通販』で買えなくなる。
「そこでや、ダイチはん」
ニャングルがニヤリと笑い、一枚の企画書(羊皮紙)を机に叩きつけた。
「ウチの村の特産品を使った料理屋をやらへんか? アンタの『コンビニ』とかいう商売の知識と、地球の味を組み合わせるんや!」
その日の夕方。
ポポロ村の広場に、即席の屋台が組み上げられた。
看板には、俺が木炭で書いた『ポポロ・マート(夜間営業)』の文字。
屋台の中央には、大鍋がぐつぐつと煮え立っている。
中に入っているのは、村の特産品である巨大な『月見大根』、シープピッグ(羊毛の生えた豚)のつみれ、そして太陽芋の餅巾着だ。
牛のスジ肉と、鳥のガラから取った極上の出汁の香りが、夕闇の村に漂い始める。
「ええ匂いや……。これがポポロ村名物『ポポロおでん』やで」
「すごく美味しそうだな。でも、これだけならいつもと同じじゃないのか?」
「せや。そこでダイチはんの出番や。あの『Lチキ』を作った魔法で、おでんに合う最高のスパイスを召喚してくれ!」
なるほど。おでんに合う地球のスパイスといえば、一つしかない。
俺はPCを開き、残高2,500円を握りしめて『ルチアナ通販』を検索した。
――『和からし(チューブ入り) 43g』。
価格:1,500円(定価の10倍+謎の異世界転送料)。
「……くそっ、背に腹は代えられない!」
購入ボタンをターンッ! と叩く。
光と共に、黄色いチューブが現れた。俺の全財産は残り1,000円。これで売れなかったらマジで終わる。
「おおっ! なんやその黄色い筒は!」
「『からし』だ。おでんの味を劇的に引き立てる魔法の薬さ」
準備は整った。
日が落ち、村にランタンの灯りがともる。
長旅を終えた商人や、パトロール明けの自警団員たちが、出汁の匂いに誘われて広場に集まってきた。
「いらっしゃいませー! こんばんはー!」
俺は屋台のカウンターに立ち、体に染み付いた「深夜コンビニの接客スマイル」を全開にした。
72時間ワンオペを乗り切った俺にとって、この程度の客数、さばくのは造作もない。
「おう、兄ちゃん! おでん盛り合わせと、芋酒くれ!」
「はい、おでん一丁! 温めますか?……あ、もう温かいですね! こちら、当店特製の『からし』をお付けします。少しずつつけて召し上がってください!」
俺は小皿に和からしをちょこんと乗せ、おでんと共に客に提供した。
「なんだこの黄色い泥は? まぁいい、月見大根と一緒に……ん?」
客の男が、からしをたっぷりつけた大根を口に放り込む。
「――っ!? ぶふぉぉぉぉっ!?」
男は顔を真っ赤にしてむせ返り、鼻を押さえた。
「な、なんじゃこりゃあ!? 鼻の奥を突き抜けるような刺激! 舌が焼けるように……いや、違う!」
男は涙目になりながらも、再び箸を伸ばした。
「強烈な刺激の後に、大根の甘みと出汁の旨味が爆発しやがる! なんだこれ、酒が! 芋酒が止まらねぇ!!」
「ホンマや! この黄色い薬、シープピッグの脂っこさを消して、旨味だけ残しよる!」
「おい、こっちもからし追加だ! 芋酒もおかわり!」
広場は熱狂に包まれた。
異世界の住人にとって、「辛味」といえば塩や胡椒程度。鼻に抜ける「和からし」のツンとした刺激は、未知のエンターテインメントだったのだ。
「お、俺様にも食わせろ!」
人混みをかき分けて現れたのは、自警団長のイグニスだった。
「兄貴! なんだか美味そうなもん出してるじゃねぇか!」
「イグニスか。お前は火を吹くから、からしは少なめにな」
「ハッ! 竜人族がこの程度のスパイスでビビるかよ! たっぷり乗せろ!」
イグニスは制止も聞かず、シープピッグのつみれに、からしをチューブから直接チューッと大量に絞り出し、一口で丸呑みした。
三秒後。
「――――――ッッ!!??」
イグニスの赤い顔が、さらに真っ赤……いや、紫に染まる。
彼は白目を剥き、口から天に向かって巨大な紅蓮の炎を吹き上げた。
「ボォォォォォォォォッ!!」
「うわあっ! アホかお前は!」
「あはは! イグニスさんが打ち上げ花火みたいになってますわ!」
夜空を焦がす竜のブレス。
ルナが手を叩いて喜び、キャルルが呆れ顔でトンファーでイグニスの頭を叩く。
「す、すげぇ……脳天がぶっ飛ぶかと思ったぜ……もう一個くれ……!」
涙と鼻水を流しながら、イグニスは財布から日本円(ルチアナ通貨)を取り出した。
大盛況だ。
俺はお玉で出汁をすくいながら、次々と注文をさばいていく。
袋詰めも、レジ打ちもない。ただ、美味いものを出し、金を受け取る。
「へへっ、まいどあり! ダイチはん、売上が止まらんで!」
ニャングルが横で猛烈な勢いで算盤を弾いている。
その横顔は、金の亡者そのものだった。
「……ふぅ」
深夜。
鍋が空になり、客が満足そうに帰っていくのを見送りながら、俺は腰をトントンと叩いた。
疲れたが、嫌な疲れじゃない。
ブラック企業のオーナーのために身を粉にしていた時とは違う、「自分のための仕事」だ。
「ダイチさん、お疲れ様です。凄かったですね、客さばき」
後片付けを手伝ってくれていたキャルルが、冷たい水を差し出してくれた。
「ありがとう。キャルルたちのおでんが美味かったからな」
「ダイチはんの『からし』の力や。今日の売上、経費(PC代)引いても、ダイチはんの取り分だけで5万円(ルチアナ通貨)にはなるで!」
5万円!
これで1,500円のからしの元が取れたどころか、大幅な黒字だ。
ボッタクリ通販の支払いにも、当分は困らない。
「やったな。これで少しはスローライフに近づいたか」
俺は夜空の月を見上げて、ホッと息をついた。
しかし、俺たちはまだ知らなかった。
ポポロ・マートの『未知の味』の噂が、商人の口を通じて近隣諸国に瞬く間に広がり……この村の平和を脅かす「招かれざる客」を呼び寄せることになろうとは。




