EP
エルフの王女は腹ペコ
ガンツ工房への訪問から翌日。
俺は再び、カチカチに固まった荒れ地(元畑)の前に立っていた。
「さて、試してみるか」
俺の手には、昨日ガンツが徹夜で仕上げてくれた新品の鍬くわが握られている。
だが、それは俺の知っている鍬とは大きく異なっていた。
柄の部分には小型の魔導エンジンが搭載され、刃先はミスリル合金製。そして、持ち手のトリガーを引くと――。
ブォォォン! ガガガガガガッ!
「うおっ!? 振動がすげぇ!」
鍬全体が激しく振動し始めた。
これ、鍬っていうか、工事現場の電動ピック(削岩機)じゃねーか!
「喰らえ、ロックバイソンの踏み跡ォ!」
俺は振動する刃先を地面に突き立てた。
ズダダダダダッ!!
土煙が舞い上がる。
昨日、俺の鍬をへし折った頑強な地面が、まるで豆腐のように砕かれていく。
「ははっ! すげぇ! これなら今日中に全部耕せるぞ!」
さすが発明王。加減というものを知らない。
俺は夢中になって荒れ地を開墾していった。
「ふぅ……やりすぎた」
気づけば太陽は高く昇り、昼過ぎになっていた。
予定していた区画は全て耕し終え、俺は汗だくだった。
72時間労働の後に、炎天下での土木作業。我ながら社畜根性が染み付いている。
「少し休むか……」
俺は涼を求めて、畑の隣に広がる森の木陰へと入っていった。
静かだ。鳥のさえずりと、風で葉が擦れる音しかしない。
こういう静寂こそ、俺が求めていたスローライフ――。
グゥゥゥゥゥゥ~~~~ッ。
「……ん?」
今、何か聞こえたな。
地鳴りか? いや、もっと情けない、腹の虫の音のような……。
俺は音のした方へ、慎重に近づいた。
茂みをかき分けると、そこには信じられない光景があった。
金色の髪。宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。
透き通るような白い肌に、人間よりも長く尖った耳。
身につけているドレスは、薄汚れてはいるが、一目で最高級品だと分かる織物だ。
絵本から飛び出してきたような、絶世の美少女。
いわゆる「エルフ」というやつだろう。
だが、そのエルフは――。
グゥゥゥゥゥ……キュゥゥ……。
地面にうつ伏せに倒れ、今にも死にそうな声で呻いていた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
俺は慌てて駆け寄り、彼女の体を仰向けにした。
意識はあるようだが、目はうつろだ。
「……あぅ……おな……か……すい、た……」
餓死寸前だった。
行き倒れのエルフ。どういう状況だ?
「待ってろ、今何か……」
俺はリュックを探ったが、食料は入っていない。畑仕事のつもりだったからだ。
村まで戻ればキャルルかニャングルがいるだろうが、この様子では間に合わないかもしれない。
「……仕方ない、使うか」
俺はリュックから『ルチアナ・ブック(PC)』を取り出し、起動させた。
森の中だが電波はバリ3本だ(さすが女神の回線)。
通販サイトを開き、『食品』カテゴリを検索する。
すぐに食べられて、カロリーが高くて、温かいもの。
――あった。コンビニのホットスナックコーナー。
俺は迷わず『Lチキ(旨塩味)』と『おにぎり(シーチキンマヨ)』をカートに入れ、購入ボタンを押した。
合計1,500円(ボッタクリ価格)。痛い出費だが、人命には代えられない。
ブォン、と光が集まり、熱々のチキンとおにぎりが実体化した。
「ほら、これならすぐに食えるぞ」
俺はチキンの袋を開け、彼女の口元に持っていった。
スパイシーでジューシーな香りが漂う。
ピクッ。
エルフの長い耳が反応した。
「……ん、ぁ……?」
彼女はふらりと上半身を起こし、本能のままにチキンにかぶりついた。
「――んんっ!?」
一口食べた瞬間、彼女の目がカッと見開かれた。
そして、猛烈な勢いで咀嚼を始める。
「はふっ、はふっ……! おいひぃ! なんでふかこれ!? お口の中が、お祭りでふ!」
そりゃそうだ。化学調味料と脂質の暴力。
自然食がメインであろうエルフにとって、コンビニのホットスナックは劇物に近い旨味爆弾だろう。
彼女はあっという間にチキンを平らげ、続いて差し出したシーチキンマヨおにぎりも、海苔ごと貪り食った。
「ぷはーっ! 生き返りましたわ!」
完食。
彼女は満足げに腹をさすり、ようやく俺の顔をまじまじと見た。
「貴方様が、わたくしを助けてくださったのですか?」
「ああ、まあな。通りかかったら倒れてたから」
「感謝いたします! わたくし、森をお散歩していたら道に迷ってしまいまして……気づけば三日三晩、何も食べていなかったのです」
三日も? エルフの森からこのポポロ村までは、かなりの距離があるはずだが……。
「あの、この素晴らしい食べ物は、貴方様がお作りになったのですか?」
「え? いや、俺の世界の……まあ、取り寄せた物だ」
彼女はキラキラした瞳で俺を見つめ、そして俺の手を両手で包み込んだ。
「素晴らしいです! あのジューシーな油! 複雑怪奇な味付け! わたくし、感動いたしました!」
……複雑怪奇って、それ褒め言葉か?
「決めたわ! わたくし、貴方様について行きます!」
「は?」
「だって、貴方様の側にいれば、またあの美味しいご飯が食べられるのでしょう?」
なんて現金なエルフだ。
だが、こんな森の中に放置するわけにもいかない。
「……とりあえず、村まで来るか? 村長に相談してみるよ」
「はい! 喜んで!」
こうして、俺は予定外の「拾い物」をして、ポポロ村へと戻ることになった。
「キャルル、いるか? ちょっと困ったことになって……」
俺はエルフの少女を連れて、村長の執務室(兼キャルルの家)のドアを叩いた。
中にはキャルルと、ちょうど商談に来ていたニャングルがいた。
「あら、ダイチさん。畑仕事は終わったんですか? ……って、その後ろの方は?」
キャルルが首を傾げる。
俺の後ろから、金髪のエルフがひょっこりと顔を出した。
「ごきげんよう。わたくし、森で迷子になっていたところを、こちらの親切な殿方に拾われましたの」
彼女が優雅にカーテシー(お辞儀)をした瞬間。
ガシャン!
バタッ!
ニャングルが持っていた算盤を取り落とし、キャルルが持っていたティーカップが床に落ちて割れた。
「……え?」
「ウソやろ……」
二人の顔色が、真っ青を通り越して土気色になっている。
キャルルが震える指で、エルフの少女を指差した。
「そ、その、金色の髪……世界樹の紋章が入ったドレス……まさか……」
「ニャ、ニャンで『歩く世界樹の加護ディザスター』がココにおるんや!?」
ディザスター? 災害?
エルフの少女は、二人の反応を気にする様子もなく、ニコニコと自己紹介した。
「申し遅れましたわ。わたくし、ハイ・エルフ族の次期女王候補、ルナ・シンフォニアと申します。以後、お見知り置きを」
……女王候補?
俺は天を仰いだ。
ただでさえ騒がしいスローライフに、とんでもない爆弾が追加された瞬間だった。




