EP 6
発明王ガンツとバイク談義
「あー……折れた」
ポポロ村での生活2日目。
イグニスから譲り受けた(というか押し付けられた)廃屋の裏庭で、俺は呆然と立ち尽くしていた。
手には、真っ二つにへし折れた鍬。
足元には、カチカチに固まった地面。
「……硬すぎだろ、この土」
俺はスローライフの第一歩として、家庭菜園を始めようとしたのだ。
まずは土を耕し、キャルルからもらった「太陽芋」の苗を植える。
収穫した芋で芋焼酎を作り、月を見ながら一杯やる。そんな老後みたいな生活を夢見ていたのだが……。
「兄貴、何やってんすか?」
そこへ、朝のパトロールをサボ……終えたイグニスがやってきた。
手には食いかけのパンを持っている。
「畑を耕そうと思ったんだが、鍬が負けた」
「あー、そりゃ無理っすよ。ここは昔、ロックバイソンの通り道だった場所なんで、地盤が岩みたいに踏み固められてるんす」
イグニスは折れた鍬を見て鼻で笑った。
「そんな安物の農具じゃ歯が立ちませんぜ。ガンツの爺さんに頼んで、特注のドリル鍬でも作ってもらわねぇと」
「ガンツ?」
「村外れに住んでるドワーフの鍛冶師っすよ。腕はいいんですが、性格が偏屈で……」
ドワーフの鍛冶師。
ファンタジーの王道だ。彼ならこの頑固な土を攻略する道具を作れるかもしれない。
それに、俺にはもう一つ、解決しなければならない重大な問題があった。
(PCのバッテリーだ)
リュックにソーラー充電器はあるが、この『ルチアナ・ブック』の消費電力は凄まじい。
通販サイトや動画を見ていると、バッテリーがみるみる減っていく。
ソーラーだけでは心許ない。安定した電力供給源が必要だった。
「よし、そのガンツって人に会いに行くか。案内してくれ」
村の外れ、森との境界線付近に、その工房はあった。
というか、ゴミ屋敷だった。
鉄くず、歯車、謎のパイプ、失敗したと思われる爆発の跡。
それらが積み上げられた奇怪な建物の煙突から、黒い煙がモクモクと上がっている。
カン! カン! カン!
中から、リズミカルな金属音が響いている。
俺とイグニスが扉を開けると、熱気と共に油の匂いが鼻を突いた。
「おい爺さん! 客だぞ!」
「うるさいわい! 今、重要な実験中じゃ!」
怒鳴り返してきたのは、身長150センチほどの老人だった。
筋肉質の体に、油で汚れた作業着。頭には複数のゴーグルを巻き、白髪交じりの髭を蓄えている。
彼こそが、かつて地下帝国で発明王と呼ばれたドワーフ、ガンツだった。
「なんじゃ、イグニスの坊主か。また斧の柄を折ったんか? あの馬鹿力はどうにかならんのか」
「ちげーよ! 今日は兄貴の紹介だ!」
ガンツはゴーグルをずらし、鋭い眼光で俺を見た。
「……ヒューマンか。ひ弱そうな手をしておる。農具の修理なら、そこに置いて帰れ」
「いや、修理じゃなくて相談があるんだ。この鍬よりも頑丈な……」
俺が言いかけた時、ガンツの目がカッと見開かれた。
その視線は俺の顔ではなく、左手首に釘付けになっていた。
「なんじゃそれはァァァッ!?」
ガンツは残像が見えるほどの速さで俺に詰め寄り、左腕をガシッと掴んだ。
「この精密な歯車の音……いや、歯車じゃない? 水晶振動か!? この黒い樹脂の素材はなんじゃ!? 軽い! 軽すぎる!」
「うわっ、ちょっ、離せ!」
彼が食いついたのは、俺の腕時計『G-SHOCK』だった。
「じ、爺さん落ち着け! 兄貴が引いてる!」
「落ち着けるか! こんな精巧な魔導具(?)、見たことがないわい! 秒針の狂いが一切ない……ドワーフの国宝級の時計でも、ここまで正確ではないぞ!」
さすが発明王。一目でその技術レベルの違いを見抜いたらしい。
俺はニヤリと笑った。
これなら、話が通じそうだ。
「爺さん、あんた機械いじりは好きか?」
「愚問じゃ! 三度の飯より歯車が好きじゃ!」
「なら、もっと凄いものを見せてやるよ」
俺はリュックから『ルチアナ・ブック』を取り出し、作業台の上に置いた。
電源を入れる。
漆黒の画面に光が灯り、デスクトップ画面が表示される。
「な、なんじゃこの板は!? 光っておる! 魔石を使っておらんのに、なぜ光る!?」
「これは『パソコン』っていう道具だ。俺の故郷の技術の結晶だよ」
ガンツは震える手でキーボードに触れた。
カチカチという打鍵感。
画面の中で動くマウスカーソル。
「美しい……。無駄が一切ない。内部はどうなっておる? 歯車か? 魔力回路か?」
「開けてみるか? ……と言いたいところだが、これは『絶対破壊不能』が付与されててな。分解できないんだ」
「ぬぅ……生殺しじゃ……」
ガンツは悔しそうに唸った。
そこで俺は、保存してあったあるフォルダを開いた。
そこには、俺が愛してやまない「鉄の馬」の写真や設計図が入っている。
「爺さん。あんた、こういうのは作れるか?」
画面に表示されたのは、大型バイク――カワサキの『Ninja』の写真だ。
流線型のフォルム。
むき出しのエンジン。
二つのタイヤ。
「……なんじゃこれは。ゴーレムか?」
「『バイク』だ。俺の世界の乗り物さ。魔力じゃなく、爆発の力で走る」
俺は動画ファイルを再生した。
エンジン音と共に、サーキットを疾走するバイクの映像。
コーナーを攻めるバンク角。
マフラーから吐き出される熱気。
映像を見た瞬間、ガンツの口から葉巻がポロリと落ちた。
「……速い。ワイバーンより速いかもしれん」
「時速300キロは出る」
「300キロじゃと!?」
ガンツが作業台に身を乗り出した。その目は、少年のように輝いていた。
「内燃機関……ピストン運動を回転運動に変える……そしてこの二輪のバランス……! 美しい! なんという機能美じゃ!」
「だろ? 俺もこいつが大好きなんだ」
俺たちは顔を見合わせた。
言葉はいらなかった。
種族も年齢も違うが、同じ「メカ好き」の魂が共鳴した瞬間だった。
「小僧……いや、ダイチと言ったか。この『バイク』とやらの設計図、もっと詳しく見せろ!」
「いいぜ。その代わり、条件がある」
俺はニヤリと笑い、交渉を持ちかけた。
「このパソコンの充電器を作ってくれ。魔力を電気……この板が動くエネルギーに変換する装置だ」
「たやすいことじゃ! 雷竜の魔石を使えば電圧変換など造作もない!」
「それと、俺の畑を耕すための『最強の農具』も頼む」
「任せておけ! 岩だろうがミスリルだろうが耕せる、超振動ドリル・プラウを作ってやるわい!」
交渉成立だ。
ガンツは興奮して、すぐに設計図を書き始めた。
イグニスが呆気に取られている。
「あ、兄貴……いつの間に爺さんとマブダチに……?」
「男にはな、言葉より通じ合える『鉄』があるんだよ」
こうして俺は、ポポロ村随一の技術力を味方につけた。
最強のPC環境と、最強の農具。
そしていつか、この異世界の大地を、俺の愛車で駆け抜ける日が来るかもしれない。
……まあその前に、まずは明日の食い扶持を稼ぐために畑を耕さなきゃいけないんだけどな。




