EP 5
最強の自警団長はホームレス?
「えー、ほんまに『商売』の話せぇへんの? 今なら初期投資(PC代)タダでええで?」
ニャングルが俺の袖を引っ張るが、俺はそれを振り払った。
「まずは寝床と安全の確保だ。商売の話はその後」
異世界に来て数時間。
水とチョコで一息ついたとはいえ、俺の体は限界に近い。
72時間労働のダメージは、ポーションでもない限り回復しないだろう(そんな便利なものがあればの話だが)。
「ダイチさんの言う通りね。まずは村の自警団長に挨拶に行きましょう。彼なら、空き家の一つくらい紹介してくれるはずです」
キャルルが案内役を買って出てくれた。
自警団長。響きはいい。
この村の治安を守るリーダーだ。きっと厳格で、頼りになる騎士様みたいな人物なのだろう。
案内されたのは、村外れにある公園……のような広場だった。
遊具はなく、ただベンチが一つあるだけの寂しい場所だ。
「……ここが自警団の本部?」
「あ、いえ。団長のお気に入りの場所なんです」
キャルルが指差したベンチには、一人の男が座っていた。
燃えるような赤い髪。額からは立派な二本の角。
背中には畳まれた竜の翼が生えており、尻尾が地面をペチペチと叩いている。
種族は『竜人族』というらしい。
見た目は完全にファンタジー世界の強キャラだ。ラスボス前に出てくる四天王と言われても信じる。
――ただし。
「ズズーッ……ふぅ。やっぱニャングルんとこの豚汁は最高だぜ……」
彼はプラスチック容器(ニャングル宅配便のロゴ入り)に入った豚汁を、幸せそうな顔で啜っていた。
しかも、ベンチの周りにはハトが集まっている。
「……あれが団長?」
「はい! イグニス・ドラグーンさんです! 腕は立ちますよ!」
キャルルが声を掛けると、イグニスと呼ばれた男はビクッと体を震わせ、慌てて豚汁を隠した。
「お、おう! 村長か! け、決してサボってたわけじゃねぇぞ! これはアレだ、村の巡回ついでにエネルギー補給をだな……」
「イグニス君。またハトに餌やってたでしょ」
「ギクッ」
キャルルがジト目で見下ろす。
イグニスは気まずそうに視線を逸らした。威厳ゼロだ。
「で、そこの貧相な男は誰だ? 新入りのパシリか?」
イグニスが俺を見て、フンと鼻を鳴らした。
赤い瞳が俺を値踏みする。
「彼はダイチさん。私の命の恩人で、今日からこの村に住むことになったの」
「あぁん? 恩人だぁ?」
イグニスは立ち上がり、俺の前に仁王立ちした。
デカい。身長190センチはあるだろうか。筋肉の厚みが違う。
「俺様はイグニス・ドラグーン。竜人の里の族長の息子にして、将来この世界に名を轟かせる英雄だ。……ま、今は訳あってこんな田舎で燻ってるがな」
「へぇ、英雄志望か。俺は赤木大地。ただの元コンビニ店員だ」
「コン……なんだそれは? 魔法使いの一種か?」
イグニスは怪訝な顔をすると、俺が小脇に抱えている『ルチアナ・ブック』に目を留めた。
「おいおい、なんだその黒い板切れは。盾にしちゃ薄すぎるし、武器にしちゃ軽すぎる。そんなオモチャで村長を守ったってのか? 笑わせるなよ」
イグニスは嘲笑しながら、俺のPCに手を伸ばしてきた。
「貸してみろ。俺様がへし折ってやるよ」
「やめろ! これは精密機器だ!」
俺はとっさにPCを背後に隠した。
だが、イグニスの動きは速かった。竜人の身体能力だ。
「逃がすかよ!」
イグニスの右手が、俺の胸倉を掴もうと迫る。
俺は反射的に、隠していたPCを盾にするように前に突き出した。
ガシッ!
イグニスの剛腕が、PCの天板を鷲掴みにする。
竜人の握力は鉄をも砕くという。普通のPCなら、この瞬間にバキバキに粉砕されていただろう。
しかし。
「――ん?」
イグニスが眉をひそめた。
彼はさらに力を込める。血管が浮き出るほど握りしめる。
「ぐぬぬぬ……!? な、なんだこれ!? 硬ぇ!?」
ミシミシという音すらない。
ルチアナが付与した『絶対破壊不能』の権能は伊達じゃない。
このPCは、物理法則を超越した硬度を持っているのだ。
「離せって言ってるだろ!」
俺はPCを掴まれたまま、力任せに振り回した。
イグニスは「うおっ!?」と体勢を崩す。
俺の腕力などたかが知れているが、PCが「絶対に壊れない=変形しない」ため、テコの原理がダイレクトに伝わったのだ。
「この野郎、ナメんじゃねぇぞ!」
イグニスが逆上し、左手の拳を振り上げた。
闘気らしき赤い光が拳に宿る。
あ、これ死ぬやつだ。
「イグニス君! やめなさい!」
キャルルの静止も間に合わない。
俺は死を覚悟して、PCを顔の前に掲げた。
ドゴォォォォォン!!
凄まじい衝撃音が響いた。
しかし、俺に痛みはない。
PCの裏側で目を開けると――イグニスが、自分の左手を抑えて蹲っていた。
「いってぇぇぇぇぇッ!! 指! 指折れた!?」
「え?」
「なんだその板ァ!? 俺様の『岩砕きパンチ』を無傷で弾き返しただと!?」
イグニスは涙目で俺(のPC)を睨んでいる。
……そうか。
『絶対破壊不能』ということは、衝撃を吸収も分散もしない。
つまり、殴った威力がそのまま100%反射として自分に返ってくるわけだ。
「……なるほど。最強の盾ってわけか」
俺はPCを持ち直し、角をイグニスに向けた。
「おい、まだやるか? 次はこの角でお前の土手っ腹を突くぞ」
「ひぃっ!?」
イグニスは青ざめて後ずさった。
自分の拳を砕く硬度の物体で、ピンポイント攻撃(角)をされたらどうなるか。竜人の本能が危険信号を出したらしい。
「ま、待て! タンマだ! 降参! 俺様の負けだ!」
イグニスは地面に土下座した。
早い。見事なヘタレっぷりだ。
「へへっ……お見それしやした、兄貴!」
「誰が兄貴だ」
「いやぁ、その黒い板……『聖盾』並みの硬度っすよ! それを軽々と扱うなんて、兄貴は只者じゃねぇ!」
イグニスはキラキラした目で俺を見上げている。
どうやら、力こそ正義の獣人・竜人社会では、勝った者が絶対らしい。
「ダイチさん、凄いです! イグニス君を無傷で手懐けるなんて!」
「さすがダイチはんや。見込み通りやで」
キャルルとニャングルも感心している。
……違う。俺はただPCを守っただけだ。
「と、とりあえず分かってくれたならいい。俺は住む場所を探してるんだが」
「住処っすか!? なら、俺様のシマ(公園の隣の廃屋)を譲りますぜ!」
イグニスが立ち上がり、親指で廃屋を指差した。
ボロボロだが、屋根はあるし、雨風は凌げそうだ。
「……掃除すれば住めるか」
こうして、俺はポポロ村での拠点と、なぜか舎弟(竜人族)を手に入れた。
最強の村長、商魂逞しい猫、そしてヘタレな自警団長。
スローライフには程遠い、騒がしい生活の幕開けだった。
「あ、兄貴! この板、ちょっとだけ齧ってみてもいいっすか?」
「やめろ、歯が折れるぞ」




