EP 3
見栄っ張り竜人の誤算
「ふはははっ! 俺様のペンが火を吹くぜ!」
ポポロ・マートのバックヤード(従業員休憩室)。
自警団長のイグニスが、狭いパイプ椅子に巨体を丸めながら、羊皮紙に向かって猛烈な勢いで羽ペンを走らせていた。
「何やってんだ、アイツ」
品出しを終えて休憩室に戻ってきた俺は、異様なテンションで書き物をしている竜人に首を傾げた。
「ああ、ダイチはん。イグニスのアホが、故郷の両親に手紙書いとるんや」
パイプ椅子にふんぞり返り、特茶を飲んでいたニャングルが呆れたように言った。
手紙か。そういえばこいつ、竜人の里の族長の息子で、家出同然で村を飛び出してきたんだったな。
ポポロ・マートの成功で村が繁栄し、自警団長としての給料(ルチアナ通貨)も上がったから、親に報告したくなったのだろう。親孝行なやつだ。
「おいイグニス、なんて書いてるんだ?」
「へっへっへ、聞いて驚くなよ兄貴! こう書いてるんだ」
イグニスは羊皮紙を高々と掲げ、得意満面で音読を始めた。
『親父! お袋! 元気にしてるか! 俺様は今、この大陸で最も栄えている【ポポロ帝国】の将軍になったぜ!』
「……は?」
「……帝国?」
俺とニャングルの声が重なる。
イグニスは止まらない。
『俺様の部下はざっと3万人! 毎日俺様が直々にしごいて鍛え上げてる! あと、領民たちがよせって言ったのに、広場に100メートルの俺様の純金像を建てやがったぜ! 全く、人気者は辛いぜ!』
「――――」
休憩室が、静寂に包まれた。
「……おい、ニャングル」
「なんや、ダイチはん」
「あいつの頭、ついにイカれたのか?」
「元からや。竜人の脳みそは筋肉で出来とるからな」
ポポロ帝国? どこにあるんだそんな国。ここは三国不可侵のただの緩衝地帯(ド田舎)だぞ。
部下3万人? ポポロ村の全人口を合わせても300人に満たない。
100メートルの純金像? ガンツの工房よりデカいぞ。
「おっしゃ、書き終わったぜ! おいニャングル、これをゴルド郵便の特急便で竜人の里まで送ってくれ!」
「……知らんで、お前」
ニャングルは深々とため息をつきながら、手紙を受け取った。
「こんな大嘘、バレた時どうすんねん」
「バレねぇよ! 親父たちは里から一歩も出ない石頭だからな! 俺様がビッグになったって知れば、少しは見直すに違いねぇ!」
イグニスは自慢の角を撫でながら、鼻息を荒くしている。
見栄っ張りにも程がある。完全に「上京して成功してるふりをする大学生」のそれだ。
「あら、イグニスさん。純金の像、欲しかったんですか?」
そこへ、バックヤードに遊びに来ていたルナが、キョトンとした顔で首を傾げた。
「わたくし、作れましてよ? 錬金術でその辺の石ころを純金に変えましょうか?」
「バカ言え! お前のは3日で元の石ころに戻る偽金じゃねぇか! この嘘つきエルフめ!」
イグニスが心外だというようにルナを指差す。
その瞬間、俺とニャングルは同時にツッコミを入れた。
「「嘘つきはお前だ!!」」
息の合ったツッコミが炸裂する。
だが、イグニスはどこ吹く風で「ハッハッハ!」と豪快に笑いながら、パトロールという名の昼寝へと出かけていった。
数日後。
事態は、最悪の形で動き出す。
「郵便でーす! ゴルド商会、特急ワイバーン便でお届け物でーす!」
ポポロ・マートの店先に、ゴルド商会の制服を着た配達員が降り立った。
受け取ったのは、羊皮紙の封筒。宛名はイグニス・ドラグーン。
差出人は——『竜王ドラゴラス』。
「おいイグニス! 親父さんから返事が来たぞ!」
品出しをしていたイグニスに手紙を渡す。
彼は「おおっ! 早速俺様の将軍就任祝いか!」と満面の笑みで封を切った。
「どれどれ……『イグニスへ。元気そうで何よりだ。手紙、母と共に読んだぞ』……へへっ、どうだ兄貴、親父のやつ感動してやがるぜ」
「はいはい。続き読めよ」
「おう。『ポポロ帝国とやらで将軍になり、3万の軍勢を率いているとは、さすが我が息子。誇らしく思う』……ふはは! あの厳格な親父がベタ褒めだ!」
イグニスは得意げに鼻をこすり、さらに手紙に目を落とす。
「えーっと、なになに……『そこまで立派になったお前の姿、ぜひ直接見てみたいものだ。というわけで——』……ん?」
イグニスの声が、ピタリと止まった。
「どうした?」
「……『——というわけで、来週、母さんと一緒にポポロ帝国へ様子を見に行くぞ。100メートルの純金像とやらも楽しみだ。ドラゴラスより』」
ポロッ。
イグニスの手から、手紙が滑り落ちた。
「来週……親父が、来る……?」
イグニスの顔から、急速に血の気が引いていく。
竜人の赤い肌が、見事なまでに真っ白(蒼白)になっていた。
「おいおい、マジかよ」
「アホや……自業自得やで」
俺とニャングルが呆れ果てる中、イグニスはワナワナと震え出した。
竜王ドラゴラス。
その名の通り、竜人の里を束ねる最強の戦士であり、規律と嘘を何よりも嫌う厳格な父親だという話は聞いていた。
「ば、バレたら……殺される……。勘当じゃ済まねぇ……『逆鱗に触れた』って物理的にブレスで炭にされる……!!」
イグニスの瞳孔が開き、口からカニのような白い泡を吹き始めた。
「親父ィィィィ……!!」
ドサッ。
ポポロ帝国の将軍(自称)は、そのまま白目を剥いて、店の床に仰向けにぶっ倒れた。
泡を吹きながら、完全に気絶している。
「あーあ、逝きよったで」
「……どうすんだよこれ。来週って、もう時間ないぞ」
床に転がる巨体を見下ろし、俺は頭を抱えた。
この馬鹿な竜人を助ける義理はない。
だが、竜王とやらが来て「ここはただの村だ」と激怒し、ポポロ村ごと焼き払われたら、俺のポポロ・マートまで灰になってしまう。
俺の平和なスローライフ(コンビニ経営)を守るためには、竜王をやり過ごすしかない。
「ニャングル。キャルルとルナを呼んできてくれ。……緊急会議だ」
「了解や。まったく、世話の焼けるトカゲやで」
こうして、ポポロ村最大の捏造プロジェクト——『偽装ポポロ帝国建国計画』が、幕を開けるのだった。




